ベーシック・インカムの話は最近よく聞くが、ほとんど聞き流していた。本としてはこれが最初。私の第1感は「理念は素晴らしいかもしれんがなんかおかしい」というものだ。
「働かざる者食うべからず」という考え方を批判*1する時は、働かずに食っている金持ちの家に生まれた人間のことにちゃんと言及しているのに、働くことへのインセンティブを削ぐのではないかという疑問*2には、
ベーシック・インカムに対する答えられるべき疑問として、無条件の所得給付は労働意欲を減退させるのではないか、という疑問をあげ、フロムは以下のように回答する。現行の世の中の仕組みは、飢餓への恐怖を煽って(一部のお金持ちを除き)「強制労働」に従事させるシステムである。こうした状況下では、人間は仕事から逃れようとしがちである。しかし一度仕事への強制や脅迫がなくなれば、「何もしないことを望むのは少数の病人だけになるだろう」という。働くことよりも怠惰を好む精神は、強制労働社会が生み出した「状態の病理」だとされる。
というような説を持ち出してあっさり片付けてしまうというのは一体どういうことだろう。ブルジョアジーとプロレタリアートで違う生物種だっつーのならともかく、普通の人だって働かずに食えたら働かずに食いたいだろ常考。
それにしてもエーリッヒ・フロムともあろう者がこんなアホなことを言ってるなんて知らなかった。働くことよりも怠惰を好むのが病理だって? とんでもない。自然界に「勤勉な動物」はいない。*3むしろ勤勉の方が人類の特殊な生態と文化が合わさって作りだした異常な精神状態だ。
こんな話がまかり通ってしまうのは、こうしたことを議論する学者が、説明する必要のない理由により、みんな生来勤勉な人ばかりだからだろう。
もう一点。結論から仮定して、ベーシック・インカムはよい制度だったとしよう。つまり、導入された結果、社会は正味で良くなった*4とする。
それはすなわち、ベーシック・インカムに置き換えられ廃止される、生活保護・介護その他各種セーフティネットのケースワーカー、税金や年金を課したり徴集したりあるいは還付したりしている官吏(中略)エトセトラエトセトラ、これら莫大な数の人々が、世の中を良くしようとして行っている膨大な仕事・努力・労力の総和が、社会に正味でマイナスの影響しかもたらしていなかったということだ。何も考えずに単に頭数で割って配ることに比べて!!
……この結論はあまりにもおかしすぎる。
経済は大の苦手分野だし、考えたのも初めてだから、ベーシック・インカムそのものについて結論めいたことを言う気はまだないが、この本の内容がタイトルに相応しいものだというのなら、少なくとも誰か人柱(国柱?)の結果を見た後でなければ、導入には賛成できそうにないな。
*1:その批判自体はもっともだと思う。
*2:私には極めて重大と思われる。
*3:それに一番近いのは、アリやハチなどの真社会性昆虫だろうが、彼らの行動を人間に擬して良いのかという話があるのでここでは無視する。
*4:この「良さ」の基準は常識の範囲でなんでも構わない。
おまけ
これよりはありうるかもね。
コメント
>16
情報どうも。
確かにそうだったとしても驚かない感じ。
私はこの前この先生の講義を受けたけど、この方曰く元々は中立の立場で原稿を書いたが出版社に、賛成派の立場で書いてくれ、と言われて大幅に訂正したんだとさ。
必ずしもこの方、賛成派ってわけではないから自分でも書いたことに矛盾を感じてんだろう、と講義聞いてて思った。
>横ですが さん
生活保護の条件の話は ”生活保護よりもベーシックインカムの方が、無業者であることのインセンティブが低い” という認識についての議論から出て来ています。
年金や預金で生活できる人は、そもそも働く必要も、生活保護を受ける必要も無いのですから、それらについての条件は、この話題とは関係がありません。
「生活保護は無条件で受けられる」などと主張しているわけではありません。私が問題にしたいのは、その条件が ”失業状態であり続けることを奨励するかのような条件” であることなのです。
>住居以外の資産を持てないこと
この条件でほとんど当てはまらなくなるという認識でよいのではないですか?
高齢者のほとんどがこれや年金収入等で要件を満たさないと考えます。預金が数ヶ月の生活費以下(生活保護の需給条件以下)の高齢者(失業者)のパーセンテージは多くないと思います。
>生活保護が理由・条件の如何を問わず働いていない全ての人間に無条件に支給されるもの
ではない
と考えてよいのではないのでしょうか?
>生活保護の条件については常識的には健康状態や親類縁者だと思いますけど、
たとえ健康でも、収入が最低生活費を下回るならば生活保護の要件は満たされます。健康の問題は、単に医療扶助が受けられるか否かに関わるだけです。また、配偶者は別ですが、親類縁者に支援可能な者がいても、実際に彼らが支援しなければ、生活保護の対象外にはなりません。
住居以外の資産を持てないこと、プライバシーを多少侵害されること、そして最低限度の生活しか出来ないことを除いて、他に生活保護を受けるために、問われる条件や理由があるでしょうか(反語表現)
>労働意欲が無尽蔵であることを前提としてしまうならBIを含めどんな対策も無意味では?
>「無限のインセンティブ」というのが間違いでないなら……
”BIを導入したからといって、誰も働かなくなるなどということは無い” と言っているだけなのですが。
労働意欲が ”減る” ことを ”ゼロになる” ことと同一視してしまっているのでは?
>猫の兄貴
「労働の権利」ですか。なるほど。
「働かずに食えたらあれをしようかこれをしようか」
とかいう想像ができる時点ですでにある程度
恵まれた立場だということはありそう。
負の所得税はぱっと見BIよりはよさそうです。
この辺は経済学のキャッチアップかねて
継続的に見ていきたいところ。
>BI 推進工作員さん
>どんな理由や条件についてお考えですか?
生活保護の条件については常識的には
収入・健康状態や親類縁者だと思いますけど、
正確には担当する役所に聞いた方がいいと思います。
といか元々の反語表現通じてますか?
>行政が何をしたら、ワークシェアが実現できるのですか?
正直よく知らないです。
すでに実現しているところに聞いた方がいいと思います。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%AF%E3%83%BC%E3%82%AF%E3%82%B7%E3%82%A7%E3%82%A2%E3%83%AA%E3%83%B3%E3%82%B0
>欲望が無尽蔵である以上、その充足のための労働意欲も無くなることはない
労働意欲が無尽蔵であることを前提としてしまうなら
BIを含めどんな対策も無意味では?
少なくともBIなら効果があると思うから
推進しているのですよね?
申し訳ないが前の「無限のインセンティブ」というのが
間違いでないならあなたのしている話は、
私が考えている経済学とは関係のない別の話なので、
ここまでにさせてください。
できれば最後にBIについておすすめの
本なり学者なり紹介してくれれば参考にします。
>生活保護が理由・条件の如何を問わず働いていない全ての人間に無条件に支給されるものなのであれば、それで正しいと思います。
どんな理由や条件についてお考えですか?
>無限のインセンティブというのは意味がわかりません。
>欲望に上限がないということは、どんな条件の人にBIを支給しても確実に労働へのインセンティブは削がれるということですよ。
欲望が無尽蔵である以上、その充足のための労働意欲も無くなることはない、という意味です。
また、そもそも労働へのインセンティブが強すぎることこそ問題であるはずです。
>労働者が企業に「ベーシック・インカム(の財源)下さい」と言っても同等以上に無駄ですよね。
>国が無理に実行すると雇用が海外に逃げる点も同等以上でしょうね。
>「BI導入されたら企業はその分賃金を下げるのではないか?」というよくある疑問を肯定することになると思いますが、それでいいのですか?
負担を企業に求めれば、ワークシェアであれ、その他の何であれ、同じ結果になります。ワークシェアでは、その負担が100%企業とその社員に回ります。BIならば、その一部を国債の発行などによって賄うことも可能です。
>BIはワークシェア以上に思考実験レベルなんだから実現可能性よりも本当にいい制度かどうかの方が大事では?
サービス残業が蔓延っている現状で、BIを前提としないワークシェアの方が、より現実味が無いと思いますが、具体的な実現の方策があるならば、お伺いします。行政が何をしたら、ワークシェアが実現できるのですか?
マルクス主義の労働賛美ってのは僕もウンザリするところがあるんだけど、マルクス主義では社会参加=労働だからね。で、フロイトがからむと、いわゆる「承認欲求」のようなものが労働を通してしかえられないということになる。
いわゆるネオリベ的なBI論者というのは、「使えない」労働者には雇用などという迂遠なことをせずに、直接給付して飼っておき、仕事の足をひっぱらないようにする、という発想がある。
で
例えば障害者のことを考えると、労働を通した社会参加の欲求というのは現実にあるわけで、このあたりはちゃんと考えたほうがよい。
いわゆる「労働の権利」というものの評価だよね。これは単に生きているという権利だけでなく、生産活動に参加し誇りをもって生きていく権利、と考えるとフロムのいうこともそうそう馬鹿でもないと思う。
反BI論者には、労働を通した社会参加の権利をいう人もいるし、これはシカトできる論点じゃないなあ、と。
僕自身はBIよりも「負の所得税」を本格的に導入するほうがよいと考えている。
>それよりも無業者であることのインセンティブが低いベーシックインカム
生活保護が理由・条件の如何を問わず働いていない全ての人間に無条件に支給されるものなのであれば、それで正しいと思います。
>欲望に上限はありません。
そんな話がどこから? まあ、たぶんそれは常識的な範囲でほぼ常に通用する比喩として正しいと思います。ただ、そうだとしても欲望に上限がないということは、どんな条件の人にBIを支給しても確実に労働へのインセンティブは削がれるということですよ。
あと最後の無限のインセンティブというのは意味がわかりません。何かの間違いですよね。(『によるインセンティブ』の部分が編集ミスか何か?)
>労働者が企業に……雇用が海外へ逃げてしまいます。
それ言っちゃったら、労働者が企業に「ベーシック・インカム(の財源)下さい」と言っても同等以上に無駄ですよね。BIはワークシェア以上に思考実験レベルなんだから実現可能性よりも本当にいい制度かどうかの方が大事では? また国が無理に実行すると雇用が海外に逃げる点も同等以上でしょうね。
>高くなってしまう日本人の人件費の一部を、国が負担するのです。
それは「BI導入されたら企業はその分賃金を下げるのではないか?」というよくある疑問を肯定することになると思いますが、それでいいのですか? 普通はBI賛成の人はこれは否定するものだと思っていたので、違うのならそうと知りたいです。
>3の疑問に解答(あなたのに限らず)が欲しいところだけど。
どうもご質問の趣旨がよく解らなかったので、前回のような文面になりましたが、見当はずれでしたか? で、あれば失礼しました。
>生活保護とBIは全然違うんだから、生活保護制度の擁護をしても意味ないと思いますが。
『生活保護 ”ですら” 大丈夫だったのだから、それよりも無業者であることのインセンティブが低いベーシックインカムは、問題ないだろう』 という一文が必要でしたね。
>多くの人が満足できるレベルを達成するのを容易にして、その分のインセンティブを確実に削ぎますね。
欲望に上限はありません。100万あれば1000万欲しくなり、1000万あれば1億欲しくなるのが人間というものです。欲望によるインセンティブは、”消費しようにも、その時間や体力がない”という物理的制約を受けない限り、無限です。
>最も合理的な一手」はワークシェアリングじゃないかな。
現状では、労働者が企業に「ワークシェアさせて下さい」と言っても無駄でしょう。国が音頭を取って無理に実行しても、雇用が海外へ逃げてしまいます。
ワークシェアを実現するには、労働力の買い手市場状態を改善するしかありません。そのためのベーシックインカムでもあります。海外、特にアジアと比べて、どうしても高くなってしまう日本人の人件費の一部を、国が負担するのです。
>BI推進工作員さん
新しい話よりもまず>3の疑問に解答(あなたのに限らず)
が欲しいところだけど。
>……ちょっとした勘違いなのです。
そこまでの話は別に誤解しているつもりはないです。
>よく『働かなくても……その批判は当たらないことは明らかです。
あなたの言うとおり生活保護とBIは全然違うんだから、生活保護制度の擁護をしても意味ないと思いますが。
>多くの人は”必要最低限”の生活では満足出来ないから働くのです。
そうです。BIは、その多くの人が満足できるレベルを達成するのを容易にして、その分のインセンティブを確実に削ぎますね。
>最低限の衣食住も……
いろいろ怪しい気がするけど細かいところは無視して、そういう問題意識なら「そのための最も合理的な一手」はワークシェアリングじゃないかな。
×働いていない全ての人たちに給料を払う
↑これは生活保護
↓こっちがベーシックインカム
○働いている人”も”、そうでない人も、全ての人に給料(の最低限の部分)を払う
『働いてない人が受け取っている生活保護を、仕事を持つ人も受け取れるようにする制度』という言い方をすれば解りやすいでしょうか?
BIに反対する人々の多くは、『働かないヤツ”だけ”に金を渡すなんて許せない!』という、現行の生活保護へ向けられるべき批判を行っています。 これは、ちょっとした勘違いなのです。
よく『働かなくてもお金がもらえるなら、みんな働かなくなる』と言う人がいますが、今この時点で生活保護という制度が日本にあり、それでも社会が成り立っている現実を見れば、その批判は当たらないことは明らかです。
多くの人は”必要最低限”の生活では満足出来ないから働くのです。学生のアルバイトさん達が、みんな働かなければ生きていけない苦学生であるわけではないでしょう?
最低限の衣食住も満たせない発展途上国では『みんなが頑張って働けば、社会はよくなる』という考え方は妥当です。しかし、日本のような先進国では、生活必需品の生産に携わる人は少なく、レジャー産業のように絶対に必要とは言えない分野に、多くの人々が従事しています。
このような社会で、発展途上国型の『労働は正義だ!』を実践してしまうと、労働力の過剰供給・人件費の安値競争が起こります。その結果、余暇を楽しむ時間も、子育てをする余裕も無い人々が増え、”若者の○○離れ”に象徴される消費の冷え込みが起こり、デフレスパイラルを呼ぶのです。
この連鎖を止めるためには、”働きすぎる労働者”を減らし、”余裕のある消費者”を増やさねばなりません。ベーシックインカムは、そのための最も合理的な一手なのです。
>猫の兄貴
>社会参加と労働をごっちゃにしているところからきている。
なるほど。そういう言い方ならその感覚はわからんでもないですわ。
いくら食えるからといってもずっと一人で閉じこもって誰とも関わらずに
過ごすのは、確かに少数の病人というか変人だけになるでしょうな。
フロムのその発言は、社会参加と労働をごっちゃにしているところからきている。フロムの思想はマルクス主義とフロイト精神分析の融合だから、労働は社会的欲求、ということになっちゃうのよ。
これは時代背景からして仕方のないところがあってねえ・・・
あと、BIについてなんだけど、現金給付分だけをBIにしよう、という話もありますね。
現物による社会給付を全否定するのが支離滅裂だってのは、確かに明らかでしょう。
>BI推進工作員さん
事実上何も働いていないある人たちに給料払うのが無駄だと思うから、本当に何も働いていない全ての人たちに給料を払うようにしようと考えるわけ?
失業者やそもそも働けない人に「仕事なんかせずパチンコでも打ってろ」と言うのが不合理だから、全国民に「(仕事してもしなくても)パチンコでも打ってろ」と言うようにしようというわけ?
第一ピラミッドもパチンコもものの例えで、本当にまったく機能していないわけではないでしょ。
>tikaranoさん
>BI社会ではゴミ処理とかIT土方とかのいやな仕事の対価が上がる?
そういう主張は実際にもされてます。私の考えでは
「いやな仕事の対価が上がる?」ということに
限って言えばおそらくイエス。
しかし、実際起きることはこうでしょう。
「いやな仕事」をしていた人たちは単に働かなくなります。
悪いと言ってるわけではありません。当然です。
BIで今までとほぼ同様の暮らしができるなら
「いやな仕事」を続ける理由はありません。
需要供給の法則で「いやな仕事」の給料は上がりますが、
上がったのと同額ぐらいで現在(比較的)熟練労働を
していた人たちが転職してきて「いやな仕事」を埋めます。
結局、社会全体を下方に押し下げることになるでしょう。
何も考えずに社会全体に配るということの、
ミクロ的にもマクロ的にも妥当な結論だと思います。
JPホーガンの「断絶への航海」に出てきたケイロン的な世界を
目指そうというわけですかね。
しかしSFならゴミ処理とかロボットがやってくれるけど
現実には「いやだけど、誰かがやらなければいけない面倒な仕事」は
人間がやらないとだめだからなぁ。
BI社会ではゴミ処理とかIT土方とかのいやな仕事の対価が上がる?
例えば、『地方にダムや高速道路を造るのは、その地方の雇用確保が目的のほとんどで、実はピラミッドを建てているのと同じだ』という話は、昔からよく言われています。 ならば、不必要な工事などせず、建設作業員の皆さんに直接お金を給付した方が、建設費etcが不要になる分だけ効率的ですよね?
ベーシックインカムも、その延長線上にあるアイディアだと考えています。
生活保護ってのは不合理な制度ですよ。なにしろ仕事を始めたら金がもらえなくなるんですから。これじゃ”仕事なんかせず、パチンコでも打ってろ”と言われているようなものです。
いきなり国レベルで制度を導入して”国柱”になるのは確かに不安なので、とりあえず「地方の過疎化&東京一極集中の是正」の名目で、地方在住者への給付から始めたらいいんじゃないですかね。あるいは少子化対策とか。