ぼくのかんがえたせかいへいわ

暴力の人類史 上

 ピンカーの『暴力の人類史』を読んで考えたこと。大半は今回初めて考えたというわけではないが。

 『暴力の人類史』を読んでいることを前提とするが、必ずしも必須ではない。

 価値観の話でややこしくなるのを避けるため、単純に人類間の暴力を減らすことを良しとする。ブロイラーの福祉とか、地球のため宇宙のためとかは考えない。

 理由はどうあれ事実として暴力はずっと減少してきたし、今後も減り続ける可能性が極めて高い。予見しうる将来にわたって時間は味方だ。

 ここでは格言に反して、巧遅が拙速に勝る。どんなもっともらしいあるいはもっともらしくない理由であっても、棚上げ・時間稼ぎ・現状維持は、ほとんどの場合に善だ。

 統計的に考えた場合、暴力が無視できるほど減るまでに、特異点的な大破局、平たく言えば第三次世界大戦を起こさないことだけが肝要だ。

 バイオテロは現実だが実践的に極めて困難で、ナノテク災害や人工知能の反乱はまだSFで、おそらく永久にSFにとどまる。

 結局、第三次世界大戦であっても、大破局を人為的に引き起こせる手段は、古典的(?)な戦略核兵器の撃ち合いぐらいしかない。その危険もキューバ危機を頂点に大幅に減っているが。

 戦略核兵器の運用能力があって、ユートピアイデオロギーの影響下にあり、民主的でない独裁政権を持つ国がポイントになるが、かなり限られる。中国・ロシア・イラン・北朝鮮ぐらいだろう。

北朝鮮

 このうち北朝鮮は、個人独裁過ぎて何世代も持たないだろうし、今ですら中国が保護していなければ一時も成り立たないので、今回の観点としては中国の一部と言ってもよいだろう。

 独裁崩壊が不測の事態(のきっかけ)になりうるけども、もちろんいい方向にも変わりうる。良くも悪くもそれだけだろう。

イラン

 『暴力の人類史』でもあったと思うが、イランが核化しても、別に何も起きないだろう。インドやパキスタンの時と同じように。

 およそありそうもないような奇跡的な最悪ケースでも、せいぜいイスラエルとイランの限定核戦争だろう。(もちろんそれでも十分ひどいが。)

イスラム

 イランのついでにイスラムについて。

 個人的には、暴力という観点から見てのイスラムの問題点は、ムハンマドがイエスと違って世俗的にも成功「してしまった」ために、政教分離が困難なシステムになってしまった、ということに尽きると思われる。

 『暴力の人類史』の中で最も実践的な指摘はモラルの適用範囲を狭めれば暴力は減るということだろう。

 宗教は(全ての文化でそうだというわけではないにせよ)モラルとかなり重複するし、政治というのは(それが全てというわけではないにせよ)暴力装置の独占である。

 政教分離はモラルの非暴力化+適用範囲の大幅削減に他ならない。

 それにイスラムは統一された政体ではないし、そうなりそうな気配もない。ISとかがいくらがんばってもこの記事で考えているような破局をもたらしうるとは思えない。

ロシア

 第2次世界大戦後初めて武力で大きく国境線を変更して、歴史の時計を巻き戻した感があるロシアだが、これは大部分ウラジーミル・プーチンという類い希な個性と能力の持ち主ひとりの問題に見える。

 大破局が特異な性格の個人によって引き起こされうるというのが『暴力の人類史』でも強調された警告であるから、だからと言って警戒しないでいいというわけではない。

 だが、彼の代を過ぎてもロシアが今ほど危険である可能性は、かなり低いと思うし、彼の代のうちに大破局を選ぶほど彼が馬鹿とも考えにくい。

中国

 そうなると結局、唯一本当の本当に危険になる可能性があるのは中国だ。

 だいぶ薄れたとはいえ共産主義というユートピアイデオロギーを正統とする独裁政権が、世界一の人口とまもなく世界一にもなろうかという経済を擁している。

 だが、ここでもやはり時間は味方だ。現在の中国共産党指導者がどれほど酷かろうが、毛沢東と比べたら天使のようだ。今の指導者と50年後の指導者を比べても同じだろう。

 人口動態も味方になる。中国にもまもなく来る人口減少と高齢化は、経済的にはともかく暴力の観点からは利点しかない。直感的にも明らかだが暴力傾向はおおむね若い男性のものだからだ。男女比の偏りも今より悪化はしないだろう。

 中国が経済的・軍事的に地球の覇権を握るというビジョンは、ちょっと前に日本が経済的にそうだと思われていたのと同じく、近過去から現在までのトレンドをそのまま未来に外挿するというありがちな誤りに過ぎない。

 何度でも言うが時間は味方だ。常に今が一番危険な時で、あとほんのちょっと(歴史的な尺度では)だけバランスを取って耐えればいいだけだ。

 しつこいが棚上げ・時間稼ぎ・現状維持がおおむね善だ。逆に一番まずいのは、今すぐ何かやらないともっと危険になるという誤った危機感に捕らわれることだ。恐怖すべきことはただひとつ、恐怖そのものだ。

コメント

  1. 黒部 より:

    人口減少、高齢化は暴力が抑えられる利点にはなりえないと思います
    たとえば第一次大戦後はドイツ・フランスともに猛烈な人口減少、高齢化に陥りましたが、フランスはポアンカレ失脚まで軍拡と激しい対ドイツ圧力を強め、ドイツに至ってはご存じの通りです
    人口減少、高齢化は政権が求心力を失う原因になり、政権が激しい行動を取る遠因にもなりえます。

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