2009 2/1

生と死の自然史―進化を統べる酸素

0.予習

 予告しておいてから随分間が開いたが、久しぶりに相当面白い本に当たったので紹介する。すごくオススメである。続編にあたる『ミトコンドリアが進化を決めた』も都合がつき次第読みたいと思っている。

 まず、絶対に必要というわけではないが以下のエントリの内容を踏まえておいた方がもっと面白いと思う。

1.ホロコーストはなかった!

 地球には初め酸素はなく、地球の生命はほぼ全て嫌気性生物であった。初めて光合成の老廃物として酸素を放出する生物が出現したとき、他の生物は猛毒の酸素によってなぎ倒され地球最初の大量絶滅が起こった。酸素の少ない極限環境に追いやられひっそりと暮らさざるをえなくなった。

 その後、奇跡のように素晴らしい進化の妙技によって、酸素を逆用して呼吸しエネルギーを得る好気性生物が進化した。これによって酸素そのものの毒性と火事の増減により、酸素が多すぎれば減り、減りすぎれば増えるという機構が生まれた。

 地球は酸素濃度を生物自身に好ましい20%に近いレベルに自己調節する一つの生命圏となったのだ。……というのがこれまでの定説。しかし、どうもこの酸素ホロコーストは実在しなかったらしいのだ。

 主としてバクテリアの遺伝子解析に基づく新しい知見では、LUCA(the Last Universal Common Ancestor:既知の生物全ての最も新しい共通祖先)は、海底の熱水噴出孔のような環境で、さまざまな無機元素・化合物――硝酸・亜硝酸・集散・亜硫酸・そして酸素――を利用してエネルギーを得ていたようだ。

 つまり、現在生きている特定の呼吸しかできない生物は、原始的な性質を残しているというよりは、LUCAが持っていたが後に使わなくなった能力を退化させたのだ、ということだ。生物はその子孫が光合成能力を獲得し、大気中にまとまった濃度の酸素が存在するようになる以前からすでに酸素を呼吸できた。

2.そびえ立つクソの山が作った酸素の星

 現在の大気中の酸素はどこから来たのか? 光合成による有機物合成の副産物として放出された酸素は、呼吸によって99.99%以上消費される。

 有機物が呼吸によって消費されずに地中に埋められてはじめて遊離酸素は増える。現在大気中に21%も存在する酸素は結局のところ三十億年にわたるその差分の積み重ねである。

 地殻中に存在する炭素は、生物圏に存在するものの26000倍もあると推定され、仮にこれらの有機物が全て酸素と反応すれば酸素はなくなるだろうし、逆に地表と海(だけ)のあらゆる有機物を完全に燃やし尽くしても大気中の酸素はほとんど減らない。

 35億年前頃には、もしかするともっと古く38億年前頃には、光合成を行うシアノバクテリアがいた。27億年前頃に酸素濃度のわずかな上昇、これは最初の真核細胞の推定年代と非常に近い。

 多細胞への歩みも出てくる。多細胞性やミトコンドリアを持つことの最初の利点は酸素から身を守れることだったかも。

 23億年前頃にスノーボールアースがあり、その後の22億年前頃に酸素濃度のより大きな上昇。真核生物の爆発的多様化。7億5000万年前から6億年前にかけて再びスノーボールアース。

 初めて消化管を持ち糞をする大きな生物が現れて、バクテリアの分解を振り切って有機物を埋蔵するようになる。酸素レベルが現在と比べうる領域まで高まる。そしてカンブリア爆発。

3.巨大化は酸素濃度次第?

 酸素レベルは石炭紀後期に最大35%に達し、二畳紀後期に15%まで低下した。白亜紀後期には25-30%に達し、その後現在の21%に落ちた。『恐竜はなぜ鳥に進化したのか』でも出てきた話。まだ半信半疑だったが今回より詳しい解説があって納得した。

4.光合成の進化が奇跡でなくなった

 酸素と放射線の毒性機構は基本的に同じである。中間生成物であるフリーラジカルが電子を奪うことだ。通常はこの毒性を防ぐために電子を与えても問題ない、言わば生贄の分子を抗酸化物質として使っている。

 いくらかの酸素が存在するようになる前の地球にはオゾン層もなかったから、生命は放射線と、紫外線の作用から生じる酸素と戦う必要があった。光合成以前にも酸化ストレスに対抗する機構が進化しえたのはまさにそのため。

 これは光合成の進化が奇跡に見えるという従来の不満をも一気に解決するものだ。光合成の危険な中間生成物を扱う複雑な仕組みは光合成以前にすでにあったのだ。

5.あなたもわたしも嫌気生物

 生命は抗酸化マシーンとして捉えることができる。ストロマトライトのような群体は仲間の膨大な死骸に埋もれることで高濃度の酸素から逃れている。

 多細胞生物も高濃度の酸素から逃れるために始まったのではないかと思われる。細胞が仲間の死骸(皮膚)に埋もれて酸素から逃れている点では、人間もストロマトライトと違わない。

 人間は酸素が完全に絶たれるともちろん死ぬ。しかし「じゃあ酸素が絶たれなければいいんだな!?」と何らかの魔法で各細胞が大気圧の酸素に直接触れられるようにしても、やっぱり死ぬ。大気圧の酸素というのは細胞には濃すぎるのである。

 人間が窒息することを証拠に「循環器系は酸素を供給するためのものだ」と言うことを認めるならば、循環器系は「酸素を許容できる濃度に薄めるためのものだ」と言うこともできる。窒息は現実に起こりうるが、暴露魔法は実在しないという点を除けば。

6.老化とはミトコンドリアが“燃え尽きる”こと

 人間は、あらゆる事故も感染症も癌も回避できたとしても130歳頃までには老化して死ぬ。なぜだろう。呼吸によって生成するフリー・ラジカルが、わずかずつ漏れ出して、特にミトコンドリアを痛めるためだ。

 酸素と放射線の毒性機構は基本的に同じであるが、熱・感染・重金属・毒物に対する抵抗の仕組みも化学レベルでは似通っている。鍵はやはりフリー・ラジカルである。感染に対する防御を誘導するシグナリングとして酸化ストレスが使われてる。

 この仕組みはLUCAあるいはそれに近い太古の祖先が直面していた、最古のトレードオフに由来するのかもしれない。つまりエネルギーを得られるが、フリーラジカルによる損傷も多い太陽に近い場所、エネルギーが得られないが損傷も少ない太陽から遠い場所の間のトレードオフである。

 つまり現在の細胞も基本的な仕組みは、地球に酸素もオゾン層もなかった時代を踏襲していて、感染が起きたときには「太陽に近い!近すぎるぞ!」と(分子言語的な意味で)喋っているのではないかということだ。

 要約して言うと、老化とは酸化ストレスが積み重なったことによって発現する自己免疫疾患なのだ。一見そんな馬鹿なと言ってしまいそうだが、アルツハイマー等様々な老年病の知見とぴったり合う。

 鳥類のミトコンドリアは我々哺乳類のものよりフリーラジカルが漏れにくく、老化という観点からは明らかに優れているようだ。このあたりが解明できれば老化を阻止したり治療できるようになるかもしれない。

 それまでは、ミトコンドリアの老化に対抗する手段は緑黄色野菜を食い・適度な運動をして・ストレスの少ない生活をする、という当たり前のことしかないようである。

7.性とミトコンドリア・イヴ

 もはやゲームの題材にもなるぐらい、ミトコンドリアが母系遺伝だということは知れ渡っている。でも、なぜだろう。精子はサイズに比して猛烈な運動をするために、卵子にたどり着いた時にはそのミトコンドリアはぼろぼろになっている。

 もし、そのミトコンドリアが受け継がれれば、子の細胞はいきなり「老いた」状態からスタートすることになろう。だから精子由来のミトコンドリアは初期に分解されたり捨てられたりする。

 逆に卵子の方のミトコンドリアはずっと「スイッチオフ」にされていて、周囲の細胞からATPの供給を受ける。精子は常に分裂して作り続けられるのに、卵子は胎児期から決まった数だけストックされ、順次使われるだけでなければならない理由はそれだ。

参考リンク

関連図書

おまけ

 というわけで野菜ジュースでも飲め。

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2008 12/11

スノーボール・アース

 『生と死の自然史―進化を統べる酸素』という本がめちゃめちゃ面白かったのでそれに関して書きたいのだが、その前に前提知識として持っておいた方が思われる内容があるので、以前読んだ本を紹介する。まずは一冊目。

 スノーボールアース仮説*1は、最近NHKスペシャルの地球大進化でも言及されていたように記憶しているが、大陸移動説以来までは言わなくとも、K-T境界隕石衝突説に勝るとも劣らない重要な地質学上の革命である。

 単に地球が丸ごと氷で覆われていた時代があったというだけなら「ふーん、そんなこともあったんだ面白いな」というだけで終わってしまうかも知れないが、もちろんそれだけではない。

 この現象が魅力的なのは、従来謎であった真核生物の進化・多細胞生物の誕生・いわゆるカンブリア爆発などの進化史を画する出来事がその時期であって他の時期でなかった理由を説明するものかもしれないからだ。

*1:すでに単なる仮説の域は脱しつつあると思われるが。

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関連図書

おまけ

 雪玉つながり。あのディズニー様ですがパブリックドメインだそうなのでたぶん大丈夫です。

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2008 9/13

恐竜はなぜ鳥に進化したのか―絶滅も進化も酸素濃度が決めた

 本書の原題”Out of Thin Air”は、直訳すれば「薄い大気の中から[進化した]」というような意味である。薄いというのは酸素濃度のことであり、何が進化したかといえば、話題の中心は恐竜と鳥類である。しかし著者ピーター・ウォードはもっと大風呂敷を広げる。地質年代を画するような新しいタイプの生物の出現は、すべて酸素濃度の変動によって生まれたというのだ。歴史上の大量絶滅はことごとく酸素濃度が急落した時期と一致している。そうした時期には、低酸素という危機を乗り切るための新しい機関や新しい体制(ボディ・プラン)をもつ生物が出現し、そのあと、酸素濃度の回復にともなって、体制の組み換えに成功した少数の種が、多様な生息環境に適応放散していったのだという、壮大な仮説を提唱している。

  • 人間が高山病であっさり死ぬ一方で、ヒマラヤを越えて渡りをする鳥がいる。
  • 鳥の呼吸器官:気嚢は哺乳類のそれよりかなり効率がよい。とりわけ酸素濃度が低いときに。
  • 最近の研究では恐竜も気嚢を持っていたことはほぼ確実。おそらく気嚢を持つ冷血動物という現代のどの動物とも似ていない動物だった。
  • 恐竜の繁栄は低酸素の時代に効率の良い呼吸システムを身につけたことに寄るところが大きいのではないか。
  • 現在の鳥に、温血かつ飛翔という途方もない重労働が可能なのは低酸素の時代に身につけた呼吸器官を高酸素の現代で使用しているから。
  • 低酸素の時代は生きにくい。大量絶滅と低い多様性。環境圧力が高く、新しい体制が生まれやすい。
  • 高酸素の時代は生きやすい。多様性が増し、大型化する。
  • 石炭紀リグニンを分解する微生物がおらず木材がそのまま埋没した*1有機物が大量に埋没すると高酸素になる。
  • 石炭紀・ペルム紀初期は現在以上の高酸素。昆虫が大きくなれたのもそのため。有名な巨大トンボを現代に連れてきたらたぶん酸欠になる。
  • 大量絶滅は低酸素環境か急速な酸素濃度低下にほぼ一致している。恐竜の絶滅が隕石衝突によることは確実だが、他の大量絶滅もそうだと思うのは早計。
  • いかなる哺乳類も4千数百メートルより上では、生きていることはできても繁殖できない。胎児に酸素を供給できない。低酸素時代にはより低い標高でも遺伝子の隔離を起こしえたであろう。

 なかなか面白い。何を言うにしても“ゲオカーブサーフ”という酸素濃度の推定に使われているモデルが正しければ、という条件付きになってしまうのが歯がゆいが、概ね正しい方向性に思える。

*1:後の石炭である

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おまけ

 「息を吸うの忘れた……。」(笑)

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2008 1/12

白亜紀に夜がくる―恐竜の絶滅と現代地質学

 恐竜の絶滅が隕石衝突によるものだというのは今日時点ではほぼ定説だが、少なくとも私の子供の頃はそうではなかった。出てきたのも受け入れられたのも比較的最近の話だ。

 受け入れられたとはいっても、その道は必ずしも平坦ではなかった。地質学と進化論はそれぞれノアの大洪水天地創造という聖書のドグマと戦うことで始まったようなものである。

 その出自のせいもあって、(神の介入のような)偶然で突発的な大事件による説明を否定し、全てを過去も現在も同じように続いているちょっとした変化の、膨大な時間による積み重ねによってのみ説明するように強く条件づけられてきた。

 隕石衝突というのはこれ以上考えられないぐらいの偶然の突発的な大事件である。恐竜の絶滅を説明するのに隕石を持ち出すことは、一部の学者には、ほとんど科学を放棄して聖書に逆戻りするかのようなとんでもない説と思われ、激しい反発を受けたのである。

 しかし証拠は衝突説を支持し、地質学や進化にも偶然による突発的事件が影響を及ぼすことがありうるという考え方が取り入れられたのだ。

 多少翻訳がぎこちないというか不自然なところがあるのが気になったが、おすすめである。

参考リンク

おまけ

 ちなみに衝突の原因はテニス。

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