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	<title>神は細部に宿り給う &#187; 科学技術哲学</title>
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	<description>ゲーム・Web・情報通信・プログラミング・政治・経済・社会・科学・哲学・その他諸々なんでも思いつくままに書いていきます。</description>
	<lastBuildDate>Thu, 09 Feb 2012 02:44:45 +0000</lastBuildDate>
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		<title>ガイア教の天使クジラ36 大きな鍵</title>
		<link>http://tkido.com/blog/3998.html</link>
		<comments>http://tkido.com/blog/3998.html#comments</comments>
		<pubDate>Sun, 18 Dec 2011 14:29:28 +0000</pubDate>
		<dc:creator>木戸孝紀</dc:creator>
				<category><![CDATA[ガイア教の天使クジラ]]></category>
		<category><![CDATA[ガイア教]]></category>
		<category><![CDATA[科学]]></category>
		<category><![CDATA[宗教]]></category>
		<category><![CDATA[政治]]></category>
		<category><![CDATA[捕鯨]]></category>
		<category><![CDATA[歴史]]></category>

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		<description><![CDATA[【第35回】　【目次】 　ある現象を理解するということは、何が変化して何が不変であるかを、理解することだと言える。 　何も変化がないのであれば、そもそも考えるべきことが存在しないであろうし、何もかもが変化してしまうなら、 [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><!--<br />
ガイア教の天使クジラ36 大きな鍵<br />
--></p>
<p>
<a href="https://picasaweb.google.com/lh/photo/A0oJCTs7rEN-JYVIEwEuaA?feat=embedwebsite"><img src="https://lh3.googleusercontent.com/-qL7Bp6bvjEI/ToexGBsP8MI/AAAAAAAADRY/19Y-tU0qX3Y/s200/%2525E3%252582%2525BC%2525E3%252583%2525AB%2525E3%252583%252580.jpg" height="154" width="200" alt="（今日の一コマ）" title="（今日の一コマ）" /></a>
</p>
<h3>【<a href="http://tkido.com/blog/3976.html" target="_blank">第35回</a>】　【<a href="http://tkido.com/blog/656.html" target="_blank">目次</a>】</h3>
<p>
　ある現象を理解するということは、何が変化して何が不変であるかを、理解することだと言える。
</p>
<p>
　何も変化がないのであれば、そもそも考えるべきことが存在しないであろうし、何もかもが変化してしまうなら、やはり考えるべきことが存在しないであろう。
</p>
<p>
　たとえば物理学であれば、変化しない保存量が何かがわかれば、その保存則を用いて現象を理解したり予測したりすることができる。
</p>
<p>
　社会や歴史に関しても、もちろん物理学ほど単純にはいかないが、同じようなアプローチはできる。すでに<a href="http://tkido.com/blog/659.html" target="_blank">第30回</a>で一度その実例を見せた。時代とともに神話の内容が変わっても、変わらないものは人生と社会に意味を求める人間の心だった。
</p>
<p>
　さて、私たちは、<a href="http://tkido.com/blog/569.html" target="_blank">第15回</a>から続けていた時間旅行で、3冊の本を教科書に3つの時代を見てきた。
</p>
<ol>
<li>キリスト教が全ての中世</li>
<li>科学が勃興した近代</li>
<li>いわゆるポストモダンの現代</li>
</ol>
<p>
　そして今、この似たところなどひとつもないかのように見える3つの社会を貫き通している一本の柱を、指摘することができるようになったはずだ。それは、このシリーズの文脈に沿う形で思いっきり圧縮・要約するなら、以下のような考え方だ。
</p>
<p>
　<strong>宇宙のあらゆる存在には永久不変の「偉さ」の階層があり、ゼロから<span class="footnote"><a href="#58593619f1" name="58593619fn1" title="負の知能というのは――ジョークでそう表現したくなるような人間はいるにしても――意味不明であるので。">*1</a></span>無限大（≒神）の数直線上にランクづけ可能なひとつの実体である知能によって位置する階層が決まり、階層の上下関係によって誰が誰を殺し・食らうのが当然であるか犯罪であるかが決まる。</strong>
</p>
<p>
　時間に余裕のある人は――捕鯨問題ばかりのエントリ35回分も読んできて忙しいとか言わさんぞ――これを何十回か読んで、いつでも暗唱できるようにしてほしい。
</p>
<p>
　私は、これこそ鍵だと信じている。多くの人間――とりわけ日本人――に捕鯨・反捕鯨問題を理解しがたいものにしている高い壁を通り抜けるための鍵だ。
</p>
<p>
　この鍵さえ持っていれば、多少の努力と時間を費やすことを厭わない人は誰でも、少なくとも「訳が判らない。」<span class="footnote"><a href="#58593619f2" name="58593619fn2" title="第1回">*2</a></span>と言わなくて済むようになると信じている。
</p>
<p>
（暗唱できたら次に進んで下さい。）
</p>
<p>
　はい、暗唱できるようになったかな。おめでとう。あなたは鍵を手に入れた。では早速、鍵を手に入れたらすることをしよう。これまでに見つけた、開けられなかった扉を開けて回ってみよう。
</p>
<h3>扉その1</h3>
<ul>
<li>なぜリリー博士はイルカを食べていたシャチを「例外」と記述したか？<span class="footnote"><a href="#58593619f3" name="58593619fn3" title="第34回">*3</a></span></li>
</ul>
<p>
　これは「普通」に考えると「胃の内容を調べたところ、ヌーを食べていたライオンがいた」と記すようなもので、頭がおかしいとしか思えない。
</p>
<p>
　しかし、鍵を持っている私たちには、もう特に不思議なことではない。
</p>
<p>
　シャチとイルカは（彼にとっては）人間以上に高度な知能を持つ同じ鯨類同士である。同じ偉さの階層に属する彼らが喰い合うのは、ちょうど人間同士が喰い合う食人行為が犯罪であるのと同様に、自然に対する犯罪行為ある。
</p>
<p>
　これは鯨類が善きものであるという彼の思想と相容れない。したがって、これはあくまで例外でなければならない。たとえば人間の飼い方が悪かったからとか、人間の漁業のせいで魚が枯渇したからとか、なんらかの例外的影響で発生したもので、鯨類の自然な生態であることはありえない。
</p>
<p>
　簡単とは言わないが、そんなに難しくもあるまい。
</p>
<p>
　ついでに関連問題（？）をいくつか片付けてしまおう。
</p>
<ul>
<li>近代の学者チェーザレ・ロンブローゾは、ある植物が虫を食べる行為を「犯罪に等しい行為」だとまで述べている。<span class="footnote"><a href="#58593619f4" name="58593619fn4" title="第23回">*4</a></span>なぜか？</li>
</ul>
<p>
　もちろん、必ずしも自明ではないが直感的にも理解できる生態的制約によって、植物が動物を食べることは、動物が植物を食べることより珍しい。それは間違いない。
</p>
<p>
　だから「犬が人を噛んでもニュースにならないが人が犬を噛めばニュースになる」的な原理で、食虫植物に特別な印象を受けたとしても不思議ではない。
</p>
<p>
　しかし、現代の「普通」の人間は、これを犯罪だとは絶対に言うまい。不思議だと思っただろう、鍵を持ってなければ。
</p>
<p>
　私は19世紀イタリアの法律については何も知らないが、食虫植物を処罰する法律があった可能性は無視していいだろう。この「等しい」は厳密にイコールだという意味ではない。犯罪にたとえられるべき何かだという意味だ。
</p>
<p>
　では、犯罪ではないが犯罪にたとえられるべき何かとは？　人間の法律ではなく神の定めた「自然の法律」を破る犯罪だということだ。動物は植物より知能が高い、すなわち神に近い<span class="footnote"><a href="#58593619f5" name="58593619fn5" title="もちろん神は動物でもないが植物ではないのはより確実だ。">*5</a></span>から、動物が植物を食べるのは当然だが、植物が動物を食べるのは「犯罪」なのだ。
</p>
<p>
　簡単だろ。はい次。
</p>
<ul>
<li>「人間の子供を殺した豚の親子が裁判に掛けられ、母豚が絞首刑に処せられる」中世の動物裁判<span class="footnote"><a href="#58593619f6" name="58593619fn6" title="第16回">*6</a></span>は一体なんだったのか？</li>
</ul>
<p>
　集団狂気？　動物虐待？　もちろん現代の価値観に当てはめればそうだ。しかし、当時の人間にも言い分はあるだろう。彼らの考え方はこうだ。
</p>
<p>
　魂を持たぬ（≒知能の低い）豚は神によってアダムに奉仕するために創造されたものだ。だから「偉さ」の階層は当然アダムの子孫である人間が上で豚が下だ。だから豚が人間を殺して食うことは神に対する反逆で大罪だ。だから豚は裁判にかけられ、死刑に処せられなければならない。
</p>
<p>
　楽勝だな。
</p>
<ul>
<li>人間の赤ん坊を食い殺したブタを裁判にかけた中世の神父</li>
<li>食虫植物の行いを犯罪に等しいと述べた近代の科学者</li>
<li>シャチがイルカを食べていたことを異常な例外として記述した現代の科学者</li>
</ul>
<p>
　彼らはそれぞれ過去の人間の思想を否定し、軽蔑すらしていたに違いないのだが、一皮むけば、それぞれ過去の人間が従っていたのと同一の、より基本的なルールに忠実に従っている。代入する変数は時代とともに変わっても、使っている式はひとつだ。
</p>
<h3>扉その2</h3>
<ul>
<li>「イルカには人間並みの知能があるが、その知能は海生動物ならではの独特な形をとっている」<span class="footnote"><a href="#58593619f7" name="58593619fn7" title="第26回">*7</a></span>とはどういう意味か？</li>
</ul>
<p>
　人間、ピアノ線を張り巡らされた真っ暗な部屋を目隠しで巧みに飛翔するコウモリ、何百ものドングリを埋めた場所を冬の間じゅう憶えているリス、大規模な社会で農業や奴隷狩り戦争を行うアリ、誰が一番「頭が良い」か？
</p>
<p>
　そんなこと誰がどうやって決められる？　決められるわけがない。前足・胸ビレ・手・翼のうちどれが一番「肢が良い」か？　という問いが無意味であるのと同じだ。神経系に備わった知能もそれぞれの生物の生態に応じて進化で生じた特徴のひとつに過ぎない。
</p>
<p>
　このような、21世紀人の我々がほとんど無意識的に採用している「非人間中心主義的」思想の下では、アントニエッタ・L・リリーの台詞は、正しいとか間違っているとかいう以前に<span class="footnote"><a href="#58593619f8" name="58593619fn8" title="もちろん間違っているが、たびたび強調しているように、それはただの後知恵だ。">*8</a></span>意味不明である。<span class="footnote"><a href="#58593619f9" name="58593619fn9" title="我々がほとんど無意識的に非人間中心主義的な思想を操れるのは部分的には彼らのおかげなのだと思うと、これまた皮肉な話だが。">*9</a></span>
</p>
<p>
　人間は海生動物ではない。「海生動物ならではの独特な形をとっている」なら「人間並み」ではありえないし、「人間並み」なら「海生動物ならではの独特な形をとっている」ことはありえない。
</p>
<p>
　だが、鍵を持ったものにはその意味は明白だ。ほとんどそのまんまだな。知能はゼロから無限大の数直線上にランクづけ可能なひとつの実体だ。だからイルカと人間がいれば、互いの知能は上か、下か、同等か、しかありえない。数学的に。
</p>
<p>
　リリー博士とその仲間たち、彼らと同時代に生きた大勢のリベラルな西欧人は、動物差別的・性差別的で、人種差別や先住民のジェノサイドに利用されたキリスト教が嫌いだった。軽蔑していた。憎んですらいた。それは決して嘘ではない。
</p>
<p>
　「男児の包皮に異常な関心を持つ老年白人男性のようなものが土をコネコネして息をプーッとやって人間を創りました」なんて、もはや全然信じていないし、むしろ、どちらかと言えば、信じているような人たちを、金満権力者に騙される貧乏で無学な宗教ウヨクども<span class="footnote"><a href="#58593619f10" name="58593619fn10" title="もちろんこれは説明を早くするための戯画化であって、一般に上品な彼らはそんな露骨な言い方はしないが。">*10</a></span>と小馬鹿にしている側の人間だ。
</p>
<p>
　だがしかし、さらにそのキリスト教の前提となっていた幾つかのドグマ、それがひとつの立場だとか思想だとは夢にも思わないほど基本的な考え方は捨てなかった。
</p>
<p>
　彼らが無能だったとか嘘つきだったとか悪党だったとかいうわけではない。時代の限界だったのだ。神ならぬ人間には、できることとできないことがあり、持っていると知らない考えを捨てることは、できないことのひとつだということだ。
</p>
<p>
　次回は、ある有名な本の力を借りて「キリスト教」と「さらにその前提」を分けて考える話をもう少し補強しよう。そしてさらにエントリをさかのぼって扉開けを続けよう。
</p>
<div class="footnote">
<p>
<a href="#58593619fn1" name="58593619f1">*1</a>：負の知能というのは――ジョークでそう表現したくなるような人間はいるにしても――意味不明であるので。<br />
<a href="#58593619fn2" name="58593619f2">*2</a>：<a href="http://tkido.com/blog/446.html" target="_blank"><a href="http://tkido.com/blog/446.html" target="_blank">第1回</a></a><br />
<a href="#58593619fn3" name="58593619f3">*3</a>：<a href="http://tkido.com/blog/3967.html" target="_blank"><a href="http://tkido.com/blog/3967.html" target="_blank">第34回</a></a><br />
<a href="#58593619fn4" name="58593619f4">*4</a>：<a href="http://tkido.com/blog/579.html" target="_blank"><a href="http://tkido.com/blog/579.html" target="_blank">第23回</a></a><br />
<a href="#58593619fn5" name="58593619f5">*5</a>：もちろん神は動物でもないが植物ではないのはより確実だ。<br />
<a href="#58593619fn6" name="58593619f6">*6</a>：<a href="http://tkido.com/blog/570.html" target="_blank"><a href="http://tkido.com/blog/570.html" target="_blank">第16回</a></a><br />
<a href="#58593619fn7" name="58593619f7">*7</a>：<a href="http://tkido.com/blog/583.html" target="_blank"><a href="http://tkido.com/blog/583.html" target="_blank">第26回</a></a><br />
<a href="#58593619fn8" name="58593619f8">*8</a>：もちろん間違っているが、たびたび強調しているように、それはただの後知恵だ。<br />
<a href="#58593619fn9" name="58593619f9">*9</a>：我々がほとんど無意識的に非人間中心主義的な思想を操れるのは部分的には彼らのおかげなのだと思うと、これまた皮肉な話だが。<br />
<a href="#58593619fn10" name="58593619f10">*10</a>：もちろんこれは説明を早くするための戯画化であって、一般に上品な彼らはそんな露骨な言い方はしないが。
</p>
</div>
<h3>【<a href="http://tkido.com/blog/3976.html" target="_blank">第35回</a>】　【<a href="http://tkido.com/blog/656.html" target="_blank">目次</a>】</h3>
<h3>おまけ</h3>
<p>
　「ローンブローゾー」<br />
<iframe width="312" height="176" src="http://ext.nicovideo.jp/thumb/1302582702" scrolling="no" style="border:solid 1px #CCC;" frameborder="0"><a href="http://www.nicovideo.jp/watch/1302582702">【ニコニコ動画】黄金バット 第1話 「黄金バット誕生」</a></iframe></p>
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		</item>
		<item>
		<title>ガイア教の天使クジラ35 ジョン・C・リリー『イルカと話す日』 8/8</title>
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		<pubDate>Sun, 25 Sep 2011 02:24:29 +0000</pubDate>
		<dc:creator>木戸孝紀</dc:creator>
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		<category><![CDATA[歴史]]></category>

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		<description><![CDATA[【第34回】　【目次】　【第36回】 　さて長かった*1『イルカと話す日』の本文も、ついに今回が最後である。名残を惜しむとともに、抜かりなくここまでのまとめと今後の展望についての準備を始めよう。 第一〇章　生態系の一員と [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><!--<br />
ガイア教の天使クジラ35 ジョン・C・リリー『イルカと話す日』 8/8<br />
--></p>
<p>
<a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4871883191/mebiusproject-22/ref=nosim/" name="amazletlink" target="_blank"><img src="http://blog-imgs-12.fc2.com/t/k/i/tkido/20080309144640.jpg" alt="イルカと話す日" style="border: none;" alt="no image" /></a>
</p>
<h3>【<a href="http://tkido.com/blog/3967.html" target="_blank">第34回</a>】　【<a href="http://tkido.com/blog/656.html" target="_blank">目次</a>】　【<a href="http://tkido.com/blog/3998.html" target="_blank">第36回</a>】</h3>
<p>
　さて長かった<span class="footnote"><a href="#13272262f1" name="13272262fn1" title="ほぼ間違いなくシリーズ最長である。">*1</a></span>『イルカと話す日』の本文も、ついに今回が最後である。名残を惜しむとともに、抜かりなくここまでのまとめと今後の展望についての準備を始めよう。
</p>
<blockquote>
<h3>第一〇章　生態系の一員としての自覚を持った科学的観察者</h3>
<p>
　これまで科学者といえば、実験を行ない、こうした実験から自分なりの推論を引き出し、学術論文を発表する者のことであった。（中略）科学者は、学術誌や学会で研究成果を発表するものと考えられてきた。<br />
　こうした方法による科学上の通説の形成過程は、テレビやラジオが登場して公衆と即座にコミュニケーションが図れるようになったことで、いくぶん変化しつつある。（中略）それとはうらはらに、科学者たちの考え方は、いままで変化がみられなかった。すなわち、科学者の義務は、まず同僚の科学者に研究成果を報告することだった。こうしてその研究は質を判断され、他の科学と統合されて、ようやくマスメディアに発表されるのである。<br />
　この手続きを踏まずに、仲間や同僚の科学者の意見を仰ぐことなく研究を発表する科学者は、誰であれ科学者の社会から爪弾きの目にあってきた。（中略）ある科学者の著わした本が、専門の学者の審査を受けずに、定評のある科学専門の出版社からではなく、一般向けの本を手がける出版社から出版されたとする。しかも編集にあたったのは科学専門の編集者ではなかったとする。その場合、こうした研究は黙殺されるのがつねだった。<br />
　ところが一般の読者、つまり科学者でない人間向きに書かれたこうした書籍は、科学者ではない読者のあいだで強い影響力をふるってきた。つまり、通常の科学者仲間のあいだでは伝わらない、数多くの学説が通説として評価を受けるようになり、青少年の教育に欠かせないものとなってきたのである。<br />
　この経路で発表されてきた学説は、多くの人びとから強力な支持を得るようになった。（中略）ついで、こうした学説は、大衆の側から科学者の集団へと逆に伝えられたが、たいていは結束を固めた科学者から頑強に拒絶された。
</p>
<p>
（中略）
</p>
<p>
　新しい世代の若い科学者の中には、社会的な参加意識を持つ者もあらわれてきた。（中略）われわれの子供たちは、テレビを観たり、ラジオを聞いたり、大集会に参加したりして成長するが、これらはいずれも十九世紀には存在しなかったものである。より多くの情報が、より多くの方面から迅速に伝達され、若い科学者を育成して、彼らを二十世紀の参加意識を持つ観察者へと育て上げていくことだろう。
</p>
</blockquote>
<ul>
<li> <strong>「自分の画期的な発見・理論を、頭の古い学者・学会が結託して黙殺しているのだ！」</strong></li>
</ul>
<p>
　というのも、またしてもトンデモ学者の発言テンプレに当てはまりすぎて怖いぐらいだ。
</p>
<p>
　メディアを通して直接大衆に語りかけることに希望を見いだしているところがとても興味深い。大局的に見て、彼の狙いは大成功を収めたと言わざるをえない。このシリーズは今後かなりの部分を、その成功の結果を追いかけることに費やすことになるだろう。
</p>
<blockquote>
<h3>第一一章　クジラ類を保護する新しい法律の提案――さしあたっての戦略</h3>
<p>
　神経解剖学の研究の進展により、クジラ類の脳の大きさがさまざまであり、類人猿程度のものから、人問並みの大きさのもの、さらに人間の脳の六倍もの大きさのものまであることがわかった。生物学的研究が進んだ結果、クジラ類が人間の言語に似た、複雑な音声を水中で発してコミュニケーションを交わすことがわかった。人間並みの脳を持つクジラ類の場合、人間とコミュニケーションを取ろうと努力することが確かめられている。
</p>
<p>
　（中略）
</p>
<p>
　こうした事実と観察から、次のような法律を作ってはどうかと思う。
</p>
<ol>
<li>およそクジラ類を、人間の所有物と考えたり、産業資源や家畜の一種であると見なしてはならない。</li>
<li>クジラ類には、個々の人間に与えられているのと同じ法的権利を与えるべきである。</li>
<li>個人または団体に権利を付与して、人間から虐待されているクジラ類のために訴訟を起こしたり、クジラ類の代理人として法廷に立てるようにするべきである。</li>
<li>科学的研究を振興させ、資金を援助してクジラ類とのコミュニケーション方法を確立すぺきである。</li>
<li>こうしたコミュニケーションが確立されたあかつきには、クジラ類と人間双方の合意にもとづいて、両者のあいだのコミュニケーション活用を保護する法律案を作成し、アメリカ合衆国の議会に提出すべきである。</li>
<li>したがってクジラ類と人類のあいだで結ぶ新しい法律や協定、条約を、クジラ類と協力して研究すべきである。</li>
</ol>
<p>
　いまこそ認識をあらためて、これまでの人類の地球上での生き方が、自己中心的であり、孤立した生き方であったことを認めなければならない。人間がこうした生き方をしてきたのは、自分と同等の大きさの脳を持つ海中の生物とのコミュニケーションに失敗したからである。クジラ類は人間の現実とは異質の現実の中に生きている。人間は独自の言語と社会的能力を備え、一五〇〇万年間かけて淘汰を免れてきた経験で規定されるクジラ類の現実を尊重し、研究するべきであり、その研究結果をまとめて人間の法律としなければならない。
</p>
<p>
　以上に述べた提案がSF小説じみていて荒唐無稽だと決めつけて、真剣に考えようとしない人がともいるにちがいない。そうした見解を持つ人びとにたいしてはこう答えよう。あなたたちの考え方は、ただ単に脳と地球の生態系に関する無知をさらけ出しているだけなのだと。荒唐無稽だと決めつけてしまえば、この壮大なプログラムから安閑と身を引いていられる。しかし人間は長いあいだ、固い信念を抱いて、頑なな考えにとらわれたために、数々の文明を衰亡させてきたのである。この地上に生きる人間以外の生物の中でも、非常に複雑で古い歴史と倫理を持つ生物とのコミュニケーションの可能性に目を見開くためには、過去から受け継いできた、こうした盲目的な信念を振り捨てることが必要である。
</p>
</blockquote>
<p>
　かっこよく決めてもらったところで、本文からの引用は最後である。
</p>
<p>
　シリーズの前後に対して有益な部分を、長くなりすぎないように選ぶという制約がある以上仕方がないが、私はこの8回に渡る引用でも、リリー博士の魅力を十分に表現できてはいないと思う。
</p>
<p>
　この現代の魔導書と呼ぶにふさわしい本の魅力を十分に味わうには、ぜひ自分で手にとってもらいたいと思う。<span class="footnote"><a href="#13272262f2" name="13272262fn2" title="ただし間違いなく精神的な劇薬でもあるので、必ず子供の手の届かないところに保管するようにしてほしい。事故が起きても責任は持てない。">*2</a></span>
</p>
<p>
　私の意見では、彼の悲劇は生まれてくる時代を間違えたことだ。彼は、世が世ならイルカをトーテムとして崇める部族の大酋長として何千年も語り継がれる人物になっていたかもしれない、イエスや釈尊やムハンマドと並んで世界の大宗教の祖となっていたかもしれない、真の天才だった。
</p>
<p>
　実のところ今後このシリーズに、彼以上に独創的な人物も・彼以上のカリスマ性を持つ人物も・彼以上に善意の塊のような人物も出てこない。彼との直接対話がここで終わってしまうのは正直とても残念だ。
</p>
<p>
　だが、あまり寂しがることはない。ある意味では、このシリーズは今後も最後までずっと彼との対話だとも言えるのだから。
</p>
<p>
　ここ数年の反捕鯨問題に多少なりとも興味があって報道を追っている人にはわかる思う。宇宙文明に還ったはずのリリー博士の霊は今もなお、<a href="http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%9D%E3%83%BC%E3%83%AB%E3%83%BB%E3%83%AF%E3%83%88%E3%82%BD%E3%83%B3" target="_blank">シー・シェパードの船長</a>、<a href="http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%AB%E3%82%A4%E3%83%BB%E3%82%B7%E3%83%9B%E3%83%A8%E3%82%B9" target="_blank">ザ・コーヴの監督</a>、<a href="http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%AA%E3%83%83%E3%82%AF%E3%83%BB%E3%82%AA%E3%83%90%E3%83%AA%E3%83%BC" target="_blank">彼の元で働いていた飼育係</a>、様々な人々の口を借りて、我々に語りかけているのだから。
</p>
<p>
　最後なのでもう一度強調するが、ここで「頑なな考えにとらわれ」「脳と地球の生態系に関する無知をさらけ出しているだけ」なのは誰かということを問題にするのはやめよう。それは不毛である。
</p>
<p>
　1960年代の学者や研究が、2010年代の基準を満たしていないからと言ってそれを非難するのは、織田信長の比叡山焼き討ちを「大気中への二酸化炭素排出に無頓着だった」と言って非難するのと本質的に大差のない、ただの時代錯誤である。
</p>
<p>
　批判すべき点は、しかもそれが有益であると思われる点は他にある。
</p>
<p>
　さて、約150年前のアメリカに住む（当時の基準で）リベラルな白人科学者たちは、社会や政治の悪影響を受けない客観的知識を追求した結果、
</p>
<p>
 <strong>「黒人やインディアンは脳が小さく、類人猿に近い人間とは別種の生き物で、女性や子供に似ていて、白人に比べて痛みを感じない」</strong>
</p>
<p>
　という科学的事実を発見した。彼らは本当に事実を見ていたのだろうか？　それとも、
</p>
<p>
 <strong>「ネイティブ・アメリカンのジェノサイドや黒人奴隷制度に寄って立つ自分たちを正当化したい」</strong>
</p>
<p>
　という願望を「自然」という名の鏡に映して見ていただけだったのか？　今日時点では、もはや考えるまでもないことだ。
</p>
<p>
　一方、約50年前のアメリカに住む（現代の基準でも）リベラルな白人科学者たちは、生態系の一員として社会的な責任を果たそうと努力した結果、
</p>
<p>
 <strong>「イルカやクジラは脳が大きく、人間以上の知性を持っていて、言語を話し、太古からの知恵を語り継いで、地球と調和して生きている」</strong>
</p>
<p>
　という科学的事実を発見した。彼らは本当に事実を見ていたのだろうか？　それとも、
</p>
<p>
 <strong>「先祖の土地を返せといって立ち上がる足も銃を取る手も持たず、バスの席をよこせといって犬をけしかけたりしなくてもよく、曾々祖父さんたちが滅ぼしてしまったインディアンの歌よりも何千倍も古くから歌い継がれてきた地球の叡智を教えてくれる、新しい都合のいい隣人がほしい」</strong>
</p>
<p>
　という願望を「自然」という名の鏡に映して見ていただけだったのか？
</p>
<p>
　厄介なことに今年は西暦2111年ではなく2011年なので「考えるまでもない」とはとてもいかない。考えるまでもないどころか、多くの人には考え始める材料も動機も与えられてはいないだろう。
</p>
<p>
　だが、正しい答え――と言って悪ければ100年後に考えるまでもなく選ばれる答え――は、もう明らかだと思う。
</p>
<p>
　私は博士を<strong>「感傷主義者、空想家、物欲しげな思想家であると非難」</strong><span class="footnote"><a href="#13272262f3" name="13272262fn3" title="参考：第20回">*3</a></span>したい気持ちを否定できない。否定すべきでもないと思う。だからと言って、もちろん19世紀のルイ・アガシたちの態度に戻ることもできない。
</p>
<p>
　真に望ましい道は、おそらくその間のどこかにあるのだろう。それを探ることは博士の悲劇に報いることにもなると思う。
</p>
<p>
　次回からしばらくリリー博士から得た教訓をまとめて「存在の大いなる連鎖」の概念を確認するとともに、ここまでずっと引っ張ってきたいくつかの問題に、ついに回答を与えよう。
</p>
<p>
　それが終わったら、またしても脳内タイムマシンの旅を再開しよう。しかし以前も強調した<span class="footnote"><a href="#13272262f4" name="13272262fn4" title="参考:第24回">*4</a></span>ようにここは既に現代だ。一体どこへ行こうというのか？　もちろん、未来へだ。SF小説じみていて荒唐無稽な世界から、本物のSF小説の世界へ突入するのだ。
</p>
<div class="footnote">
<p>
<a href="#13272262fn1" name="13272262f1">*1</a>：ほぼ間違いなくシリーズ最長である。<br />
<a href="#13272262fn2" name="13272262f2">*2</a>：ただし間違いなく精神的な劇薬でもあるので、必ず子供の手の届かないところに保管するようにしてほしい。事故が起きても責任は持てない。<br />
<a href="#13272262fn3" name="13272262f3">*3</a>：参考：<a href="http://tkido.com/blog/575.html" target="_blank"><a href="http://tkido.com/blog/575.html" target="_blank">第20回</a></a><br />
<a href="#13272262fn4" name="13272262f4">*4</a>：参考:<a href="http://tkido.com/blog/581.html" target="_blank"><a href="http://tkido.com/blog/581.html" target="_blank">第24回</a></a>
</p>
</div>
<h3>【<a href="http://tkido.com/blog/3967.html" target="_blank">第34回</a>】　【<a href="http://tkido.com/blog/656.html" target="_blank">目次</a>】　【<a href="http://tkido.com/blog/3998.html" target="_blank">第36回</a>】</h3>
<h3>おまけ</h3>
<p>
　しんみりしたので適当なおまけが見つかりませんでした。<br />
<iframe width="312" height="176" src="http://ext.nicovideo.jp/thumb/sm11370410" scrolling="no" style="border:solid 1px #CCC;" frameborder="0"><a href="http://www.nicovideo.jp/watch/sm11370410">【ニコニコ動画】残念ながらお求めの動画はみつかりませんでした</a></iframe></p>
]]></content:encoded>
			<wfw:commentRss>http://tkido.com/blog/3976.html/feed</wfw:commentRss>
		<slash:comments>3</slash:comments>
		</item>
		<item>
		<title>ガイア教の天使クジラ34 ジョン・C・リリー『イルカと話す日』 7/8</title>
		<link>http://tkido.com/blog/3967.html</link>
		<comments>http://tkido.com/blog/3967.html#comments</comments>
		<pubDate>Sun, 28 Aug 2011 15:43:19 +0000</pubDate>
		<dc:creator>木戸孝紀</dc:creator>
				<category><![CDATA[ガイア教の天使クジラ]]></category>
		<category><![CDATA[ガイア教]]></category>
		<category><![CDATA[科学]]></category>
		<category><![CDATA[宗教]]></category>
		<category><![CDATA[政治]]></category>
		<category><![CDATA[捕鯨]]></category>
		<category><![CDATA[歴史]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://tkido.com/blog/?p=3967</guid>
		<description><![CDATA[【第33回】　【目次】　【第35回】 　前回から3年弱も間が開いてしまったが、何事もなかったように再開しよう。あと2回ほど『イルカと話す日』を続けたあと、リリー博士のまとめに入る。 第三章　クジラ類との異種間コミュニケー [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><!--<br />
ガイア教の天使クジラ34 ジョン・C・リリー『イルカと話す日』 7/8<br />
--></p>
<p>
<a href="http://tkido.com/blog/wp-content/uploads/2011/08/1coma34.jpg"><img src="http://tkido.com/blog/wp-content/uploads/2011/08/1coma34-200x182.jpg" alt="（今日の一コマ）" title="（今日の一コマ）" width="200" height="182" /></a>
</p>
<h3>【<a href="http://tkido.com/blog/682.html" target="_blank">第33回</a>】　【<a href="http://tkido.com/blog/656.html" target="_blank">目次</a>】　【<a href="http://tkido.com/blog/3976.html" target="_blank">第35回</a>】</h3>
<p>
　前回から3年弱も間が開いてしまったが、何事もなかったように再開しよう。あと2回ほど<a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4871883191/mebiusproject-22/ref=nosim/" target="_blank">『イルカと話す日』</a>を続けたあと、リリー博士のまとめに入る。
</p>
<blockquote>
<h3>第三章　クジラ類との異種間コミュニケーションに必要な諸科学</h3>
<p>
　一九五五年から現在までのあいだに、異種間コミュニケーションを実現するためには、事実や理論を理解するためにさまざまな科学が必要だということが明らかになった。こうした理解を助長する科学は、少なくとも一〇種類（おそらくはそれ以上）ある。<br />
　<a href="http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%88%E3%83%9E%E3%82%B9%E3%83%BB%E3%82%AF%E3%83%BC%E3%83%B3" target="_blank">トマス・クーン</a>が述べているとおり、科学が飛躍的発展を遂げるためには、従来の思考の枠組み（<a href="http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%91%E3%83%A9%E3%83%80%E3%82%A4%E3%83%A0" target="_blank">パラダイム</a>）とはまったく異なる新しい思考のパラダイムが形成され、若い世代に教えられることが必要である。そうしてはじめて古いパラダイムはその支持者とともに消滅していくのである。
</p>
</blockquote>
<p>
　<strong>「<a href="http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%91%E3%83%A9%E3%83%80%E3%82%A4%E3%83%A0%E3%82%B7%E3%83%95%E3%83%88" target="_blank">パラダイムシフト</a>をやたらと強調する学者はトンデモって相場が決まってるじゃん。なんで大勢がこんなのにコロっと騙されたの？」</strong>
</p>
<p>
　みたいな感想を持つ人も読者の中にはいるだろう。（いてほしい。）そして、そこまで分かる人には、それは因果が逆転した後知恵の発想だということにも気がついてほしい。
</p>
<p>
　リリー博士のような学者が――イルカ・クジラの話に限らず――過去に大勢いて、そしてさらに大勢の人々がそれに騙されたおかげで、現在の我々が
</p>
<ul>
<li>パラダイムシフトをやたらと強調する学者はトンデモって相場が決まってる</li>
</ul>
<p>
　というような知識を持ちえているのだ、と考えるべきだ。
</p>
<p>
　パラダイムの概念は元々問題が多く、ここではさらに通俗的な述べられ方をしているので、あまりまともに受け取らないようにしてもらいたいが、通俗的だからといって必ずしも間違いとは限らない。
</p>
<p>
　<strong>結局のところ、時代精神というものは、古い考え方を身につけた古い世代が死んでいなくなり、新しい世代に取って代わられることによってしか、本当には変わらないのだ。</strong>
</p>
<p>
　このことは、良くも悪くも、好むと好まざるとにかかわらず、しばしば事実であり、今後このシリーズにとって重要なテーマのひとつとなる。
</p>
<h3>第四章　クジラ類（イルカ、クジラ）とは何か？</h3>
<p>
　ある人間が自明と信じて疑わない真の偏見は、しばしば、意識的に強力な主張を行っている時よりも、むしろ一見客観的に事実を羅列しているだけの時にこそ、よく現れる。その好例としてひとつ表を見てもらおう。
</p>
<p>
　いちいち突っこんでいたらきりがないので、間違っている点や意味不明な点を逐一指摘することはしない。それは読者自身の宿題とする。その能力すら自分にないと思う人は読まないようにしてほしい。
</p>
<p>
<a href="http://tkido.com/blog/wp-content/uploads/2011/08/mananddol108.jpg"><img src="http://tkido.com/blog/wp-content/uploads/2011/08/mananddol108-200x127.jpg" alt="表2_1" title="表2_1" width="200" height="127" style="border:1px solid black; float:none;" /></a>
</p>
<p>
<a href="http://tkido.com/blog/wp-content/uploads/2011/08/mananddol109.jpg"><img src="http://tkido.com/blog/wp-content/uploads/2011/08/mananddol109-200x128.jpg" alt="表2_2" title="表2_2" width="200" height="128" style="border:1px solid black; float:none;" /></a>
</p>
<p>
　……どうだろう？　個人的に、この表は好きだ。博士が人間がイルカをどのように見ていたのかがよくわかるし、そこかしこから静かな狂気とでも言うべきものの片鱗が伝わってきてゾクゾクする。
</p>
<p>
　特に「8.戦争も徴兵もない」のくだりなどは、なかなかケッサクではないか<span class="footnote"><a href="#14046410f1" name="14046410fn1" title="真理だ！（笑）">*1</a></span>と思うが、今回一箇所だけ取り上げたいのは、そこではなく、シャチの部分だ。
</p>
<p>
　シャチの胃からイルカやスナメリが出てきたらなんだというのだろう。<strong>「胃の内容を調べたところ、ヌーを食べていたライオンがいた」</strong>と記すようなものではないか。頭がおかしいのか？　と思うのが「普通」だろう。
</p>
<p>
　ここで博士の頭がおかしくないと言ったら、たぶん嘘になる。彼はどうも鯨類全体を同種のようなものだと考えているようで、それはいくら当時の基準で最大限の情状酌量を試みたとしても相当におかしい。
</p>
<p>
　だがしかし、それでもなお、ここには「普通」の現代日本人が一読して感じるであろう印象よりも、かなり深い話が隠れている。
</p>
<p>
　すなわち動物が他の動物を――人間のことはひとまず考えないとしても――食べるとき、何が何を食べるのが「正常」で「自然な」ことであり、何が何を食べるのがそうでないのか？　ということだ。
</p>
<p>
　この本のまとめのところで近いうちに詳述するが、重要なことなので、一度それまでに自分なりに考えておいてもらいたい。<a href="http://tkido.com/blog/579.html" target="_blank">第23回</a>のロンブローゾの発言がヒントになるかもしれない。
</p>
<p>
　次の第八章は、リリー博士をはじめとする当時のリベラルな科学者および科学的教養を持つ人たちの科学観がよく出ていて有益だと思われるので、やや詳細に紹介しよう。
</p>
<blockquote>
<h3>第八章　科学的観察者の進歩と社会の進歩</h3>
<p>
　宗教的な世界観は、人間の本能に「人間の中の獣」というレッテルを貼り、これを退けた。人間の性行為、攻撃的な行動といったものはすべて「人間の中の獣」に属するものとされた。他の哺乳類が擬人化され、人問の性格を言い表わすのに用いられた。だらしのない、不潔な人間はブタのようだと形容され、あたかもブタの性格を持っているかのようにいわれた。また「羊のような（気が弱い）」といわれる人間もいた。言葉を換えれば、「（羊のように）気が弱い性格」という場合、それは大半の人間ではなく、羊というものの特性と考えられているのである。すべての動物が人間よりも劣るものとして考えられていた。人間に向かっていわれる、「サン・オブ・ア・ビッチ（犬の子供＝畜生）」のような罵声は、動物にたいする蔑視から生まれたものであり、その淵源は人間の中に獣を認める宗教的な物の見方にある。
</p>
</blockquote>
<p>
　事程左様に、リリー博士および彼と同じ時代に生きた多くの人々は、キリスト教を、とりわけその動物蔑視を、厳しく批判した。人間だけが魂を持ち、自明に優れており、だから偉いのだという聖書的・西洋的な思想を、差別的な・劣ったものとして激しく断罪した。
</p>
<p>
　だからなんだとは言わないが、誰かさんたちとそっくりな意見だな？
</p>
<blockquote>
<p>
　現代の医学は、心は脳の中にだけにあるという点で意見が一致している。現代の見解にしたがえば、観察者や科学者は次のような限界を設けられている。
</p>
<ol>
<li>どの観察者も脳の中に一つの心しか持っていない。</li>
<li>どの観察者も知識に限度がある――経験から得られた知識、実験から得られた知識、理論から得られた知識のどれにも限界がある。観察者が作る現実のシミュレーションは、その人間の現実にたいする観察に限界を設ける。</li>
<li>どの観察者も自分の内面を外界に投影して生きており、自分のシミュレーション・スペース、自分の信念の体系の中で生きている。とりわけ観察者の信念は、彼が観察する事象に制限を設け、彼が真実と考えるもの、努力を注ぐに値するものを限定する。</li>
</ol>
</blockquote>
<p>
　ここだけ見ると、単語の選び方などに若干SFくさく感じる部分はあるものの、結構まともなことを言ってるように見える。現代でも賞賛されるべき、知的に謙虚で誠実な態度であるように見える。見えるだけでなく、実際に大部分は<span class="footnote"><a href="#14046410f2" name="14046410fn2" title="実を言うとこの中にはひとつ、今まさに激しい挑戦を受けている主張があり、そのことはこのシリーズ全体にも少なからぬ影響を及ぼすのだが、それはかなり後の話。今はまだ気にしないでいい。">*2</a></span>そうだと思われる。
</p>
<blockquote>
<p>
　この科学的観察者がさらに成長するためには次のような明瞭な必要条件がある。
</p>
<ul>
<li>a 各観察者は自己の信念を厳密に点検し、見直しをほどこして、その信念が経験と実験から得られた現実と一致するものかどうかを見定めなければならない。自分を取り巻く社会にたいする信念も再検討して、これまでの社会経験との整合を図らなければならない。</li>
<li>b 科学的観察者は人類の脳の発達と他の生物の脳の発達を研究しないかぎり、公平な立場に立つことができない。自分自身の中枢神経系の構造について学習し、その機能と起源を理解し、他の生物の場合と比較してみることなしには、観察者は地球上での自分の位置を的確に把握することはできない。</li>
<li>c 現代の科学的観察者は、自分がいまだに発達過程にある哺乳類であるという認識を持つ必要がある。<strong>科学的研究は西欧の啓蒙主義の産物</strong>であって全能ではない。</li>
<li>d 現代の科学的観察者が理解しなければならないのは、自分が、人類と他の生物とが構成する巨大なフィードバックシステムをになう一員だということである。観察者が理解すべきなのは、人類が確立した、<strong>切り離された「現実」とは、この社会で承認されている通説によって定義されたものだ</strong>ということである。</li>
<li>e さらに現代の科学的観察者が理解すべき点は、人間社会の外部を取り巻く現実が、いずれはその要求を明瞭に提示して、地上に生息するさまざまな生物の将来の発展と衰退のパラメーターを決定するという点である。</li>
</ul>
</blockquote>
<p>
　このあたりまで来ると、依然としておおむね現代にも通じる謙虚な態度であると認められつつも、いくつか見過ごせない部分が現れてくる。
</p>
<p>
　特に強調した部分に見られる<strong>「科学は西洋の産物にすぎない」</strong>とか<strong>「社会と切り離された現実なるものは存在しない」</strong>とかいう類の、当時流行した極端な相対主義の言説は、現代では行き過ぎであったと見なされることが多い。
</p>
<p>
　これはまだ歴史の一ページと言えるほど古い話でもないし、まだまだ単独でも分厚い本が何冊も出ているようなテーマなので、このシリーズでこれ以上つっこんで論じることはおそらくできない。文句があれば聞くが、いったんそういうものだと思ってもらいたい。
</p>
<p>
　ここでは次のことを再確認してもらえれば十分だ。客観性の軽視をはじめとするリリー博士の様々なおかしさを、ただ彼一人の狂気として片付けてしまうことはできない。当時の思想・哲学全体の傾向の一部分だということを考慮に入れなければ正しい理解はできないのだ。
</p>
<blockquote>
<p>
　こうしてわれわれは、現代の科学的観察者が人類の生物学的構造と進化の過程とを意識しているということを理解する。また観察者は人類の将来の進化について、さまざまな可能性のあることに気がついているが、そのうちのどれが実現するかは、現代の社会の通念がどのような発展を遂げ、どのような構造を持つかにかかっている。観察者はもはや世界中に遍在するわけでもなく、全能でも、全知の存在でもない。彼は全知全能の存在になりたいという望みをあきらめ、世界がこれからも現在の構造を維持したまま構築されうるのではないかという願望も捨てている。<br />
　<strong>人間は、自分自身の願望を法律や社会通念の中に投影することをやめなければならない。</strong>
</p>
</blockquote>
<p>
　それを自分自身に適用することができていれば……と思わざるをえない。しかし同時に、もしそうしていたら、彼は歴史にあまり独創的な貢献は成しえなかったに違いないとも思う。難しいところだ。
</p>
<div class="footnote">
<p>
<a href="#14046410fn1" name="14046410f1">*1</a>：真理だ！（笑）<br />
<a href="#14046410fn2" name="14046410f2">*2</a>：実を言うとこの中にはひとつ、今まさに激しい挑戦を受けている主張があり、そのことはこのシリーズ全体にも少なからぬ影響を及ぼすのだが、それはかなり後の話。今はまだ気にしないでいい。
</p>
</div>
<h3>【<a href="http://tkido.com/blog/682.html" target="_blank">第33回</a>】　【<a href="http://tkido.com/blog/656.html" target="_blank">目次</a>】　【<a href="http://tkido.com/blog/3976.html" target="_blank">第35回</a>】</h3>
<h3>おまけ</h3>
<p>
　学校も試験もない。<br />
<iframe width="312" height="176" src="http://ext.nicovideo.jp/thumb/sm2618601" scrolling="no" style="border:solid 1px #CCC;" frameborder="0"><a href="http://www.nicovideo.jp/watch/sm2618601">【ニコニコ動画】【ジョジョ】４部で墓場鬼太郎OP</a></iframe></p>
]]></content:encoded>
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		</item>
		<item>
		<title>エドワード・O・ウィルソン『人間の本性について』</title>
		<link>http://tkido.com/blog/3965.html</link>
		<comments>http://tkido.com/blog/3965.html#comments</comments>
		<pubDate>Sat, 27 Aug 2011 13:33:36 +0000</pubDate>
		<dc:creator>木戸孝紀</dc:creator>
				<category><![CDATA[科学技術哲学]]></category>
		<category><![CDATA[科学]]></category>
		<category><![CDATA[書評]]></category>
		<category><![CDATA[進化]]></category>
		<category><![CDATA[人間]]></category>
		<category><![CDATA[人類]]></category>
		<category><![CDATA[政治]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://tkido.com/blog/?p=3965</guid>
		<description><![CDATA[　エドワード・オズボーン・ウィルソンのピュリツァー賞受賞作。内容はタイトル通りで、賞に相応しい素晴らしさ。 　私が生まれた年の本だが、いま見てもそれほど古びていない。問題になりそうなほど古いのは、同性愛を擁護するのにヘル [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>
<a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4480083359/mebiusproject-22/ref=nosim/" name="amazletlink" target="_blank"><img src="http://ecx.images-amazon.com/images/I/41EXDDRE77L._SL160_.jpg" alt="人間の本性について (ちくま学芸文庫)" style="border: 1px solid black;" /></a>
</p>
<p>
　<a href="http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A8%E3%83%89%E3%83%AF%E3%83%BC%E3%83%89%E3%83%BB%E3%82%AA%E3%82%BA%E3%83%9C%E3%83%BC%E3%83%B3%E3%83%BB%E3%82%A6%E3%82%A3%E3%83%AB%E3%82%BD%E3%83%B3" target="_blank">エドワード・オズボーン・ウィルソン</a>のピュリツァー賞受賞作。内容はタイトル通りで、賞に相応しい素晴らしさ。
</p>
<p>
　私が生まれた年の本だが、いま見てもそれほど古びていない。問題になりそうなほど古いのは、同性愛を擁護するのにヘルパー説に頼っているところぐらいか。
</p>
<p>
　同じ人間が<a href="http://tkido.com/blog/3435.html" target="_blank">『創造』</a>みたいなすっとこどっこいな本を書いたとは、なかなか信じられないほどだが、この本のラストには、それに繋がった問題意識がすでに見られる。
</p>
<blockquote>
<p>
　科学的自然主義scientific naturalismの決定的な強みは、その主敵たる伝統的宗教を、物質的な現象としてあますところなく説明してしまうことができるという点にあると言える。つまり、神学が独立した知的分野として生き残れる見込みはなくなったのである。しかしそれでも、宗教それ自体は、社会に重大な影響力を及ぼすものとして、今後も長く存続することであろう。産みの母である大地からエネルギーを吸収したという神話上の巨人アンティオスと同様に、宗教もまた、単に地上に打ち倒されたぐらいのことで打破されるものではないからである。科学的自然主義の精神的な弱みは、アンティオスにとっての大地に相当するような力の供給源を、それが欠いているということに由来している。科学的自然主義は宗教的感情の強固さの唯物学的源泉を説明しはするが、現在のままの形態では、その力を自らの側に引きよせることはできないのである。なぜなら、科学的自然主義の進化的叙事詩は、人間個人の不滅性を否定し、その代りにただ人類という生物種の実存的な意味を示してみせるばかりだからである。ヒューマニストたちが、精神的帰依や自己放棄の強烈な快感を享受することは決してないであろう。科学者たちは、司祭の役目など金輪際果たせるものではないのだ。かくして我々は次の問いに逢着した。宗教の源泉を白日のもとにさらしてしまうこの偉大な新しい企てに、当の宗教の力そのものをふり向けさせる方法が、一体存在するのだろうか。
</p>
</blockquote>
<h3>関連書籍</h3>
<p>
<iframe src="http://rcm-jp.amazon.co.jp/e/cm?lt1=_blank&#038;bc1=000000&#038;IS2=1&#038;bg1=FFFFFF&#038;fc1=000000&#038;lc1=0000FF&#038;t=mebiusproject-22&#038;o=9&#038;p=8&#038;l=as4&#038;m=amazon&#038;f=ifr&#038;ref=ss_til&#038;asins=4314010649" style="width:120px;height:240px;" scrolling="no" marginwidth="0" marginheight="0" frameborder="0"></iframe><iframe src="http://rcm-jp.amazon.co.jp/e/cm?lt1=_blank&#038;bc1=000000&#038;IS2=1&#038;bg1=FFFFFF&#038;fc1=000000&#038;lc1=0000FF&#038;t=mebiusproject-22&#038;o=9&#038;p=8&#038;l=as4&#038;m=amazon&#038;f=ifr&#038;ref=ss_til&#038;asins=4047914304" style="width:120px;height:240px;" scrolling="no" marginwidth="0" marginheight="0" frameborder="0"></iframe><iframe src="http://rcm-jp.amazon.co.jp/e/cm?lt1=_blank&#038;bc1=000000&#038;IS2=1&#038;bg1=FFFFFF&#038;fc1=000000&#038;lc1=0000FF&#038;t=mebiusproject-22&#038;o=9&#038;p=8&#038;l=as4&#038;m=amazon&#038;f=ifr&#038;ref=ss_til&#038;asins=4480091645" style="width:120px;height:240px;" scrolling="no" marginwidth="0" marginheight="0" frameborder="0"></iframe><iframe src="http://rcm-jp.amazon.co.jp/e/cm?lt1=_blank&#038;bc1=000000&#038;IS2=1&#038;bg1=FFFFFF&#038;fc1=000000&#038;lc1=0000FF&#038;t=mebiusproject-22&#038;o=9&#038;p=8&#038;l=as4&#038;m=amazon&#038;f=ifr&#038;ref=ss_til&#038;asins=4130120328" style="width:120px;height:240px;" scrolling="no" marginwidth="0" marginheight="0" frameborder="0"></iframe>
</p>
<h3>おまけ</h3>
<p>
　<a href="http://dic.nicovideo.jp/a/MMD%E6%9D%AF" target="_blank">MMD杯</a>は今回もレベル高かったな。<br />
<iframe width="312" height="176" src="http://ext.nicovideo.jp/thumb/sm15356096" scrolling="no" style="border:solid 1px #CCC;" frameborder="0"><a href="http://www.nicovideo.jp/watch/sm15356096">【ニコニコ動画】【<a href="http://tkido.com/blog/537.html" target="_blank">第7回</a>MMD杯本選】Sweet Magicを魔法使い　が踊ってくれました</a></iframe></p>
]]></content:encoded>
			<wfw:commentRss>http://tkido.com/blog/3965.html/feed</wfw:commentRss>
		<slash:comments>0</slash:comments>
		</item>
		<item>
		<title>ジェームズ・ロバート・ブラウン『なぜ科学を語ってすれ違うのか――ソーカル事件を超えて』</title>
		<link>http://tkido.com/blog/3926.html</link>
		<comments>http://tkido.com/blog/3926.html#comments</comments>
		<pubDate>Fri, 24 Jun 2011 13:25:16 +0000</pubDate>
		<dc:creator>木戸孝紀</dc:creator>
				<category><![CDATA[科学技術哲学]]></category>
		<category><![CDATA[ソーカル事件]]></category>
		<category><![CDATA[科学]]></category>
		<category><![CDATA[書評]]></category>
		<category><![CDATA[政治]]></category>
		<category><![CDATA[哲学]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://tkido.com/blog/?p=3926</guid>
		<description><![CDATA[　東大生協で見かけて、あまり期待せずに読書リストに突っ込んでおいたものだったが、予想外に素晴らしかった。 　ソーカル事件に関するものの中では、『知の欺瞞』そのものは別として、私の知る限り一番いい本だと思う。 　いま何やか [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>
<a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/462207558X/mebiusproject-22/ref=nosim/" name="amazletlink" target="_blank"><img src="http://ecx.images-amazon.com/images/I/41IhlRlIjYL._SL160_.jpg" alt="なぜ科学を語ってすれ違うのか――ソーカル事件を超えて" style="border: none;" /></a>
</p>
<p>
　東大生協で見かけて、あまり期待せずに読書リストに突っ込んでおいたものだったが、予想外に素晴らしかった。
</p>
<p>
　<a href="http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%BD%E3%83%BC%E3%82%AB%E3%83%AB%E4%BA%8B%E4%BB%B6" target="_blank">ソーカル事件</a>に関するものの中では、『知の欺瞞』そのものは別として、私の知る限り一番いい本だと思う。
</p>
<p>
　いま何やかやで時間をかけられないので、内容そのものには詳しく触れられないが、このあたりの問題に興味のある人には、強くオススメしておく。
</p>
<h3>参考リンク</h3>
<ul>
<li><a href="http://www.msz.co.jp/book/detail/07558.html" target="_blank">なぜ科学を語ってすれ違うのか：みすず書房</a></li>
<li><a href="http://blogs.dion.ne.jp/hiroichiblg/archives/9879972.html" target="_blank">海洋学研究者の日常: 「なぜ科学を語ってすれ違うのか　ソーカル事件を超えて」</a></li>
<li><a href="http://satoshi8812.at.webry.info/201101/article_1.html" target="_blank">「なぜ科学を語ってすれ違うのか‐ソーカル事件を超えて」ジェームズ・ロバート・ブラウン 読書の記録/ウェブリブログ</a></li>
</ul>
<h3>関連書籍</h3>
<p>
<iframe src="http://rcm-jp.amazon.co.jp/e/cm?lt1=_blank&#038;bc1=000000&#038;IS2=1&#038;bg1=FFFFFF&#038;fc1=000000&#038;lc1=0000FF&#038;t=mebiusproject-22&#038;o=9&#038;p=8&#038;l=as4&#038;m=amazon&#038;f=ifr&#038;ref=ss_til&#038;asins=4000056786" style="width:120px;height:240px;" scrolling="no" marginwidth="0" marginheight="0" frameborder="0"></iframe><iframe src="http://rcm-jp.amazon.co.jp/e/cm?lt1=_blank&#038;bc1=000000&#038;IS2=1&#038;bg1=FFFFFF&#038;fc1=000000&#038;lc1=0000FF&#038;t=mebiusproject-22&#038;o=9&#038;p=8&#038;l=as4&#038;m=amazon&#038;f=ifr&#038;ref=ss_til&#038;asins=4622016672" style="width:120px;height:240px;" scrolling="no" marginwidth="0" marginheight="0" frameborder="0"></iframe><iframe src="http://rcm-jp.amazon.co.jp/e/cm?lt1=_blank&#038;bc1=000000&#038;IS2=1&#038;bg1=FFFFFF&#038;fc1=000000&#038;lc1=0000FF&#038;t=mebiusproject-22&#038;o=9&#038;p=8&#038;l=as4&#038;m=amazon&#038;f=ifr&#038;ref=ss_til&#038;asins=4815804532" style="width:120px;height:240px;" scrolling="no" marginwidth="0" marginheight="0" frameborder="0"></iframe>
</p>
<h3>おまけ</h3>
<p>
<iframe width="312" height="176" src="http://ext.nicovideo.jp/thumb/sm3782388" scrolling="no" style="border:solid 1px #CCC;" frameborder="0"><a href="http://www.nicovideo.jp/watch/sm3782388">【ニコニコ動画】【耳コピ+アレンジ】 Strawberry Crisis!! 【東方旧作】</a></iframe></p>
]]></content:encoded>
			<wfw:commentRss>http://tkido.com/blog/3926.html/feed</wfw:commentRss>
		<slash:comments>2</slash:comments>
		</item>
		<item>
		<title>ニコラス・ウェイド『宗教を生みだす本能　―進化論からみたヒトと信仰』</title>
		<link>http://tkido.com/blog/3922.html</link>
		<comments>http://tkido.com/blog/3922.html#comments</comments>
		<pubDate>Sat, 18 Jun 2011 05:29:57 +0000</pubDate>
		<dc:creator>木戸孝紀</dc:creator>
				<category><![CDATA[科学技術哲学]]></category>
		<category><![CDATA[科学]]></category>
		<category><![CDATA[宗教]]></category>
		<category><![CDATA[書評]]></category>
		<category><![CDATA[進化]]></category>
		<category><![CDATA[人類]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://tkido.com/blog/?p=3922</guid>
		<description><![CDATA[　原題&#8221;THE FAITH INSTINCT&#8221;。スティーブン・ピンカーの&#8221;THE LANGUAGE INSTINCT&#8221;（『言語を生みだす本能』）を意識して、その向こうを張っ [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>
<a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4757142587/mebiusproject-22/ref=nosim/" name="amazletlink" target="_blank"><img src="http://ecx.images-amazon.com/images/I/51zmex433bL._SL160_.jpg" alt="宗教を生みだす本能　―進化論からみたヒトと信仰" style="border: 1px solid black;" /></a>
</p>
<p>
　原題&#8221;THE FAITH INSTINCT&#8221;。<a href="http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B9%E3%83%86%E3%82%A3%E3%83%BC%E3%83%96%E3%83%B3%E3%83%BB%E3%83%94%E3%83%B3%E3%82%AB%E3%83%BC" target="_blank">スティーブン・ピンカー</a>の&#8221;THE LANGUAGE INSTINCT&#8221;（『言語を生みだす本能』）を意識して、その向こうを張ったものだ。
</p>
<p>
　<strong>宗教を生み出し運用する能力は、言語を生み出し運用する能力と同じく、集団を内部で結束させ、他集団との戦闘などで有利にするために、進化によって積極的に選択された本能であり、何かの副作用でたまたま生じたわけではない。</strong>
</p>
<p>
　というのが主な主張になる。
</p>
<p>
　私は、この問題に限って言えば、ある程度グループ淘汰的な見方を受け入れるべきであろうと思っているので、全体としては同意できる部分が多い。
</p>
<p>
　ドーキンスやピンカーが宗教の適応的意義を軽視しすぎている、という意見には、ほぼ完全に同意する。
</p>
<p>
　厳しい戒律やタブーなど、宗教の持つ一見理不尽な要素も、それを行うコストによってフリーライダーの侵入を阻むためのものだ、という説明は、まあ常識的といってよいと思う。
</p>
<p>
　たとえば『神は妄想である』のドーキンスが伝統宗教の理不尽な点をあげつらうばかりで、分かっていないはずはないのにそのような基本的な説明をしないのは、確かにずるいと思う。
</p>
<p>
　最初の方はかなり期待していたのだが、後半に行くに従って、だんだん失速している。根拠に乏しいまま、ただ「〜だっただろう」とそれまでと同じようなことを繰り返す部分が多くなってくる。
</p>
<p>
　7章のイスラムの起源に関する仮説<span class="footnote"><a href="#86064972f1" name="86064972fn1" title="ムハンマドは実在の人物ではなくその歴史は後世の創作であり、初期の碑文などにある「ムハンマド」という言葉はイエス・キリストを指すものだったというもの。">*1</a></span>は、かなり極端で、まかり間違って結果的にそれが正しかったとしても、現時点でこの本に入れるのは適切ではないように思われる。
</p>
<p>
　全体的には、勇み足っぽく見えるところも多いが、悪くない本だったと思う。「勇み足」という単語にデジャビュを感じて検索したら、<a href="http://tkido.com/blog/3621.html" target="_blank">以前</a>同じ著者の本に対して同じ単語を使っていたのに気がついた。著者がそういう気質なのだろうか。
</p>
<div class="footnote">
<p>
<a href="#86064972fn1" name="86064972f1">*1</a>：ムハンマドは実在の人物ではなくその歴史は後世の創作であり、初期の碑文などにある「ムハンマド」という言葉はイエス・キリストを指すものだったというもの。
</p>
</div>
<h3>関連書籍</h3>
<p>
<iframe src="http://rcm-jp.amazon.co.jp/e/cm?lt1=_blank&#038;bc1=000000&#038;IS2=1&#038;bg1=FFFFFF&#038;fc1=000000&#038;lc1=0000FF&#038;t=mebiusproject-22&#038;o=9&#038;p=8&#038;l=as4&#038;m=amazon&#038;f=ifr&#038;ref=ss_til&#038;asins=4140017406" style="width:120px;height:240px;" scrolling="no" marginwidth="0" marginheight="0" frameborder="0"></iframe><iframe src="http://rcm-jp.amazon.co.jp/e/cm?lt1=_blank&#038;bc1=000000&#038;IS2=1&#038;bg1=FFFFFF&#038;fc1=000000&#038;lc1=0000FF&#038;t=mebiusproject-22&#038;o=9&#038;p=8&#038;l=as4&#038;m=amazon&#038;f=ifr&#038;ref=ss_til&#038;asins=4140017414" style="width:120px;height:240px;" scrolling="no" marginwidth="0" marginheight="0" frameborder="0"></iframe><iframe src="http://rcm-jp.amazon.co.jp/e/cm?lt1=_blank&#038;bc1=000000&#038;IS2=1&#038;bg1=FFFFFF&#038;fc1=000000&#038;lc1=0000FF&#038;t=mebiusproject-22&#038;o=9&#038;p=8&#038;l=as4&#038;m=amazon&#038;f=ifr&#038;ref=ss_til&#038;asins=4152088265" style="width:120px;height:240px;" scrolling="no" marginwidth="0" marginheight="0" frameborder="0"></iframe>
</p>
<h3>おまけ</h3>
<p>
　マイクラ三大宗教のひとつイカ教。<br />
<iframe width="312" height="176" src="http://ext.nicovideo.jp/thumb/sm13469687" scrolling="no" style="border:solid 1px #CCC;" frameborder="0"><a href="http://www.nicovideo.jp/watch/sm13469687">【ニコニコ動画】【Minecraft】イカ天国を作ってみた【IKA-TEN】</a></iframe></p>
]]></content:encoded>
			<wfw:commentRss>http://tkido.com/blog/3922.html/feed</wfw:commentRss>
		<slash:comments>0</slash:comments>
		</item>
		<item>
		<title>フリーマン・ダイソン『宇宙をかき乱すべきか〈下〉』</title>
		<link>http://tkido.com/blog/3887.html</link>
		<comments>http://tkido.com/blog/3887.html#comments</comments>
		<pubDate>Sat, 02 Apr 2011 14:59:38 +0000</pubDate>
		<dc:creator>木戸孝紀</dc:creator>
				<category><![CDATA[科学技術哲学]]></category>
		<category><![CDATA[エネルギー]]></category>
		<category><![CDATA[フリーマン・ダイソン]]></category>
		<category><![CDATA[科学]]></category>
		<category><![CDATA[時事]]></category>
		<category><![CDATA[書評]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://tkido.com/blog/?p=3887</guid>
		<description><![CDATA[　上巻に続いて下巻から、クリーンエネルギー関連の話題。 　短絡的な善悪二分法は害悪であり、短いスパンの現実と長いスパンの理想は両立しうるし、させねばならない。 　今日の状況の参考にすべき部分は多いと思われる。 21 銀河 [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>
<a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4480089616/mebiusproject-22/ref=nosim/" name="amazletlink" target="_blank"><img src="http://ecx.images-amazon.com/images/I/51GA7B77C9L._SL160_.jpg" alt="宇宙をかき乱すべきか〈下〉 (ちくま学芸文庫)" style="border:1px solid black;" /></a>
</p>
<p>
　<a href="http://tkido.com/blog/3886.html" target="_blank">上巻</a>に続いて下巻から、クリーンエネルギー関連の話題。
</p>
<p>
　短絡的な善悪二分法は害悪であり、短いスパンの現実と長いスパンの理想は両立しうるし、させねばならない。
</p>
<p>
　今日の状況の参考にすべき部分は多いと思われる。
</p>
<blockquote>
<h3>21 銀河系の緑化</h3>
<p>
　なぜわれわれは、グレーは悪でグリーンは善だと単純に言うべきではないのか？　グリーンな技術を奉じグレーなあらゆるものを禁ずることによって救済への近道をとろうとすべきではないのか？　その答は、世界の物質的諸要求に応ずるためには技術は美しいだけではなく安価でもなければならないということにある。もしわれわれが、「グリーン・イズ・ビューティフル（緑は美にみちている）というイデオロギーがわれわれを将来困難な選択をせねばならない立場から救ってくれると思い、それは他のあれこれのイデオロギーが過去にわれわれを困難な選択から救ってくれたのより少しでもましだと思うなら、われわれはとんだ思い違いをしているのである。この地球の上では、太陽のエネルギーは人間にとって大変必要なものの一つである。あらゆる国が、富んでいる国も貧しい国もすべて、豊富な太陽のエネルギーを浴びているが、われわれはまだ、このエネルギーをわれわれの日常生活に必要な燃料や電力に変換するための安くて広く使える技術をもっていない。日光を燃料や電力に変換することは、科学的には平凡な問題である。原理的には、多くの異なる技術によってこの変換を行なうことができる。しかし、既存のどの技術でも安くはできない。われわれには、それらの技術を大規模に使って、われわれのエネルギー消費量の大きな部分を、急速に減少しつつある天然ガスと石油資源への依存から脱却することができるほどの資金の余裕はない。
</p>
<p>
　テッド・テイラーは、核盗みに関する仕事を終えると、まだ仕事のできる余生を太陽エネルギーの問題に捧げようと決意した。彼は太陽池装置の設計を練り上げた。それは、もしすべてがうまくゆけば、既存のどんな太陽エネルギー技術よりも根本的に安くなるかもしれないものであった。彼のアイデアは、土手で固まれた巨大な池を掘り、透明なプラスチックのエア・マットレスでふたをすることであり、それにより、水は日光で温められ、風や蒸発によって冷えるのを防がれる。夏も冬も水は温かいままになっている。その熱エネルギーは家庭暖房にも使えるし、市販の簡単な熱機関によって電力や化学燃料に変換することもできる。
</p>
<p>
（中略）
</p>
<p>
　テッドの特殊なアイデアがうまくゆくかどうかはたいして問題ではない。テッドは太陽エネルギー装置の一つを設計したに過ぎない。世界中には、別のアイデアで別の設計を試みているグループが何百とある。世界を変換するのには、なんらかの安くてうまくゆく装置が得られればいい。テッドの装置でなくてもいい。われわれが配慮すべきことは、各自のアイデアを推し進めようとするあらゆるグループに対して、彼らがなしうることを示す機会を与えるべきだというだけである。どのグループをも、イデオロギー的な理由によって排除したり挫折させてはならない。
</p>
<p>
　テッドの技術はグリーンというよりはグレーであり、美よりも実益のために設計されたものである。
</p>
<p>
（中略）
</p>
<p>
　しかし、二五年とか五〇年とかでなく、もっと先の未来を見渡せば、グリーンな技術にはもっと大きな将来性がある。
</p>
<p>
（中略）
</p>
<p>
　グリーンな技術に基づく太陽エネルギーの未来を想像してみよう。それは、われわれがDNA言語の読み書きを習得して、樹木の成長と代謝の仕組みを再プログラムすることができるようになった後のことである。地上に見えるのは、アメリカ杉が生い繁った谷だけであり、そこはカリフォルニアのタマルペイス山の山麗にあるミュアの森のように静寂でうっそうとしている。それらの樹木は天然のアメリカ杉ほど早く成長はしない。それらの細胞は、天然の樹木のようにおもにセルロースを合成するのでなく、純粋なアルコールとかオクタンとか他のなんらかのわれわれにとって便利な化学物質をつくりだす。水分が一組の導管系を通じて上昇してゆき、樹木が合成した燃料は別の導管系を投下して根へと送られる。地下では、根は生きているパイプライン網を形成していて、燃料を谷に沿って流下させる。この生きているパイプラインは、あちこちで生きていないパイプラインに連絡されていて、燃料は必要なあらゆる場所へ運ばれる。樹木を再プログラムする技術が達成されれば、こんな人工森林を自然の森林が育つ土地ならどこでもつくることができるだろう。
</p>
<p>
（中略）
</p>
<p>
　しかし人類は緊急に太陽エネルギーを必要としている。われわれは一〇〇年も待っていられない。もしプラスチックの池のほうが早く間にあうなら、われわれはプラスチックの池をつくって、人工樹木のほうは孫たちに委ねねばならない。
</p>
</blockquote>
<h3>おまけ</h3>
<p>
　あー感情をフリーエネルギーに変換するテクノロジーほしい。<br />
<iframe width="312" height="176" src="http://ext.nicovideo.jp/thumb/sm13986254" scrolling="no" style="border:solid 1px #CCC;" frameborder="0"><a href="http://www.nicovideo.jp/watch/sm13986254">【ニコニコ動画】【作業用BGM】　魔法少女まどか☆マギカ　音楽集</a></iframe></p>
]]></content:encoded>
			<wfw:commentRss>http://tkido.com/blog/3887.html/feed</wfw:commentRss>
		<slash:comments>0</slash:comments>
		</item>
		<item>
		<title>フリーマン・ダイソン『宇宙をかき乱すべきか〈上〉』</title>
		<link>http://tkido.com/blog/3886.html</link>
		<comments>http://tkido.com/blog/3886.html#comments</comments>
		<pubDate>Fri, 01 Apr 2011 13:46:09 +0000</pubDate>
		<dc:creator>木戸孝紀</dc:creator>
				<category><![CDATA[科学技術哲学]]></category>
		<category><![CDATA[フリーマン・ダイソン]]></category>
		<category><![CDATA[科学]]></category>
		<category><![CDATA[原発]]></category>
		<category><![CDATA[時事]]></category>
		<category><![CDATA[書評]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://tkido.com/blog/?p=3886</guid>
		<description><![CDATA[　星新一とフリーマン・ダイソンは、いつ読み返しても何かしら新しい発見がある。 　停電ネタで星新一を続けてやったので、今度はダイソンの自伝『宇宙をかき乱すべきか』の上下巻からそれぞれ一箇所ずつ抜粋する。まず上巻から原発につ [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>
<a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4480089608/mebiusproject-22/ref=nosim/" name="amazletlink" target="_blank"><img src="http://ecx.images-amazon.com/images/I/51T0ZNA33KL._SL160_.jpg" alt="宇宙をかき乱すべきか〈上〉 (ちくま学芸文庫)" style="border: 1px solid black;" /></a>
</p>
<p>
　<a href="http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%98%9F%E6%96%B0%E4%B8%80" target="_blank">星新一</a>と<a href="http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%95%E3%83%AA%E3%83%BC%E3%83%9E%E3%83%B3%E3%83%BB%E3%83%80%E3%82%A4%E3%82%BD%E3%83%B3" target="_blank">フリーマン・ダイソン</a>は、いつ読み返しても何かしら新しい発見がある。
</p>
<p>
　停電ネタで星新一を続けてやったので、今度はダイソンの自伝『宇宙をかき乱すべきか』の上下巻からそれぞれ一箇所ずつ抜粋する。まず上巻から原発についての話題を。
</p>
<p>
　要約すると、巨大さそのものがひとつの失敗だという意見だ。<a href="http://tkido.com/blog/554.html" target="_blank">『多様化世界』</a>の中の「迅速を尊ぶ」の章にも近い意見がある。
</p>
<p>
　ちなみに、1979年の本なので、福島原発事故はもちろん、地球温暖化問題のクローズアップによる原発再評価よりも前で、チェルノブイリやスリーマイルよりも前であることに留意。
</p>
<blockquote>
<h3>9 小さな赤い校舎</h3>
<p>
　原子力発電は、どこが間違ってしまったのか？　一九五六年にフレディが私を原子炉の研究に招いたとき、私は人類に安くて無限のエネルギーを提供するこの大事業に自分の才能を発揮する機会がきたと躍り上がった。エドワード・テラーその他あの校舎に集まった人たちはみな同じように思った。ついに私たちは、核エネルギーを爆弾の製造よりいい目的に使う方法を獲得しつつあるのだ。ついに私たちは、原子力で何か善をなしつつあるのだ。ついに私たちは、人類の労苦や貧困をなくすための大量のエネルギーを世界に供給しようとしているのだ。この私たちの夢はどこが間違ったのか？
</p>
<p>
　この間いに対しては簡単な答はない。多くの歴史的な力が合わさって、原子力の開発を私たちが期待したよりやっかいで金のかかるものにしてしまった。もし当時私たちがもっと賢明であったなら、三〇年間の満たされない夢の後に新しい世代の若者や政治家が出てきて、原子力をわなとみなし、そのわなから私たちを解放するのが自分たちの使命だと考えるに至ることを、私たちは予見しえていたかもしれない。三〇年昔の夢が今日の若者に共感を呼び起こさないのは、しごく当然である。若者を前進させ続けるには、新たな夢が必要である。原子力を取り巻く政治的雰囲気があの小さな赤い校舎の時代以後に明白に悪い方向へ変化した理由を、一般論で理解するのは容易である。しかし、私の信ずるところでは、今日の原子力産業を悩ましている困難の多くは、もっと特殊な理由のためである。それは、原子力産業そのものの内部に、あの校舎の精神がなくなってしまったことである。
</p>
<p>
　原子力産業が抱えている根本問題は、原子炉の安全性ではなく、廃棄物処理でもなく、核兵器拡散の危険でもない。これらのはどれも現実であるにせよである。原子力産業の根本的問題は、もはや誰も原子炉をつくるのになんら面白味を感じなくなったことである。今日の条件の下では、一群の熱狂家が一つの校舎に集まって一つの原子炉の設計・建設・試験・認可取得・販売を三年間で達成するなんてことは、とても考えられない。一九六〇年と一九七〇年との間のあるときから、この産業のなかから面白味が失われてしまったのである。冒険家や実験家や発明家は追い出され、経理士と経営家が支配するようになった。民間企業のなかばかりか、ロス・アラモスやリヴァモアやオークリッジやアルゴンヌの国立研究所でも、非常にさまざまな型の原子炉の建設や発明や実験に取り組んできた若い有能な人々のグループが解体された。経理士たちや経営家たちは、有能な人々を奇妙な原子炉で遊ばせておくのは能率的でないと断定した。そこで奇妙な原子炉は消えうせ、それに伴い既存の型の原子炉の枠を超えた根本的な改良の機会も消えうせた。今日残って運転されている原子炉はごく少数の型にかぎられており、そのどの型も巨大な官僚機構の中に凍結されて重要な改良がまったく不可能になっており、どの型も種々の点で技術的に不満足なものであり、どの型も以前に放棄された他の多くの可能な型より安全性が劣る。もはや誰も、原子炉をつくるのに面白味を感じない。あの小さな赤い校舎の精神は死んでしまった。私の考えでは、これが、原子力発電における誤りであった。
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（中略）
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　経済的な原子力発電所を開発しようとする世界的努力のなかで、今までに一〇〇種に満たない型の原子炉が運転されてきた。開発される原子炉の種類の数は、諸国の政府当局が経済的理由から冒険的な型を排除するにつれて、絶えず少なくなってきた。今日では、生き残れる望みのある型の原子力発電装置は約一〇種類しかない。しかも、現在の状況の下では、なんらかの根本的に新しい型が公平に試験されることは不可能である。これが、原子力発電装置がオートバイほど成功していない根本的な理由である。われわれは、一〇〇〇種もの違った型を試してみる忍耐力をもたなかった。その結果、本当に良い原子炉は発明されなかった。おそらく技術の世界でも、生物の進化と同様に、浪費が効率への鍵なのである。どちらの領域でも、小型のものは、大型のものより容易に進化する。鳥は進化したが、鳥の従兄弟の恐竜は絶滅した。
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　原子力発電の未来に希望はあるだろうか。もちろん、それはある。未来は予測しがたい。政治的な雰囲気や流行は急速に変化する。変わらない一つの事実は、人類は石油を使い尽くした後も莫大な量のエネルギーを必要とするだろうことである。人類は、なんらかの仕方でエネルギーの生産をしようとするであろう。その日が来たとき、人々はわれわれが現在建設しているものより安価で安全な原子力発電炉を必要とするであろう。おそらくそのときになれば、われわれの経営者や経理士たちは、小さな赤い校舎に一団の熱狂家を集めて、彼らにいろいろやってみる自由を与えるだけの知恵をもつであろう。
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</blockquote>
<h3>おまけ</h3>
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　かき乱す→ミキサー。<br />
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