星新一『囚人』

(本文とは無関係)

 ボンボンと悪夢 (新潮文庫)より。

 ある刑務所。そこにいる囚人は彼たった一人。しかも牢の鍵は自分が持っている。

「まったく変なことになったものだ。犯罪者でもないおれが、刑務所のなかにいる。そして、きみたちは脱獄の邪魔をしないばかりか、内心ではしてくれるよう祈っている。しかし、おれは出ていかない。なれてはきたものの、時たま考えるとおかしくなってくる」

 塀の外では飢えて絶望した群衆が集まって「囚人を渡せ」と叫び始める。塀を乗り越えようとする者が現れると、看守たちが次々と機関銃で撃ち殺す。

 彼は人口爆発による食料危機に対して合成食料を研究する学者だった。あるとき実験機器の事故に巻き込まれ奇跡的に助かった彼はなぜか皮膚が緑色になり、水と日光だけで生きていける体になっていたのだった。しかし、その結果は再現できなかった。事故と似た状態に志願した者はいたが効果がないか死ぬかのどちらかで、彼の体をいくら診察しても、彼だけがこうなった理由はわからない。

 生理学、医学の関係者は、そろってこのような報告をした。
「わかりません。このうえは、徹底的に解剖し、すべてをばらばらにして調べない限り、どこに問題があるのかの発見はできないでしょう。それが許されれば必ず……」

 彼は看守に撃つのを止めてみろと提案してみるが、拒否される。

「それではいかんのかね」
「いかんだろうな。それからの社会をなんで維持してゆけばいいんだ。法律かい。だが、罪のない人間を殺すことによってできた新しい社会で、どんな法を作り、守らせようと言うんだね。目的さえあれば無実の人間を殺してもいいという道徳や法律に、従わせるわけにはゆくまい。そうなったら、すべてがめちゃくちゃだろう」

 塀の外には痩せた死体がどんどん積み上がっていく。

「食料に縁のないのは、そとの連中とおれということになるな」
「そとの連中のことを考えると、食事をするのが罪悪に思えてくる。食料を送ってくれなければいいのにと思う。だが、看守たちに変な気をおこさせまいと、法と秩序と正義をまもるため、十分すぎる食料が送られてくるのだ。食わなければいいんだろうが、腹がへり、前に食料があると、どうにもならない。情けない話だが、それを押さえる力は人間にそなわっていないらしい」
「情けないのはお互いのことだ。おれに自殺ができないのと同じだろう。生命への執着、食欲、つまらないものが人間にはとりついていやがるな。」

 いつもと変わらぬ一日が過ぎていく……。

 を読んで思い出した話。人間とは倫理とは何ぞや。なかなか好きな話ですねこれは。

おまけ

 人間とは倫理とは何ぞやつながり。(ネタバレ&グロ注意!)

コメント

  1. 木戸孝紀 より:

    >名無しさん
    ちっっっがああああああああうう!!
    この話の肝は「人は皆、正義感とか本能とか、
    そんなもののために、自分で鍵を持ちながら
    自分を檻に閉じ込めている囚人なのだ」ということなのです!
    だから軍事基地や病院では成り立たんのです!

  2. 匿名 より:

    別に刑務所に入れなくてもいいじゃん、
    とつっこみたくなった。

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