グレッグ・イーガン『しあわせの理由』『祈りの海』『ひとりっ子』

 長編と平行してグレッグ・イーガンの短編集も読んでいたので、ここでまとめて感想。

 結論から言うとこれ読んでちょっとでも興味をおぼえた人はとりあえず『祈りの海』は読もう。残り2冊をどうするかは読めば自動的に決まるはずだ。

『しあわせの理由』

しあわせの理由

適切な愛

 保険の契約の関係で、事故で体を失った夫の脳を、新しいクローンボディが成長するまでの間自分の腹の中で生かしておかなければならない羽目になった妻の話。

 地味な話だけに「クローンが作れるような時代なら脳を生かしておく装置ぐらい安いもんだろ?」という普通なら無視できる部分が気になる。それを抜きにしてもあまり面白くない。

闇の中へ

 ランダムに出現し、18分の半減期で消滅するワームホール。いつ来るかわからない消滅の恐怖と戦いながらそこに飛び込んで中に取り残された人を救助するレスキュー隊の話。ゲームライクな設定は面白い。オチは普通。

愛撫

 うってかわってサイコサスペンス風味。スフィンクスのようなキメラ生物の謎を追う刑事を襲う恐怖。なかなか面白い。

道徳的ウィルス学者

 エイズ陰謀論を元ネタとしたブラックジョーク的パロディ。まあまあ面白い。

移相夢

 まもなく脳をスキャンしてロボット体の中で「コピー」として生きることになった老人。係員からコピーとなる過程で「移相夢」を見ることになるだろうと説明を受けるが……。

「コピー」とか「グレイズナーロボット」とか『順列都市』や『ディアスポラ』に登場する用語と共通する言葉が出てくる。意識とは? アイデンティティとは? というイーガン作品に共通するテーマがうまいこと凝縮されている感じ。

 オチはありがちだがまあこれ以外ないような気はするし、この本の中ではピカ一。

チェルノブイリの聖母

 消えたイコンの謎。ハードボイルド風。いまいち印象薄い。

ボーダー・ガード

 無数の人工時空に不老不死となった人類が10の16乗も生きる時代。主人公が出会った異常に量子サッカーの強い女性の正体は……。いまいち。不死を巡る話の趣旨には同意できるけど。

血をわけた姉妹

 突然変異によるウィルス人工合成プロジェクトの失敗で定期的に難病が発生するようになった世界。ウィルス性の癌になった双子の姉妹の運命。

 前半で面白そうな設定作ったのに後半の進行に無理がありすぎるような。いまいち。

しあわせの理由

 腫瘍のために多幸になり、治療の結果鬱になり、再治療で何をしあわせと感じるも好きと感じるも自由に選択できるようになった男。そうなるとしあわせとは何か。そこそこ面白い。

『祈りの海』

祈りの海

貸金庫

 ありふれた夢を見た。わたしに名前がある、という夢を。ひとつの名前が、変わることなく、死ぬまで自分のものであり続ける。それが何という名前かはわからないが、そんなことは問題ではない。名前があるとわかれば、それだけでじゅうぶんだ。

 普通レベルの面白さ。

キューティ

 4年で死ぬ赤ん坊に似た愛玩生物キューティを買った男。「さあどんな展開が来るんだ?」と思ったところで終わってしまった。何が面白いのかわからん。

ぼくになることを

 六歳の時、両親から聞かされた。ぼくの頭の中には小さな黒い<宝石>がいて、ぼくになることを学んでいるのだと。

 誰もが人生のある時点で自分の脳のコピーとなったニューロコンピューターに「スイッチ」する社会に生きる男。これは最高!! この一編だけでも一冊分の値段をはるかに上回る価値がある。

 胎盤の組織を改変し胎児をあらゆる汚染物質から保護する新製品<繭>。その研究所に対する爆破テロに隠された陰謀とは。これも奥が深くてとても面白い。まもなく実現してもおかしくないような現実味がある。

百光年ダイアリー

 未来の日記が読める世界。つまらない。

誘拐

 「お前の妻を預かっている」と脅迫テレビ電話がかかってきたが、家にかけたら妻は無事にいた? ふつう。

放浪者の軌道

 人間の思想と物理的な位置関係が混交するようになった世界。ギャグっぽい。いまいち。

ミトコンドリア・イヴ

 遺伝子の解明がイヴ派とアダム派のイデオロギー対立をもたらす。ドタバタコメディ。いまいち。

無限の暗殺者

 平行世界の「渦」の発生源を抹殺するため送り込まれた男の体験する恐怖。『宇宙消失』にも通じるテーマだがこれはいまいち。

イェユーカ

 医療格差是正のために働こうとする男。SF部分とテーマの関連にほとんど必然性ないような。つまらない。

祈りの海

 惑星コブナントとか聖ベアトリス信仰とか、背景世界の設定はめちゃめちゃ魅力的なのにオチの部分は他の作品と大差なく竜頭蛇尾の印象。普通以上には面白い。

『ひとりっ子』

ひとりっ子

 『ルミナス』の異なる数学に基づいて存在する文明というアイデアが多少面白かった。

 残りの『行動原理』『真心』『決断者』『ふたりの距離』『オラクル』『ひとりっ子』はどれもつまらない。一行あらすじを考える気も起きない。

コメント

  1. 匿名 より:

    >「クローンが作れるような時代なら脳を生かしておく装置ぐらい安いもんだろ?」
    保険会社から見れば、総額1億円の医療費で脳の生命維持装置1000万円を子宮で100万円に下げられるとなれば9%お得。客が気持ち悪がって旦那死んでもいいやと決断してくれれば、1円も払わずにすんで超ラッキー。金額はテキトー。裁判すれば錯誤無効で勝てそうだけどイーガン宇宙の悪徳企業の法務は超有能ぞろいぽいから多分ムリ。

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