2015 5/9

 DvorakJPというキーボード配列を(さらにPとYを右手で打つ拡張を加えて)使用している。

 これまでシェアウェアのDvorakerを使用していたが、うまく対応できないソフトが徐々に増えてきていた。今回64bit化したChromeでうまくいかなかったのを契機に、乗り換えを実行した。

 新しく採用したのは、DvorakJというソフト。今のところすんなり乗り換え成功した。DvorakJPに特化したソフトではなく、設定次第でいろいろな配列に使えるようだ。

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2006 5/17

東プレ NG01B0 REALFORCE91UBK

 キーボードの話はもう終わりにするつもりだったが、いくつか書き忘れたことがあったので補足的に。

 まずDvorakJPはやはり良い。確かにデファクトスタンダードから外れることの不便はあるが、ソフトウェア切り替えであればどうにかなる。主な作業を自分のマシンで行う人にとっては自信を持っておすすめできる。

 DvorakJPでも不満が残る唯一の点は左手小指の使用率が高い*1というところだが、そこをRealforceの変荷重方式*2が解決してくれている。

 また今回キーボードについて調べている課程で「小指のつけ根あたりの掌でCtrlを押す」という動作を初めて知ったのだが、これもやってみると便利だ。

 Realforce91UBKでWinキーとアプリキーが他のキーよりちょっとへこんで配置されているのは、単なるデザインではなくてこのためだったのかと納得することしきりであった。

 それにしても今回の一連の流れでは実際に便利にもなったが、いろいろと勉強にもなった。スティーブン・ジェイ・グールドは高校・大学時代に非常に影響を受けた著述家の1人だがこんな形で世話になるとは思わなかった。何がどう役に立つかわからないものだ。

*1:QWERTYの状態より悪化するわけではない。
*2:弱い指に割り当てられるキーほど軽い。

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2006 5/7

テンキーレスだからその分短い

 DvorakJPで入力するようになってずいぶんタイピングは楽になったのだが、まだ改善の余地は残されている。最後にメインの配列以外の細かいキーカスタマイズの話である。

 以前書いたようにタイピング時に遊んでいる親指に、何か他の指が行っている仕事の中でもっとも忙しくて難しい仕事を割り当てるのが最善の改善手段となるであろうことは間違いないと思われる。

 それでは使用頻度が高くしかも押しにくいキーは何か。私の場合間違いなくShiftとBackSpaceである。Shiftはプログラミング言語で大文字小文字の打ち分け・記号の入力をするために頻繁に使用するにも関わらず、小指に割り振られている。とりわけ右はホームポジションから相当に遠い。

 BackSpaceもIMEの設定にもよるだろうが、打ち間違いの訂正・変換の訂正・文字の削除に極めて頻繁に使用されるにも関わらずホームポジションからは扱えない離れた位置にある。

 次いでEnterである。Enterは押しにくいとは言えないがホームポジションから手をずらさなければならないことに違いはなく、使用頻度の高さはは説明不要である。

 そうなると親指で扱いやすいキー、無変換・変換・左Alt・かな4つのキーにそれら(Shift・BackSpace・Enter)の機能を割り振ることにすれば幸せになれそうである。

 ではそうしてみようではないか。前に使ったChangeKeyでもって以前に書いたニセ親指シフトに加え左AltをBackSpaceに、かなをEnterにする。BackSpaceの改善が思った以上に大きく、とても快適になった。

 これに関しては単純に私と同じようにしない方がいいかもしれない。たとえばプログラミングをしない場合Shiftの使用頻度はそこまで高くなるとは思えないし、IMEの使い方が違う人にとってはBackSpaceにそこまでの価値がないかもしれない。

 ちなみに私のIMEはATOKである。挑戦する場合は必ず自分のキー使用頻度を考えてから設定するように。

 結局よいキーボードが欲しくなった理由とはせっかく新しい配列を憶え、カスタマイズもしたのだから、肝心のハードが2000円弱の安物のままでは片手落ちではないかと思ったからである。思い切って買ったRealforceの使い心地はとても素晴らしく結果的には大正解だったわけだが。

 さすがにこれ以上は改善される効率に対する労力が割に合わないと感じているので、私のパンダの親指脱却作戦はおそらくこれで終了であろう。親指シフトやそのさらなる改良を目指している人たちもいるようで興味津々ではあるのだが……。

おまけ

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2006 5/2

箱の裏

 グールドのエッセイ以来QWERTY脱却の機会をずっとうかがっていたのだが、実際に決意したのはUIEJへの就職の決まった5ヶ月ほど前である。

 ソフトウェア会社に就職するというのなら趣味もパソコン・仕事もパソコンとなり一日中パソコンに触っていることになるのだから、わずかでも効率が改善されるのなら大いに意味があるはずだからだ。

 乗り換える対象は慎重に選ばなければならない。せっかく苦労して移行したのに前より効率が悪いなどということになっては何をやっているのかわからないからだ。

 情報収集の末に熟慮を重ねて(?)最終的に選んだのがDvorak配列に改良を加えたDvorakJPDvoraker*1というソフトウェアを使って行う方式である。

 Dvorak配列とその日本語入力用拡張であるDvorakJP、その利点についてはこのあたりを参考にさせていただいた。それ以外にも単純にハードウェアによらずソフトウェアによる切り替えを行うことの利点が大きい。

  • キーボード本体が普通のものでもよい
  • ショートカットキー(言うまでもなくQWERTYを前提に割り振られている)だけ変えないことが可能
  • 他人がマシンを触るときにクリック一発でQWERTYに戻すことができる

 肝心の移行した感想は、速さでいうとさほどの違いはないが圧倒的に楽だ、というものである。そもそも最高速度で比べるのは間違っていると思っているので個人的には十分満足している。

 他人にも乗り換えをおすすめするかどうかはその人の環境による。おすすめできるのは『日本語とそれ以外(英文・プログラミング言語)の両方を毎日それなりの分量、自分専用のマシンで打つ人』に対してである。

 何らかの理由で他のマシンを触るのがメインであるという場合は移行そのものが困難であるし、日本語しか使わないという人には、私が今回は試していないもっと別の方式の中にもっとよいものがありそうな気がするからだ。(つづく)

*1:シェアウェア500円・ただしDvorakに変換する部分のみならばフリーで使える。

おまけ

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2006 5/1

箱

 さて、良いキーボードが欲しくなった理由について。そもそものきっかけはスティーブン・ジェイ・グールドのエッセイ『テクノロジーにおけるパンダの親指』であった。その要約を示そう。

 パンダが指で竹を掴み、ごしごしと枝をしごきながら食べているところは見たことがあると思う。その時器用に使われている親指に見えるものは実は親指ではなく手の骨である。

 パンダは外見通り熊に近い系統の生物で、熊と同じく親指は他の4本の指と並んで付いている。5本の指と相対して竹を掴んでいる6本目の指(に見えるもの)は撓側種子骨という手の骨(パンダ以外にもあるが普通はとても小さい)である。後足の撓側種子骨も大きくなっているがそちらはなんの役に立っているようにも見えない。なぜそんな奇妙なことになっているのか。

 すでに並列に並んだ5本指を持っていたパンダの祖先は、竹を食糧にし始めたからといって、新たに指の配置をゼロから考え直して親指を竹を掴めるように配置し直すことなどできなかった。元から手に存在した手の骨のひとつを異常発達させる方が進化的に早道で、しかもそれで必要十分だった。だからそうなり、それに留まっている。それだけのことである。

 パンダの親指(手の骨)が教える真理は、時計の針を後戻りさせることはできず、現在は歴史に拘束されているということである。そしてそのような歴史に拘束された不完全でその場しのぎの適応こそ進化の紛れもない証拠である。なぜなら完璧な適応は全知全能の神の御業である等と創造論的に説明することはできても、不完全でその場しのぎの適応を神がマヌケで面倒くさがりな証拠であるという説明はできないであろうからだ。

 生物の進化とは異なり、間違っていたらいったんゼロに戻って作り直すことができるテクノロジーの分野においてすらも、歴史の拘束は存在する。その代表的なものがキーボードである。今あなたの目の前にあるキーボードには、アルファベットがどのような順番で並んでいるだろうか。おそらく左上からQWERTY……となっているはずだ。QWERTY配列といい現在のデファクトスタンダードである。この大変非効率的に見える配列が、なぜデファクトスタンダードなのか。

 QWERTY配列がどのように生まれたのかには定説はない(早く打たれすぎてタイプライターのキーが絡まるのを防ぐために、わざと遅くしか打てないように配置したという有名な説は俗説であるらしい)。すでにDvorak配列などのより効率のよい配列が1つならず知られているにも関わらず、すでに多くのキーボードの配列がそうなっているからとか、新しい配列を憶えるのが大変だからとかいう理由でその地位に留まり続けている。

 資料が手元にないのでうろ覚えであるが大体こんな話であった。これによってそれまで漠然と感じていたQWERTY配列に対する不満が故なきものではなかったことを知り、別の方法を試してみたいとの思いが頭の中にくすぶり続けることになったわけだ。(つづく)

おまけ

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