陰謀論と呼ばれる考え方がある。『アポロ11号は月に行っていない』とか『911はブッシュ政権の自作自演である』とか、傍目には荒唐無稽な議論を信じたがり、いくらでもある反対の論拠には全く耳を貸さない。
それを非難したいわけではない。夏や冬があるのは太陽が離れたり近づいたりするからだと信じている人も大勢いる。逆に地球の公転や地軸の傾きに独力で気づける人もいない。無知は程度の問題であるし、他人に被害を及ぼすほどでなければ何を信じるのも勝手である。面白いのはその心理的メカニズムである。
陰謀論者の確信を支える土台は、世界は合理的・合目的的に動いているという強い信念である。たとえばブッシュ大統領の一挙手一投足は、全て陰謀の証拠であるか、陰謀を達成する目的を持った行動であるか、そのどちらかでないと気が済まない。
昨日の自分の行動がどれほど合理的で無駄がなかったかを考えれば、そんなことがあり得ないのはわかりそうなものであるが、彼らは気まぐれや事故、たまたまといったことを考慮に入れないのである。
陰謀論者の信念がそれほど強いのは、本能に裏打ちされているからである。脳は世界の規則性・法則性と、他者の意志・目的を見つけだすことに強い意欲を持ち、逆に規則性が見つかなかったり目的がわからないことに対して不安や恐怖を感じるよう進化してきた。
予測不能な危険を避け、確実に利益を得て、生き残り子孫を残し、存在し続けることに役立つからである。そして多くの場合、実際に役に立っている。
我々が赤信号と車の動きの関係を理解し安全な交通ができるのも、周りの人間とスムースな意志の疎通ができるのも、そうして進化してきた脳の働きのおかげである。
しかし高度に進化した脳は必然的に副作用も生じる。実際には存在しない規則性、いわゆる迷信・ジンクスを誤って認識してしまうことだ。これは人間に限ったことではない(『鳩の迷信』実験はユニークで有名)。さらに人間は、不安を軽減するためだけに意図的に迷信を強化することさえ行う。
自分の運命が無目的で予測のつかないカオスと偶然に支配されていることが、不安で仕方がないからだ。神、金星人、ナチスの残党、ユダヤの長老、ガイアの意志、何でもよい、とにかく何らかの目的に基づいて動いていると考える方が安心できるのである。目的があれば予測もでき、対策も可能だからだ。
大雨・雷・噴火・地震はいつ来るかわからない脅威で、不安である。しかしそれが神の怒りなら、祈りや踊りや生贄によって怒りを解けば避けられるかもしれないではないか。その方が安心である。
死が怖ろしいのも『その後』が全く予測不能だからだ。天国はもちろん地獄でも予測不能よりましなのだ。だから何らかの形で死後を描かない宗教はない。
テロがイスラム原理主義者の犯行であると考えるよりは、ブッシュ政権の陰謀だと考える方がより安心である。なぜなら、大抵の陰謀論者にとってビンラディンは遠い存在で、イスラム原理主義の教義は理解不能であるが、ブッシュ大統領は身近で、石油・軍需利権は理解可能である。
被害者は無差別に殺されたと考えるよりはCIAによって隠されたと考える方が、自分に降りかかる不安を軽減できる。大抵の陰謀論者は、何の陰謀にも関わっていないし、アメリカ政府と敵対してもいないからである。
つまるところ、現代ではもはや信じにくい天の神様の座に、代わりにアメリカ大統領が座ったのである。陰謀論は現代の宗教なのだ。
おまけ
コメント
確かに陰謀論は鵜呑みにできないですが、残念ながら戦国時代でいう、草の者的人間が情報をマスコミに流したという結果を目の当たり(絶対にその地域でしか知らない情報がなぜか、新潮や文春に記事としてのっていた)もう、日本であったも網の目の用に、情報を制御し流しているというのを目にしたんで、今はネットがその役割を果たしていますが、もうありえなさすぎる情報伝達の過程をみると、陰謀論も否定できないかと。というか実際、情報を思想操作の目的でつかうマスコミの人間のえぐさったら。信じなくてもいいですが、リアルに、俺は、ありえない情報が、新潮や文春に載ったのをみたのが、トラウマです。