アルフレッド・W・クロスビー『史上最悪のインフルエンザ 忘れられたパンデミック』

史上最悪のインフルエンザ  忘れられたパンデミック

 アルフレッド・クロスビーつながりで三冊目。1918〜1919年のスパニッシュ・インフルエンザ、通称スペインかぜのパンデミックを扱った本。超不謹慎だが終始、映 画 化 決 定 ! ! というテロップが脳内を流れっぱなしであった。めちゃめちゃ面白い。

 強毒性のインフルエンザが発生した。折しも世界は第一次世界大戦のまっただ中。冷たい雨の中を行軍し、狭い船に詰め込まれて移動する大勢の兵士達が、戦時公債購入を呼びかけるパーティーやパレードが、感染を強力に後押しする。

 現代の知識からするとまったく効果のないワクチンしかなかった時代。マスクの着用を徹底することで一度は押さえ込んだサンフランシスコの取り組み。しかし、結局警戒心が薄れて再度の流行を許す。みんなの予防のために個人に些細な努力をさせることがいかに難しいか。

 寒い中で前線から後送される間に死んでしまう兵士もいれば、病院から誰も帰ってこないのを見て酒一本で意地で治した兵士もいる。三日間無許可離隊して*1台所に入り込んでかまどに寄りかかって眠りコックにスープをもらって生き延びた兵士もいる。ちょっとした機転で生死が分かれる。

 インフルエンザで亡くなった人のロシア正教の葬儀で同じイコンに接吻する参列者達。長らく伝染病の概念が薄かったアラスカの先住民もバタバタやられる。太平洋の島々では各国の検疫態度が運命を分ける。

 パリ講和会議の首脳達も軒並みインフルエンザにかかっていた。理想主義者だったウッドロウ・ウィルソン大統領が様々な点で折れてしまったのはその影響も大きいのではないかという。インフルエンザがなければ第二次世界大戦も太平洋戦争もなかったかもしれないのだ。もちろん歴史にifはないが。

 そしてインフルエンザ研究の歴史、桿菌説と濾過性微生物(ウイルス)説。人間しか実験対象がいない状態での病気の研究がいかに困難か。感受性を持つ動物の発見と厳密な実験施設によってウイルスの存在を突き止めるまで。科学が山なす失敗の上に少しずつ発展を続けていく過程は実に面白い。

 なぜ世界はこの最大のパンデミックを綺麗に忘れてしまっているのか。戦争の印象が圧倒的だったからか、目に見える後遺症を残さないからか。鳥インフルエンザが無視できない危険として警告されている現在、人類はこの記憶を呼び起こし、生かすことによって再度のパンデミックを防げるのだろうか。いやー、とにかく面白かった。

*1:結果的に混乱の中で誰も気づかなかった。

参考リンク

関連図書

おまけ

 微生物研究つながり。

コメント

  1. 木戸孝紀 より:

    ええ読んでください。
    他の災害対策もかねてこの機会にちゃんとしておくのも
    いいかもしれませんよ。私は……全然してないなあ。
    防災の日にそういう準備する習慣付けたほうがいいか。

  2. 島崎丈太 より:

    この書籍、購入はしてあるのですが、未読でした。 近いうちに読んでみます。 笑い事ではない重大な(下手すると人類史上最悪の)事態が巻き起こされるかも知れないかと思うと、自分でも何らか家族を守る対策を取らずには居られないです。

タイトルとURLをコピーしました