|
2011
11/24
|
|
2011
10/15
|
|
2009
8/2
|
焦らずのんびりやるつもりだったが、果実集めが終わったあたりからだんだん面白くなってきて、この週末でストーリークリアまでやってしまった。
期待より遥かに面白かった。「むしろ3のような古いドラクエが好きな人の方が楽しめる」という一部の評は正しかった。7と8は未プレイだが、最新のドラクエ正シリーズとして望める範囲では最高級に面白かった。
こうなるとむしろ「当初の予定(だったと思われる)通りネットプレイに対応して完全なMORPGとして完成してたら超絶神ゲーだったのではないか?」と惜しまれてならない。
宝の地図・錬金・クエスト・各種配信などのクリア後やり込み要素は、明らかにMO前提にバランスが取られており、一人でちまちまやってると発狂しそうなマゾ仕様になっている。私はそこまでやる気はないが「でも、そこがいい」というドMな人ならハマるだろう。
マゾ仕様の片鱗はストーリー後半部にもやや及んでおり、まったく情報なしだと、難度的にも昨今のJRPGの基準ではやや厳しい。ストーリーネタバレだけなるべく避けて攻略サイトなどは普通に見てもいいかもしれない。
記念にクリア時のパーティーメンバーと画面写真を貼っておく。(アイテム名などで極微ネタバレの可能性あり注意)
おまけ
RPG→RPGのラスボス戦みたいな曲
|
2009
7/20
|
|
2009
7/4
|
全然報告の続きを書けていないトルコ旅行ですが、日程の最後の方でカッパドキアという場所で気球に乗ったのですよ。
その時に「気球といえばドラクエ4のリメイク版まだプレイしてないな」と帰国するやamazonでポチってしまったのがこれ。
勇者の名前を付けてすぐ『序章』で勇者が出てしまうため、嵐馬破天荒氏の勇者ふるちんネタ*1がもう通じないのだなあと微妙にショックだったりする。
ゲーム的には、回復魔法のMPが下がってたりとか「めいれいさせろ」命令が使えたり、時の砂が何度でも使えたり*2思いっきりユトライズされているが、やはり変わらぬ完成度です。
*1:FC版ドラクエ4では、最初に勇者の名前を入力してから1-4章のかなり長い間、実際に勇者が登場しなかった。
*2:たとえば、メタルキングが逃げないモンスターと一緒に登場した場合、実際上100%確実に倒すことができる。
おまけ
|
2009
6/23
|
|
2009
5/5
|
たまたま上のエントリに行き当たって思い出した話。
昔、創作の裏側というものになんとなく興味を持って、いろいろな本を読んでみたことがあった。その中で特に面白かったのが北村想『高校生のための実践作劇入門』という本で、プロットというものについての説明が印象に残っていた。
小林信彦さんという、作家であり、コラム批評家である才腕の書き手がそこんところを、うまく説明しています。
これは、一九九九年の八月二十日の中日新聞(東京新聞)の夕刊からのコラム記事です。
「アメリカ映画は、プロット(筋)にオリジナリティがあるから面白い、ということがよくいわれる。(中略)プロットとは、どういうものか? 例をあげて説明しよう。
――青年Aは知り合った女の子Bに惚れて、友人Cに紹介した。ところが、実はBはCのフィアンセだったのである。――
ごく単純な例をあげたが、これがプロットである。プロットとストーリーはちがう。ストーリーとは次のようなものだ。
――美しい女性Bは青年Cのフィアンセだった。そのBに、Cの友人Aが惚れた。――
同じことを書いているようだが、プロットのほうには〈実は……〉がある。
プロットには〈策略〉とか、〈計画〉の意味がある。〈実は……〉という伏せ方はそれである」
だいたい、これで、プロットが何であるかつかめたと思います。つまりは、プロットとは、ストーリー(物語)を面白くする〔見せ方〕なのです。
これは今まで聞いたものの中で、プロットの定義として最も単純明快で的確だと思っている。たとえば、
「志半ばで記憶喪失になって死んだと誤解された父の代わりに旅に出た勇者が大魔王の手下の一人の魔王を倒し、続いて大魔王の城に乗り込んだ!」
は、単なるストーリーだけど、
「志半ばで倒れた父の代わりに旅に出た勇者が魔王を倒しました、しかし〈実は……〉魔王は大魔王の手先の一人に過ぎなかった! ついに大魔王の城に乗り込むと〈実は……〉父はまだ生きていた!」
だとプロットになりうるということね。
関連書籍
おまけ
実は……タネも仕掛けもない。
|
2009
2/3
|
突然ですが問題です。次のふたつの言葉は、一方が基本的な攻撃呪文で、もう一方が基本的な回復呪文です。どちらがどちらでしょう? すでに答えを知っている人は知らないつもりで答えてください。
- ディオス
- ハリト
わかりましたか? では続いてもう一問。やはり一方が基本的な攻撃呪文で、もう一方が基本的な回復呪文です。どちらがどちらでしょう? 答えを知らない人はいないような気がしますが、一応知っている人も知らないつもりで答えてください。
- ギラ
- ホイミ
さあどうだろう。実は最初の問題はウィザードリィの魔法で、ハリトが攻撃魔法、ディオスが回復魔法なのだが、知らなかった人の正答率は半々にしかならないのではないだろうか。もしかしたらちょっと下回るかもしれない。
対して、後の問題はもちろんドラクエの魔法である。知らない人はほぼいないと思われるが、ギラが攻撃魔法でホイミが回復魔法だ。たとえ知らなくても間違える人間はほとんどいないことに、あなたは同意できるだろう。
しかし、なぜそれがわかる? 知らない人間がどう思うかなんて、普通に考えたらわかるわけがないだろう? それが今回の主題。このような現象は、
と呼ばれている。
数字の桁数の件もよく似た構図だが、要するに魔法をCGで視覚的に表現することができなかった時代に、共感覚的なものでそれを補おうとした工夫なのだ。こうした工夫の積み重ねが今でもドラクエブランドを支えている。
だからなんだというわけでもなく、立て続けにドラクエの記事と脳の記事がヒットしたので、合わせてみたらどうなるかなと思っただけなのだが、FF13(公式:音注意)がCGを極限に突き詰め、DQ9はDSで出るという戦略は、基本的に正しいんじゃないかな。
おまけ
いまだにゲームと言えばドット絵しか思い浮かばない私。






木戸孝紀