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2007
12/26
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二年前のインフルエンザ以来久々に風邪を引いた。
今回はインフルエンザではなさそうだが……はっ!? もしかしてハトの住処を破壊したお返しに新型の鳥インフルエンザでももらってしまったのではっ!? うちのベランダから地球規模の厄災発生!
……とかアホなこと書いてないで大人しく寝ていよう。おやすみなさい。
おまけ
熱で視界がぼやける……ほどではない。
二年前のインフルエンザ以来久々に風邪を引いた。 今回はインフルエンザではなさそうだが……はっ!? もしかしてハトの住処を破壊したお返しに新型の鳥インフルエンザでももらってしまったのではっ!? うちのベランダから地球規模の厄災発生! ……とかアホなこと書いてないで大人しく寝ていよう。おやすみなさい。 おまけ
熱で視界がぼやける……ほどではない。
投げっぱなしエントリ。一世を風靡したさいたまAAの魅力は一体どこにあったんだろう? AAの魅力もあったかもしれないが、それよりは音韻的なものだったような気がしている。「sa i ta ma」。 当時からいろいろな県名や全く関係ない言葉に置き換える試みがあったが、それらを見ながら面白さを保存するものの共通点を突き詰めていくと、どうも母音の並びに関係ありそうだという結論に達した。 a i a a 県名に関係なくてもたとえば海原海原〜なら通じる。山岡山岡〜ではだめだ。 オウム選挙ソングのasahara連呼がインパクトあったり、地名のakihabara が異様に格好いいのとなにか関係があるか? 単純にa 音は強いのか? もっと一般的な法則はあるのか。何かに応用効かないか? それともコピーライターとかの職業の人には常識の範疇のことなのだろうか? おまけ
とは言ってもエロい妄想ではない。そういうのを期待して釣られた人には正直すまんかった。 エロに関係はあるがエロくない妄想である。最近まじめっぽい話が多かったのでどうでもいい話を書きたかっただけである。 あくまで妄想だから全部でたらめである。疑問が生じてもあえて調べず裏も取らない。妄想が尽きるまでで書く。 では行くぞ。 今回はTBSの初音ミク関連で調教って言い方が問題になっているわけだが、そもそも何で問題になっているんだろう? そりゃ決まってるエロ方面を連想させる言葉だからだ。しかしよく考えたらそもそもなんでこんな言葉がエロいんだ!? そこがまずおかしいだろう。 とりあえず調教という言葉を広辞苑で引いてみる。
ですよねー。 もともとは単にそういう意味なんだよな。いつごろからエロい意味に使われるようになったんだろう? いや待て、そもそもこの言葉自体いつごろからある言葉なんだ? そのまんま音読みな漢字の発音の感触から、明らかに大和言葉ではないよな。 字面も関係ありそうな文字をそのまま並べたように見える。ということはアレか? もしかして、いや、もしかしなくても、そもそも日本語じゃないな? 江戸時代の日本人が「それがしは犬を調教するで候」とか言ってたような気がしない。 とすると、明治時代ぐらいに、海外から入ってきた概念を訳して、その時初めてできた訳語なんじゃないのか? この推測はかなり自信がある。外れていそうな気がしない。 具体的には明治維新直後ぐらいに、ドイツだかイギリスだかフランスだかどっかから輸入された軍隊用語(の翻訳)か何かだったんじゃないか? 広辞苑でも馬や犬が代表例として出てくることもその推測を補強する。もっとも他に調教に値するようなタイプの知能を持つ一般的な動物は他にいなさそうだからこれは当たり前といえば当たり前だが。 ここまでもかなりの確率で当たっていそうな気がする。 そして、当初は普通に軍用犬や馬を訓練するという意味だった新しい言葉「調教」に、きっと大正時代ぐらいの誰か天才的なエロ小説家か誰かが、この言葉使えるじゃん!(SM的な意味で)……ってひらめいちゃったんだろう。たぶん。 SMって用語がすでにあったかは知らないが、少なくともサド侯爵はその時代にはすでに知られていたはずだし、SM趣味はあっただろう。 いや待て、それなら翻訳前からエロい意味にも使われてたのか? どうだろう。そこまではなんとも言えんな。まあとにかく、少なくとも日本ではSM的な意味に使われ出した当初は、元々動物限定に使われる言葉で、軍隊っぽい含みを(たぶん)持つ言葉だけに、それを人間に使うなんてすんげえ背徳的でいーじゃん! エロ杉! って事になったんだと思う……たぶん。 たぶんが多いな。大分苦しくなってきたな。でも当たらずとも遠からずってぐらいにはいいとこ突いてるんじゃないだろうか。 過去の妄想はここまでにしよう。 さて、言葉というのは生き物だ。生物が老いるように、一般的には、使われるうちに必ず価値が下がってくる。*1おそらく上のような経緯でエロい言葉となった「調教」も長く使われているうちに価値が下がっているのだろう。 今回のニコニコ動画における初音ミク文化圏のように、あんまりエロくない意味に流用してみようという発想が出てくる時点で、少なくとも大正時代(?)よりは、エロい言葉として魅力あるいは新鮮味とでもいうものを、失っていることを意味する(と思う)。 たぶん大正時代に初音ミクが発売されてたら「ミクの音調整することを調教って呼ぼうぜ!」っていう発想をする奴はそもそもいなかっただろう。仮にいても「何でいきなりそんなエロいんだよキモすぎ!」って言われて少しも広まらなかったに違いない。 もちろん今でも十分キモいことはキモいのであって、だからこそ問題になっているわけだが、少なくとも特定の文脈であればキモいとも思わない人間がまとまった数存在できるようになっていることだけは否定しようがない。 こんな風にメタ化しすぎて、文脈抜きでは意味すら確定できないほどになってくると、いよいよその言葉の寿命は尽きかけている。そしてまもなく死ぬ。まもなくと言っても何十年単位の話かも知れないけど。 そして、今では全然エロい意味だとは思われていないような言葉が、天才的なエロ小説家とか*2によって新しくエロい意味を付加されることになるに違いない。それがどの言葉になるかは誰も知らない。 そう、私達はそんな何百年かに渡る興味深い言語の変遷の一端を目にしているのかも知れないのである。 どんなにどうでもいいバカバカしい話だと思っても甘く見るなかれ。神は細部に宿る。一粒の砂にも世界を一輪の野の花にも天国を見、掌のうちに無限を、一時のうちに永遠を握る。 あれ? 結局なんか真面目っぽくなってしまった……。なんでやねん。 おまけ
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