|
2008
12/14
|
1.「どく」状態は何のためにある?
DS版ドラクエ5のエントリで予告していた話だが「毒を治すために決まってんだろ!」ということを言っているわけではもちろんない。
そもそもドラクエの「どく」状態というのは実はほとんどペナルティがない。戦闘中にはダメージがないし、移動中に数歩に一歩だけ画面が赤くフラッシュして1ダメージを受けるだけだ。仮に全員がずっと毒に犯されっぱなしでも、鬱陶しいのを我慢しさえすれば普通にプレイすることが可能である。
Wizardryのように毒のダメージが大きくて、毒消しは序盤では買えないほど高く、宝箱のどくばりの罠にうっかりかかったら死あるのみ、というような状況はありえない。毒がパーティーメンバーを殺すためにあるのではないのなら、毒消し草の存在意義以前に、そもそも毒状態は一体なんのためにあるのだろう?
ファミコン版ドラクエ3まで遡ってみよう。ドラクエ3について思い出しておかなければならない事は3つ。
- 初期のドラクエではアイテム欄が1人8個まで
- 毒の治療法は教会・どくけしそう・キアリーの魔法
- ドラクエ3で毒を使用するモンスターは出現順に
- バブルスライム
- ポイズントード
- どくいもむし(毒の息)
- くさったしたい
- どくどくゾンビ(毒の息)
2.ナジミの塔でのトレードオフ
最初のダンジョン、ナジミの塔に「とうぞくのカギ」を取りに行く道中にはバブルスライムが登場する。この時点でキアリーを習得していない*1ため、バブルスライムに毒を受けて「どくけしそう」を持っていない場合、レーベの村まで引き返さなければならない。
冒頭とはいえ全員「よろい」と「ぶき」は装備するため、アイテム欄は一人6個以下しかない状態だ。開いた欄には「やくそう」「どくけしそう」「キメラのつばさ」のどれかを持つ事になる。
「キメラのつばさ」は一個持てば足りるため、事実上これは薬草を持つか? それとも毒消し草を持つか? のトレードオフである。薬草が多すぎれば、毒消し草が切れHPを残しながら町に引き返さざるを得なくなり、悔しい思いをする。毒消し草が多すぎれば、アイテム欄が圧迫され薬草を持てる数が減りHPが切れて、やはり悔しい思いをする、というわけだ。
3.キアリー習得による解放のカタルシス
ロマリアに渡ってしばらくするとキアリーを憶えるレベルに達する*2。このキアリー習得によって、プレイヤーはついに毒消し草を何個持つかなどという下らないことに頭を悩ます必要もなければ、失敗して悔しい思いをする必要もなくなるわけだ。
習得してすぐ使う機会があるように、ちょうどロマリア周辺にはポイズントードが配置されている。さらにそこから少し進んだシャンパーニの塔*3とその周辺には、毒の息で複数に毒を与えてくる「どくいもむし」が登場する。もちろん「一度に何人毒に犯されようがもう怖くないぜヒャッハー!」という開放感を確認させるためである。
と、いうわけで、
- 毒のダメージが戦闘中にある(戦う代わりに毒を治すこととのトレードオフ)
わけでもなければ、
- 毒消しが高い(お金とのトレードオフ)
わけでもないドラクエ的な毒なのに、
- アイテムの個数制限が厳しい(他のアイテムを持つこととのトレードオフ)
- “後で”キアリーを憶える。*4
- それを確認させるための毒使用モンスターが登場する。
というカタルシスを得るための条件が用意されていない「毒」ステータスは、ほぼ存在意義がない。「毒を受けたら毒消しを使う」という単なる作業をプレイヤーに強制するだけのものになってしまう。
「RPGには毒があるのが当たり前だろう」「毒があったら毒消しがあるのが当たり前だよね」と惰性で決めただけだと、そうなってしまう。実際そうなっている事が、ままある。むしろ、そうなっていない事例の方が少数派なのではないかと思う。
もちろんドラクエは、そこのところはきちんとしていた。1人が持てるアイテムが12個になりアイテム制限が大幅に緩んだ5では、戦闘中でもダメージを受ける「もうどく」状態が追加されたり、「のろい」状態とシャナクの習得タイミングで同様のカタルシスを用意したりしている。
*1:昔の公式ガイドブックを確認すると、僧侶のキアリー習得レベルは11。ナジミの塔の到達レベルは4。
*2:ロマリア城の到達レベルは10。
*3:到達レベル14。
*4:あるいはそれに相当する解毒手段を得る。
おまけ
Wizつながり。組曲の替え歌はなんでもあるな。

木戸孝紀