2014 10/25

『脳科学は人格を変えられるか?』★★★★

 エレーヌ・フォックス著。タイトルが内容と一致してない。いわゆるポジティブ脳とネガティブ脳の話。なかなか興味深いしライフハックとしても役に立ちそう。

『人類5万年 文明の興亡: なせ西洋が世界を支配しているのか』★

 イアン・モリス著。それほどすごいと思わなかったが、定量志向が珍しかったので。「西洋オワコンって結論にしとくから、途中で多少偏見みたいなこと言っても許せよな」みたいなサブテクストがあるような気がするのは意地悪過ぎかね?

『ヤモリの指から不思議なテープ』★★★★

 松田素子著、江口絵理著、石田秀輝監修、他。内容的には『ヤモリの指』に近いが、イラストたくさんでかなりいい。子供に読ませたい。

『パワハラ防止のための アンガーマネジメント入門: 怒り、イライラのコントロールで、職場は変わる! 成果が上がる!』★

 小林浩志著。このテーマでまとまったものは読んだことなかったので。

『テクニウム――テクノロジーはどこへ向かうのか?』★★

 ケヴィン・ケリー著。うーん、全体として悪くはないけど、この人やっぱり自然信仰から文明信仰に転向しただけで本質はヒッピーっぽいんだよねえ。

『スタイルズ荘の怪事件』★

 アガサ・クリスティー著。なんかテレビでポワロやってたので。

『インタフェースデザインの心理学 ―ウェブやアプリに新たな視点をもたらす100の指針』★

 Susan Weinschenk著。なんとなく『Mind Hacks』を彷彿とさせた。『Mind Hacks』の完成度には遠く及ばないが。

『振り込め犯罪結社 200億円詐欺市場に生きる人々』★★★★★

 鈴木大介著。やばいなんかめちゃめちゃ面白い。近いうちに『闇金ウシジマくん』で振り込め詐欺君編でも始まりそうな気がする。

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2012 2/21

ポスト・ヒューマン誕生―コンピュータが人類の知性を超えるとき

 最近UIEジャパンに入社した山宮隆さんのエントリを読んでいて、いつかしようと思っていた技術的特異点の話を思い出した。

 私はレイ・カーツワイルの言うような意味でのシンギュラリティの概念は眉唾だと考えている。

 確かに、いかなる人間よりも賢い人工知能を作ることはそう遠くない将来に実現する。(考えようによっては既にできている。)しかし、そのAIを作る(作った)のは、人類文明であって人間ではない。

 そのAIは人間より賢いかもしれないが、それを作った人類文明より「賢い」わけではないし、それが人類文明を大きく変容させることなどない。

 私の考えは、知っている限りでは、このケヴィン・ケリーに一番近い。

 たとえ話でざっくり言えば、私の腸に住んでいる大腸菌界のレイ・カーツワイルは「まもなく特異点がやってきて超菌が誕生するだろう!」と言っているに違いない、ということだ。

 タイムテレビで過去をありのままに観察できたとしても多細胞生物誕生の瞬間を特定することなどできないのと同じように、超人類誕生の瞬間を確定することはできないだろう。

 しかし、確定はできなくても、多細胞生物の誕生がすでに過ぎていることが明らかなように、超人類の誕生もすでに過ぎている。おそらくは言語の進化と文字の誕生あたりの時期に。

おまけ

 謎の技術。

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2008 12/10

数量化革命

 『飛び道具の人類史』が面白かったので、アルフレッド・クロスビーつながりで借りてきた。

 中世のヨーロッパは全てが宗教一色に塗り固められていて文明はむしろイスラム圏や中国より劣っており、近代の繁栄が始まったのはギリシア文明のルネッサンスから、というのは中学校でも習う話だが、それを“数量化”という観点からまとめた本。訳者あとがきより。

 世界を理解する枠組みが、従来のような定性的で目的論的なものから、定量的で自然主義的なものに変わった。アリストテレスの権威とキリスト教の教義に基づいて階層構造をなすとみなされていた世界は、均質で一様でニュートラルなもの、数量的に表現できるものに変貌した。こうした認識の変化はやがて、天動説天文学から地動説天文学への移行に見られるようなパラダイムの変化をもたらし、十六世紀後半と十七世紀の科学革命を経て近代科学が築かれる礎石となった。

 このように中世の西ヨーロッパ人の世界観が変容してゆくプロセスを、著者は機械時計の発明や地図製作術の進歩、インド・アラビア数字や数学記号の導入などを例に引いて明らかにしている。事物を構成要素に還元して数量的に考察することに加えて、事物を視覚的に表現する傾向が強まってきた。その結果、音が持続する時間も表示できる定量記譜法が発達し、三次元の空間を二次元の平面上に幾何学的に正確に再現する一点消失線遠近法が考案された。一方、質的にも量的にも変化の波に襲われていた商取引の流れが、マックス・ウェーバーが資本計算の形式合理性の最高形態と評した複式簿記によって、その要点が一目瞭然にわかるような形で表現できるようになった。

 著者が論証を展開してゆくうえで論拠として提示していることがらは、たとえばグレゴリオ改暦にせよ、記譜法の発達の歴史にせよ、その一つ一つがきわめて重要なテーマであり、それらを専門に論じた文献も枚挙にいとまがない。また、現在にいたっても学問的な決着がついていないことがらも少なくない。それらを限られた紙幅で十全に論じきるのは望むべくもないのだが、本書は一冊の本のなかでできる限り幅広く目配りし、一見したところ関連のなさそうなさまざまな事象に共通するテーマを提示している。現実世界の諸相を数量的かつ抽象的に計測する普遍的な尺度が、あるいはそうした思考様式が、近代科学の誕生に道を開き、ヨーロッパ帝国主義の世界支配を支えたことを指摘したという点で、本書の価値は大きいと思う。

 『銃・病原菌・鉄』で歯切れが悪かった(と私は思う)「なぜ中国ではなくヨーロッパだったのか」の部分を補完するものとして読めるのではないかと。

 二冊続けてかなり面白かったので著者の他の本も読んでみよう。また、途中でわずかに『図説 数の文化史』に言及される部分があったのだが、これは『文字はこうして生まれた』のためにもう一度読みたくなっていたところ。

関連図書

おまけ

 五線譜の話が出てきたので。ドレミファソラシドの由来は恥ずかしながら今回初めて知った。

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2008 9/17

飛び道具の人類史―火を投げるサルが宇宙を飛ぶまで

 人間は自分達ホモ・サピエンスの長所を精神に求めることに慣れており、動物と身体能力を比較するときは、負けることを好む。

 「俺たち人間はこんなに脆弱な肉体しか持たないのに地上を征服した。だから万物の霊長なんだぜい。イェイ!」と思うと気分がよいのだ。

 そのためか、人間の身体能力のうち圧倒的に優越しているものがあることをほとんど忘れている。それは投擲力。ものを放り投げる力。

 投石は初期人類にとって重要な武器だった。人類はそれを可能にする肩の構造と手を離すタイミングを判断する脳を、かつてブラキエーション*1を行っていた祖先から受け継いだ。

 投射の技術は火と結びついて最初期のテクノロジーとなり、やがては人類を月に到達させるまでになる……というお話。

 すでによくある話と言えなくもないが、類似の本よりまとめ方というか一本筋の通し方がうまいと思う。こういう本が好きな人にも、今まで興味がなかった人にもおすすめ。

*1:腕渡り。枝から枝へぶさ下がりながら移動していくアレ。

参考リンク

おすすめ類書

おまけ

 火を投げる→宇宙を飛ぶ→流星

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