2011 7/2

(本文とは無関係)

『悩ましい翻訳語―科学用語の由来と誤訳』★

 垂水雄二著。いやエロい意味ではなく。「ギニア豚」って何でしょう?

『虫歯になる人、ならない人』★★★

 西川義昌著、白石拓著。合言葉は「歯は臓器」。コンパクトでいい感じ。自分の将来の健康のためにも、小さい子供がいる人は子供のためにも、おすすめ。

『知覚は幻 ラマチャンドランが語る錯覚の脳科学』★

 V・S・ラマチャンドラン著、D・ロジャース=ラマチャンドラン著、北岡明佳監修、日経サイエンス編集部。薄くて大きく図が豊富。錯視・錯覚や関連する脳科学が好きだが、ラマチャンドランの本を読むのは面倒という人に最適。

『荒木飛呂彦の奇妙なホラー映画論』★★

 荒木飛呂彦著。映画にしか興味ない人には薦めないが、ジョジョ好きは必見。ホラー映画が見たくなった。

『プログラマが知るべき97のこと』★

 大勢の著者が見開き2ページで1テーマずつ語る。有益なエピソード多い。

『世界言語文化図鑑―世界の言語の起源と伝播』★

 バーナード・コムリー、スティーヴン・マシューズ、マリア・ポリンスキー編。見てるだけで面白い。こういうのも生物図鑑と同程度に、学校の図書室とかに常備されるようにならないものかね。

『エイズを弄ぶ人々 疑似科学と陰謀説が招いた人類の悲劇』★★★★

 セス・C・カリッチマン著。『抑圧された記憶の神話』以来の怖面白さ。忘却からの帰還のおかげで多少は知っていたが、聞きしに勝る悲惨さ。エイズ否定論に限らず、疑似科学あるいは陰謀論一般についての本としても大変有用。おすすめ。

『海賊の経済学 ―見えざるフックの秘密』★★★★

 ピーター・T・リーソン著。すごく面白い。shorebird先生のまとめが非常に正確なので、それ見て興味がある人はぜひ。

おまけ

 無法と経済活動。

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2009 2/24

(本文とは無関係)

「無能で説明できる現象に悪意を見出すな(直訳:まさか、愚かさによって充分に説明できるものを悪意のせいにする必要なんかありません。)」

Never attribute to malice that which is adequately explained by stupidity.

 というのは、オッカムの剃刀(=思考節約の原理)の系で、レベルの低い陰謀論退治にとりわけ良い道具のひとつ。それは別にいいのだが、これが『まっとうな経済学』の中ではナポレオンの言葉ということになっていた。

 ぱっと見にはナポレオンよりRobert J. Hanlonの方がデータが充実しているので、そちらの方が正しそうだが、こういう時はどう考えたらいいのだろう。

 『捏造された聖書』で出ていた話だが、研究者が聖書の異本の中に意味の通りにくい文と意味の通りやすい文を見つけた場合、まずどちらがオリジナルに近いと見なすかというと「意味の通りにくい方」なのだそうだ。

 というのは、意味の通りにくい部分を意味が通りやすいように書きかえる良心的な書記はよくいるが、意味の通りやすい部分をわざわざ意味が通りにくいように書きかえてしまう悲劇的に無能な書記はほとんどいないからだ。

 伝聞の過程で、無名人の言葉を有名人が言ったことにして権威づけしようとすることはよくあるだろう。だが、その逆をする人はまずいないだろう。意図的でなくとも、思わず有名人と記憶違いしてしまうということはありえても、なぜか無名人と取り違えるということはあまりないだろう。

 だからいろは歌がなぜか弘法大師の作になっていたり、一休さんが別人の言葉を取ってしまったり、日本SUGEEEE!!なただの変なコピペがなぜかアインシュタインの予言になったりする。

 つまり聖書本文解釈と同じような論理で、ある格言の出所を無名な人物とするものと有名な人物とするものがあったら、とりあえず無名な人物とするものの方が正しいと考えるのがよさそうだ。この場合、やはりハンロンの方が正しく、ナポレオンの方は単なるデマだとほぼ断定してよいと思う。

追記(2/25)

 アップ当初『まっとうな経済学』のところが『ヤバい経済学』になっていましたが、私の記憶違いでした。お詫びして訂正いたします。

関連図書

おまけ

 たとえ誰の作であろうがいろは歌は素晴らしい。

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2009 1/25

脳のなかの倫理―脳倫理学序説

 分離脳についての実験からは「説明装置」とでも呼ぶべき機能が左脳側にあることが示唆される。たとえ(分離脳の状態になければ右脳から送られたであろう)正しい情報がなくても説明装置はとにかく結論を出す。

 端から見ている実験者の立場ではそれはどう見ても作話であるのだが、どうも(少なくとも言葉で説明ができるような)自我は、脳で働いている様々なモジュールがそれぞれ高度に専門化された仕事をこなした後の最終結果しか知らされていないようである。

 交通事故などで手足の神経を損傷した患者が「これは私に見つからないように隠れている他人の腕なんだ」とか「誰かが死体の腕をくっつけたのだ」とか、かなりトンデモない考えを抱くようになることがあるという。これは必ずしも現実を受け入れたくないがための通常の精神作用のひとつとばかりは言えないようだ。

 というのも全く健康な被験者であっても、鏡などを巧みに使ったトリックによって自分の手が勝手に動いているかのような錯覚を与える実験を行うと、あるはずのない「本当の」理由を作話したりすることはあるからである。

 この場合、交通事故の患者は明らかに頭がおかしくなったのではない。正常に機能していないのはあくまで腕の神経だ。腕は見えるのにその神経から信号が来ないという矛盾する情報を、説明装置が「正常に」処理した結果、間違った結論に達したのだ。

 これらのことから言えそうなのは、幻聴や幻覚に苦しみ様々な妄想を抱き、一般に「頭がおかしい」と言われる精神病の患者も、実は「頭がおかしい」のではないのではないかということである。

 正常に働いていないのが、腕の神経を損傷した患者に対して「頭がおかしい」わけではないと言う場合の“頭”が指しているのとは別の脳の部位であるだけで、妄想の部分は、幻聴や幻覚という間違った情報を与えられた説明装置が、不完全な情報からでも素早く何らかの結論を出そうと「正常に」動作した結果なのではないか。

 これは進化的な見方では妥当なことだろう。現実の様々な制約のために情報が不完全なのは常であるし、野生状態で「情報が足りないから判断を保留しよう」などと哲学的に正しい態度など取っていたら、あっという間に食われるか殺されるかである。たとえ情報が不完全であっても素早く結論を出して行動に移さなければならない。

 全ての人間は生得的に、目が開いて間もない赤ん坊の頃からある種の高度な能力を備えている。丸の中に3個の点があるだけでもそこに顔を見るし、画面上を動いているふたつのドットを見ただけで、そのドットが捕食者から逃げようとか、獲物を捕まえようと「思っている」ことがわかる。

 慣れすぎているので普段は特に意識もしないが、よくよく考えると全く信じられないような恐るべき能力である。スマイルマークが笑っているわけがないではないか? ドットに逃げようとか捕まえようとかいう意志があるわけがないではないか?*1

 あるはずがないドットの意図を読み取ってしまう能力は、あるはずがない自分の意図を作話してしまうのと同じ説明装置が関わっていると考えるのが妥当だろう。他者の意図を読み誤るのが分離脳の話と違って奇妙に感じないのは、他者の正しい情報が得られないのは、全く当然のことだからだ。

 しかし、このトンデモないと言いたくなる程の強力な能力がなければ、我々はマンガを読むこともできなければ、ビデオゲームを楽しむこともできないだろう。そもそもこの能力はいったい何のためにあるのか? それはわかる。もちろん生きるためだ。

 あなたがテレパシーとか魂の交感のようなことを信じているのではない限り、あなたが他の人間だと思っているものは、最終的に五感となって到達する様々な情報を「擬人化」したものにすぎない。普通それを「擬人化」とは言わないのは、単にその元になった情報を発したのが本当に人間だからだ。

 徹底的に群居性の動物であるホモ・サピエンスにとって、他の人間の表情を読み心理を洞察する能力は死活的に重要である。目の前のサーベルタイガーが「腹が減ったからお前を食べたい」と思っているのか「ねぐらに戻って眠りたいからそこをどけ」と思っているのか判断できる能力も、生存には少なからぬ重要性があっただろう。

 対して、子供の頃に天井の染みがお化けの顔に見えてしばらく眠れなくてもちっとも困らないし、たまに風に揺れる木々・荒れ狂う川に意志があるように見えたからといって、そんなに困ることはあるまい。

 仮にそのような錯覚を起こさなくなることが可能だとしても、その代償として周りの人間や動物の表情を察したりその心理を推論したりする能力が、ほんの少しでも減退するなら、それは全く割に合わない取り引きとなっただろう。

 人間の意図・心理・戦略――別の言い方をすれば心や魂――を見て取り推論を立てる説明装置の能力が十分に高まると、ほとんど不可避的に最も祖先的な宗教形態であるアニミズムが生まれるだろう。

 人間の意志など全く無関係に動く自然現象や、世界経済や国際政治などあまりにも多くの要素が複雑に関わりすぎて単純な目的や意図通りには動かないシステムに対して、人間・動物の一個体の意図を判断したり、心理・戦略を扱うため作られた説明装置をそのまま適用してしまうと、それは無論誤りであり、説明装置は陰謀論生成装置となってしまう。

 陰謀論は現代の宗教であると以前書いたが、この場合逆もまた真で宗教は神が「犯人」の陰謀論であるとも言えるだろう。また「陰謀論」だから自動的に間違いというわけではない。個人あるいは利害を共有する特定の小集団に対する「陰謀論」は全く何の問題もないのである。それは陰謀論生成装置(=説明装置)の正しい使い方なのであるから。*2

 我々は毎日陰謀論生成装置を使っている。人間を見る度・話す度に陰謀論生成装置を使っている。誰にも会わずともマンガを読んだりゲームをする度に陰謀論生成装置を使っている。何もしていないように見えても、内省する度に陰謀論生成装置を使っているのである。

*1:無論この場合は、プログラムまたはデータを作った誰かに、そう見せようとする意志はあったのであるが。
*2:正しい使い方であっても間違えることはもちろんあるが、それは別の話。

関連図書

おまけ

 これはカオスのキワミ。

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2008 8/3

パンツを脱いだサル―ヒトは、どうして生きていくのか

序章
それは病から始まった
第一章
ヒトはいかにじてヒトになったのか――そしてなぜなったのか
第二章
現代に至るパンツ
第三章
同時多発テロと国際関係、あるいはグローバリズムというパンツ
第四章
ユダヤ人の起源の謎
第五章
政治陰謀としてのビートルズ
第六章
結論ヒトはどうすれば生きていけるか、あるいは生きていく価値があるのか

 栗本慎一郎というのはガイア教シリーズ水生類人猿説を見ていたときに頭に残っていた名前だったので、図書館で借りてきたのだが、なんかもう目次だけでお腹いっぱいって内容でした。

 やっぱり全てのトンデモはどこかで繋がっているというか、批判精神の薄さという文脈で繋がっているというか、元々脳の働きは陰謀論的であってそうじゃない方が本来は異常なんだろうというか……。楽しい世界です。

おまけ

 陰謀論→アポロは月に行っていない→月

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2007 10/1

虹の解体―いかにして科学は驚異への扉を開いたか

 細胞内共生説で有名なリン・マーギュリスが911陰謀論系のトンデモさんになっちゃったという話。

 幻滅したとかガッカリしたとかいう感想が聞かれるが、私は前からそういう素養はあると思っていたので、さもありなんという感想だった。

 というのも私は、この人が左翼系のトンデモとは極めて親和性の高いガイア理論のシンパであると前から知っていたからだ。

 上のようにこのブログでも何度か触れてはいるが、「ガイア理論」は典型的なトンデモ系地雷ワードであると憶えておいた方がいい。少なくともギャグか批判的な文脈かRPGの中以外で出てきた時は。

 でも、ただ幻滅した幻滅したと言っててもしょうがない。もちろん幻滅するのは当然で、幻滅すべきなんだけど、今回強調しておきたいのは、一言で言えば天才とキチ○イは紙一重だってこと。紙一重どころか、同じ紙の裏表だと言った方がいいかもしれない。

 リン・マーギュリスがトンデモさんになってしまったとしても、細胞内共生説は依然として正しい。

 同じ人間が、正しいことと間違ったことを同時にしかも強烈に信じることはよくある。しかもその両方を言い出した動機が全く同じ信念に基づくなんてことさえある。

 この場合はまさにそういう例。ドーキンスの本『虹の解体』の第9章「利己的な協力者」にやや詳しいからそちらを読んでもらいたいけど、明らかにマーギュリスのガイア理論へのシンパシーと細胞内共生説への思い入れは、全体の調和とか協力とかいったものへの傾倒とでも言うべき同じ信念に基づいている。

 一方はただのトンデモに、一方は全ての真核生物の由来に関係する深遠な真理に繋がったけど、そこに至った信念は一つで互いに分離不可能だ。

 別の事例で言えば、トーマス・ゴールドなんかもそう。石油の無機起源説に至ったきっかけはかなりトンデモ的な動機で、無機起源説自体は大枠としてはトンデモのままで終わる可能性も高そうに思えるけれども、結果として地底生物圏の研究が進み、最初の生命が生まれたのは深い地下の岩の中だったかもしれないというのはかなり有力な説になりつつある。

 結局何が言いたいかというと、マーギュリスは確かにトンデモさんになっちゃったし、ひょっとしたらボケちゃったのかもしれないとしても、依然として愛すべきおばあちゃんなのであり、もうちょっと生暖かい目で見つめてあげましょうやということ。

おまけ

 深海萌え。

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2004 9/13

(本文とは無関係)

 陰謀論と呼ばれる考え方がある。『アポロ11号は月に行っていない』とか『911はブッシュ政権の自作自演である』とか、傍目には荒唐無稽な議論を信じたがり、いくらでもある反対の論拠には全く耳を貸さない。

 それを非難したいわけではない。夏や冬があるのは太陽が離れたり近づいたりするからだと信じている人も大勢いる。逆に地球の公転や地軸の傾きに独力で気づける人もいない。無知は程度の問題であるし、他人に被害を及ぼすほどでなければ何を信じるのも勝手である。面白いのはその心理的メカニズムである。

 陰謀論者の確信を支える土台は、世界は合理的・合目的的に動いているという強い信念である。たとえばブッシュ大統領の一挙手一投足は、全て陰謀の証拠であるか、陰謀を達成する目的を持った行動であるか、そのどちらかでないと気が済まない。自分の昨日の行動がどれほど合理的で無駄がなかったかを考えれば、そんなことがあり得ないのはわかりそうなものであるが、彼らは気まぐれや事故、たまたまといったことを考慮に入れないのである。

 陰謀論者の信念がそれほど強いのは、本能に裏打ちされているからである。脳は世界の規則性・法則性と、他者の意志・目的を見つけだすことに強い意欲を持ち、逆に規則性が見つかなかったり目的がわからないことに対して不安や恐怖を感じるよう進化してきた。

 予測不能な危険を避け、確実に利益を得て、生き残り子孫を残し、存在し続けることに役立つからである。そして多くの場合、実際に役に立っている。我々が赤信号と車の動きの関係を理解し安全な交通ができるのも、周りの人間とスムースな意志の疎通ができるのも、そうして進化してきた脳の働きのおかげである。

 しかし高度に進化した脳は必然的に副作用も生じる。実際には存在しない規則性、いわゆる迷信・ジンクスを誤って認識してしまうことだ。これは人間に限ったことではない(『鳩の迷信』実験はユニークで有名)。さらに人間は、不安を軽減するためだけに意図的に迷信を強化することさえ行う。

 自分の運命が無目的で予測のつかないカオスと偶然に支配されていることが不安で仕方がないからだ。神、金星人、ナチスの残党、ユダヤの長老、ガイアの意志、何でもよい、とにかく何らかの目的に基づいて動いていると考える方が安心できるのである。目的があれば予測もでき、対策も可能だからだ。

 大雨・雷・噴火・地震はいつ来るかわからない脅威で、不安である。しかしそれが神の怒りなら、祈りや踊りや生贄によって怒りを解けば避けられるかもしれないではないか。その方が安心である。死が怖ろしいのも『その後』が全く予測不能だからだ。天国はもちろん地獄でも予測不能よりましなのだ。だから何らかの形で死後を描かない宗教はない。

 テロがイスラム原理主義者の犯行であると考えるよりはブッシュ政権の陰謀だと考える方がより安心である。なぜなら、大抵の陰謀論者にとってビンラディンは遠い存在で、イスラム原理主義の教義は理解不能であるが、ブッシュ大統領は身近で、石油・軍需利権は理解可能である。

 被害者は無差別に殺されたと考えるよりはCIAによって隠されたと考える方が、自分に降りかかる不安を軽減できる。大抵の陰謀論者は、何の陰謀にも関わっていないし、アメリカ政府と敵対してもいないからである。つまるところ現代ではもはや信じにくい天の神様の代わりにアメリカ大統領が座ったのである。陰謀論は現代の宗教なのだ。

おまけ

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