ジャレド・ダイアモンド『銃・病原菌・鉄 一万三〇〇〇年にわたる人類史の謎』

銃・病原菌・鉄〈上巻〉―1万3000年にわたる人類史の謎

 今日の世界の各地域の状態には大きな格差がある。

 ユーラシア大陸発祥の民族・文明・国家は先に高度な発展を遂げた。

 その侵略によってアメリカ大陸やオーストラリア大陸の先住民は絶滅あるいはその寸前にまで追いやられ、アフリカ=ユーラシア大陸からの移民に取って代わられてしまった。

 アジアの各地やアフリカ大陸は、植民地にされたり住民が奴隷にされたりしたとはいっても、今でも有史以来の住民の子孫が暮らしている。

 このような運命の差は一体どこで生まれたのか。

 1532年11月16日、騎兵60・歩兵106のピサロ率いるスペイン軍が8万のインカ軍を破り皇帝アタワルパを捕虜にした。

 この一方的な戦いを可能にした差は、スペイン人が持っていてインカ人が持っていなかった様々な利点によるものだった。それは馬、銃、鉄の剣・鎧・兜、外洋船、文字、疫病などである。

 13000年前の地球では、人類はみな小規模な集団による狩猟採集生活をしており、そのような格差はありえなかった。

 約13000年の間にそのような差を生んだのは一体何なのか? インカの艦隊がヨーロッパに上陸してスペイン王を捕虜にしたのではなく、その逆になったのはなぜか?

 13000年前の地球を観察する宇宙人はヨーロッパに住んでいる人間の子孫がアメリカに住んでいる人間の子孫を攻めて征服するだろうと予測できただろうか?

答えは地理にある

銃病原菌鉄図1

 この地図は本の図を元に私がさらに単純化して描いたものである。(白地図は白地図、世界地図、日本地図が無料からお借りした)。

 注目すべきはアフリカ=ユーラシア大陸と南北アメリカ・オーストラリアの間の大きな差異である。なんと言ってもアフリカ=ユーラシアはまず単純に広い。広いということは多様な動植物が生息するということであり、それは潜在的な作物・家畜候補が多いということである。

 動植物はもともと人間に食べられるために進化してきたわけではない。そうとしか思えないような動植物が現に存在するのは、人類が作物化・家畜化に適した祖先種を発見し、長い時間をかけて人為淘汰をかけてきた結果である。しかし、適した祖先種というのは、そんなにあるものではないのである。

 次に補助線に注目。ユーラシア大陸は東西に長い。南北に長いアメリカ大陸・アフリカ大陸とは違う。その違いがなぜ重要なのかというと、東西に移動しても気候はあまり変わらないのに対し、南北に移動すると気候ががらっと変わるからだ。これは作物や家畜の地域間伝播が容易だったということを意味する。

 最後に○○年前と書いてあるのはその大陸・地域に人類が初めて到達したと思われる時期である。ここでもアフリカ=ユーラシア大陸とそれ以外の間に圧倒的な差がある。*1ごく大雑把に言えば人類はアフリカ=ユーラシア大陸で進化しつい最近他の大陸に進出したのだ。

 このことが、直感的には理解しにくいある重大な結果を生んでいる。アメリカ大陸・オーストラリア大陸では大型の哺乳類・鳥類がいなくなってしまったということである。

 すでに狩り尽くされて絶滅したドードーや、現在でも南極のペンギンがそうであるように、オーストラリア・アメリカの大型動物たちは人を恐れなかった。

 そこに、すでに生物学的には現在の人間と少しも変わることのない人間、火と投擲武器を持ち言葉を使って組織的に狩りをする人間がいきなり現れたので、進化的に対抗する間がなく全て絶滅してしまったのだ。

 これによって大型動物の家畜化の機会が奪われたことの重大さは直感的にも理解できるだろうが、このことがもう一つ、さらに分かりにくくかつ重要な結果に繋がっている。伝染病とその免疫の有無である。

 SARSや鳥インフルエンザのニュースとして人畜共通感染症感染症というものを聞いたことがあるだろう。伝染病というものは元をたどれば全て人畜共通感染症なのだ*2

 大型の豊富な家畜と一緒に人口調密な都市に暮らすようになったアフリカ=ユーラシア大陸には伝染病が発生するようになり、同時にそれに対する免疫も発達させることになった。

 近代のヨーロッパ諸国の侵略によってオーストラリア・アメリカ先住民とアフリカ人・一部のアジア人がこうむった被害の大きさの違い、すなわち絶滅寸前か、(政治的・文化的にはどうあれ生物学的には)ほとんど無傷かの差はここで生じている。

 ピサロやコルテスがどれだけひどい虐殺者だとしても彼らの持ち込んだ病原菌はさらに比較にならないほどの先住民を殺している。対してアジアやアフリカでは、マラリアその他諸々の感染症は、むしろヨーロッパ人植民者とその家畜の入植を阻む役割を果たした。

まとめ

銃病原菌鉄図2

 これがピサロとアタワルパの差を分けた要因が、アフリカ=ユーラシア大陸の地理的特性という原因からどのように生じたかをまとめた図である。

 13000年前の地球を観察する宇宙人はヨーロッパに住んでいる人間の子孫がアメリカに住んでいる人間の子孫を攻めて征服するだろうと予測できただろうか? という問いに戻るならば、少なくともその確率は高いと予測できただろう、ということになる。

 歴史を何度も13000年前まで巻き戻してまた再生ということを繰り返せば、アメリカ大陸を最初に侵略するのが明の永楽帝の艦隊だったりということはかなり頻繁にあるだろうし、あるいは織田幕府の植民地がオーストラリアにあったりする歴史もあるかもしれない。

 しかし、インカの艦隊がヨーロッパ――あるいは中国でも日本でもどこでも――に上陸することは何度繰り返してもまったくありそうにない。

 だが、これらの新しい知見によれば、格差はつまるところ各大陸の配置にまでさかのぼれる地理的要因によるのであり、アメリカ先住民やアボリジニやアフリカ人は白人や黄色人種に比べて劣等だったから征服されたのだという従来の説明を無用にするものである。

*1:アフリカ大陸の700万年はヒト科全ての共通祖先がチンパンジー・ボノボの共通祖先と分岐した時期を指す。
*2:このことはかなり難しい話で流れを外れすぎるのでここでちゃんとした説明はできないが。

おまけ

コメント

  1. [読書]銃・病原菌・鉄

    目次 上巻 プロローグ ニューギニア人ヤリの問いかけるもの 第1部 勝者と敗者をめぐる謎 第2部 食料生産にまつわる謎 第3部 銃・病原菌・鉄の謎 下巻 第3部 銃・病原菌・鉄の謎(承前) 第4…

  2. tQy より:

    「生物と無生物のあいだ」を読んで知ったのですが、ノーベル賞を取った2重ラセンの構造が、別の研究者のX線写真を見て気がついた可能性があったなど、もともとたいへんな人みたいですね。
    偉大な業績と、人間性は必ずしも正比例しないというのは、ありがちな話ですが、影響力が大きいだけに迷惑です。
    ダイヤモンドさんの研究は、おそらく正しいのだろうけど、それが実現していくには、世界全体で教育のレベルがもっと上がらないと、今回のようなことで足を引っ張られてしまい、いつまでも足踏みしていそうでイヤですね?。

  3. 木戸孝紀 より:

    >tQyさん
    文明崩壊も最近読みましたよ。実はこれのまとめを書こうと思ったきっかけはそれ(ワトソンの人種差別発言のせいでもありますが)。
    ちょうどこれと合わせて過去と未来からの有無を言わさぬ挟み撃ちという感じで絶妙でしたね。

  4. tQy より:

    始めまして。
    ジャレド ダイアモンドですね。懐かしい本だったのでコメントさせていただきました。
    ちょうど最近読んだ「文明の崩壊」も興味深い内容でしたよ。
    こっちの本ではなぜ文明は滅びたか?を比較研究して、現在の文明に対する提言に結び付けていました。
    あと、ナショナルジオグラフィックで「銃・病原菌・鉄」のDVDが出ているようです。紹介のおまけDVDを見る限り、子供にもわかりやすくなっていいかもと思いました。

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