2017 5/3

 歴史上「わいせつ」の要件を具体的に示しえたためしがない、というのはよく言われることで、それはそれで正しいと思われる。

 だが進化心理学的視点に立てば「わいせつ」を過不足なく単純に定義することは容易だ。

  • 性が社会≒権力≒年配の男性(の同盟)にとって適切に管理されていない状態

 だ。そもそも具体的にどんな行為や表現であるかは問題ではないのだ。たとえば、

  • 一夫一婦制は社会的にひとつの安定解だから、夫婦間の性は基本的にわいせつではない。
  • 男性の性は、おおっぴらにアピールされて比較されると、年配の男性が若い男に負けてしまうので、露骨な場合のみわいせつである。
  • 男女の利害は一致しづらいので、女性の主体的な性アピールは基本的に――自分ひとりに向けられる場合を除き――全てわいせつである。

 もし、ホモ・サピエンスの祖先が、強い一夫一婦傾向(わずかに一夫多妻)で、メスが群れを出てオス同盟(≒男系)で権力が受け継がれるタイプの類人猿でなかったら「わいせつ」の定義はどんなものになっていただろう?

 これをまともに想像するのは難しい。なぜならすでに現在の「男性」「女性」の心理は、人類の祖先がそのような類人猿だったことと不可分だからだ。

 しかし、進化的に形成された心理が変わらないまま、現在の社会環境が変わったらどうなるかは、考える意味がある。それが実際に起きたことだからだ。

 ここ100年やそこらで、これまでと比べて、社会が家父長制権力的でなくなってきて、同時に女性の政治力が上がってきた。

 男性が実際にやってきたように、女性が自分たちに都合よく「わいせつ」を定義するとしたら、一体どのようなものになるだろう。

 よく知られているように、進化視点で男性の利益を突き詰めると皇帝のハーレムになる。この世で性行為できる男性は自分ひとりでいい。

 男性の皇帝のハーレムにあたる、女性の進化的利益の究極形は、乙女ゲーによくあるように、金と権力のあるイケメンがみんな自分に求婚してくる状態だが、男性との重要な違いは、基本的・相対的に「量より質」になることだ。

 皇帝のハーレムは、どんな美女でもひとりではだめであり、多少それより劣った女性・並程度の女性であっても、追加されるのは普通歓迎である。

 しかし、女性にとっては、究極に金と権力のあるイケメンがひとりいるだけでも、別に構わない。それより劣った男性・並程度の男性が追加されるのは、あまり嬉しくないどころか、むしろ邪魔でさえある。

 女性の進化的利益を最大化するように進化によって形成された心理傾向を正当化するような道徳を、進化心理学を知らない状態で、女性が作るとしたら、どのようなものになるのか。

 自分が求婚を受け入れるような最高クラスの男以外からの性的アプローチはすべて「わいせつ」であると定義することになるはずだ。

 ……はずだというか、それはもう実際に起きたことで、こうした女性主体で定義された「わいせつ」は特に「セクハラ」と呼ばれている。*1進化心理学による、いわゆる後ろ向きの予言だ。

 だから「ただしイケメンに限る」的な皮肉は、確かに一面の真理をついていると思われる。

 「セクハラ」の具体的要件、いつどこで誰がやっても変わらないというような意味でのそれは、「わいせつ」の具体的要件と同様に、誰にも示しえないと思われる。特に誰がやるかが決定的に重要なのだ。

 ただしそれは、歴史的に年配の男性が自分たちの都合のいいように「わいせつ」を定義してきたのと、何も変わらない。

 「セクハラ」の定義の方が恣意的に見えるのは、男性の性は基本的・相対的に「質より量」で、相手の質が重要でない、ということの反映に過ぎない。

*1:もちろん現在の「セクハラ」は対女性限定の用語ではないが。

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2015 5/1

『アイリウム』★

 小出もと貴著。飲んでから一定時間後に、飲んでからその時までの記憶を失う(主観的には未来にワープする)薬をテーマとしたショートショート集。ちょっと面白い。

『系統樹をさかのぼって見えてくる進化の歴史』★

 長谷川政美著。『祖先の物語』に似てる。

『知のトップランナー149人の美しいセオリー』★★★★

 企画の性質上、当然玉石混淆ではあるけど、かなり面白い。Edge.orgにも興味が出てきた。

『セックスと恋愛の経済学: 超名門ブリティッシュ・コロンビア大学講師の人気授業』★

 マリナ・アドシェイド著。すごく目新しい知見はないし、いくつか明らかにおかしいところもあるけど、面白い。

『2次元より平らな世界―ヴィッキー・ライン嬢の幾何学世界遍歴』★

 イアン・スチュアート著。フラットランドファンなので外せなかった。目論見は成功しているとは言いがたいけど。

『天才たちの日課 クリエイティブな人々の必ずしもクリエイティブでない日々』★

 メイソン・カリー著。当たり前だけど「銀の弾丸はない」ってことが教訓かな。

『人類が知っていることすべての短い歴史』★

 ビル・ブライソン著。普通にいい啓蒙書。個々には浅いので中高生向け?

『暴力の人類史』★★★★★

 スティーブン・ピンカー著。shorebird先生の読書ノートで内容は知っていたが、やはりすごい。記念碑的大著。

『りんごかもしれない』★

 ヨシタケシンスケ著。本屋で立ち読みした絵本。なんかおもろい。

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2014 4/6

『スティーヴ・フィーヴァー ポストヒューマンSF傑作選』★

 グレッグ・イーガン他著。ほぼイーガンの目的。まあまあ面白かった。

『刑事司法とジェンダー』★

 牧野雅子著。確かApeman氏経由。教科書的だけどいい。

『異端の統計学 ベイズ』★

 シャロン・バーチュ・マグレイン著。面白い。

『クライシス・キャラバン―紛争地における人道援助の真実』★

 リンダ・ポルマン著。愉快な話ではないけども。

『ドラゴン桜』★★★

 三田紀房著。予想より面白かった。実はちゃんとした内容に独特の絵。分野は違うが『ナニワ金融道』を連想させるものがある。

『オルドビス紀・シルル紀の生物』★

 土屋健著、群馬県立自然史博物館監修。どうしても前巻の方が面白く感じてしまうが、こちらもいい。

『ナチスのキッチン』★

 藤原辰史著。感想は山形浩生にほぼ同じ。『ナチス・ドイツの有機農業』はとても良かったのだが。

『魍魎の揺りかご』★

 三部けい著。『僕だけがいない街』から作者つながりで。絵で書くB級ハリウッド映画。セプテントリオン+バイオハザードな感じ。本当にいろんな意味でプロフェッショナリズムを感じるわー。

『ビッグデータの正体 情報の産業革命が世界のすべてを変える』★★★★

 ビクター・マイヤー=ショーンベルガー著、ケネス・クキエ著。IT業界の人間だと全く新しい知見はないと思うが、それでもまとまり具合が素晴らしい。原題”BIG DATA – A Revolution That Will Transform How We Live, Work, and Think”(ビッグデータ – 我々がどう生き、働き、考えるかを変える革命)。邦題はいまひとつ。

『明日の記憶』★

 荻原浩著。渡辺謙の映画がすごく良かったので。本も悪くないけど映画の方が良さそう。

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2013 12/22

劇場版 魔法少女まどか☆マギカ [前編] 始まりの物語/[後編] 永遠の物語【完全生産限定版】 [Blu-ray]

 『魔法少女まどか☆マギカ』(まどマギと略されることが多いが以下魔まマ)について書き殴り。TV版のネタバレあり。映画版のネタバレはなし。

 魔まマはそもそも全体に「合法鬼畜モノ」的な要素――いかに白昼堂々*1ひどいことを放送してのけるか追及したようなところ――がある。悪いと言っているのではない。私も皮肉屋なので、そこが好きだ。

 たとえば、どこで見たか忘れたが「魔法少女になっちゃいました」とか言ってるあたりのさやかちゃんを「彼氏の借金返すために○○○で働き始めた」と表現した人がいて、うまいこと言うなあと思った覚えがあるが、まあそういうことだ。

 キュゥべえなどはわかりやすいので省略して、一見わかりにくいところ2題が本題。

まどかの両親

 「夫(父)」「妻(母)」の役割を担っている人間の性別が入れ替わっているから一見そう見えないだけで、「夫」「妻」という役割そのものは極めてステロタイプだ。

 バリバリのキャリアでたまに酔っ払って帰ってきたりするけど、子供の決断は理解して背中を押してくる「父」と、ずっと家にいて家庭菜園とかやっててココアとか入れてくれる優しい「母」という具合に。

 だから、この意味では性別逆転して「ない」先生の婚期話だけは、かなり直接的に性差別的に感じられる。(感じられるというか、実際そうだ。)両親の性別が逆転してなかったら、とても見れたもんではなかったはずだ。

暁美ほむら

 ほむほむの行動原理がわからない、とりわけなぜまどかにそこまで執着するかわからない、とかよく言われるが、わからない方が自然だ。あのキャラは都合で少女になっているだけで、行動原理は完全に男のそれだからだ。性別を元に戻して、

 メガネで体が弱く、かと言って勉強ができるわけでもないミリオタ少年が、生まれて初めて女の子に優しくされて「君は僕が守るんだ!」と勘違いして舞い上がっちゃう。

 と置き換えると極めてリアルである。そしてそれ故に見れたもんではない。「本当は」男なのだが男子のままだと見れたもんではない、という都合で女子になってるだけ、というのは『私がモテないのはどう考えてもお前らが悪い!』にも共通するところだ。

*1:放送時間は深夜だったが、そういう意味ではなく。

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2012 7/3

恋人選びの心―性淘汰と人間性の進化 (1)

 以前詳細に紹介すると言った*1ものの、どれだけ先になるかわからないし、重要な部分が多すぎてほとんどそのまんまにならざるを得ないので、考えを変えて先におすすめだけしておくことにした。

 要点は、人間特有の高度な知性・言語・芸術・道徳などは、クジャクにとっての尾羽のように、性淘汰における適応指標形質として進化したということだ。私は、この見方は基本的に正しいと考える。

 20世紀第4四半期で最も重要な進化論の啓蒙書はおそらく『利己的な遺伝子』であろうが、この本は最終的にそれに匹敵するほどのインパクトを持って、21世紀第1四半期で最も重要な進化論啓蒙書になるのではないかと思う。

 『利己的な遺伝子』は、20世紀を通じた進化論の発展を「遺伝子視点での進化理解」という観点からまとめたものだ。それは生命・死・生殖・子殺し・兄弟殺し・自己犠牲・共同体といった多くの重要概念に対する認識を、大きく・不可逆的に変えてしまった。

 この本は性淘汰と信号理論の進歩、およびその人類進化の理解に対する適用をまとめたものだ。それは、我々の、人間・人間性・道徳・男と女・恋愛・言語・音楽・芸術といった多くの重要概念とその認識を、大きく・不可逆的に変えてしまうことになる。

 もうひとつ重要なことは、「地球に、ひとたび生命が誕生すれば、やがて人間的*2な高度な知性が進化してくることは必然だったのだ」とする人間中心的な進化の見方を、さらに徹底的に否定することになるだろうということだ。*3

*1:参考:書評在庫一掃セール2009年5月版
*2:それがどういう意味なのかという疑問はひとまず置いて。
*3:これは『進化の運命』のエントリにも関連する話題。

参考リンク

参考図書

おまけ

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2009 10/31

考える寄生体―戦略・進化・選択

 『パラサイト・レックス』以来の面白い寄生ものを期待したのだが、どちらかというと進化医学ものだった。

 面白さは普通。寄生ネタなら『パラサイト・レックス』、進化医学としては『病気はなぜ、あるのか』の方を先におすすめする。

 1箇所だけ憶えておきたい箇所があったのでメモ。いつか詳細に紹介したいと思っている『恋人選びの心―性淘汰と人間性の進化』で使うかも。

鳥のさえずりは脳の特定の部分でコントロールされるが、その部分はテストステロンの影響で大きくなる。このことは、さえずりは尾羽と同じような「装飾」であるという見解を支持するものだ。

(P206)

 他の内容に関しては例によってshorebirdさんのところが詳しいのでそちらへどうぞ。

参考リンク

関連書籍

おまけ

 要するに、こういう能力は「装飾」として進化したのではないかという話。

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2008 8/8

快楽電流―女の、欲望の、かたち

 現在、私たちのまわりには、〈性〉に関する幻想の、数多くの鏡のカケラが散らばっている。そのうちの一片には全てを打ち破る愛の物語があり、また別の一片には徹底した支配・服従の物語がある。こちらには貞操の物語があり、あちらには快楽の物語がある。

 かつてこれらの物語はそれぞれの鏡にまとまり、秩序だって、映すべき特定の人々を待っていた。しかし、今、それらの鏡はバラバラに壊れ、それぞれのカケラが、別のカケラの光を映して乱反射する。

 時にその一片を拾ってそこに移る景色をなぞり、時にいくつものカケラから図像の輪郭を復元し、それから図像のゆがみを辿って排除すべき切片を、注意深くより分ける――この、〈性〉という幻想のカレイド・スコープ(万華鏡)の中で、そんなことがどれほど有効なのかはわからない。ひとつの図像を写し取ってみた途端、それはもうすでに形を変え始めるかもしれず、ある図像はもう、骨董品としての価値だけのためにそこに飾られているのかもしれない。それによしんば、このカレイド・スコープの中の全ての物語を解読できたところで、人はそれから完全に自由になれるわけではない。

 だが、〈知る〉ことはそこから身を引きはがすための第一歩だ。私たちはすでにその探求の過程で、ありうべき新しい物語のほんのカケラなりと、見つけだすことができるだろうか?

 なんとも説明しづらい内容。タイトルから想像されるよりかなり真面目。ちょっと文学的なフェミニズム論みたいな感じ? いや、それでは全然表現できてない気がする。いわゆる普通のフェミニズム本ではない。上の導入部を読んでもらえば少しだけ雰囲気が掴めるかも。とにかく、ものすごく面白かった。

 東電OL殺人事件は外国人容疑者に対する扱いの問題としては知っていたけど、そんな側面もあったなんて夢にも知らなかったのでかなり驚いた。あと当然ながら、真面目なりにバリバリ18禁の内容を含むのでお子さまはご遠慮下さい。

おまけ

 男と女。

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