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2006
11/3
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写真の世界史資料集の対照年表に関してブログ(mumurブルログ)やはてブでついているコメントについて。
まず大筋では、
と同じ印象を持った。私も見覚えがあったので、高校の世界史で使っていた世界史資料集『増補最新図説世界史』(浜島書店)を引っ張り出してみてみたが、やはり全体の縮尺が違うぐらいで全く同じと言っていい図が載っている。
世界史の資料なんぞ十年程度で大きく変わるわけがないので、おそらく今も同じだろう。
そもそもこの図は年代・王朝名・地域などの丸暗記問題を手助けをするためのものであろう。
日本のバーが一本なのは単に「日本に関しては『日本史』の教科書を参照してください」という意味ではないのか? よく見れば○○時代と区切りは入っているし、少なくとも私自身が高校生の時はそう認識していた。
なので皇室の一貫性がどうとかいう話に行ってしまうのはもちろん的外れもいいところだが、はてブコメントの違和感が目立つ。
私にとってはこのような図に対してここはもっと○○であるのが政治的に正しいというような感想を持つということ自体が非常に気持ち悪いのだ。
ベクトルが『日本』のバーを長くしたがる方向に向いてるか短くしたがる方向に向いてるかというのはあまり重要ではない。それは同じ傾向の別側面にすぎない。
教科書を調査も検証もなしにもろにトンデモ呼ばわりして自分達の方が正しいと盛り上がっているところにあからさまな反知性主義の臭いを感じるのだ。それはいわゆる“歴史修正主義者”達に大変よく見られる行動だ、違うか?
この問題に限らず最近のはてブコメントからはとりあえず2ちゃんねるや「ネット右翼」の逆を言っておけば安心だという空気を感じる。
それもまたとりあえず大マスコミや「サヨク」の逆を言っておけば安心だという2ちゃんねる的な空気と同じ、反知性主義的傾向の別の側面であるように思える。
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木戸孝紀