2010 1/10

切除されて

 ここしばらくヒューマン・ユニバーサルの話題を並べていたのは何故かというと、ちょっと前*1に見かけた一連の女性器切除の話題に関して、一言だけ触れておきたいと思ったから。

  1. 女性器切除
  2. ちょっと待って、「女性器切除」の話題! – キリンが逆立ちしたピアス
  3. 割礼儀礼の現場から Circumcision

 1の匿名のような素朴な意見は、もちろん2のような批判を免れえない。

 だが「女性器切除と一括りに呼ばれるものの中にも多様性がある」とか「現地女性の意見も様々だ」なんてことは百も承知の上で、3のような素朴な相対主義も、もはや支持しえない。

 現代の医学・人類学・霊長類学が明らかにしつつあるのは、女性の陰核や性感は、男性のペニスやリビドーの副産物などではなく*2生物学的にも社会的にも重要な武器のひとつ*3だということ。

 またさらに、陰核切除などの慣習にも、これ*4に代わるべき説得力のある説明はなく、別の脈絡では意味をなさない。この慣習を「女の割礼」――加入儀礼として男の包皮を切除するのと並ぶ慣習――と呼ぶことで説明してしまおうとするのは、あまりにあからさまな人類学的婉曲法である。このような説明はあてにならない。文化的な諸観念は、陰核の除去手術や陰唇の縫合(陰部封鎖)を行なって女の解剖学的構造を作り変えようという直截的な努力の上塗りにすぎない。それぞれの処置が男と女に対して及ぼす影響は根本的に異なっているのである。男の割礼は性的能力にきわだった影響を与えない。しかし、陰核切除は性的快楽を減少させる効果的手段である。

(サラ・ブラファー・ハーディー『女性の進化論 』)

 すでに多くの人が指摘していることだが、あらゆる意味で*5陰核切除を含む「女子割礼」に正しく相当する「男子割礼」は、包皮切除ではなく亀頭切断である。

 もちろんそんな男性にとって都合の悪い「文化」など、非難する・しない以前に、どこにも存在しない。何が文化かを決める権力は、常に男性が握っているからだ。*6

 (極端な)文化相対主義が徐々に批判に耐えられなくなってきた以上、人権の概念の方を大きく書き換えるのでない限り、少なくとも「男子の包皮切除が非難されないのは欧米中心主義だ」などという類の言説は、もはや批判に耐えられない。

 「じゃあどうすんの?」という話になるのだけど、今回の絡みで読んで一番バランスが取れていると思ったのは、流石に専門の文化人類学者らしいこちらのエントリ。

 心理学ではよくある話*7だが、実際には大したことがないものを魅力的に見せるのに、上から頭ごなしに禁止するより優れた方法はない。人間はただ禁止されているという理由だけで毒薬でもなめる。

 このような心理的傾向は、ほぼ間違いなく優位者の操作に対抗するために進化してきたものであろうから、一概に否定もできない。ただ、分かっていてそういう方向に追い込むなら、追い込んでしまう側には責任がある。

 仮に女性器切除の廃絶だけを目標とするにしても*8それを実現するベストな手段はおそらく、女性器切除への関心などおくびにも出さず、ひたすら現地の女性に対するエンパワーメントを進める、というようなものになろう。

 当然、このような見方を受け入れるならば、長い間、多くの女性に生じる現実の被害を、積極的に見て見ぬふりをすることを要請することになるわけで、そのことの倫理性は大きな問題になるであろうが、それはまた別の話。

*1:すでにちょっとどころではない前だけど。
*2:男性の乳首が、おそらく女性の乳首の単なる副産物であるようには。
*3:何も特別な意味ではなく、単に脳や目や手足がそうであるように。
*4:女性の社会行動・性的戦略を制限して男性の父性を確実にすること。
*5:相同器官であるという生物学的な意味でも、実際に果たしている生理的・社会的機能の上でも。
*6:完全な女権社会は、地球に未だかつて実在したことはないと思われている。いわゆるアマゾネスの伝説は、現代人にとってのビキニスーツの女戦士が登場するアニメ同様、男性の男性による男性のための性的ファンタジー以上のものではなかったであろう。(念の為に断っておくが、だからいかんと言ってるわけではないよ。性的ファンタジー大いに結構。現実とごっちゃにしなければ。)
*7:『影響力の武器』か何かにも出てきたと思う。
*8:もちろん「だけ」を目標にする必要などないだろうが。

関連書籍

おまけ

 亀頭とか書ける機会はあまりなさそうなのでこの際遠慮せず。

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2009 7/21

 最近読んだ本、またはずっと紹介したいと思っていた本の中から、個別エントリにするタイミングがなさそうなものを、まとめて一挙紹介。

 ★は1-5個でオススメ度。人に薦める価値がまったくないと思うものはそもそも取り上げないので、1個でもつまらないという意味ではない。

『自分をつくりだした生物―ヒトの進化と生態系』★★★

 ジョナサン・キングドン著。先史人類とそのテクノロジーが環境といかに相互作用してきたかという観点からの本格的な人類学本。

『BEST SOFTWARE WRITING』★★★

 Joel Spolsky編。おなじみJoelが編集したソフトウェア関係の良記事集。

『人間の安全保障』★★

 アマルティア・セン著。とても薄い新書。いい人だということはわかったが、さすがに薄すぎてこれだけでは何とも。もっと別の本も読んでみようと思うぐらいには面白かった。

『知的複眼思考法―誰でも持っている創造力のスイッチ 』★

 苅谷剛彦著。amazonレビューなどでは非常に評価が高かったが、そこまでとは思えなかった。すでに類似の本をけっこう読んでいるからだろうか?

『ルドルフ・シュタイナー―その人物とヴィジョン』★

 コリン・ウィルソン著。地下猫さんのところで小耳に挟んだので。まあ悪人ではないのだろうけど、私には普通のオカルト主義者としか見えなかった。

『紅一点論―アニメ・特撮・伝記のヒロイン像』★★★

 斎藤美奈子著。かなり昔読んでいて、最近どこかで見かけて思い出した。なかなか良い本だったと記憶している。

『地に呪われたる者』★

 フランツ・ファノン著。ここ経由で読んだ。つまらなくはなかったが特にこれといったことは。

おまけ

 今月はトレーニングが流行ってたようだがこれ以上はもう出んだろ。

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2009 5/15

生きながら火に焼かれて (ヴィレッジブックス)

 “名誉の殺人”を有名にした何年か前のベストセラー。存在は知っていたがやっと読んだ。

 男女平等と女性の社会進出は、先進国でこそある程度当たり前のようになってはいるが、まだまだ女は産む機械で奴隷で家畜以下の扱いという地域はいくらでもあるわけだ。

 こんな女性向け婚活サイトの命名ごときで絶賛炎上中の日本は暢気でいいなあ。

 なんて思ってたら全世界に発信されちゃってるし。「日本では男の子が家畜扱いされているのか許せん!」という誤解を招いて国際問題に発展……するわけねえか。

 そんなしょうもない妄想に逃げ込みたくなるほどの悲惨な現実。もちろん読んでいて楽しくはないですが一読をおすすめします。

関連図書

おまけ

 全部ゲームの話だったらいいのに……。

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2008 8/8

快楽電流―女の、欲望の、かたち

 現在、私たちのまわりには、〈性〉に関する幻想の、数多くの鏡のカケラが散らばっている。そのうちの一片には全てを打ち破る愛の物語があり、また別の一片には徹底した支配・服従の物語がある。こちらには貞操の物語があり、あちらには快楽の物語がある。

 かつてこれらの物語はそれぞれの鏡にまとまり、秩序だって、映すべき特定の人々を待っていた。しかし、今、それらの鏡はバラバラに壊れ、それぞれのカケラが、別のカケラの光を映して乱反射する。

 時にその一片を拾ってそこに移る景色をなぞり、時にいくつものカケラから図像の輪郭を復元し、それから図像のゆがみを辿って排除すべき切片を、注意深くより分ける――この、〈性〉という幻想のカレイド・スコープ(万華鏡)の中で、そんなことがどれほど有効なのかはわからない。ひとつの図像を写し取ってみた途端、それはもうすでに形を変え始めるかもしれず、ある図像はもう、骨董品としての価値だけのためにそこに飾られているのかもしれない。それによしんば、このカレイド・スコープの中の全ての物語を解読できたところで、人はそれから完全に自由になれるわけではない。

 だが、〈知る〉ことはそこから身を引きはがすための第一歩だ。私たちはすでにその探求の過程で、ありうべき新しい物語のほんのカケラなりと、見つけだすことができるだろうか?

 なんとも説明しづらい内容。タイトルから想像されるよりかなり真面目。ちょっと文学的なフェミニズム論みたいな感じ? いや、それでは全然表現できてない気がする。いわゆる普通のフェミニズム本ではない。上の導入部を読んでもらえば少しだけ雰囲気が掴めるかも。とにかく、ものすごく面白かった。

 東電OL殺人事件は外国人容疑者に対する扱いの問題としては知っていたけど、そんな側面もあったなんて夢にも知らなかったのでかなり驚いた。あと当然ながら、真面目なりにバリバリ18禁の内容を含むのでお子さまはご遠慮下さい。

おまけ

 男と女。

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2006 9/18

マザー・ネイチャー (上)

 「母親」について生物学・遺伝学・人類学・動物行動学・発達心理学等のありとあらゆる科学的見地からまとめた本。

 個々の分野については特に斬新というわけではないが、これほどまとまってる本は今までなかったと思う。特にフェミニズムや少子化問題について何かしら考えたいという人は必読ではないかと思う。

 子殺し事件が起きるたびに母性本能がどうのという無意味な議論が繰り返されるし、中絶の是非をめぐって賛成派と反対派が文字通り殺し合いをしている国もある。

 こういった問題は現代社会だけを見ていても決してわからない。世界は大きな大きなパンダの親指であり、歴史に拘束された不完全性で溢れている。歴史を遡って過去を調べない限り理解も解決もできない問題なのだ。

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