ガイア教の天使クジラ6 タロイモ作戦

鯨と捕鯨の文化史

第5回】 【目次】 【第7回

 君にある任務を与えよう。

 君は今から10人に満たない少人数のチームで地球の裏側、アマゾンの奥地タロイモ山の麓に住む狩猟採集民族ヤマイモ族の集落に侵入し、彼らが森に仕掛けた罠を破壊してかかっている獲物を逃がし、彼らのサツマイモ畑に立っている案山子*1に火をつけて帰ってくるのである。

 これをタロイモ作戦と呼称する。さあどう思う?

 私の予想が間違っていなければ「絶対イヤ」だろう。他人に対する礼儀正しさという現代的価値観を教え込まれているあなたは、ものすごい心理的抵抗と罪悪感を感じるはずだ。想像するだけでも掌に嫌な汗が流れ、殺されても仕方ないとすら思うのではないか。

 言うまでもなくこれは、漁網を破壊してイルカを逃がしたり、捕鯨船に体当たりするような反捕鯨運動活動家の立場を違った視点で見てもらうためのたとえ話である。

 彼らは地球の裏側の他民族の土地に少人数で乗り込んで、その生活を妨害してみせる。何年もかけて見慣れた光景になってしまっているので忘れがちな問いだが……一体どうやって?

 大雑把に言って、同じ21世紀の、同じく先進国と呼ばれる地域に暮らし、同じ程度の教育を受けているはずの若い女優とその仲間たちは、一体どうやって君にとってそんなにも恐ろしい行動に打って出る途方もない勇気を獲得できたのだろうか。

 富と名声を得られるから?

 確かに現在、反捕鯨運動で一定の名声と金銭的利益を得られることは否定できない。ではこうしよう。

 私と周囲の人々が皆、君のことをよくやったと褒めてやろう。新聞にも取り上げてやる。おまけに実費と機会損失の補填以外に手取り500万円の報酬を約束しようではないか。で、君はタロイモ作戦に参加する気になったかね? やはり「絶対イヤ」だろう?

 彼女らが君に比べて特に金にがめついと考える理由はない。女優をやるぐらいだから名声は好きなのかもしれない。でも君だって、まさか名声が嫌いってわけじゃないだろう。少なくとも私には、君と彼女の差を説明しうるほどのものとは思えない。

 日本は曲がりなりにも文明国で身の危険が及ぶ可能性はないと知っているから?

 それはもちろんあるだろう。おそらく私のたとえ話は極端でありすぎた。*2では聞くが、ヤマイモ族が死んだり大怪我をするような攻撃を仕掛けてくる可能性はないと保証されれば、タロイモ作戦に参加することへの君の抵抗感はどれぐらい減るだろうか? たぶんほとんど減らないだろう。

 もうおわかりだろう。これほどの心理的抵抗を乗り越えさせるような勇気は、単なる利益で得られるような種類のものではない。

 反捕鯨運動家の活動を寄付金集めの売名行為だと非難するのは、必ずしも間違いとばかりは言えないが、正しい部分よりもはるかに多くの、より重要な部分を見落としており、著しく妥当性を欠く。

 そのより重要な部分とは何か? 言われてみれば当たり前のことのはずだ。私たちは、この世にはそれほど強力な抵抗をも乗り越えさせるほどの、もっと強力な何かが存在することを、すでによく知っているはずなのだ。いま追加の情報を与えよう。

 ヤマイモ族は人食い人種(死語)である。罠を破壊して逃がす獲物は鹿や猪ではなくて他の部族*3の人間である。畑の案山子は鳥避けのためのものではなく、生贄の少年少女から生きたまま取り出された血の滴る心臓を要求する邪教の御神体である。

 さあ今度はどうだろう? おそらく、おそらくだが、これまで私が約束したどんな安全・名声・金銭にも増して君の抵抗感は大きく減少したに違いない。ほとんど消滅したかもしれない。少なくとも「絶対イヤ」と言える人はもう誰もいないはずだ。

 この世の他のどんなものにも増して人の感情をかき立てるもの、どんな恐怖をも乗り越えさせ、日常の礼儀や道徳など吹き飛ばしてしまうもの。それは“正義感”と“宗教的情熱”である。

*1:イモ畑に案山子は変か? まあどのみち適当だからいいや。
*2:他に思いつかなかった想像力の欠如を許してくれたまえ。
*3:たとえばジャガイモ族とか。

第5回】 【目次】 【第7回

おまけ

 チーターマンブームは一過性だったな……。収穫はこれぐらいか。

コメント

  1. 木戸孝紀 より:

    >11
    ほんとだw なんで今まで誰も指摘しなかったんだろう。
    まあ論旨にはあまり影響ないので全面的に改稿する機会が
    あったら何か他の表現を考えよう。

  2. 匿名 より:

    数年前の記事に対して、しかも下らない突っ込みで恐縮ですが
    狩猟採集民族のヤマイモ族が畑を持ってるのはおかしいんじゃないでしょうか

  3. 御神楽 より:

     確かに抵抗感は無くなる。
     準備さえ整うって言うのなら無償でも行くかもしれない。
     まぁ、文化的問題や、これらが刑罰の一種かもとか色々な要素あるだろうけど、こうした懸念が少なければ少ないほど、一方で正義感を煽る要素が大きければ大きいほどハードルが下がるというのは納得。

  4. 木戸孝紀 より:

    >???
    そりゃならないんじゃね? もう一回落ち着いて本文を読み直して下さい。

  5. ??? より:

    自分は攻撃を受ける可能性がない、という例え話で「それはどんな恐怖も乗り越えさせるくらいすげえんだ」って結論になるの?

  6. 木戸孝紀 より:

    >正義に対してそこまで貪欲ではない
    うむ、なかなかいいこと言った。
    清教徒的な正義に貪欲な性質ってのはいい方に転べばいいこともいっぱいあるんだが、悪い方に転ぶと最悪の事態もしばしば引き起こす(ちょっとトートロジーくさいが)。
    ただ理解する気もないって言っちゃうのはまずいでしょ。「口出す事でもない」と決めるために理解が必要な場合だってあるんだし。

  7. 匿名 より:

    まぁ、日本人は正義に対してそこまで貪欲ではないってこった。
    地球の裏側の奴らは、奴らなりに事情があるんだろから、まぁ、俺らが口出す事でもないよね。理解とか全くする気にならんけどね。
    良くも悪くもそんなかんじ

  8. 木戸孝紀 より:

    上のお二方自分が攻撃を受ける可能性はないって条件見落としてるでしょ。

  9. aetos より:

    500万もらえたら喜んでやりますが、人食い人種だったら嫌です。

  10. 名無し より:

    むしろ抵抗感増すでしょう
    人食い人種なら自分が食われる可能性があるんですから。

  11. 木戸孝紀 より:

    >yurikaさん
    最近他人の記事にコメントしに行った記憶はないんですけどどうも。
    なぜ減ってないことを数字で証明できたら鯨の数の問題ではないという話の
    説得力が増すのかわからないです。誰かと間違えてるんじゃないかとも
    思うけど一応レスします。
    >政治的要素と感情的要素は最後まで否定できないと思うけど、
    ってことは(可能かどうかはともかく本当なら)否定しなきゃいけないと
    思ってるわけですよね。私は思いません。それ取ったら何も残らないです。
    第一日本人が捕鯨反対をいまいち理解できてないのはそこが原因でしょう。
    他国民も自分たちと同じように科学とノンポリ(死語)を至上価値として
    生きてると錯覚しがち。実際はまだまだ人はパンのみで生くるにあらずって
    人の方が多数派なのよ。
    絶滅しそうな動物がいたら保護しなきゃいけないというのも政治。
    (普段反対する人が誰もいないからそう意識することは少ないけどね)
    あんまり動物が絶滅なんかしてない世界が望ましいと感じるのも感情。
    それらは天から降ってきたわけじゃなくて、過去があり、今ここに
    存在することにはちゃんと原因がある。それをしっかり理解して
    考えれば、それなりに限界はあるけど未来もわかりますよ。
    >どんな動物でも不必要な殺傷を繰り返すのはと思うのですが。
    typo? どう思うんでしょうか?

  12. yurika より:

    鯨捕獲の記事でコメントありがとうございます。はい、私は捕獲反対の署名とかに参加してます。
    この記事面白いなって思うけど。鯨の数が減ってないことを数字で証明したりできたらしたら、もっと、もっと、説得力があるのでは。 政治的要素と感情的要素は最後まで否定できないと思うけど、どんな動物でも不必要な殺傷を繰り返すのはと思うのですが。

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