2007 9/20

宇宙のランドスケープ 宇宙の謎にひも理論が答えを出す

 『エレガントな宇宙』以来の超弦理論本。なかなかよかった。おすすめ。

 生命はごく最近まで歴史上常に、あり得ない驚異であり究極の神秘と思われてきた。科学の進歩とともに今日では生命もその誕生も特に不思議とは思われなくなってしまったが、それでも驚異はステージを一つ繰り上がって保存されている。

 「では、なぜそもそも宇宙の物理法則が生命という化学的特性をそれほど不思議ではなくするようなものになっているのか?」が、昔考えられていた生命誕生と同じくらい、あるいはそれ以上にあり得ない驚異で奇跡であるように見えて来たわけだ。

 というのも、宇宙の物理的特性には様々な可能性があるように見え、そのうち生命現象が可能である確率は非常に少ないことを示唆する知見が徐々に揃ってきているからだ。

 これには従来とは違った種類の説明が必要とされる。「わからん。ドラゴンボールで説明してくれ」とかいう声が脳内に聞こえてきたので、それに従う。

 宇宙のどこかにある惑星ベジータのカカロットさんは、特に働きもせずにゴロゴロしているだけにしか見えないのに突然大富豪になったように見える。

 あなたが宇宙のどこにあるかもわからない星の人間が金持ちだろうが貧乏だろうが構わないじゃないかという広い心の持ち主でないのなら(少なくとも私はそうではない)、カカロットさんが何故金持ちになったか知りたいと思うだろう。

 可能な説明には幾つかのパターンがあり得る。

1.神が空からお金を降らせた
たぶんアクマイト光線をくらっても大丈夫なほど善良な心を持つカカロットさんに感心したんだろう。
2.地球人が惑星ベジータについて無知なだけでよく調べれば不思議でもなんでもなく必然だということがわかる。
私達はまだ知らないが、本当はたとえば「惑星ベジータは太陽に対して細長い楕円軌道を描いて回っている星で、太陽から離れる“冬”には星全体がいわば冬眠状態になり全ての経済活動が停止寸前の状態になっている。そして夏が来たのはついさっきだ。」というような、複雑かもしれないが、ただ一つの論理的でまっとうな答えがある。だからカカロットさんが突然金持ちになったように見えるのは、そしてそのことに特別な説明が必要に見えるのは、単に我々地球人の無知に基づく錯覚に過ぎない。
3.カカロットさんは年末ジャンボ宝くじに当たった。
莫大な枚数が発行されている宝くじは誰かには当たるものなので、惑星ベジータの誰かが大金持ちになるのは当然で何も不思議ではない。当たったのがカカロットさんなのも単なる偶然であり、やはり特別な説明はいらない。というのは、仮に当たったのがカカロットさんではなくラディッツさんだったら、私達はラディッツさんについて同じ話をしていたであろうから。

 さあどうだろう。

(1)を選ぶ人はいまい。(もっともドラゴンボールの世界なら神はいるわけだが。)

(2)はどうか? 惑星ベジータを見に行くことができるなら、想定したような事情が存在するかどうかはわかるだろう。見に行って想定した事情が見つからない場合はどう考えるべきか? この説明法は捨てるべきか? それとも私達の想像力が、見ただけではわからないような真の事情を見落としていると考えてさらに調査を続けるべきなのか? そもそも惑星ベジータを見に行くことができない場合はどうか?

(3)はもちろん正しい。当たり前のことしか言っていないからだ。ただし、それはもちろん惑星ベジータで年末ジャンボ宝くじが行われていればの話。

 この本が言わんとしているのは、最新の考察によれば(2)のパターンにはもうほとんど望みがなく、しかも『惑星ベジータ年末ジャンボ宝くじ』が実在すると考えられるようになってきたのでカカロットさんの大富豪化は(3)のパターンに沿って説明されるべきだということ。

 実際は、

  • 惑星ベジータ → ありうる宇宙の物理法則の全て(筆者はランドスケープと呼んでいる)
  • カカロット → この宇宙
  • 大富豪 → 複雑な生命を可能にするような物理法則

 とでも置き換えてもらえればよろしい。あまりドラゴンボールである必然性はなかったかもしれないが、宇宙定数がどうとかインフレーションとか言うよりは議論の概略が掴みやすいのではないかと思うのだが……。

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おまけ

by 木戸孝紀 tags:


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