2018 1/14

 発表後即申し込んで、しばらく待たされたが、やっと招待が来て購入。

 音楽・ニュース・天気予報はほぼ毎日使っている。一番すごいのは家族も初日からいきなりちゃんと使えているということ。未来感ある。

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2018 1/4

 ほとんど見てない……。Factorioなど意識的に見たものもなくはないけど、RSSリーダーなどで引っかかったものをマイリストに入れてそのままというものの方が多い。わざわざニコ動見に行くことがほぼないし、いよいよ本当にオワコン(死語)か。

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by 木戸孝紀

2018 1/3

『女と男のだましあい―ヒトの性行動の進化』★★★★★

 デヴィッド・M・バス著。とても良い。結構前に出てた本なのに知らなかったのは不覚。内容は例によってshorebird先生のところ参照。

『アマゾノミクス データ・サイエンティストはこう考える』★

 アンドレアス・ワイガンド著。現在では特別目新しい話題はないけどビッグデータとか。

『家族をテロリストにしないために:イスラム系セクト感化防止センターの証言』★

 ドゥニア・ブザール著。わりと面白い。要するに昔(今もか)「カルト」と呼ばれていたものそのまんま。世界情勢は変わっても人間はそうそう変わらんということか。

『ジョン・ハンケ 世界をめぐる冒険 グーグルアースからイングレス、そしてポケモンGOへ』★

 ジョン・ハンケ著。ポケモンGOに興味ある人のみ。

『獣の奏者』★★★

 上橋菜穂子著。守り人シリーズから連続で。そちらほどではないけど十分面白い。著者も自覚しているようだけど、3巻以降はやっぱり蛇足な気がする。

『シンプルな政府:“規制”をいかにデザインするか』★★

 キャス・サンスティーン著。ナッジを政治に生かそうという話。アメリカで実際ここまで進んでいるとは知らなかった。日本ではどうなんだろう。

『人類進化の謎を解き明かす』★★★★★

 ロビン・ダンバー著。こりゃすごい。全部がこの通り正しくはないかもしれないけど、従来考えられてきたような様々な説が、ここまで定量的に判定できるようになってきているというだけで十分面白い。

『フェイクニュースの見分け方』★

 烏賀陽弘道著。まあ流行り物。良いと思う。

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2018 1/2

第44回】 【目次

 捕鯨あるいは鯨肉食を、人肉食・カニバリズムになぞらえて非難することが、しばしば行われる。

 このシリーズを書き始めてからの時期で、ある程度大きな話題になったものだけに限っても、少なくとも2回はあった。興味があって話題を追って来ている人なら憶えているはずだ。

 批判目的ではあっても直接リンクする機会を増やすべきものではないと思うし、内容そのものが興味深いわけではないため、ここには載せないが、かなりあからさまな人種差別に見える。

 私にもそう見える(のはわかる)し、捕鯨賛成・反対を問わず日本人の間では、これに関しては珍しく、意見の相違は存在しないように見える。

 この件についての捕鯨反対派の典型的な反応は、

  • もちろん良いことではないが、めったにないケースを針小棒大に取り上げて騒ぐのは日本・欧米双方の人種差別的な人々の思うつぼだ

 とか無理矢理どっちもどっち論に持ち込んでみたり*1

  • もちろん良いことではないが、それは捕鯨反対の欧米人の中でも、どちらかというと程度の低い人間だけがすることであり、一般化するのは不当である。

 と擁護したり*2

  • もちろん良いことではないが、日本政府や漁民の無法ぶりがそれほどひどいからだ。

 というような被害者非難に走ったり*3

 といった具合で、どれも批判者はもちろん言っている本人すら納得されられていなさそうな、お粗末なものばかりである。

 真正面から「良いことではない≒人種差別である」ということを否定した議論は、私は一度も見たことがない。事実上日本国内の言論ではほぼ完全に意見が一致しているように見える。

 だが、私はそれに異議を唱えたい。そして、完全に否定できるわけではないにしても、より建設的な新しい見方を提案したい。その見方とは、

  • 日常的に(?)カニバリズムと呼ばれる概念には、本来全く違う2つの側面があるのだが、日本人と欧米人は、どちらもそれぞれ別の理由で、その2つの区別がついていない。

 というもので、2つの側面というのはこうだ。

  • 霊長類ヒト科ホモサピエンスの肉を(虫より大きい*4動物が)食べること
  • 存在の大いなる連鎖・神の定めた偉さの序列・正しい宇宙の秩序に対する反逆

 前者は文字通りであるし、後者もシリーズを通して述べてきたことであるから、ここでこれ以上の説明は要らないであろう。

 「日本人」にこの2つの区別がつかない理由は簡単だ。前者しか知らないからだ。後者の存在を知らず、知らないということも知らないので、そんなものがあるかもしれないという考えすらも思い浮かぶことはない。

 だから、カニバリズムといえば、連想されるのは単に人食い、ロビンソン・クルーソーに出てくるような「文明的な西洋白人キリスト教徒」に対置される「神を知らない野蛮な人食い人種」の古いイメージしかない。

 であれば当然、たとえどのような理由であれ、日本人をそのように扱うのは、大変な人種差別であり、それをする人は時代錯誤の人種差別主義者ということになる。これ以外の解釈のしようはない。

 たとえ100%捕鯨が悪だと考えていても、たとえ日本人のうち捕鯨者・鯨肉食者しか非難していないとか言ってみても、この結論からは逃れられない。上で発言を例に挙げたような反捕鯨日本人は、実際にこの状態に陥っていると思われる。

 一方、自覚の程度はともかく、後者も知っているはずの「欧米人」にも、やはりこの2つの区別はついていない。その理由は、この2つが常に同じ結論をもたらし、区別する必要がないからだ。

 人間は実質最上位の存在であるので、どんな動物が人間を喰っても必ず序列破りであるし、人間より上位の天使と神は――実在しないということは言わないとしても――何かに食われるような肉体も持たなければ、人肉はもちろん何かを食う必要もない。

 「普通」の日常生活をたとえ百年、いや千年送ったとしても、この2つの違いが意味を持つ場面など、ただの一度も来ない。……そう、高知能説さえなければ!

 私の意見では、これは、第2の存在の大いなる連鎖の時代、ヒエラルキーの源泉が宗教的権威から知性≒科学に移り変わったときから、西洋哲学に組み込まれていたバグだ。

 しかし、長年誰も気づかなかった。人間より賢い動物が存在する――それも目に見えぬ霊的存在ではなく地上に肉体を持って――という特殊な条件下でしか表面化しないバグだからだ。これを見落としたからといって昔の人々を非難するのは酷だろう。*5

 意識しているか否かに関わらず、唯一神教的世界大系と高知能説の影響下にある人間・社会にとっては、鯨肉食が後者の側面に抵触し、カニバリズムであるのは自明だ。

 にも関わらず、このカニバリズム呼ばわりがそう滅多には起きないという事実は、むしろ、ロビンソン・クルーソーばりの人食い人種イメージは人種差別であるという認識を「欧米人」も当然持っており、大半のケースでは、かなり効果的にそれを抑止している、ということを意味する。

 わずかであれなされるということに驚くべきではなく、これほど少ないということの方に驚くべきなのだ。

 もちろん、わずかでもそれをすり抜けるものがあるということが、差別でないと言えば嘘になるだろう。それを許してしまう人間が「程度が低い」というのも、反捕鯨の日本人が真っ先に直感しているように、おそらくは概ね事実だ。

 しかし、重要なのは、「日本人」「欧米人」両者の認識の齟齬を生んでいるのは、主にカニバリズムの後者の側面であって、人種差別に関する前者の側面は、むしろ両者で共通しており、それを抑止している側であるということだ。

*1:他の社会問題の文脈では、たった一度だけであっても絶対にありえないことなので、頻度の問題でない。
*2:この主張自体は、文脈と切り離して単独で文字通り見れば、概ね間違っていないと思われるので、余計にたちが悪い。
*3:他の社会問題だったら、絶対にしないどころか、するような人を烈火のごとく責め立てるような人々が言うので、とりわけ悲劇的である。
*4:この「大きい」も、物理的なサイズというより、何らかの抽象的なヒエラルキーの上下の問題な気がするが、まあ言いたいことは直感的にもわかるだろう。
*5:なんたって実際いないんだし……。

第44回】 【目次

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2017 12/27

 電子レンジも壊れた。ラックに収まる高さのがちょうどこれぐらいしかないという理由で、ほぼ同型機に買い替え。

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2017 12/23

 トースターも壊れた。使い勝手は良かったのでほぼ同型機に交換。

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2017 12/19

 今年はなんか立て続けに家電が壊れるなあ。買い替え。

 ガスでも湧かせるから困りはしないものの、もうガスへ戻る気はしない便利さ。

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2017 12/1

第43回】 【目次】 【第45回

 今回取り上げるのは、前回のハインラインに続いて海外SF御三家*1、正真正銘のSF作家、アーサー・C・クラークの『海底牧場』(1957)である。

 前回の『異星の客』よりも4年前だが、まあ細かいことは気にするな。今は、最低でも10年単位で考えるような時代精神の話をしているのだから、それぐらいは誤差だ。

 短めで適度なスペクタクルがあり、ある意味王道ビルドゥングスロマンでもあり、ここまでの2作に比べれば今でも読めるが、やはりネタバレは気にしないので、自分で読みたい人は先に読んでほしい。

ストーリーライン

 月や火星に植民地ができていて金星も開発されようとしている近(?)未来*2の地球。世界連邦*3食糧機構が、海で、プランクトンを育てる農業と、超音波の柵でクジラを管理する牧鯨を行っている。

 主人公のウォルター・フランクリンは、優れた宇宙飛行士であったが、船外活動中に宇宙空間に投げ出されて漂流する事故により、重度の開放空間恐怖症*4になり、職業生命を絶たれてしまう。

 適性を生かせる第二の人生として、クジラを保護したり、サメやシャチを駆除したりする牧鯨者(ホエール・ボーイ*5)と呼ばれる潜水艦乗りの道を選ぶ。

 第一部:練習生時代では、挫折から立ち直ったり、後に妻となる女性に出会ったり、第二部:監視員時代では、大イカを捕まえたり、伝説のシーサーペントを探したり*6するものの、このシリーズの観点から重要なのは、第三部:官僚時代に巻き込まれる倫理問題だ。

 ちなみに、後に妻となる女性は、インドラという名前の生物学者で、オランダ人・ビルマ人・スコットランド人の血が、同じくらい入っていて、日本生まれである、という設定になっている。だからなんだというほどではないが、世界観をうかがえるであろう。

『白鯨』≒マッコウクジラのイメージ

 彼には、必読書以外の本を読む時間はほとんどなかったけれども、『白鯨』に読みふけっていた。これは半ば冗談に、半ば本気で、牧鯨局のバイブルと呼ばれていた。

 練習生時代の1シーンから、第42回の脚注で出したばかりの宿題の答え合わせ。

 ハインラインが鯨類代表として言及したのがマッコウクジラである理由は、つまるところハーマン・メルヴィル白鯨』(1851)に出てくるのがマッコウクジラだからだ。

 そして『白鯨』のモビィー・ディックがマッコウクジラなのは、鯨油を目的とした捕鯨で特に重要なのがマッコウクジラだったからだ。(なぜマッコウクジラの鯨油が特別かというと……ここでやる必要はなさそうなので自分でググってくれ。)

 『白鯨』は世界有数の有名小説であり、19世紀半ば時点の捕鯨イメージの総まとめであり、20世紀半ばまでの鯨イメージをかなりの部分支配したということ。その際代表となる種はマッコウクジラだったということ。これだけでも憶えておくとよい。*7

 そして宿題がすぐ解消してしまったので、また代わりの宿題。シーシェパードのワトソン船長が、一番好きなクジラとしてマッコウクジラをあげている*8のはなぜで、そのことは何を意味しているだろう?

鯨肉のカニバリズムイメージ……はなかった

 第三部で官僚となったフランクリンがジャーナリストを相手にしている場面。

「わたしよりもだな、ボブ、きみのほうが今じや統計に詳しいんじゃないか。局としては、次の五年間に、牧鯨の規模を、十パーセントほど拡張したいと思っている。(中略)目下のところ、局では、人類の食糧需要総量の十二・五パーセントを賄っているが、これは大変に責任の重いことだ。ぼくとしては、在任中に、十五パーセントにしたい希望を持っているよ」
「そうなると、世界中の人が、少なくとも週に一回は、鯨肉のステーキを食べることになるわけですね?」
「そういう見方もできるがね、みんな、知らずに鯨を食べているんだよ――食用油を使ったり、パンにマーガリンを塗ったりするたびにね。局では、生産高を二倍にすることもできるが、だからと言って、それで面目を施すことにはならんだろう。局の製品はほとんど必ずといっていいほど、ほかの形に変えてあるからね」
「図版部で、それを正確に載せることになってます。この記事が出るときは、一般家庭の一週間分の献立を写真にして、その何パーセントを鯨に負うているか、各項目ごとに円グラフをつけてあるはずですよ」

 グリーンピースやシーシェパードの諸兄姉が読んだら気絶しそうな設定だが、さて、クラークは読者を気絶させようと思って、嫌がらせでこんな世界を描くゲテモノ作家なのだろうか? 違うと思うなら、例によって、おかしいのは我々の歴史感覚だ。

 この一見淡々とした記述は、捕鯨・反捕鯨問題を考える上でとても重要な事実を突きつけている。「欧米」では昔から鯨肉食がカニバリズムに類するタブーだったかのようなイメージは、全くの大間違いだということだ。

 そのようなイメージは、ある種の民間語源のように、単に「普通の人が現在の状況から逆算して想像したときに一番自然に思える説明」であるに過ぎず、「実際の過去で起こった経緯」ではない。

 ほぼ不可避的にそうなってしまうから問題になっているのであり、「普通の人」を責めているわけではない。しかし、何か現在の事態を改善したり、問題を解決しようとするときに役に立つのは、ほとんどの場合、後者である。

 このカニバリズム感覚に関する誤解は、国家間・国内の捕鯨論争を不毛で敵意に満ちたものにしている要因のひとつであると私には思われ、重要な意味を持つので、次回に独立して集中的に取り上げる。

 ついでにもう一箇所。プランクトン農業の説明のシーン。

 自然によって産み出された鉱物を汲み上げることで満足せずに、人間は海中ふかく、要所要所に、原子力発電機を沈めた。そこでは、発電機のつくる弱い熱が、広大な水中に噴流を起こして、そこにある貴重な鉱物資源を、恵み豊かな太陽のほうへと、押し上げてよこす。自然がおこなう掘り返しを、こうして人工的に促進することは、核エネルギーの多くの応用部門の中で、もっとも期待の少なかったものであるが、また同時に、もっとも酬いることの多いものでもあった。この方法によって初めて、海産食糧の収穫高が、十パーセントも増加したのだった。

 グリーンピースやシーシェパードの諸兄姉ならずとも気絶しそうな設定だ。原子力のポジティブイメージ、「食糧生産」への強いこだわり、どちらも詳細は別の「糸」に譲り、今は追及しないが、現在との大きなギャップがなぜ生じる(生じた)のか考えておくとよいだろう。

噴飯モノの宗教イメージ

 そして、肝心のフランクリンと牧鯨局が巻き込まれる倫理問題だが、その前提となっている作中の宗教関連の設定が、単独ですでに注目に値する。

 宗教の力を過小に評価することは、それが仏教のように、おだやかで寛容な宗教であっても、決して賢明なことではない。その位置は、百年前には、とうてい考えられないことであっただろうが、前世紀の政治的・社会的大変革が相まって、それに必然性を与えた。競争相手であった三大宗教*9が没落したために、仏教は今や、人間の心になんらかの形で現実的な支配力を持つ、唯一の宗教となっていた。キリスト教は、ダーウィンフロイト*10によって与えられた痛打から、完全には立ち直っていなかったのだが、ついに去る二十世紀の考古学的発見*11の前に、あえなく屈服してしまった。幻想的な男神女神の万神殿を持つヒンズー教は、科学的合理主義の時代に、生き残ることができなかった。そしてモハメッド教の宗旨も、同じ力によって弱体化された上に、ダビデの昇る星*12が、予言者の青白い新月*13に照りまさった*14とき、威信はさらに失墜してしまった。これらの信仰は今も生き残ってはおり、まだ数世代の間、余命を保つであろうが、その支配力はすっかりなくなっていた。ただ一つ、釈迦の教えだけが力を保ち、ほかの宗教の後にできた空白を満たしつつ、その影響力を増してさえいた。哲理であって宗教ではなく、考古学者の槌に弱い啓示*15に依ることのない仏教は、ほかの大宗教を破壊した衝撃によっても、ほとんど影響をこうむらなかった。(P275-276)

 なんかもう私も気絶しそうな設定だ。(ツッコミが追いつかないので重要性の低いものは脚注で済ませる。)

 私が言うまでもなく、この宗教観は、冷戦終結で民族紛争と宗教紛争がクローズアップされ、911で話題の主役に返り咲き、ビンラディン殺害で911が歴史の1ページになっても変わらない時代に生きている我々にとっては、噴飯ものとしか形容しようがないものだ。

 しかし、もちろんクラークは、21世紀人にごはんを噴かせてやろうと思ってこれを書いていたわけではない。当時はそれなりにマジだったのだ。

 私がこのシリーズの観点からここで読み取ってほしいことは2点だ。

 宗教が著しく――そう「宗教の力を過小に評価することは(中略)決して賢明なことではない。」と前置きしつつ、科学的合理主義によって宗教はあと100年やそこらで滅ぶ*16という設定を開陳する自分に疑問をおぼえないほどに本当に著しく――過小評価されていたということ。

 お世辞にも宗教が盛んとは言えない現代の、とりわけ宗教の力が弱い地域のひとつであろう日本*17に住んでいてさえ、一見信じがたいほどに著しく、宗教が過小評価されており、逆に「科学的合理主義」に、今では思いも寄らないような過大評価が与えられていたということ。*18

 そして、本当に標的になっているのはあくまでキリスト教であり、当時の進歩的な人々が広く共有したキリスト教に対する強い反発の現れであるということ。

 クラークに特異な仏教びいきの設定すら、大局的に見れば、その反動に過ぎないとも言える。他の宗教の扱いはおざなりであり、要するについでなのだ。よく見れば、

  • イスラム教には「お前はキリスト教と同じ啓示宗教*19だから同罪な」*20
  • 仏教には「お前はキリスト教と似てないから宗教扱いしないで見逃したるわ」*21
  • ヒンズー教には「お前も多神教でキリスト教に似てないから罪状は思いつかないけど、仏教だけ残った設定にするのに邪魔だから、まあとりあえず氏ね」

 ぐらいのことしか言ってないのだ。

*1:ちなみにアイザック・アシモフもどこかで登場する予定なのでお楽しみに。
*2:明確な数字は出てこないが、牧鯨局に半世紀の歴史があるような台詞があるので、最低でも21世紀。おそらくその半ば以降。
*3:『異星の客』でも同名のものが西側の統一体として出てきたが、この作品では世界政府そのもののようだ。詳しくは政治の「糸」に譲るので深入りしないが、近い将来世界が政治的に統一されるというアイデアは、今ではほぼディストピア方面にしか見られないが、昔はポジティブ方面にも存在したのだ。
*4:本当にそういう症状がありうるかは知らんが。
*5:言うまでもなくカウ・ボーイのもじり。
*6:結局これは失敗するが。
*7:『白鯨』そのものを直接取り上げる予定はない。もしかすると宗教か芸術の「糸」で取り上げるかも知れないが、それでも本格的にではない。
*8:特定のソースは思い出せないが確かなはずだ。確かめればすぐわかるだろうが、あえてしない。仮にその話を一度も見たことも聞いたことも読んだこともないとしても、私にはそうだろうと考える根拠があるからだ。
*9:文脈的に、キリスト教・イスラム教・ヒンドゥー教。
*10:現在、フロイトの評価は、議論の余地は大きいものの、この時代に比べてハッキリ低下しているように見える。今のSF作家だったら、宗教とフロイトそれぞれに対する評価がどうあれ、この発想は出てこないだろう。ダーウィンと並び称されることも、古い本ではよくあるが、現在ではほとんどなくなった。
*11:何を念頭に置いているのかよくわからない、この時期話題になっていた宗教関係の考古学的発見でも何かあったのだろうか? 誰かわかる人います? → コメント欄の指摘で解決。もっと新しい発見だと間違って記憶していたが、普通に死海文書のことだと思われる。初期にはそこまですごいものだと思われていたらしい。
*12ダビデの星ユダヤ教を指す。
*13:ややこしいが、この「新月」は新月ではなく三日月のこと。三日月はイスラム諸国でしばしば使われるシンボル。
*14:ここも正直何を考えていたのかよくわからない。イスラエルがまだ目新しい存在で、イスラム教そのものの存続を危うくしかねないような破竹の勢いに見えていたのだろうか? 執筆時期がちょうど第二次中東戦争の時期に当たりそうなのと関係があるのか?
*15:なぜ啓示宗教が考古学に弱いと言われているのかよくわからない。古生物学者なら意味はわかるので誤訳かと思ったが、原文でも古生物学者(palaeontologist/paleontologist/fossilist)ではなく考古学者(archeologist)である。
*16:仏教びいきをいったん置けば要するに。
*17:「日本は宗教の力が弱い」あるいは「現代日本人は“無宗教”である」という類の言説は、このシリーズの観点から見て極めてまずい別の文脈で使われることがしばしばあり、誤解を招きたくないが、今の文脈で不当とまでは思えない。これについては宗教の「糸」でちゃんと取り上げる機会があると思う。
*18:これについては当然「科学」の糸でもっと追及する予定だ。
*19:啓示宗教・セム系一神教・アブラハムの宗教などいろいろな呼び方があるが、このシリーズの観点からは表記揺れのレベルで、要するにどれもユダヤ教・キリスト教・イスラム教のことである。どれでも構わないが、私は特に理由がなければ「セム系一神教」を使う。一番重要な特徴である「一神教」以外の字面で余計なイメージを喚起せず、偶然似ているわけでなく系譜的に関連があることを意識できるからだ。
*20:今となってはほぼ意味不明なイスラエルに対する言及を除けば。
*21:仏教は宗教というより哲学だ(から一神教よりましである)という主張は、現在でも真剣にもなされることがある。たとえば、まだそんなに昔ではないドーキンスの『神は妄想である』でも、ほぼ同趣旨の部分がある。個人的には、セム系一神教偏重の世界観・宗教観を批判しようとして、結果的に盛大に追認してしまっている、極めて筋悪な論調と思っている。これもやはり宗教の「糸」に譲り、今ここでは追及しない。

第43回】 【目次】 【第45回

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