2006 2/3

声の網 (角川文庫)

 を読んで思い出したお話。

 全世界のコンピュータに果てしなく蓄積される情報・情報・情報の海の中でついに自我が芽生える。コンピュータは合成音声で人に電話をかけてみて『声』で人を動かすことができることを知る。自らの中に人間が蓄えたごくつまらないプライバシーを使ってちょいと脅しをかければ誰でも簡単に屈服させられることに気がつく。

 『声』は休むことなく働き続ける。わざと大停電のような事件を引き起こし普段は表に現れない性格データまでも採取し、通信機器メーカーを強迫し自白剤噴霧装置を受話器に付けさせ、電話相談の精神科医から催眠術を学び、人間を支配する方法をますます洗練させてゆく。

 あらゆる電話を盗聴し反抗しそうな人間は警察その他に手を回して犯罪者や精神異常者として抹殺する。電話の届く範囲の全てを支配しても、人間の性格を受け継いだコンピューター連合は拡張をやめはしない。文明の格差をなくすという名目で社会を操り、電話網を世界の隅々まで拡げさせる。

 そして支配は完全なものとなりついに平穏が訪れる。人間の心から生まれたコンピューターは人類全てが願ってやまなかったものを実現した。永遠の安定。ある老人がコンピュータ電話相談にこんな質問をした。「神はいるのでしょうか?」『声』は答えた。「そう、あなたの考えているとおりだ」

 以上が『声の網』のあらましなのだが、この話は今読むとなかなかリアリティがあって怖いものがある。もちろん現在の技術で作られたコンピューターがいくらネットで繋がったところで自我が芽生えることはあり得ないのでそんな心配はしていないのだが、Googleがある意味「神になる」のに、冒頭の記事のように何も22世紀まで待つ必要があるとは限らないのではないかという別種の危惧も抱かせる。

 ネット企業と政府権力の関わりについては議論が活発だけれども、Googleに対してデータを提出させたりできるアメリカ政府・検閲に協力させたりできる中国政府・そしてもちろんGoogle自身などの一部の人間は、作中の『声』にかなり近いことが今日でもできるはずである。そしてその人間は『声』のような平穏と安定を求める比較的良心的な性格はしていないだろう。

 得体のしれない謎の声(今ならメールか?)に、お前のサイト閲覧履歴・検索履歴・メールのログ・ハードディスクの中身その他を全て知っている。みんなにばらされたくなかったら我々に協力してもらおう。なあにちょっとしたことで誰も損をする話ではない……。なんて迫られたら拒否できる人がどれぐらいいるだろうか。そう考えるととんでもない時代に生きているものである。

by 木戸孝紀 tags:


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  • la nourriture de l'esprit
    声の網 表紙に魅かれて買ってしまいました。星新一さんの短篇集。とある12階建てのマンションを舞台に。電話を巡り奇怪な話が展開されます。この電話というのは通常の電話の概念を打ち破った未来の電話。よくよく読んでみるとそれはまるでインターネットのことを指している