2005 11/19

 星新一『生活維持省』を読んでその主題を50字以内でまとめよ。の続きです。

 どんどん記事を流してしまったからか、解答数1つになりましたけど、一番興味があった内容がちょうど聞けたので良かったです。鴉さん協力ありがとうございました。

 ネタバレがあるので『生活維持省』未読の方は必ず先に前の記事にあたることをおすすめします。

 さてここから本題。

鴉さんの解答
「生存競争や戦争の全くない平和な世界にしようとすると自分や他人を生かそうと努力しない空しい世界になる。」

 私はこの話がいわゆるディストピアものとして捉えられているのではないかと思って質問を出したのだが、これはその系統の解答。おそらくは大規模なアンケートでも行えばこのような答えがトップにくるのではないかと予測している。

 生活維持省の世界は平和に見えるが実際はすでに死んだ社会であり、地獄なのだというわけだ。

 しかし、私はこの考え方はとらない。逐一描写の分析はしないけれども、やはりこの世界は地獄ではなく楽園として書かれていると思う。

 この正反対の解釈が生じる原因は社会状況の変化だと思われる。具体的には、この作品に描かれている人口爆発・戦争・生存競争の恐怖が時代の変化によって現実的でなくなっている。

  • 少なくとも日本では人口爆発の脅威は完全に消滅した。それどころか問題になっているのは少子化の方である。
  • 戦争の恐怖はなくなったとは言えないが、それはテロや局地紛争の恐怖であって、冷戦時代のような全面核戦争による人類滅亡というイメージは古くさいものとなった。
  • 生存競争についても同じ。社会問題になっているのはもはや受験戦争や過労死ではなく、引きこもりやニートである。

 ライフスタイルの変化もあるだろう。この作品に描かれているような静かで平和な文化的生活は、お世辞にも21世紀の現代人にとってそれほど魅力的に感じない。死んだ世界と見られるのもある意味仕方ないと思う。

 それらを割り引いて考えた場合、やはりこの世界は魅力的である。この話の前半を通じてじっくりと描かれる世界に住めたらいいと思う。

 ほとんど働くなくても好きなものを手に入れることができ、誰と競争しなくても好きなことだけをして、健康で文化的な生活を送れたら、どんなにすばらしいかと思う。少なくとも私は思う。

 後半になって、見え隠れしていた『たった1つの必要悪』の伏線が明かされる。

 しかし、主人公の弁が優秀で母親の反論が稚拙に描かれているために、この世界を維持するためならそれぐらい受け入れてもいいのではないかと思ってしまう。少なくとも私は思う。現実世界にも生活維持省を創設すればいいのではないかと思う。

 それがラストの主人公の台詞でひっくり返る。ああ今まで感情移入もしたけれど、この台詞は自分には言えないということに気付く。

 振り返ってみれば主人公と同僚はもちろん、作中唯一この生活維持省のシステムに異を唱えたように見える母親ですらも、世界の平和のために「たった1つの必要悪」をちゃんと受け入れることができている。

 これは自分にはできないことだ。自分ならどうやってもシステムの裏をかき、自分と自分の大切な人だけはこの必要悪から逃れられるよう死力を尽くすに決まっている。きっと現実世界のほとんどの人はそうだろう。

 それに気付くと同時に美しく平和な世界の幻想もガラガラと音を立てて崩れ去る。生活維持省は主人公たちのような人間が少なくとも圧倒的多数派でなければ機能しないのは明白だからだ。

 彼らは天使で、これは存在しない楽園の絵空事を描いたお話だったのだ。残念だけど仕方ない。

 しかし、本当にそうなのか?

 楽園追放の逸話は宗教に関係なくあまりにも有名だけれども、なんの欠点もないすばらしいエデンの園から追放されたと言われても別に悔しくも悲しくもなんともない。

 都合がよすぎてそもそもあり得ないと思わせてしまうし、仮に本当でも過去のことだから今さらどうしようもない。

 だが生活維持省の世界は違う。技術的に不可能なことはまったく何もない。たった1つの必要悪も超自然的なものでもなんでもない。やろうと思えば実現できるのだ。

 そう現実に、明日からでも。だがそれができない。その元凶は神でも悪魔でもない。他ならぬ自分自身の心なのだ。

 私は他の誰でもない私自身の業によって、今にも手が届きそうなところにあるたった1つの必要悪しかない世界にすら住むことはできず、生存競争と恐怖の中で死ぬまで生きていかなければならないのだ。

 そして、それは私の子孫にとっても同様であろう。おそらく永遠に。この認識は実に悔しく、悲しい。涙が出るほどに。

 というわけで私にとっての『生活維持省』の主題を50字以内にまとめるなら以下のようになる。

私の解答
「人は、他でもない自分自身の業のために、ただ1つの必要悪しかない世界すら実現することはできない。」

 ここで書いた以外の第3の解釈をお持ちの方がいらっしゃれば是非紹介していただきたい。

by 木戸孝紀 tags:


“『生活維持省』未来形の楽園追放の物語”へのコメント 3

  1. 1. ちゃ

    初めまして。自分にはできない切り口からのご意見を拝見させて頂き有難うございました。因みに私は「平和が乱れる事を人口密度が高い事だけのせいにするのは矛盾がある。」とさせて頂きました。なんだか現代国語の読解問題みたいで楽しかったです。有難うございました。

  2. 2. 当たり前だけどちゃさんに同意

    平和でないと少子化社会になって行くのがよく解りました。あとは職務質問に回答できない人やその職の確認がとれない人危険だということ。
    あとネット人はニートが多いのも現状

  3. 3. 匿名

    ノ /ハーイ
    「民主制、官吏制の社会はわりとよく出来た社会構造だと思うが
    極論すると、ここに行き着くことが限界であり問題である。」

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