2009 1/25

脳のなかの倫理―脳倫理学序説

 分離脳についての実験からは「説明装置」とでも呼ぶべき機能が左脳側にあることが示唆される。たとえ(分離脳の状態になければ右脳から送られたであろう)正しい情報がなくても説明装置はとにかく結論を出す。

 端から見ている実験者の立場ではそれはどう見ても作話であるのだが、どうも(少なくとも言葉で説明ができるような)自我は、脳で働いている様々なモジュールがそれぞれ高度に専門化された仕事をこなした後の最終結果しか知らされていないようである。

 交通事故などで手足の神経を損傷した患者が「これは私に見つからないように隠れている他人の腕なんだ」とか「誰かが死体の腕をくっつけたのだ」とか、かなりトンデモない考えを抱くようになることがあるという。これは必ずしも現実を受け入れたくないがための通常の精神作用のひとつとばかりは言えないようだ。

 というのも全く健康な被験者であっても、鏡などを巧みに使ったトリックによって自分の手が勝手に動いているかのような錯覚を与える実験を行うと、あるはずのない「本当の」理由を作話したりすることはあるからである。

 この場合、交通事故の患者は明らかに頭がおかしくなったのではない。正常に機能していないのはあくまで腕の神経だ。腕は見えるのにその神経から信号が来ないという矛盾する情報を、説明装置が「正常に」処理した結果、間違った結論に達したのだ。

 これらのことから言えそうなのは、幻聴や幻覚に苦しみ様々な妄想を抱き、一般に「頭がおかしい」と言われる精神病の患者も、実は「頭がおかしい」のではないのではないかということである。

 正常に働いていないのが、腕の神経を損傷した患者に対して「頭がおかしい」わけではないと言う場合の“頭”が指しているのとは別の脳の部位であるだけで、妄想の部分は、幻聴や幻覚という間違った情報を与えられた説明装置が、不完全な情報からでも素早く何らかの結論を出そうと「正常に」動作した結果なのではないか。

 これは進化的な見方では妥当なことだろう。現実の様々な制約のために情報が不完全なのは常であるし、野生状態で「情報が足りないから判断を保留しよう」などと哲学的に正しい態度など取っていたら、あっという間に食われるか殺されるかである。たとえ情報が不完全であっても素早く結論を出して行動に移さなければならない。

 全ての人間は生得的に、目が開いて間もない赤ん坊の頃からある種の高度な能力を備えている。丸の中に3個の点があるだけでもそこに顔を見るし、画面上を動いているふたつのドットを見ただけで、そのドットが捕食者から逃げようとか、獲物を捕まえようと「思っている」ことがわかる。

 慣れすぎているので普段は特に意識もしないが、よくよく考えると全く信じられないような恐るべき能力である。スマイルマークが笑っているわけがないではないか? ドットに逃げようとか捕まえようとかいう意志があるわけがないではないか?*1

 あるはずがないドットの意図を読み取ってしまう能力は、あるはずがない自分の意図を作話してしまうのと同じ説明装置が関わっていると考えるのが妥当だろう。他者の意図を読み誤るのが分離脳の話と違って奇妙に感じないのは、他者の正しい情報が得られないのは、全く当然のことだからだ。

 しかし、このトンデモないと言いたくなる程の強力な能力がなければ、我々はマンガを読むこともできなければ、ビデオゲームを楽しむこともできないだろう。そもそもこの能力はいったい何のためにあるのか? それはわかる。もちろん生きるためだ。

 あなたがテレパシーとか魂の交感のようなことを信じているのではない限り、あなたが他の人間だと思っているものは、最終的に五感となって到達する様々な情報を「擬人化」したものにすぎない。普通それを「擬人化」とは言わないのは、単にその元になった情報を発したのが本当に人間だからだ。

 徹底的に群居性の動物であるホモ・サピエンスにとって、他の人間の表情を読み心理を洞察する能力は死活的に重要である。目の前のサーベルタイガーが「腹が減ったからお前を食べたい」と思っているのか「ねぐらに戻って眠りたいからそこをどけ」と思っているのか判断できる能力も、生存には少なからぬ重要性があっただろう。

 対して、子供の頃に天井の染みがお化けの顔に見えてしばらく眠れなくてもちっとも困らないし、たまに風に揺れる木々・荒れ狂う川に意志があるように見えたからといって、そんなに困ることはあるまい。

 仮にそのような錯覚を起こさなくなることが可能だとしても、その代償として周りの人間や動物の表情を察したりその心理を推論したりする能力が、ほんの少しでも減退するなら、それは全く割に合わない取り引きとなっただろう。

 人間の意図・心理・戦略――別の言い方をすれば心や魂――を見て取り推論を立てる説明装置の能力が十分に高まると、ほとんど不可避的に最も祖先的な宗教形態であるアニミズムが生まれるだろう。

 人間の意志など全く無関係に動く自然現象や、世界経済や国際政治などあまりにも多くの要素が複雑に関わりすぎて単純な目的や意図通りには動かないシステムに対して、人間・動物の一個体の意図を判断したり、心理・戦略を扱うため作られた説明装置をそのまま適用してしまうと、それは無論誤りであり、説明装置は陰謀論生成装置となってしまう。

 陰謀論は現代の宗教であると以前書いたが、この場合逆もまた真で宗教は神が「犯人」の陰謀論であるとも言えるだろう。また「陰謀論」だから自動的に間違いというわけではない。個人あるいは利害を共有する特定の小集団に対する「陰謀論」は全く何の問題もないのである。それは陰謀論生成装置(=説明装置)の正しい使い方なのであるから。*2

 我々は毎日陰謀論生成装置を使っている。人間を見る度・話す度に陰謀論生成装置を使っている。誰にも会わずともマンガを読んだりゲームをする度に陰謀論生成装置を使っている。何もしていないように見えても、内省する度に陰謀論生成装置を使っているのである。

*1:無論この場合は、プログラムまたはデータを作った誰かに、そう見せようとする意志はあったのであるが。
*2:正しい使い方であっても間違えることはもちろんあるが、それは別の話。

関連図書

おまけ

 これはカオスのキワミ。

by 木戸孝紀 tags:


“脳は陰謀論を生む機械”へのコメント 6

  1. 1. 匿名

    脳が作り出した陰謀は、普通は現実と照らし合わせることによって普通は解決するのでは?陰謀論っぽいとわかってて妄想を続行するのは他に理由があるのでは?
    根本的に間違ってるのに質問・異議が認められない場合や、現実が信用できなくなちゃった時は除くけれど。
    まぁコレでも聴いて内省中です
    http://www.nicovideo.jp/watch/sm5602903
    そいや、以前クジラの項で、スタートレック?がヤバいと書いて頂いたので、今見てるんですが・・・
    痛すぎるだろコレ・・・
    まだ1時間も残ってるよつかれたよもうorz

  2. 2. 木戸孝紀

    >スタートレック?
    おお、見てますか。あれ最高に面白いでしょう。
    前半でそれだけ参ってたら後半はかなりえらいことに
    なると思いますが、せっかくだからめげずに頑張ってください。

  3. 3. 匿名

    見オワタ?(^o^)/
    もう自分でDVDの帯書きたいよ
    あらすじ・・・
    洋生物学者テイラー博士は「クジラが好きな人に悪い人はいない」という理由から、未来宇宙から来たという怪しい2人組みのクジラ窃盗に加担する。博士の明日はどっちだ!
    うん・・・全く間違っていないな。
    あとこの記事もどうぞ。多分好きでしょう?こういうの
    http://www.zaeega.com/archives/50746544.html
    http://www.japanprobe.com/?p=8389

  4. 4. 匿名

    >これらのことから言えそうなのは、幻聴や幻覚に苦しみ様々な妄想を抱き、一般に「頭がおかしい」と言われる精神病の患者も、実は「頭がおかしい」のではないのではないかということである。
    >正常に働いていないのが、腕の神経を損傷した患者に対して「頭がおかしい」わけではないと言う場合の“頭”が指しているのとは別の脳の部位であるだけで、妄想の部分は、幻聴や幻覚という間違った情報を与えられた説明装置が、不完全な情報からでも素早く何らかの結論を出そうと「正常に」動作した結果なのではないか。
    人間に元来備わっている機能が正常に作動しているがゆえに、周りの正常(と思われる)人間からは異様であると判断されるのも何か面白いですね

  5. 5. 匿名

    Premackの心の理論を見る限り、類人猿にもアミニズムは存在するかも?
    まぁ、この見方も、対象を擬人化してとらえている人間の習性なんでしょうが…私、普通にペットに話しかける異常者なのでw

    対象認知に、偽物化や擬人化を行う人間の習性は、トンでもな結論を得るんだろうなぁ?脳”機能論”的には正常なんでしょうが…

    どんなとこが”Ethical”なのか読んでみようと思います。

  6. 6.  

    陰謀論生成装置。おもしろいですね。
    たしかに実際、脳のどこかに社会状況のシミュレーション機能といったものがあるんでしょう。
    陰謀論生成装置の働きが「悪ければ」、すぐ詐欺にだまされる、相手の嘘を見破れない、といったリスクが生じるでしょう。
    しかし働きが「良すぎれば」、被害妄想、関連性妄想といった現に存在している以上のリスクを想定して行動が抑制的になりすぎる、といったリスクも生じるはずです。
    どの程度の強度でこの装置が駆動されることになるかは、不安感や信頼感といった当人の置かれている主観的な心理状況によって調整されてるよう思います。

    で、俗に言う陰謀論の主な舞台は国際政治や国際金融の場ですが、このような場でどの程度この装置を働かせるべきか、これは難しい問題です。
    宇宙人が地球を侵略・・・といった陰謀論は個人的にも「なんのこっちゃ」と思いますがw
    アメリカが世界征服を・・・といったレベルの話なら、最高レベルに陰謀論生成装置を働かせながら見ていった方がよい話と思います。

    じっさい国際政治の場は盗聴やスパイや暗殺が常識の場所です。そうした場で、私たちの日常を形成している一定の信頼をおける人たちとの人間関係と同じレベルでしか陰謀論生成装置を働かせないなら、だいたい状況の認知を間違えてしまうと思います。

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