2010 7/26

火の賜物―ヒトは料理で進化した

  • イントロダクション 料理にまつわる仮説
  • 第1章 生食主義者の研究
  • 第2章 料理と体
  • 第3章 料理のエネルギー理論
  • 第4章 料理の始まり
  • 第5章 脳と食物
  • 第6章 いかに料理が人を解放するか
  • 第7章 料理と結婚
  • 第8章 料理と旅
  • エピローグ 料理と知識説

 中国神話の燧人(すいじん)氏は、人に初めての「火食」を、つまり、木をこすり合わせて火をおこし、食物を加熱することによって、生臭さを除き食中毒を防ぐことができることを、教えたという。これによって人は鳥獣と異なるものになり、ついには天意に適うものになったのだという。

 非常に大づかみに言えば、この神話は人類進化史上の事実をかなり正確に言い当てているのではないか、という仮説が提示されている本である。

 現生人類は、その祖先や進化上の親類である類人猿に比べて、歯や顎が小さく、噛む力も弱い。外から見える特徴だけではなく、内臓に占める消化吸収器官の割合も小さい。そうなった理由はもちろん、比較的に小さく・軟らかく・消化効率の良いものを食べているからだ。

 小学生の頃に読んだ学習マンガで、小さくなって口から入って消化器官の中を冒険する話があった。その中で、人体の中で最も頻繁に更新される細胞は、小腸の微絨毛の表面であるというトリビアを得た。

 その知見が今でも通用するかどうかは知らない。しかし、おそらく正しいだろう。飲み食いした様々な物質――常に良いものとは限らない――が通り過ぎていくだけでなく、そこから有用な栄養分を常に効率よく吸収できるようにメンテナンスされていなければならないからだ。

 小腸は、エネルギーを取り入れる器官であると共に、大量のエネルギーを消費する器官でもあるのだ。消化器官を小さくすることで、エネルギーを大量に節約でき、そのことが他のエネルギーを消費する器官、すなわち脳の巨大化を可能にする条件だったかもしれない。

 現代では、栽培植物や家畜動物そのものも軟らかくなるように品種改良されている。とはいえ、その効果を含めてもなお、最終的に口に入る小さく・軟らかい食物は、圧倒的に料理≒火によって可能になっている。

 まったく火を使わない食物だけ食べて暮らしている人は誰もいない。火を使わない民族はいないし、料理しない民族もいない。現生人類が火を使わない食事だけで生命を維持するのは、(火以外の)あらゆる現代文明の力を借りてさえ、極めて困難なようだ。最近まで全く不可能だったろう。

 人類は、火を使うようになってから現代までの間に、火を使うという文化が存在するという環境に適応して、進化したことになる。その過程で小さな歯や顎、消化吸収器官を進化(あるいは退化)させた。代わりに焦げの発癌性への耐性などを進化させている可能性がある。

 人類が火を使い始めたのはいつからか。『アシモフの科学と発見の年表』では50万年前になっていたが、最近はもっと古いと思われているようだ。160万年ぐらい前まで、もしかしたらそれ以上に、さかのぼる可能性があるらしい。

 今までよく考えたことはなかったが、火の継続的な使用の開始と料理の開始が、時間的に大きく離れていたはずがないという指摘は、言われてみればもっともだと思われる。

 また料理の必要性が、社会性や男女の分業などを促進したのではないか、というあたり、まだまだこれからの仮説と思われる。しかし、全体として非常に重要な指摘が詰まった本であることは確かだろう。人類進化もので久しぶりにかなり面白かった。

参考リンク

関連書籍

おまけ

 料理つながり。炎の妖精も出てくるし。それにしてもひでえカオス。

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2009 12/19

神々の沈黙―意識の誕生と文明の興亡

 事前の情報からは明らかに期待できない内容なのだが、『神は妄想である』の中でドーキンスの兄貴が、

この本はタイトルからうかがえる通り、奇妙な本である。まったくのトンデモ本か本物の天才の傑作であるかのどちらかで、中間では絶対ない! おそらく前者だろうが、賭けるのはやめておこう。

 とか書いてたから、一応目は通しておかねばと思って読んだ。どう見てもトンデモ本です本当にありがとうございました。

 なんで賭けるのをやめておこうと思ったのか教えてもらいたいものだ。まったく兄貴は意外とこういうハッタリに弱いところがあるから……おっと、これは先々書こうと思っているネタに関わるからまだ出さないでおこう。

 関係ないが、今回初めて書籍電子化の効果を実感した。PDF化された『神は妄想である』に“神々の沈黙”で検索をかけて、一発で引用部分を引き出すことができた。OCRの間違いを多少校正してやる必要はあったが。

おまけ

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2009 5/17

アンティキテラ古代ギリシアのコンピュータ

 オーパーツはアニメ・コミック・映画の世界ではよく出てくるが、残念ながら現実ではどれも捏造か勘違いだ。ほぼ唯一の例外が、紀元前の沈没船から発見されたこれ
 
 アンティキティラ島の機械と呼ばれる、高度な機械仕掛けの時計のように見えるもの。どう考えても一般に知られている機械式時計の発明よりも1400年は早い。
 
 アーサー・C・クラーク「この知識が継承されていたなら、産業革命は1000年以上早まり、いまごろ人類は近くの星に到達していたはずだ」と評したという。
 
 ネタバレになるから詳細はここには書かないが、結果的にこのロマンティックな見方は否定されることになる。
 
 だが謎に人生を賭けた人々のドラマと、それによって解明された事実は、オーパーツの神秘なんかよりも、もっとずっと素晴らしいものだ。面白いです。超おすすめ。

参考リンク

関連図書

おまけ

 Phunで再現。いいね。

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2009 4/9

ドングリと文明 偉大な木が創った1万5000年の人類史

 これはなかなか面白い。 農業文明前史の仮説としての価値がどのくらいあるのかはまだ判断がつかないが、あってもおかしくなさそうな話だし、単純にオークにまつわる雑学を眺めているだけでも楽しい。おすすめ。解説より。

 狩猟採集から、大文字で書く「農業革命」を経て、農業文明、そして産業文明へという常識ではなく、狩猟採集から、大文字で書かれるべき「ドングリ文化」をへて、農業そして産業文明へ、という、もう一つの大仮説が本書には提示されているのである。

 完新世(1万年前?現在)の北半球中緯度地帯の、温暖化する大地に広がった主要な樹種は、中東でも、ヨーロッパ、アジア、アメリカ大陸でも、「ドングリ」を実らせるオーク(ブナ科Querucus属の樹種)の仲間だった。日本語の文化圏では、アカガシ、シラカシなどの常緑性のオークは「カシ」、コナラ、ミズナラ、クヌギなど落葉性のオークは「ナラ」と峻別されるが、英語の世界ではいずれも「オーク」。大げさな区分はない。そのオークの森に、減少する大型哺乳類を追撃する狩の暮らしに疲れたハンターたちが定住していった。

 定住の根拠となったのは、どの地域でも、降り注ぐ大量のドングリの主食化であったと、ローガンは考える。オークの豊かな森は、一ヘクタールあたり数トン規模のドングリを生産する。これを収集、貯蔵し、あくを除去して、食料とすれば、採集狩猟暮らしとは比較にならないほどの人口を豊かに養ってゆくことができる。

 ドングリを豊穣の主食とする世界に定住したホモ・サピエンスは、材としてのオークを利用して住居をつくり、集落をつくり、道路や船もつくりだし、人工構造物を枠組みとする技術と文化の民となった。

 ひとびとは定住した森で豚を飼い(中略)、森をぬけた高地でヤギを捕獲し、低地におりては魚やカメを捕獲し、さらに一部のグループは定住地の周辺でイネ科を中心とする農業を発明したかもしれない。

 しかし文明の中心は、高地でも、低地でもなく、あくまでその中間域にひろがるオークの森だ。ドングリの雨をふらした完新世初期温帯高地のオークの森林帯こそ、文化と技術をつむぐ人間をそだてた文明の枠組み、というのが著者ローガンの主張なのである。

 オークの森への依存は、やがて定例的な伐採を基本とする森林管理のシステムを生み出し、今から六〇〇〇年ほど以前には、すでに安定した森の管理活用が世界に広がっていたと著者は言う(中略)。やがて人々は、大量の薪炭を調達し、樹皮から皮なめしの素材を手に入れ、虫こぶを材料にすばらしいインクを発明し、もちろん大規模な建築物や、船を自在に耕作する建造技術もそだててゆく。「ドングリ文化」に由来するオークを活用する技術は長く蓄積され、洗練され、ウェストミンスターホールの天蓋や、アメリカ独立戦争の無敗戦艦コンスティテューション号をも生み出してゆく。

 しかし、一万数千年もつづいたはずの、ドングリの森に発するオークとヒトの交流の歴史は、ここ三〇〇年にもみたない産業文明による森の大破壊と大規模な鉄の文明の推進によって、いま終焉をむかえ、化石燃料と地球温暖化の時代に、あっけなく忘れ去られてゆくのである。本書のローガンは、その忘却、忘恩を確かめつつ、オークの森がそだてた数々の技術、そしてそれらの到達点を、神々のめでる細部に徹して、深い哀惜の筆致で語りきり、まことに味わい深いものがある。

おまけ

 豊穣つながり。

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2008 12/7

文字はこうして生まれた

  1. 文字から計算が生まれたのではなく計算から文字が生まれた。文字に繋がる抽象化にまつわる最も古い遺物は一定間隔で刻み目の入った骨。数えていたものはおそらく日数。
  2. 家畜を管理するために、一頭囲いから出すごとに一つ小石や小枝を拾い、一頭囲いに戻すたびに一つ落とす、といったことをしていた時期があったはず。*1
  3. シュメールの遺跡では粘土で作られた様々な形のトークンが出土する。農耕の始まりと定住生活によって増えた穀物・家畜など様々な財物の会計・管理・記録に使われていた。
  4. トークンをまとめて管理・保管するには穴が開いたトークンに紐を通すか、粘土球に入れるか。粘土の封球は自分や相手の印章を押してから焼けば改竄できない記録となる。
  5. 封球の不便な点は、中身が簡単に確認できないってことだ。どうしたらいい? 粘土球の表面に印章と同じようにトークンを押しつけてその形もつけておけばいい。
  6. ちょっと待てーゐ! 粘土球の表面の印で中身がわかるんなら中身いらなくね? 粘土板の表面に形だけ書けばいいじゃねーか!*2 と文字誕生。
  7. たとえば「10単位の穀物」を意味していた記号から「10」という“数”の概念が分離され数字誕生。

 というような過程が5000年ぐらいかけて進行したのでした。いーち、にーいとか数字を教わってる現代の子供は皆いきなり数千年分の文明の蓄積を与えられた超人なわけですな。

 この文字と数字の起源に関する説はかなり昔に何か別の本で読んで、衝撃を受けつつも説得力があるなと思った覚えがあるが、今回大量の図表入りで見られて面白かった。

*1:数学では「ものを数えるということは、集合の要素と自然数の間に一対一対応をつけることである」などと習いますが、つまりこれは数えるという行為が生まれた頃への原点回帰と考えることもできそうですな。
*2:と、即座に突っ込めるのは私たちがすでに「書く」という概念を習って知っているから。

関連サイト

おまけ

 文字つながり。

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