アルフレッド・W・クロスビー『数量化革命 ヨーロッパ覇権をもたらした世界観の誕生』

数量化革命

 『飛び道具の人類史』が面白かったので、アルフレッド・クロスビーつながりで借りてきた。

 中世のヨーロッパは全てが宗教一色に塗り固められていて文明はむしろイスラム圏や中国より劣っており、近代の繁栄が始まったのはギリシア文明のルネッサンスから、というのは中学校でも習う話だが、それを“数量化”という観点からまとめた本。訳者あとがきより。

 世界を理解する枠組みが、従来のような定性的で目的論的なものから、定量的で自然主義的なものに変わった。アリストテレスの権威とキリスト教の教義に基づいて階層構造をなすとみなされていた世界は、均質で一様でニュートラルなもの、数量的に表現できるものに変貌した。こうした認識の変化はやがて、天動説天文学から地動説天文学への移行に見られるようなパラダイムの変化をもたらし、十六世紀後半と十七世紀の科学革命を経て近代科学が築かれる礎石となった。

 このように中世の西ヨーロッパ人の世界観が変容してゆくプロセスを、著者は機械時計の発明や地図製作術の進歩、インド・アラビア数字や数学記号の導入などを例に引いて明らかにしている。事物を構成要素に還元して数量的に考察することに加えて、事物を視覚的に表現する傾向が強まってきた。その結果、音が持続する時間も表示できる定量記譜法が発達し、三次元の空間を二次元の平面上に幾何学的に正確に再現する一点消失線遠近法が考案された。一方、質的にも量的にも変化の波に襲われていた商取引の流れが、マックス・ウェーバーが資本計算の形式合理性の最高形態と評した複式簿記によって、その要点が一目瞭然にわかるような形で表現できるようになった。

 著者が論証を展開してゆくうえで論拠として提示していることがらは、たとえばグレゴリオ改暦にせよ、記譜法の発達の歴史にせよ、その一つ一つがきわめて重要なテーマであり、それらを専門に論じた文献も枚挙にいとまがない。また、現在にいたっても学問的な決着がついていないことがらも少なくない。それらを限られた紙幅で十全に論じきるのは望むべくもないのだが、本書は一冊の本のなかでできる限り幅広く目配りし、一見したところ関連のなさそうなさまざまな事象に共通するテーマを提示している。現実世界の諸相を数量的かつ抽象的に計測する普遍的な尺度が、あるいはそうした思考様式が、近代科学の誕生に道を開き、ヨーロッパ帝国主義の世界支配を支えたことを指摘したという点で、本書の価値は大きいと思う。

 『銃・病原菌・鉄』で歯切れが悪かった(と私は思う)「なぜ中国ではなくヨーロッパだったのか」の部分を補完するものとして読めるのではないかと。

 二冊続けてかなり面白かったので著者の他の本も読んでみよう。また、途中でわずかに『図説 数の文化史』に言及される部分があったのだが、これは『文字はこうして生まれた』のためにもう一度読みたくなっていたところ。

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おまけ

 五線譜の話が出てきたので。ドレミファソラシドの由来は恥ずかしながら今回初めて知った。

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