ウィリアム・ブライアント・ローガン『ドングリと文明 偉大な木が創った1万5000年の人類史』

ドングリと文明 偉大な木が創った1万5000年の人類史

 これはなかなか面白い。 農業文明前史の仮説としての価値がどのくらいあるのかはまだ判断がつかないが、あってもおかしくなさそうな話だし、単純にオークにまつわる雑学を眺めているだけでも楽しい。おすすめ。解説より。

 狩猟採集から、大文字で書く「農業革命」を経て、農業文明、そして産業文明へという常識ではなく、狩猟採集から、大文字で書かれるべき「ドングリ文化」をへて、農業そして産業文明へ、という、もう一つの大仮説が本書には提示されているのである。

 完新世(1万年前?現在)の北半球中緯度地帯の、温暖化する大地に広がった主要な樹種は、中東でも、ヨーロッパ、アジア、アメリカ大陸でも、「ドングリ」を実らせるオーク(ブナ科Querucus属の樹種)の仲間だった。日本語の文化圏では、アカガシ、シラカシなどの常緑性のオークは「カシ」、コナラ、ミズナラ、クヌギなど落葉性のオークは「ナラ」と峻別されるが、英語の世界ではいずれも「オーク」。大げさな区分はない。そのオークの森に、減少する大型哺乳類を追撃する狩の暮らしに疲れたハンターたちが定住していった。

 定住の根拠となったのは、どの地域でも、降り注ぐ大量のドングリの主食化であったと、ローガンは考える。オークの豊かな森は、一ヘクタールあたり数トン規模のドングリを生産する。これを収集、貯蔵し、あくを除去して、食料とすれば、採集狩猟暮らしとは比較にならないほどの人口を豊かに養ってゆくことができる。

 ドングリを豊穣の主食とする世界に定住したホモ・サピエンスは、材としてのオークを利用して住居をつくり、集落をつくり、道路や船もつくりだし、人工構造物を枠組みとする技術と文化の民となった。

 ひとびとは定住した森で豚を飼い(中略)、森をぬけた高地でヤギを捕獲し、低地におりては魚やカメを捕獲し、さらに一部のグループは定住地の周辺でイネ科を中心とする農業を発明したかもしれない。

 しかし文明の中心は、高地でも、低地でもなく、あくまでその中間域にひろがるオークの森だ。ドングリの雨をふらした完新世初期温帯高地のオークの森林帯こそ、文化と技術をつむぐ人間をそだてた文明の枠組み、というのが著者ローガンの主張なのである。

 オークの森への依存は、やがて定例的な伐採を基本とする森林管理のシステムを生み出し、今から六〇〇〇年ほど以前には、すでに安定した森の管理活用が世界に広がっていたと著者は言う(中略)。やがて人々は、大量の薪炭を調達し、樹皮から皮なめしの素材を手に入れ、虫こぶを材料にすばらしいインクを発明し、もちろん大規模な建築物や、船を自在に耕作する建造技術もそだててゆく。「ドングリ文化」に由来するオークを活用する技術は長く蓄積され、洗練され、ウェストミンスターホールの天蓋や、アメリカ独立戦争の無敗戦艦コンスティテューション号をも生み出してゆく。

 しかし、一万数千年もつづいたはずの、ドングリの森に発するオークとヒトの交流の歴史は、ここ三〇〇年にもみたない産業文明による森の大破壊と大規模な鉄の文明の推進によって、いま終焉をむかえ、化石燃料と地球温暖化の時代に、あっけなく忘れ去られてゆくのである。本書のローガンは、その忘却、忘恩を確かめつつ、オークの森がそだてた数々の技術、そしてそれらの到達点を、神々のめでる細部に徹して、深い哀惜の筆致で語りきり、まことに味わい深いものがある。

おまけ

 豊穣つながり。

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