2010 6/24

ダーウィン―世界を変えたナチュラリストの生涯

 元より長くなってしまったが、上記エントリに対する補足。

 はてなブックマークのコメントなどで、あまり予想していなかった反応がいくつかあった。そのほとんどは「ちょうど進化論以前の生物分類学のようなものになる」という部分を、過度に否定的な意味に受け取った結果と思われる。

 進化論ほど広く受容され使用されている理論には、権威が伴う。最近ニセ科学の文脈で創造論・ID論との戦いがよく話題になることもそれを強化しているかもしれない。

 とにかく「進化論」とか「進化○○学」と言っただけで、

「進化論こそ科学の中の科学! それ以前の奴なんて何も知らなかったバカ! 無視する奴は現実を受け入れられないグズ! 逆らう奴は頭のおかしい宗教キチ○イ!」

 というような台詞が、バックグラウンドに流れているように聞こえてしまうのだ。

 もちろん、私はそう聞こえることを予想していたから、わざわざエントリの最後の段落を全部使って注釈を入れたのだが、進化論に対する強固な信仰を揺るがすには、その程度では全く不足だったらしい。

 当たり前だが、進化論が登場したからと言って、それ以前の分類学が突然ナンセンスになったりはしなかった。

 それどころか、今でも賛嘆に値するような、「それ以前」の分類と研究の集積から、進化論は生まれたのだ。*1「ちょうど進化論以前の生物分類学のようなものになる」という台詞をそんなに否定的に受け取る必要はないのだ。

 しかし、神の設計理念を知りたいと思って研究するのと、進化の過程を知りたいと思って研究するのでは、立てられる仮説も、行われる発掘・実験も、出てくる結果も、同じものではありえない。それもやはり当然のことだ。

 生物学ではその移行はすでに終わったが、倫理・道徳といった、従来「いわゆる科学」からは、まだ遠いと思われた分野でも、類似のことが起こる、あるいはすでに起きつつある。「ちょうど進化論以前の生物分類学のようなものになる」という台詞は、そういう意味だ。

 それに関するもっと詳しい話はまた今度。今の調子じゃ何年後になるかわからないが。

はてなブックマークでのコメントに対するお答え

 (後ろに追記されていく可能性あり)

tikani_nemuru_M 同感だがなかなか受容されないだろうなあ

 こうなると、むしろ地下猫さんに一発で伝わったのが意外なんですが。あとTwitterやりましょうTwitter。真面目な話だけじゃなくて、ゲーム話とか、家庭の話とか、バカ話とか、もっと垂れ流してください。

kogarasumaru サンデルの本領はLiberalism and the Limits of JusticeやThe Case against Perfectionなんだが/そうすると「脳・神経科学および進化心理学の両面か〜」というのはまったくもっておかしな話

 よく意味が分かりません。その2冊の本は未読ですが、「この分野は今まさに、脳・神経科学および進化心理学の両面から革命が進行中」というのは、サンデルの本領がどこで、そこで彼が何を言っているかとは全く関係ない話です。

 その意味で『これからの「正義」の話をしよう』の書評の中ではなくて、他で言うべきことだったかもしれない、とは思っています。ずっとやるやる言っておいて、全然やっていない『恋人選びの心』の書評とかで。

kogarasumaru 正直な話、科学畑からのちゃちな横槍としか

 「科学畑」って何ですか? そんなものが存在するとしたら、あなたは「非科学畑」のお住まいなのですか? 自分の理解できない分野から自分の分野に言及されると自分が脅かされたかのように感じるセクショナリズム*2は、誰も幸せにしません。

 せめて参考リンクに張ってあるジェフリー・ミラーの話だけでも*3読んでから「ちゃち」で済ませていい話かどうか考えてください。

hal9009 うははw。ついに倫理にも還元主義の波がw。しかしその考え方は快楽主義と批判されそうな気もするな〜

 「脳・神経生理学」と聞いただけで「還元主義」という短絡をしてしまうというのは、それなりに理解できなくはない発想です。直した方がよいと思いますが。

 ただし「還元主義」という言葉をあなたがどんな意味で使っているにせよ、進化心理学は「還元主義」とは縁遠いものですし、「快楽主義」に至っては、どこから出てきたのか全くわかりません。教えてください。

minazuki6 茂木健一郎「呼んだ〜?」

 呼んでませんが何か?

*1:そうじゃないと思ってた人がいますかね?
*2:縄張り根性
*3:もちろん、この話だけで言っているわけではないのですが。

おまけ

 えー、ノーコメント。

by 木戸孝紀 tags:


“みんな進化論を絶対視しすぎじゃないかな”へのコメント 15

  1. 1. huwahuwamohumohu

    ハイトやハウザーらの研究によれば、多くの道徳的判断のケースで、まず直観がはたらき、その後で理由付けが行われるのですよね。そしてその直観的判断は進化的な影響を受けており、状況依存的で、不安定。でも番組では直観と理性の区別が必要だということさえ考慮されていなかったように思います。

    この点を押さえておけば、功利主義はおおむねうまくいくのに、なぜ健康な人をばらして臓器を五人に分けようという思考実験が多くの人に拒否されるかが理解できる。義務論はおおむねうまくいくのに、なぜ殺し屋に友人を差し出すか出さないかという状況ではジレンマに陥るのかが理解できる。木戸さんの喩えは言い得て妙ですね。ダーウィン以前はウシとクジラが似ていることは知られてたけれど、なぜ似ているのかはわからなかった。

    進化学と神経科学は従来の規範を大きく書き換えることはないだろうけれども、我々の道徳、規範や社会についての理解を前進させてくれるということですよね。少なくとも、無知のままでいる方が良いということはないはず。古典政治学や道徳哲学はまず実験心理学に目を向けるべきかな。心理学は他の自然科学との橋渡しになるのだろうと思います。

  2. 2. 木戸孝紀

    >huwahuwamohumohuさん
    ええ、まさに我が意を得たりという感じです。
    こういう風に話がつながるように
    受け取ってほしかったです。

    ただ、そういう具体例にすでに触れたことの
    ある人にしかピンとこないのは、
    ある意味当然なのかもしれません。

    ハウザーの話もshorebird氏のところで見たおぼえがあるので、
    あとで探して参考リンクに追加しておきます。

    サンデルがこういう説について知らないとも
    考えづらいので、まだきちんと確立してない話だから、
    あるいは範囲が広がりすぎるからとか、何かの理由で、
    講義では意図的に落としてるんだと思います。

    その意味でも私は『これまでの「正義」の話をしよう』
    の方が内容を表すに適切だと言ったわけです。

  3. 3. 地下に眠るM

    http://twitter.com/tikani_nemuru_M
    アカウントつくってはみた。
    つかいかたぜんぜんわからん。
    しらべる。

  4. 4. 木戸孝紀

    >地下猫さん
    ほんまに美少女アニメアイコンでキター!!
    ようこそついったーの世界へ。

  5. 5. minazuki6(赤色のクオリア)

    “ それどころか、比較的最近の学者がDNA配列から適当に計算で導いた分類よりも、天地創造時に神の御心の中にあった設計を理解しようと必死で化石を観察してた昔の学者の分類の方が、結果的に正しかったと判明する、なんてことだって起きる。”
    この話って出展あるんですか?

  6. 6. 木戸孝紀

    >赤色のクオリアさん

    具体的な出典は思い出せません。
    最初『祖先の物語』かと思いましたが違いました。
    こういうエピソードを好みそうなのはグールドなので、
    グールドのエッセイ集のどれかである可能性が一番高いです。

    ひとつ謝罪させてください。
    あなたのハンドルネームが「赤色のクオリア」だということは、
    この場で初めて知りました。

    誤解されてはいないと思いますが、クオリアというのは
    茂木健一郎といえばクオリアという連想で出てきただけで、
    あなたの名前を揶揄する意図は一切ありませんでした。
    申し訳ありませんでした。誤解をまねく恐れのないように修正しました。

  7. 7. minazuki6

    巫山戯てすみません
    (赤色のクオリア)は私のハンドルネームではなく只の冗談です。
    モニターの前で頭を下げさせていただきます。

    グールドのエッセイで出てきたという話ですが、それは本当でしょうか。

    遺伝子による比較と形質等の遺伝子以外の要素を比較を考察した分類が
    遺伝子によらない形質等の比較を考察した分類より正しくないとすると
    その「正しくない」ことは、何の証拠によって「判明」するのでしょう?
    遺伝子よりも更に後に発見された要素で遺伝子より決定的な要素が
    あるのでしょうか

    私はグールドの著作を網羅しているのでないのでわかりませんが、
    彼がそのような記述をするとはちょっと考えにくいです。

    それとも、これは「ある」研究者が遺伝子比較で行った分類が
    「ある」昔の研究者(遺伝子が発見される前の)の形質や生態等に
    基づく分類と違って、後の研究(遺伝子比較もふくむ)が進むことによって
    昔の研究者の分類の方が正しかったとされたということでしょうか?

    しかし、その場合でも一線で研究している研究者が「適当に計算」で
    種を分類するとは考えにくいです。

    仮に事実グールドがそういう記述をしているとしても
    出展を明らかにするかそうでなければ削除するべきだと思います。

  8. 8. 木戸孝紀

    >minazuki6さん
    >(赤色のクオリア)は私のハンドルネームではなく只の冗談です。

    それはひどい(笑)。
    私は名前を揶揄するのは本名はもちろん仮名でも大嫌いなので、
    本当に「あーすまなかったなー」と思ったのですよ。

    まあ、自分が憶えていないのが一番悪いので
    何も強く言えないのですが……。

    グールドとは限りません。新しい技術にあぐらをかかずに、
    歴史と先人の知恵にちゃんとした敬意を払えよー、
    というエピソードが好きそうなのがグールドだから
    その可能性が一番高いと判断してます。

    >遺伝子よりも更に後に発見された要素で遺伝子より決定的な要素が
    あるのでしょうか

    >昔の研究者の分類の方が正しかったとされたということでしょうか?

    に関しては後者で記憶しています。

    うろおぼえで書いてあるところは他にも沢山あるので、
    普通ならうろおぼえだというだけで削除はしませんが、

    今回は文の大意に影響ないですし、
    許すべきでないと思う方がいる以上、
    おっしゃる通りいったん削除します。

    今このためだけに本棚をひっくり返す
    時間は取れないのでちょっと勘弁してください。

  9. 9. minazuki6

    遅レスでございますが、まずご回答頂いたことに感謝を致しています。

    前のエントリでは揶揄っぽいコメントを書いたので弁解するわけでは
    ないのですが、ちょっと「危うい」感じを抱いたのでちょっと冗長な文を
    書かせて頂きたいと思います。 適当に読み流してください。
    特に新しいことでもないので消してもらってもかまいません。

    進化論というか生物学というのは自然科学であるので
    観測可能な現象に対して、それを記述するモデルをつくり、
    現象に当てはまっているかどうか検証していくアプローチであります。

    将来に新しい現象が観測されモデルが覆されたとしてもそれは科学が
    間違っていたわけではなく、それまでの観測範囲で正しいというだけです。

    進化論は現在集められている現象を説明する最も妥当なモデルなので
    支持されているわけです。(そして創造論は・・・・)

    将来に進化論では説明できない現象が観測されれば、
    進化論に変わる新しい理論が採用されるでしょう
    (進化論自体もダーウィンのころから少しずつ変わってきていますが)

    それに対して心理学というのは、心自体が客観的に観測可能なわけでなく
    その記述に主体的な判断が必要な学問で良く論争になります。

    行動主義的なアプローチならある範囲での人間の振る舞いを記述するので
    実証的なアプローチが出来ますが、そのアプローチでは
    「ある行動を取ったとき、人がどんな心持ちになるか」は記述できません。

    日常的に「心」と言ったときに想像されるのは行動主義的な意味ではなく、
    内心の感情の振る舞いだと思います。
    これは実証的なアプローチでは記述できないでしょう。
    私がどう思っているかは、私にしかわからないわけで、
    これを知るには私の言を信じるか、あるいは共感力を発揮するしかないと
    思います。
    (人の行動や反応から当人の心の状態を類推しようとすれば
    それは観測によって実証不能で科学ではなくなってしまう)

    仮に将来進化論や神経科学を用いた理論で人間の行動を説明できても
    人の感情の理解等には科学とは別のアプローチが残るはずです。

    また倫理というのは現象ではないので、これはどうしたって
    自然科学の扱える対象ではないはずです。
    自然科学では「◯は◯のようになっている」ということは記述できても
    「◯は◯であるべきである」という記述はできません。

    そのような理由で、私のような人間は心理学や倫理学を
    自然科学のを利用することで解明しようという話に手放しの楽観的な見解を
    見せる人々に対して、自然科学が本来記述できない事項への拡大解釈や
    理論の誤用、論者の恣意的な世界感の固定化を警戒してしまいます。
    (このあたりは詳細に書かなくてもわかって頂けるでしょう)

    ここで社会ということばを持ち出すのは卑怯ですが、
    木戸様が仰るような科学アプローチによる
    「心理」や「倫理」の置き換えというのは
    少なくとも現在の社会の代表的考えとして確信されているわけではないでしょう。
    倫理は人の支持とは無関係に判断されるべきですが、人に支持されない
    倫理は社会に受け入れられないでしょう。(人を殺すべき、とか)
    サンデル教授が受け入れられたもそれを支持した人がいたからです。

    神経科学や進化論を用いたアプローチで「これは行ける」という
    確信はもう少し後、実際に旧来の人文的なアプローチを
    やっつけてからでも遅くはないのでしょうか?と思うのです。

  10. 10. 木戸孝紀

    >minazuki6さん

    やっと面白い話になってきました。あなたとは、
    だんだん信頼関係ができてきたと思いますので、
    今回からややざっくばらんに。

    >(進化論自体もダーウィンのころから少しずつ変わってきていますが)

    の行までについては百も承知としか言えません。

    進化論を生涯の趣味とし始めた中学の頃からずっと、
    自分でブログ持ったりしはじめるぐらいまで、
    方々で私自身がしょっちゅう他の人に説いて回ってました。
    むしろこの空気、大変懐かしい感じがします。

    あなたと意見が分かれるところは、たぶんその先から、

    >(人の行動や反応から当人の心の状態を類推しようとすれば
    それは観測によって実証不能で科学ではなくなってしまう)

    の行まであたりで、
    せっかくクオリアの単語が出たのでクオリアで言えば、
    たぶんあなたは「メアリは新しいものを学ぶ」派ではないですか?
    (決めつけているわけではありません。違ったら単にそう言って下さい。)

    私は「メアリは新しいものを学ばない」派なのです。
    ある程度の年齢まではそうではなかった気がします。

    今はむしろ、

    (人の行動や反応から当人の心の状態を類推しようとすれば
    それは観測によって実証不能で科学ではなくなってしまう)

    の記述の方にむしろ「危うさ」を感じるのです。
    ここはいつか機会があったら深めたいところ。
    (この欄でこれ以上の話は多分しませんが。)

    その次の行から、

    >(このあたりは詳細に書かなくてもわかって頂けるでしょう)

    の行までについては、
    ポカしたばかりなのに偉そうですみませんが、
    これまた百も承知としか言えないのです。

    そういう話題に触れているところも、
    そんなに沢山ではないがあったと思うので、
    できたらサンデルのエントリ以外もいろいろ読んでくれると嬉しい。

    >(このあたりは詳細に書かなくてもわかって頂けるでしょう)

    の行より下は、いまいちよくわかりません。
    一つ一つの言葉はみな同意ですが、
    なぜそれを私に言うのかわからない。

    言ってないこと(少なくとも言っている以上のこと)
    を読み取っている、いわゆる藁人形論法による
    独り相撲にしか見えません。

    huwahuwamohumohuさんとのやりとりなどは見てます?
    私が今回意図しているのはあのあたりです。

    今回であなたの問題意識はわかったし、
    立派だと思いますけど、ちょっと危機感が強すぎなのでは。

  11. 11. minazuki6

    ご回答ありがとうございます。
    失礼ながら首肯も反論もしませんが、木戸様の意図はわかったということで
    ご容赦下さい。
    木戸様のエントリは少しずつ読ませていただきます。

    もしお読み頂けるなら、私は恥ずかしながら「メアリは新しいことを学ばない」
    というタームを知らないのでもしよければ意味か、意味が書いてある本を
    教えて頂けると嬉しいです。

  12. 12. 木戸孝紀

    >minazuki6さん
    ほぼ同じコメントが二つあったので修正と考え
    時間的に後の方を残しました。

    最初の時リンク張ってた『スウィート・ドリームズ』は、
    いい本と思うけど、あれは思いっきり一方の立場から
    書かれたものなので、この場合は不適かも。

    「マリーの部屋」でググルと一発で出てくると思うし、
    「クオリア」のWikipediaのページからも直接いけます。
    文献はそこから辿るといいと思います。

  13. 13. minazuki6

    ありがとうございました。 二重投稿失礼しました。
    本は読ませていただきます。

  14. 14. 「無視する奴は現実を受け入れられないグズ!」は若干聞こえてくる人

    「脳神経や進化心理に目を向けてないね」(ちったぁ気にしろよ)

    「みんな進化論を絶対視しすぎじゃないかな」(そんな気にすんなよ)

    りっ、理不尽だ!
    そんな話じゃないとは解っていても、直感的になんか理不尽だ!
    多分一行目の読解をミスってるんでしょうけれど

    以下我流読解
    場に出てるカードを使ってプレイヤーが「正義」を構築するのがサンデル授業
    それ自体は「良いまとめ」「(現状での)最適解」であっても、
    新しいカードが場に出れば、検討し直す余地は出てくる
    で、脳・神経以下略の分野では革命的=新しいカードになりうる発見が起こってる。
    新しいカードが必ずしも古いカードの価値を消すわけじゃないし、
    古いカードで構築された「正義」を新しいカードが補強する=裏付ける事だってあるけれど
    ただどちらにせよ、それを参照してないんじゃ
    現状以後を語ってるとは言い辛いよね、という事でしょうか

    (※引っ掛かるのは、「革命的」ってのがどれぐらいのレベルで言ってるのかがピンと来ないとこです。
     脳・神経以下略代表の座が更新されるぐらいの規模なのか、それとも他業界全てを揺るがすワイルドカードなのか?)

    本題からはズレますが、直観と理性の話。
    「直観を裏切る○○達」みたいな話って結構面白がられると思うんですが
    まとまった書籍ではないんでしょうか…

  15. 15. 木戸孝紀

    >14

    >りっ、理不尽だ!
    そうかなあ、何事も中道は大事ですよ。
    過ぎたるは及ばざるがごとしって言うでしょ。

    >「革命的」ってのがどれぐらいのレベルで言ってるのか
    たとえば、倫理や道徳に関するモジュールが器質的に実在して、
    しかも「いわゆる理性」とは分裂している、
    と判明することが革命的じゃなきゃ、何が革命的なんだろう。

    「人間には実は翼が生えている」と判明したって、
    そこまでは驚きじゃないと思うのだけど。
    翼は少なくとも他の生き物には 
    当たり前に観察されてるものなんだし。

    (たとえ話地獄防止のため「いや、鳥とは全然系統
     違うから驚きに決まってんだろバカか!?」
     というツッコミは無視します。)

    一般論としてよくあることだけど、
    目に見えないものだから軽視されちゃうんだろうか。

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