ついに自殺者まで出してしまった必修科目漏れ問題。まったく世の中本当に何が起こるかわからないものだ。もちろんそんなことは頭ではわかっているつもりなのだがこの問題だけは予想がつかなかった。そもそも動機からして理解できない。
他の問題(たとえば耐震偽装とか)は、少なくともそうしようと思った人間がどう思って(たとえば金が欲しいとか)そのようにしたのかということは理解できるが、しかし受験のために必修科目をごまかそうという発想はわからない。
もちろん受験の忙しい時期に世界史の授業が「時間の無駄だ」と感じるというのはわからなくもない。しかしそれをごまかして数学や英語の勉強をしよう(させよう)という発想になるのは変だとはっきり感じる。
そもそも受験自体が『勉強のための勉強』(勉強する方法の勉強)であって、内容から直接的な利益が得られない、あまり面白くも楽しくもないことに向かって努力するための訓練ではないか。
それが無駄であり、有名大学に入ることができさえすればいいと思うのなら、最初から履修科目を偽装するなんて回りくどいことをせずに『カンニング』とか『裏口入学』の授業を行えばいいのではないのか?
両方するか両方しないというのならわかるが、前者をして後者をしないというのはわけがわからない。「『カンニング』の授業を行っているけれど必修科目は真面目に受講させている学校」がわけがわからないのと同じぐらいわからない。
モラルの崩壊とかそういうのとはちょっと別方向の違和感を感じる。
コメント
>得能さん
構造的に授業時間数減らしすぎという問題があるというのは確かでしょうね。
この先どうなるんでしょう。生徒に救済策が設けられるのはまあ仕方がないでしょうが学校側にはそれなりに厳しくしないと改善しないどころかますます悪化しそうな気がします。
必修単位の未履修の原因の1つは、教科間の単位の奪い合いの結果です。カリキュラム編成時に力のあった教員の科目や教科の単位数を増やすために、発言力のない教員の科目がもっともらしい理由をつけられて奪い取られてしまうというケースは多いでしょう。