ガイア教の天使クジラ4 反捕鯨は科学や論理的整合性の問題ではない

白鯨 中

第3回】 【目次】 【第5回

「少なくとも一部のクジラは増えている。科学的証拠を突きつけて商業捕鯨を再開させよう。文化帝国主義反対!」

 まあこのあたりが捕鯨賛成派の最大公約数的な主張だろう。気持ちは分かるが、残念ながらあまり意味がない。

 確かに、かつてクジラは獲り過ぎで数が減ったから保護しなければならないということになった。そこに異論のあるという人はいないはずだ。*1しかし、今やそれだけではない。

 現在の反捕鯨運動にはクジラの数が増えているか減っているかは、ほとんど関係がない。仮にクジラが海から溢れ出して世界中の浜辺でピチピチ跳ね回ることになっても、捕鯨反対運動は全く変わらずに存在し続けることは間違いない。

 たとえばタイムリーにヨウスコウカワイルカ絶滅のニュースが入ってきたが、捕鯨反対派がこの報に特別な感情を持つことはない。

 もちろん喜びはしないだろうが、彼らの宗教に意味があるのは、天使の役割を担うに足る巨大さと神秘性を持つ大型の鯨類と、それを殺す悪魔としての捕鯨者であって生物多様性ではない。

 第2回で見たことはこれからもっと詳述していくことになるが、そもそも彼らが安定した世界観から追い出され、父なる神に背を向けてクジラなどを崇め奉らなければならなくなっている――モーセが見たらなんて言うか想像するのも怖ろしいじゃないか――のはひとえに科学のせいなのだ。*2

 何年前の話だったかIWCの科学担当者が「もーやってらんね」と逃げ出した事件があった。当たり前の話だ。本当なら科学者などというものは十字架にはりつけて火焙りにしたいところなのである。

 科学的証拠が自分たちに有利なことを言ってくれるというならともかく、そうでないなら置いておく理由などひとつもないのだ。そんな人たちに、さらに科学的根拠を突きつけろというのは、ただの嫌がらせである。「嫌がらせでいいよ」という意見ならば、理解はできるが賛成はできない。

 もちろん詳しくない人間がこれ以上誘引されないように啓蒙し、今以上に事態を悪化させないために、科学的事実を追求・提示することはこれからも常に重要かもしれない。

 だが、それで捕鯨反対派が考えを改めるとか、反捕鯨問題が解決するとか思っているのならば無駄である。諦めた方がいい。

「第一大型クジラを獲りまくって数を減らしたのはお前ら白人の方じゃないか!」

 これはあらゆる意味で最悪の主張である。それは単なる人種逆差別だからとか、現在の基準でそれが存在しなかった時代の行為を非難するというありがちな過ちを犯しているからというだけの話ではない。これ以上に反捕鯨運動を激しく煽り立て、事態を悪化させる主張は他に考えられないからである。

 彼らがそれを自覚していないとでも思うのか? そんなわけないじゃないか。彼らが自分たち自身の天使*3を殺してランプの油にしていたという事実は、私たちが考える以上に恥ずべき、ぬぐい去りたい汚点だと感じているに決まっているじゃないか。

 これをなかったことにするのはさすがに無理*4だとすれば、汚点をぬぐい去る唯一の方法はなんだ? より激しく現代の捕鯨者を、日本人を非難することだ。それしかないじゃないか。他にどうしろと言うんだ。

 まだある。そもそも人種差別が支持されず、宗教にも全然人気がない今の世界*5で、一般的にはキリスト教原理主義者でも人種差別主義者でもない、世俗的でリベラル派の彼らが、こうした古いヒエラルキーの名残を維持しようとするモチベーションが、どこから来るのかという話だ。

 これはもちろん複合的なものだが「ひとたびヒエラルキーが崩れれば自分たちが過去の人種差別の責任全てを負わされる立場になるのではないか。」という恐怖の占める割合は高いだろう。

 もちろん、そんな恐怖はどちらかというと現実の危険というよりは被害妄想的なものだ*6が、そのような人種逆差別的な主張は彼らの悪夢をわずかでも現実と思わせることに貢献し、被害妄想をますます煽り立て、反捕鯨運動の必要性・重要性をますます確信させることにしかならない。

 捕鯨賛成派の人たちには、次に触れる反対派の意見に反発するのは構わないし、最後にまとめるであろう私の意見に賛成してくれなくたって構わないが、少なくともそういう主張だけはしないようにしてくれとお願いしておく。

*1:少なくとも私は見たことがない。
*2:彼ら自身はそれに気づいていないが、今や彼らの最大の論拠が「調査捕鯨には科学的価値が薄い」ということだということは、歴史的に見ればものすごい皮肉なのである。
*3:そうなる前の話だとはいえ。
*4:ペチコートは何でできていたことにすればいい?
*5:もちろん、ここでの「世界」は実際には一部の先進国でしかないが、その話はひとまず置いて。
*6:個人的には今のブッシュ政権みたいなキリスト教原理主義の動きによって伝統的な人種差別が復活する可能性の方がまだしも高いんじゃないかと思うが、どちらにしろ夢想だ。

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おまけ

 白鯨でググったらこんなの出た。なんだこれ。

コメント

  1. 木戸孝紀 より:

    >石原和音
    ご指摘どうもです。修正しました。

  2. 石原和音 より:

    typo!!
    (人種差別が)指示されず → 支持されず

  3. シャチ より:

    有名な話ですが、鯨やイルカはレイプをするという線から攻めるのはどうなんでしょう?
    いや、もう追求した人はいると思いますが。

  4. 木戸孝紀 より:

    >クリオネさん
    そりゃ可能性はあると思う。というかコチコチの反捕鯨派が捕鯨を認めるように変化するという意味ではたぶん唯一ありうる可能性だと思うが、いわゆる海のゴキブリ論は基本的になんも根拠ない苦し紛れの妥協のための理屈に過ぎないのでおすすめできない。続きで触れると思う。

  5. クリオネ より:

    もし仮に崇高な大型鯨類に姿は多少似ている下等で繁殖力だけは旺盛なな小型鯨類が大型鯨類の生息を脅かしているという主張(をやわらかに打ち出すことが可能)ならば(小型鯨類については)状況が変化する可能性はあるということでしょうか?

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