2011 3/6

(本文とは無関係)

 たとえ話のたとえ話をしたい。たとえ話というのは地図のようなものだ。

 当然だが、地図は現実の地形そのものではない。分かりやすい線や図形で必要な情報だけを表し、残りを全て省いて単純化したものだ。だからこそ有用である。

 たとえ話に対して「元の話と違っているから不適切である」という批判は一般的にはナンセンスである。「1/1の地図」が役に立たないのと同じく、不適切でないたとえ話は無価値である。

 「1/1リアルタイム更新フルカラー3D地図」は現実の地形を表すのに不適切ではないかもしれないが、それを持っていることは、地図を持っていないのと同じである。

 ある場所に行きたいという共通の目的を持っている人々の間では、地図はとても役に立つ。人間の思考はコンピュータのようにはいかないので、論理的に同等なことでもたとえ次第で理解の度合いがまったく違うことはよくある。*1

 しかし、そこに行きたくないと思っている人に地図を与えても無意味だ。偶然に行き着いてしまう可能性もゼロにすることに「悪用」*2されるだけだろう。

 本論に反論できないときにも、たとえ話にツッコミを入れることは常に可能なので、そうして論点をずらした議論に引きずり込んで抵抗するのもよくあることだ。私は、そうした状況をたとえ話地獄と呼んでいる。

 たとえば、この話に対して、お前は馬鹿か「1/1リアルタイム更新フルカラー3D地図」はメチャメチャ有益だろ! と言い出す人が現れて私がその人にまた反論を始めたら、典型的なたとえ話地獄である。

 たとえ話は元からある意見・視点に賛成する人同士での手間や労力を省くことには役立っても、反対意見を持つ人を説得したり味方にしたりということにはまったく役に立たないのだ。

*1:参考:4枚カード問題 推論と社会ルール:進化研究と社会
*2:行きたいと思っている人の見方では。

おまけ

by 木戸孝紀 tags: