2007 3/8

ようこそ地球さん (新潮文庫)

 死後の世界と交信できるテレビが発明された。

 すでに亡くなった親類縁者・友人達が言うには、死後の世界は無条件にあらゆる苦悩から解放される楽園であるらしい。

 それを信じて自殺した人もすぐにテレビの向こう側に現れ「こんなことならもっと早く死ねばよかった。君らも早く来い」「死刑など即刻廃止し少しでも長生きさせる刑に改正すべきだ」などと口々に語り始める。

 かくて大半の人間が自殺をとげ、廃墟となった町でブルドーザーで死体を片付けている男。数少ない他の生き残りになぜ自殺しなかったのかと聞かれ答える。「さあな。俺には生まれつき信じるという能力が欠けているらしい」

 およそ全ての宗教は何らかの形で死後の世界あるいは死後の生があると主張する。

 現代の平均的な日本人はもし死後の世界を信じるかと聞かれたらとりあえず「いいえ」と答えるだろう。もちろんそんなことは話題にしないのが礼儀とされているのでそもそも聞かれないだろうが。

 では何故信じないのだろう? 「それが普通だから」などといういい加減な答えは許されない。人類全体では信じる方が圧倒的多数派、すなわち「普通」だ。

 証拠がないから? なかなかいい答えだ。じゃあ証拠があれば信じるんだろうか? 聖典にそう書いてあったら信じる? 教祖様が空中に浮いて見せれば信じる? 死人がテレビに映って喋れば信じる? さらにそれが自分が本当に信頼する人なら信じる?

 1つのif で信仰と懐疑の本質を鋭く描き出す、星新一のショートショートの中でも取り分け痛快な一編である。

 さて、あなたはこの世界では自殺する? コンピュータがチューリングテストに完全に合格すれば心があると思う? 『ぼくになることを』の世界に住んでいるとして安心して「宝石」に「スイッチ」する?

by 木戸孝紀 tags:


“信仰と懐疑の本質を描く 星新一『殉教』”へのコメント 4

  1. 1. 匿名

    テッチャン絶賛

  2. 2. 木戸孝紀

    すいません意味が分かりません。

  3. 3. 匿名

    亀レスですが、多分テッチャンとは宮崎哲弥氏だと思います。

  4. 4. 木戸孝紀

    >>3
    おお、ググったらまさにそれっぽい!
    5年越しの疑問解決。ありがとうございました。

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