星新一『不景気』

宇宙のあいさつ (新潮文庫)

 結婚を控えた若い優秀な科学者エス氏は、経済界の首領から何でも2倍欲しくなる治療不可能なウィルスの開発を依頼されていた。

 アイスクリームなら普段一杯で満足するところをもう一杯食べないと気が済まなくなり、本のような一冊あれば十分なものでさえも、もう一冊買わなければ気が済まない。

 博士は「どうも無駄のような気がする」と懸念するが「無駄こそ文明の本質だよ」と説得される。そして一生豪勢に暮らせる金額を、当然さらに2倍した金額の報酬と引き替えにウィルスを渡す。

 翌日、喜び勇んで婚約者の元に向かった博士。しかし、彼女の指に見慣れない指輪が。

「どうしたんだい、その指輪は。一つはぼくの贈った婚約指輪だが、もう一つは……」
「これも婚約指輪よ」
「なんだって」
「あたしはあなたを愛しているし、婚約を取り消すつもりはないわ。でも、なぜだかわからないけれど、あなた一人に満足できないような気分になってきて、さっき婚約を申しこんできた人とも、婚約をしてしまったの」
 エス博士はしばらく黙っていたが、やがてうなずきながら言った。
「その気持ちは、ぼくにも少しずつわかりかけてきたようだ。ぼくもきみ一人では満足できそうもない。……たしかに、これからの世界は、かなり活気あふれたものになりそうだぞ……」

 景気対策の話題が尽きない昨今だからこそ面白い小咄。ただし、私はこの「無駄こそ文明の本質だ」というのを単なる諧謔とは思っていない。むしろ肯定的に捉えている。機会があれば書く。

おまけ

 10年も経てば不況なんて……一巡してまた不況だったりして。

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