2010 3/9

順列都市〈上〉 (ハヤカワ文庫SF)

 グレッグ・イーガン『順列都市』から、後々話に使いたいと思っているところ2点を、最低限の説明をつけて抜粋。

《なにも変えない神の教会》

 マリアは話しつづける。「『神はなんの違いももたらさない……なぜなら、神こそは万物がいまある姿をとっている理由だからだ』、ですっけ? だから、あたしたちはみんな、宇宙を心静かにうけいれられるってわけね?」
 フランチェスカは首を横にふった。「心静かに? いいや。そう考えれば、神の介入だのなんだのいう古い考えを、きれいさっぱり一掃できるだけの話さ。それに、神を信じるための、証しや、信念でさえ不要になる」
「じゃあ、いま母さんにはなにが必要なの? そして、神を信じてないわたしには、なにが欠けてるの?」
「信仰だろうかね?」
「同語反復はきらいよ」
「トートロジーを悪くいっちゃいけない。宗教を築くなら、ファンタジイよりはトートロジーの上にしたほうがましだ」
「だけど、これはトートロジーよりもひどいわ。単に……言葉を恣意的に再定義しただけ。ルイス・キャロルの小説じゃないんだから。でなければ、ジョージ・オーウェルの。『神は万物の根拠である……その根拠がなんであれ』それは、正気の人間が単に物理法則と呼ぶものを、母さんたちは神と改名したにすぎない……それも、その単語のほうが、ありとあらゆる歴史的な響きを――人を勘違いさせやすい、ありとあらゆる言外の意味を含んでるからというだけの理由で。自分たちが古い宗教とは無関係だと主張するなら――なぜ宗教の用語を使いつづけるの?」
 フランチェスカは答えた。「わたしらは、その単語の歴史を否定はしないよ。多くの点で過去と訣別したけれど、自分たちの出自も認めている。神は、人々が何千年も使いつづけてきた概念だ。わたしらがその概念を、幼稚な迷信や願望充足以上のものに洗練させたのは事実だけれど、だからといって、同じ伝統に属していないことにはならないさ」
「でも母さんたちは、その概念を洗練させたんじゃない、無意味にしたのよ! 必然的に。母さんたちは、そこに気づいてないようだけど。神にまつわる、火を見るよりあきらかなたわごとを、全部剥ぎとったんですもの。擬人化も、奇蹟も、かなえられた祈りも、なにもかも。ただ、いちどそれをやってしまったら、宗教と呼ぶ必要があるものはなにも残らないことを、母さんたちはわかってなかったようね。物理学は神学ではない。倫理学も神学ではない。なのに、なぜそれが神学だというふりをするの?」
「わからないかねえ? それでもわたしらが神について口にするのは、ただ単にそうしたいからさ。人の心には、その言葉を、その概念を使いたいという衝動が――捨て去るより、磨きをかけつづけたいという思いが――根深くしみこんでいるんだ。その言葉が意味するものは、五千年前と違ってしまっていてもね」
「でも、その衝動がどこから来るのか、しっかりわかってるでしょう! 聖なる存在が実在するわけじゃない。文化と神経生物学の――進化と歴史の、いくつかの偶然の産物にすぎないわ」
「あたりまえじゃないか。そうでない人間の特性があるのかね?」
「だったら、なぜそんなものに従うのよ?」
 フランチェスカは笑った。「なにかに従うのはなぜだい? 宗教的な衝動は……宇宙から来た精神ウイルスの類じゃないよ。有形無形の意味づけをすべてとり去った、純粋なかたちでの宗教的衝動は、洗脳の結果でもない。それは、わたしという人間の一部なんだ」
 マリアは両手で顔を覆った。「そうかしら? そんなことをいうなんて、ちっとも母さんらしくない」
「ものごとが思いどおりにいったとき、神に感謝したくなったことはないのかい? 力が必要なとき、神にそれを願いたくなったことは?」
「全然」
「わたしは、あるんだよ。神はなにも変えないと、知ってはいてもね。そして、神が万物の根拠なら、神という言葉を使いたいという衝動も、神の中にあることになる。だから、わたしがその衝動から力やなぐさめや意味を得るなら、その力やなぐさめや意味の根源が、神なのさ。そして、自分の身に起ころうとしていることをわたしがうけいれるのを、神が――なにも変えなくても――助けてくれるなら、そのなにが、おまえを悲しませるんだい?」

(『順列都市』上巻P138-P144)

 SF作家として最新の科学知識を身につけて、政治的には当然リベラルなグレッグ・イーガンの宗教観は、『神はなぜいるのか?』のようなものにならざるをえない。

 ここで作者自身の考え方を代弁しているのは明らかにフランチェスカの方で、主人公のマリアはそれを理解できない未熟な者として描かれている。

《唯我論者国家》

 《唯我論者国家》の創始者ダニエル・ルベーグはこう書いた。『わたしの目標は、人間の真髄として尊ばれるありとあらゆるものを手にいれることだ――そしてそれを、すりつぶして塵にするのだ』

(『順列都市』上巻 P124)

 (伝統的な意味では)神に何らの自明な価値も認めず、人間性のひとつとしてしか見ないイーガンが、それでも目標として認めうるのは、人間性のあらゆる可能性を試し尽くすことだ。

 作品が違うが『ディアスポラ』のトランスミューター*1は、おそらくこのルベーグの目標を達成したものと考えられているのだと思う。

*1:作中最高クラスの能力を持つ超文明種族。

おまけ

 そういえば最近ドナルド見ないな。三大宗教とかどこ行った。

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2010 2/26

ハーモニー (ハヤカワSFシリーズ Jコレクション)

 いつぞやの表現規制の件周辺で何度かタイトルを小耳に挟んだので読んだ。

  • 『すばらしき新世界』
  • 『1984年』
  • 『エヴァ』
  • 百合(公認)

 って感じか。表現規制の件で引かれた文脈はまあわかった。

 でも『すばらしき新世界』『1984年』の部分はそのまんま。『エヴァ』の部分は、読んだ人はわかると思うが、「老人」って言葉の使い方とか、結局人類補完計画*1かよとか。

 元ネタに対するプラスアルファの部分が百合以外これといってインパクトなく、単独として面白いとは思えなかった。『虐殺器官』の方が面白いのかなあ。どうしよう。

*1:ここは更にその元である『幼年期の終り』と言うべきか。

おまけ

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2010 1/31

(本文とは無関係)

 最近読んだ本、またはずっと紹介したいと思っていた本の中から、個別エントリにするタイミングがなさそうなものを、まとめて一挙紹介。

 ★は1-5個でオススメ度。人に薦める価値がまったくないと思うものはそもそも取り上げないので、1個でもつまらないという意味ではない。

『キサラギ』★★★

 D.IKUSHIMAさん経由。確かになかなか面白い脚本だ。映画も機会があったら見たい。まあ見たいとか言ってる程度だとたぶん見ないが。

『ソフトウェア開発者採用ガイド』★★

 Joel Spolsky著。これまでのJoel本とほとんど重複。それでもよいという人か、または本当に採用ガイドとして使用するような人にはオススメ。

『異端の数ゼロ―数学・物理学が恐れるもっとも危険な概念』★★

 チャールズ・サイフェ著。数学教養初心者向きとして、いい感じ。私は同著者の『宇宙を復号する』の方が好きだけど。

『イスラムの怒り』★

 内藤正典著。正月にイスタンブール行ったとき家にあったので。賛成できない意見も多いのだが、今日的な一般常識として押さえておいて損はない内容。

『クォーク―素粒子物理はどこまで進んできたか』★★

 南部陽一郎著。今更ながらノーベル賞つながり。

『東方儚月抄 〜Cage in Lunatic Runagate.』★

 ZUN著。儚月抄漫画版の合間を小説で説明するような感じなので、漫画版を先に読んでないと全く意味不明なので注意。漫画版を読んでても面白いかは微妙。少なくとも入門には向かない。

『まんが道』★★★★★

 藤子不二雄(A)著。言わずと知れた傑作。引っ越しのために部屋を探してたら、2人で2畳に住んでたとか、4畳半が広く感じたとかいうエピソードが頭に浮かんだので。

『投資信託にだまされるな!本当に正しい投信の使い方』★★

 竹川美奈子著。まあ常識的にいい。

『社会生物学論争史―誰もが真理を擁護していた』★★★★

 ウリカ・セーゲルストローレ著。どこの大魔導師かエルフ王かという名前に圧倒されそうになるけど中身も重い。本当に興味のある人にしかおすすめしない。

『プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神』★★★★

 マックス・ヴェーバー著。説明不要なほど超有名。

おまけ

 これ見て「解せぬ」以上の何かしらの感想を持てる人は、たぶんJoelの言うポインタが理解できる程度の能力を持つ人。ホントこの人のTASは異次元だな。

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2010 1/19

銀河英雄伝説 1 黎明編 (創元SF文庫)

 ここで言及したので、記憶に上ってきた。

 多分一番有名な架空歴史ラノベ。ヤン・ウェンリーってユルいヒーローの先駆けなんじゃないだろうか。

 ちゃんと読み直したわけじゃないが、今考えるといろんな意味で「911もオウムもソ連崩壊も起きてないときの小説だなあ」と思う。

 「話の展開に詰まったらとりあえず原理主義的宗教のテロで誰か殺しとけ」みたいなことも、今じゃ逆にできないんじゃないかという気がする。

おまけ

 今(再)アニメ化されたらこんな感じ……なわけねえか。

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2009 12/25

マイ国家 (新潮文庫)

 iPhoneを買って新聞をやめてしまった件で思い出した。

 愛する夫のイメージに合わせて家具をいろいろあつらえていたインテリアコーディネートが趣味の妻。ある日、非常に高価な絵を贈られるが家の雰囲気に合わなくて困る。

 捨てるわけにもいかないので、しかたなく絵に合わせて額縁を変え、壁紙を変え、家具を入れ替えていく。そしてある日、弁護士に電話して「どうしても夫を取り替えなければならないの!」

 ……という話。

 なんというか喜劇的でもあり、悲劇的でもあり、どこか人間性の本質的な部分を垣間見せるようでもあり、地味ながら好きな一編。

おまけ

 日付的にクリスマスソングで。

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2009 12/12

とある魔術の禁書目録(インデックス) (電撃文庫)

 ラノベはロードス島戦記銀英伝ぐらいしか知らない超弱点分野なので、いつか鍛えなければならないと思っていた。

 ニコ動のMADが面白かったので、それの原作を読んだ。面白くなると言われている5巻までまとめて読んだ。とりあえず上条さんマジぱねぇっすタグは把握した。

 比較対象となる基準点が形成されていないので評価は難しいが、途中でやめずに読めたのだから、なかなか面白いのではないかと思う。これがラノベというものか。

 次は何年か前にやはりラノベを鍛えねばと思ったときにリタイアした西尾維新に『化物語』で再挑戦してみようかと思っている。

 その時は確かカタカナ8文字のタイトルのシリーズがブームだったときで、立ち読みを試みたものの、脳がまったく文章を受け付けてくれず2ページと持たなかったような記憶がある。

おまけ

 もしかして誤植編って最もMADのベースにされた回では?

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2009 12/7

野望の王国

 の続きみたいなもの。

 を書くために『野望の王国』を読んでいたら、ヴォルデモート卿にまったく食指が動かなかった理由がわかった。

 私がハリポタシリーズで一番好きなキャラは、断然アルバス・ダンブルドア*1なのだが、途中まで完全無欠の人格者のように描かれていた彼が、なんと

「ぼくたちがホグワーツで魔法を学んだのは魔法使いがマグルを支配する仕組み権力をつかむための方法を学ぶためだったといっていいでしょう!」

 みたいな中二病的妄想に捕らわれたことがあったという事実が明らかになる。

 もちろん、ある事情で実行には移されないのだけど、これほど魅力的な悪の可能性が目前で絶たれたことを知った後では、つまるところずっと「死にたくないでござる!! 絶対に死にたくないでござる!!」ぐらいのことしか言ってないヴォルデモートなんて……。

 たとえるなら、アナキンがダースベイダーにならずに最後までダースモールがぴょんぴょこ跳ね回ってるスターウォーズサーガみたいなものであって、魅力なくて当たり前だ。

*1:私は悪役スキーであると同時に最強厨でもあるのだ。

おまけ

 中二病+魔法→エターナルフォースブリザード→相手は死ぬ

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2009 10/31

(本文とは無関係)

 最近読んだ本、またはずっと紹介したいと思っていた本の中から、個別エントリにするタイミングがなさそうなものを、まとめて一挙紹介。

 ★は1-5個でオススメ度。人に薦める価値がまったくないと思うものはそもそも取り上げないので、1個でもつまらないという意味ではない。

『軍事とロジスティクス』★★★

 江畑謙介著。あまり知らない分野なので面白かった。

ローズマリーの赤ちゃん』★

 『死の接吻』アイラ・レヴィン著。モダンホラーの先駆け的作品。映画が有名だが、小説はちょっといまいち。訳が悪いのだろうか。

『タウ・ゼロ』★

 ポール・アンダースン著。今まであまり言われてるの聞いたことないのだが、ジョジョ6部プッチ神父のスタンドの元ネタってこれだよな? 作品自体は若干古いものの十分面白い。

『かくして冥王星は降格された―太陽系第9番惑星をめぐる大論争のすべて』★★

 ニール・ドグラース・タイソン著。原題”THE PLUTO FILES The Rise and Fall of America’s Favorite Planet”。『冥王星事件簿 アメリカが一番好きな惑星の隆盛と没落』ぐらいの意味合い。日本でも少しは話題になったが、アメリカでは全然インパクトが違ったんだということがよく分かる。なかなか面白い。

『クルマの渋滞 アリの行列 -渋滞学が教える「混雑」の真相』★

 西成活裕著。初心者向き。読みやすい。

『予想どおりに不合理―行動経済学が明かす「あなたがそれを選ぶわけ」』★★★★

 ダン・アリエリー著。内容そのものは類似の本がよくあるが、著者の人格に好感が持てる。かなり面白い。

『潜水調査船が観た深海生物―深海生物研究の現在』★★★★★

 藤倉克則著、丸山正著、奥谷喬司著。これはすげー! 小さいころに生物図鑑を読んでいて感じたような、あのワクワク感とでも言うべきものが甦る。最高。

『研究する水族館―水槽展示だけではない知的な世界』★★

 猿渡敏郎著、西源二郎。これもなかなか。

『科学がきらわれる理由』★★★★★

 ロビン・ダンバー著。地下猫さんのおすすめ。原著が95年ということもあり、確かにわずかに古さは感じるが、話題の幅の広さと見識の深さは素晴らしい。厚さもそこそこに押さえられているし、啓蒙書として理想的。私もおすすめしておく。

『格差はつくられた―保守派がアメリカを支配し続けるための呆れた戦略 』★★★

 ポール・クルーグマン著。アメリカ大統領選はとっくに過ぎて、日本の政権交代も終わっちゃったし、旬を逃した感があるが、結構面白い。

『進化論の射程―生物学の哲学入門』★

 エリオット・ソーバー著。ポパーのあたりの話は、昔もっとずっと良い本を読んだ覚えがあるのだが何だったかな。思い出せない。最近こういうことが多い。歳で記憶が衰えたか、それとも歳で経験が増えてきた証拠か。

おまけ

 時が加速していくつながり。

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