2016 8/1

『ゲノム革命―ヒト起源の真実―』★★

 ユージン・E・ハリス著。地味ながらよい。

『さびしすぎてレズ風俗に行きましたレポ』★★★

 永田カビ著。pixivで知った。レズ風俗は話の枕でメンヘルに関する自伝エッセイ。絵も文もうまくて意外な面白さ。

『メンタルが強い人がやめた13の習慣』★★

 エイミー・モーリン著。ありがちだけどいいまとめ。

『ヤバすぎる経済学』★★★

 スティーヴン・D・レヴィット著、スティーヴン・J・ダブナー著。前著の続きではなく著者達のブログのまとめ。でも、その雑多さが面白い。

『日本会議の研究』★

 菅野完著。流行り物。

『世界史を変えた薬』★★

 佐藤健太郎著。個別にはほとんど知ってる話だったが、こういうの好き。

『コーヒーの科学 「おいしさ」はどこで生まれるのか』★

 旦部幸博著。雑学。

『楽観主義者の未来予測: テクノロジーの爆発的進化が世界を豊かにする』★

 ピーター・H. ディアマンディス著、スティーヴン・コトラー著。最近よくある感じではあるが。

by 木戸孝紀 tags:

2016 7/16

失われた地平線 (新潮文庫)

第40回】 【目次

 あのハンターハンターさえ連載再開するぐらいだから自分も頑張ろうと思ってこのエントリを書き始めたら、書き上がるまでに再び休載してしもた(笑)。まあ仕方ない。始めよう。

 今回取り上げる作品、記念すべき後半戦最初の作品は、ジェームズ・ヒルトン失われた地平線』(1933)である。

 未来・SFの世界にご案内しようとか言っておいて*1いきなり普通はSFに分類される作品ではない。時代も、未来どころかリリー博士の時代から30年ほどもさかのぼる。前回のダライ・ラマの前振りがなかったら、そもそもなんで取り上げるのか全くわからないだろう。

 おまけに、小説そのものは今読んで面白いとは全く言いがたい。適当に最低限のあらすじだけ紹介しながら、このシリーズにとって意味のある点でのみ、少し引用して立ち止まることにしよう。

 物語の舞台は1931年。古い小説にはたまにあるように、何重かの伝聞という形式を取っているが、メインストーリーの主人公はコンウェイというイギリス領事。理想的なイギリス紳士(独身)である。

 彼はバスクール*2という土地に駐在していたのだが、そこで革命が起き、「白人」居住者は軍の飛行機でペシャワールへ避難することになった。

 ところがコンウェイ他4人が乗った飛行機は、操縦士がいつの間にか見知らぬ「現地人」に入れ替わっており、彼らは勝手にチベットの山奥へ連れて行かれてしまう。

 その操縦士すらも心臓麻痺か何かで急死してしまい、途方に暮れた4人は駕籠を担いだ「東洋人」の集団に出会い、シャングリ・ラのラマ教(チベット仏教)寺院へ迎えられる。

 シャングリラという名前について少し調べてもらいたい。後にどれほどの影響力を持ったかについては、モデルになったあたりの地域が実際にシャングリラ市に改名した、という一事をもってしてもわかるであろう。*3

 シャングリラは下界より遥かにゆっくりとした時間の流れる理想郷であった。シャングリラについての描写を2箇所ほど抜粋。

 ところがこのラマ僧院には、そうした中国風の装飾品の他に、まだ注目すべきものがあったのだ。例えば、それの一つとして、すこぶる快適な図書室があった。(中略)そこには世界の代表的な文学作品が洩れなく取り揃えられているばかりでなく、彼の評価の及ばない玄妙珍奇な典籍がぎっしりと並んでいるのだった。英語、フランス語、ドイツ語、ロシア語の書物がふんだんにあり、中国語その他の東洋語の筆写本にいたっては、まず数えきれないほどだった。

(中略)

 とにかくプラトンのギリシャ語原典が英訳のオマー・ハイヤームと隣り合っているかと思うと、ニーチェニュートンと手をつなぎ、トマス・モアがいると、傍らにハンナ・モアトマス・ムーアジョージ・ムーア、おまけにオールド・ムーアまでも揃っているのだった。

 個別の書名や著者名にこだわる必要はない。ざっと雰囲気を掴むだけでよい。

 コンウェイがさらに驚いたことには、その小亭の内部には一台のハープシコードと最新型のグランド・ピアノとが据えつけてあるのだった。(中略)ラマ僧たちは西洋の音楽を、なかでもモーツァルトを、非常に高く評価し愛好しているとのことだった。ヨーロッパの偉大な作曲家の作品は残らずここに取り揃えてあるし、ラマ僧たちのうちにはさまざまな楽器の練達者が何人かいるという話だった。

 お、おう……。

 コンウェイは、シャングリラに滞在するうち、僧院のトップである「大ラマ」に異例の目通りを許される。

 大ラマがシャングリラの歴史を語る。普通に引用していたら長くなりすぎるので、かなり大胆に要約させてもらう。ここから次の引用部までの間、鍵括弧内が原文ママの表現。

 1719年のこと、ペローというカプチン会の修道僧が、ネストリウス派の信仰の名残を探す旅で偶然シャングリラに行き着いた。

 古いラマ教寺院をキリスト教の修道院に建て直して宣教を始め、53歳の時には定住するようになった。ローマから召喚状が来たりもしたが、もはや老齢のため従うことができず、生涯シャングリラに留まることになった。

 98歳の時には仏教の経典を紐解き始めた(最初はキリスト教信仰の立場から批判するためだったし、実際そうしたのだが)。「インド人がヨガと呼ぶ神秘的な黙想修行」の研究を始めた。108歳の時臨終の床についたが、やがて回復し始めた。

 臨死体験で、ある意義深い幻覚をこの世へ持ち帰ったペローは「直ちに厳格な自己訓練を開始し、しかも奇妙なことにも、それと平行して麻薬に耽溺し出した」「いまや谷間の寺院では『感謝聖歌』と『南無阿弥陀仏』とがこもごも洩れ聞こえるようになった」

「そんな馬鹿なことが……」と彼は吃りながら言った。(中略)
「わが子よ、いかがなされた?」
 ゆえ知らぬ情感のため体が震えるのを覚えつつ、あえてその震えを押さえようともせずに、コンウェイは答えた。
「あなたはまだ生きていらっしゃる、祖師ペロー様!」

 200歳を軽くを超えるペロー神父その人であることが明らかになった大ラマが語るシャングリラの魅力。大事なところなので少し長めに抜粋。

 私が描いて進ぜた見通しは、魅力的なものでしょう。ながいながい静謐の境涯にあって、俗世の人々が時計の鳴るのを聞くと同じ気持ちで、それよりもはるかに心労のない態度で、あなたは夕陽の沈みゆくのを眺めていることだろう。時は来たり、年は去り、あなたは肉体的な享楽から解脱して、漸次より厳しい、それでいてそれに劣らぬ満足を与えてくれる境地に入って行かれることでしょう。(中略)あなたは深い静けさを、老熟した叡智を、そして明晰な記憶力の陶酔を味わうことになるなる筈です。そして、なによりも貴重なことは、あなたが『時』を獲得なされるということですぞ。よろしいか、あなたがた西洋の国々が追求すればするほど見失ってしまっている、あの得がたく貴重な贈物を……なのですぞ。まあ、考えてもごらんなされ、あなたは書物を読む時間を得られる……もはや二度と、時間を惜しんで、頁から頁へと拾い読みをしたりすることはありますまい。また、あまり熱中しすぎないようにとの配慮から、なにかの研究を控えるというようなこともなさらなくなるでしょう。(中略)楽譜も楽器もが、妨げられず果てしない『時』とともに、その最も豊潤な香りをあなたに捧げるべく、すべて用意されてあるのですよ。(中略)賢明で波立たぬ静穏な交友、いつもあわただしく人を呼び立てる『死』を恐れることのない、久しく温かい心と心の交わりというものを考えられて、あなたは心をひかれることはありませぬか?

 ひとつめのポイントは、この大ラマことペロー神父の語り、ひいてはジェームズ・ヒルトンが抱き、当時の欧米人が共感したイメージは、かなり普遍的な魅力を備えている、ということだ。

 多くの個人差・地域差・時代差があるにしても、説明する必要のない明白な問題点に引っかかるのは割り引かなければならないとしても、これに魅力を感じ、心をひかれない読者がいようか。(私ももっと書く時間取りたいよ!)

 ふたつめのポイントは、強調部に表れている(西洋)文明批判の側面だ。ここを補完する場面として以下の引用を見てほしい。話の順序が前後するが、シャングリラ到着翌日に4人のうちのひとりが早く帰りたがっている、という場面。

「誰かがよっぽど機敏に立ち回ってくれないと、とても今日中には出発できそうにないな」などと、マリンソンは呟いていた。「あの連中は典型的な東洋人だからね。ちょっとやそっとで事をてきぱき敏活に処理させられるもんじゃないからなあ」
 コンウェイは黙ってその言葉に頷いてみせた。マリンソンはもうイギリスを出てから一年近くにもなるのだ。二十年も東洋に住んでいたとしてもおそらく繰り返すだろう同じ結論に、もうそろそろ到達してもよかろうと思われる頃だ。そして、実際に、彼の言葉はある程度正当だった。ただコンウェイの見るところでは、必ずしも東洋の諸民族が異常なまでに遅鈍なのではなくて、イギリス人やアメリカ人が常軌を逸した熱にうかれて、間断なく地球上を駆けずり回っているように思われてならないのだった。こうした考え方には彼と同じ西洋人たちが同感する筈もないのは、彼にだってわかってはいたが、年を追い経験を積んでゆくにつれて、彼のその見解は強められてきていた。

 この東洋観が差別的だ、というような見ればわかることを言いたいのではない。私たちが過去について誤った期待を抱いていない限り、それは1933年が1933年であるという自明の事実を意味するに過ぎない。

 オリエンタリズム一般について、ここで説明することもしない。例によって、このシリーズの観点から重要な点に絞ってまとめよう。

 この時点において「東洋(人)」は「西洋(人)」に対して、平等な関係・対等の選択肢として存在するのではない。あくまで忙しい自分たち(「西洋(人)」)を省みるための小道具に過ぎない。実際の「東洋(人)」は、ある意味どうでもいいと思われている。

 実際チベットの扱いは極めていい加減だ。私はチベット仏教の教義について何も知らないが、それが「麻薬をやりながらゆっくり西洋の文学や音楽を楽しもう」というようなものではない、と断言しても、文句は来ないと思う。(枝葉末節だが『南無阿弥陀仏』も唱えないと思う。)

 このような「東洋」の扱いは決して珍しいものではなかったし、この作品は、そのような創作の中で最も有名なものでも最も洗練されたものでもない。*4それでも私が時代精神の代表としてこの作品を選んだ理由は、一番最後でまとめよう。

 大ラマは、そもそもコンウェイらが連れてこられたのも偶然ではなく、外部の人間を招くため計画だったことを明かしてくれる。

 まず大体から申して、この土地の高度や其の他の条件に馴らされているチベット人は、外部の人種の人たちほど感覚が鋭敏ではありません。(中略)百歳以上の寿命を保つ者はどうも少ないように思われます。中国人はまだよろしいようですが、それでも失敗する者はかなり多いようです。最も成績のよろしいのが、ヨーロッパの北部の人たちやラテン系の種族でして、アメリカ人もほぼ同じくらい適応性があるのではないかと思われます。

 わっはは、チベット人は鈍いからダライラマに向かないか。中国人に替わってもらった方がましだな。

「その理由は、ちゃんとあるのですよ。(中略)それこそが、この偶然寄り集まった異邦人たちのこの群落にとって、寿命を越えてまで長生きすべき理由のすべてなのです。(中略)われわれには一つの夢があり、幻想があるのです。(中略)かつて一七八九年に老ペローがこの部屋で臨終の床についておったときに、その枕頭を訪れた幻想だったのですよ。(中略)そうした追想を通して彼が感じましたのは、すべて美しいものがはかなく滅びやすく、この世の戦乱や欲望や獣性がいつの日にかそれらをことごとく破砕してしまうかも知れぬ、という憂慮だったのです。(中略)つまり、この世界の国々が、叡智においてではなく、卑俗な欲情や破壊の意志において、次第に強化されてゆくさまを見ていたのです。機械の力が倍加して行って、ついには武装したただ一人の人間が大君主ルイ十四世の全軍にも匹敵するようなことになるだろうことを見て取ったのです。

(中略)

殺人の技術を手にして驚喜した人類が、この世界の隅々まで荒れ狂いまわって、(中略)書物も絵画も音楽も、二千年の歳月を通じて貯えられた、微小で繊細で防御のすべを持たぬすべての宝物が、(中略)破壊されてしまうだろう……とな。

(中略)

 おそらくこの破局は、あなたが今の私ほどの年齢になられるよりも前に、やって来ることでしょうから」
「それで、このシャングリ・ラがその破局を免れることができると、そうお考えなのですね?」
「おそらくはな。(中略)ここには、われわれが育み護って、やがて残し伝えるべき遺産があります。その時がやって来るまで、お互いに人生を楽しみ味わうことにしようではありませんか?」
「そして、その時が来ましたら?」
「その時には、よろしいか、強者どもが相互にむさぼり合って果てたその時には、初めてキリストの倫理が履行され、柔和なる者は幸福なるかな(マタイ伝、第五章、第五節)……ということになるのですよ」

 1933年はヒトラーがドイツ首相に就任しナチスが政権を取った年であり、日本が国際連盟を脱退した年でもあることを参考にどうぞ。

 また、時代の反映であると同時に、時代を越えた普遍的な魅力を備えてもいる。間もなく来る破局、そして復活というテーマは、古くからよく知られているものだ。このミームを受け継いでいる未来の「子孫」を思いつく人も多いだろう。*5

「これから来たらんとしている暗黒時代は、この世界全体を一つの棺衣でおおい包んでしまうのです。遁れる道もなければ、隠れる場所もなく、ただ見出しかねる僻地か物の数に入らぬささやかな場所のみに、助かる見込みが残されるのみでありましょう。シャングリ・ラは、そのいずれでもありうるわけです。大都市に死を運ぶ飛行士とても、(中略)ここを爆弾を一発投下するだけの価値がある土地だとは思わぬでありましょうからな」

 「なんでこいつら最終戦争が起こっても山奥にこもってるだけで大丈夫だと思ってるの? ばかなの? 死ぬの?」と思った人いませんかね? 私は初めて読んだ時に思いましたよ。

 でも、ちょっと考えて気づきましたね。馬鹿は我々の方です。1933年には、核兵器という概念は、一部の先進的な物理学者やSF作家の想像の中にしかなかったのです。死の灰とか核の冬という概念も当然まだありません。この「一発の爆弾」は核爆弾ではなく通常爆弾なのです。

 この場面の直後、大ラマはコンウェイを自分の後継者に指名して亡くなる。小説の筋としては、ここからあともうひと盛り上がりあるのだが、このシリーズの観点からはどうでもいいので無視する。

 まとめに入ろう。

 繰り返すが、東洋(人)観が差別的だとか、見ればわかることを言いたいのではない。80年以上も先から振り返っている未来人である我々の目には、そのような問題点はあまりにも明白であり、大まじめに説明するのは野暮というものだ。むしろ馬鹿にしているのかと怒られかねない。

 何より、そのような問題点に今日一番敏感なのは、日本人以上に、まずガイア教の支持層である欧米のリベラルな人々であろう。

 たとえば現代のワトソン船長がどれほど自意識の肥満した男であっても、自分がダライ・ラマの後継者に指名されるとは絶対に期待していないだろう。もはや馬鹿らしすぎて冗談にもならない。

 それでもこの作品が当シリーズの観点から有用なのは、まさにその古さゆえだ。このシリーズで着目すべき重要な変化――私がガイア教の本質と考える変化――のスタート地点およびそこから向かう方角を、見事に捉えたスナップショットと見なせるからだ。

  • 地上*6に神秘が残されていた最後の時代であるが、それがまもなく消えてしまうのではないかという予感はある。
  • 伝統的な差別――白人種の他人種に対する優越・西洋文明の他の文明に対する優越・キリスト教の他の宗教に対する優越――はまだ自明のものだった最後の時代。だが、それが正しくないのではないかという意識も芽生えている。
  • 第二次世界大戦もまだ起きておらず、核兵器が存在しなかった最後の時代。しかし、文明の全てを破壊するような最終戦争が起きるのではないかという恐怖はすでにある。

 このスタート地点と、今現在あなたが生きている瞬間と、それが書かれた時代を三角測量することによって、これから見ていく作品を、よりよく理解することができるだろう。「オリエンタリズム」の糸においてだけでなく、このシリーズの最後の最後まで重要な視点となるはずだ。

*1第39回
*2:ちょっと調べた限りではどこのことかわからなかった。架空の地名?
*3:ついでに個人的なことも言うと、私はその名を冠するホテルチェーンに何度も宿泊したことがある。参考:シャングリ・ラ・ホテルズ&リゾーツ
*4:たとえばエーリッヒ・ショイルマン『パパラギ』(1920)の方が、どちらにおいても上であろうと思う。
*5:私が真っ先に連想するのは『風の谷のナウシカ』のヒドラの庭園だ。
*6:ここでは「地下・海中を除く地球上」ぐらいの意味。

第40回】 【目次

by 木戸孝紀 tags:

2016 6/3

『東方鈴奈庵 〜 Forbidden Scrollery.(5)』★★★

 春河もえ著。ZUN原作。ぬえ・文・聖etc. まだまだ面白い。

『おひさま もっちゃん! 漫画家パパの育児日記』★★

 丸本チンタ著。なかなかおもろい。

『親バカと言われますが、自覚はありません。 イクメンパパの奮闘日記』★

 丸本チンタ著。上の実質前編?

『生物はなぜ誕生したのか:生命の起源と進化の最新科学』★★★★★

 ピーター・ウォード著、ジョゼフ・カーシュヴィンク著。邦題だけは良くない。原題”A NEW HISTORY OF LIFE”(新しい生命の歴史)に相応しい内容。大幅な地質学・生物学的アップデート。強くおすすめ。

『週刊少年ジャンプ秘録! ! ファミコン神拳! ! !』★★★

 「ファミコン神拳」伝承委員会著。うわー懐かしい。下の記事も合わせてどうぞ。

『カッコウの托卵: 進化論的だましのテクニック』★★★

 ニック・デイヴィス著。面白い。内容は例によってshorebird先生にお任せ。

『市場の倫理 統治の倫理』★

 ジェイン・ジェイコブズ著。対話形式がちょっと読みにくい。ここでいう「市場の倫理」と「統治の倫理」は、「リベラル」と「保守」に近い(同じではないが)。もっと言えば『社会はなぜ左と右にわかれるのか』の後半3軸を軽視する立場と重視する立場。

『モラルの起源―道徳、良心、利他行動はどのように進化したのか』★

 クリストファー・ボーム著。興味深い点はあれど要注意点もあり。先にshorebird先生の書評を読むことをおすすめ。

『巨大生物解剖図鑑 Inside Nature’s Giants』★

 デイヴィッド・デュガン著。大迫力。

by 木戸孝紀 tags:

2016 4/18

『たんぽぽ娘』★★

 ロバート・F・ヤング著。表題作がやはり一番いい。魔夜峰央の短編でこれが元ネタになってるのがあったような。

『人体六〇〇万年史 上──科学が明かす進化・健康・疾病』★★

 ダニエル・E・リーバーマン著。個別にはすでに知ってる話ばかりのようだが、面白い。

『アメリカの世紀は終わらない』★

 ジョセフ・S・ナイ著。タイトルだけから大体再現できそうな順当な内容だけど。

『話しづらいけれど、話しておかないと後悔する相続と節税のこと』★★★

 川合宏一著、武石竜著、関岡俊介著。

『神の守り人』★★★★

 上橋菜穂子著。ここまでのシリーズ中では今ひとつながら、それでも十分面白い。

『量子力学で生命の謎を解く 量子生物学への招待』★★★★★

 ジム・アル-カリーリ著、ジョンジョー・マクファデン著。いや素晴らしい。個別には他で知ってる話もあったけど、この分野、短い期間にも大幅にアップデートされているんだねえ。

『ダーウィンの覗き穴――性的器官はいかに進化したか』★★★★

 メノ・スヒルトハウゼン著。面白い。内容はshorebird先生にお任せ。

『ブラックホール・膨張宇宙・重力波』★★★★

 真貝寿明著。重力波観測のニュースで何か一冊読んでみたいというニーズにちょうどいいかと。

by 木戸孝紀 tags:

2015 12/14

『反逆の神話:カウンターカルチャーはいかにして消費文化になったか』★★★★★

 ジョセフ・ヒース著、アンドルー・ポター著。話そのものは「ヒッピーからヤッピーへ」等のキーワードで知ってたし、批判的な人には当たり前な感じだけど、自身リベラルな人がこうやってまとめたところに価値があると思う。超おすすめ。

『ルールに従う―社会科学の規範理論序説』★★

 ジョセフ・ヒース著。他のに比べて専門的。それだけが理由じゃないと思うが、あまり面白くない。

『モラル・トライブズ――共存の道徳哲学へ』★★★★★

 ジョシュア・D.グリーン著。超いい。内容は例によってshorebird先生にお任せ。全体に良いが、部分的に特に印象に残ったのは2点。

 問題となる事態が、スタック領域を必要とするような複線化した論理の先にある場合、道徳的直感が働きにくくなる、ということ。どうしても人を殺さなきゃならんことがあったら参考にしよう(笑)。

 権利を根拠にする主張は原理的にトートロジーにしかなり得ないので、終わった議論を蒸し返さないことには利用しても、現在進行形の真剣な議論には利用すべきでない、という主張。実践的で良い提言だと思う。

『ダブル・スター』★★★★★

 ロバート・A. ハインライン著。古さは否めないけど、抜群におもろい。

『学力の経済学』★★★★★

 中室牧子著。とても良い。自分の子育てにも参考にしよう。もっと日本の教育政策もエビデンスベースにしていってもらいたい。

『闇の守り人』★★★★★

 上橋菜穂子著。前作も相当だったが、さらにそれ以上。これはシリーズ全部行かねばならんか。

『十三億分の一の男 中国皇帝を巡る人類最大の権力闘争』★

 峯村健司著。制限されない権力ってのは勿論ろくでもないけど、傍目には面白いよなあ。男のロマンというか。

『ウンコな議論』★

 ハリー・G・フランクファート著。『啓蒙思想2.0』経由。bullshitはウソとは違う。嘘つきは少なくとも何が本当かわかっているが、bullshitを言う者は、そもそも何が本当かなど気にしていない。それ故しばしば嘘つき以上に手強い真実の敵である。……というのが大意。

by 木戸孝紀 tags:

2015 11/18

啓蒙思想2.0―政治・経済・生活を正気に戻すために

 ジョセフ・ヒース著。単独でこれという新しい知見はないのだけど、とにかく尋常じゃないほど良い。それも『資本主義が嫌いな人のための経済学』と同じ人だと!? とんでもねえな。

 今日日「哲学者」の肩書きで、ここまで自信持っておすすめできる著者は他にダニエル・デネットぐらいしかいないのでは。

 備忘のため内容を箇条書き形式まとめておく。かなり大胆に要約というか言い直しているので、原文とニュアンスが違ってしまっているところもあるかもしれないので注意。

  • 近年、いくつかの理由により理性が軽視され、あまりにお馬鹿な、狂気と言えるような議論が幅をきかせるようになっている。啓蒙思想を復権させ、正気を取り戻すことが必要だ。
  • アメリカには反知性主義――スノッブな知的エリートの理屈より普通の市民の直感が正しい――の伝統があり、この理性軽視の傾向は、左派より右派がうまく政治的成功につなげている。
  • 近年の心理学や行動経済学の成果「人間はホモ・エコノミクスではない」「直感で多くの物事を判断する」等が、いささか歪められ過大評価されている。
  • 新たに登場した24時間ニュース番組は、実際には15分のワンフレーズ映像の繰り返しになり、むしろ新聞等の時代と比べて、政治議論における理性の度合いを低下させた。
  • ゲッペルスがすでに気づいていた単純な繰り返しの効果が、多くの企業や選挙コンサルタントに行き渡り、商業広告や政治宣伝は、理性より直感・感情に訴える方法を洗練させてきた。
  • フランス革命や共産主義に代表される啓蒙思想1.0は、理性を過信するという誤りを犯した。主に人間の限界がよく知られていなかったためだ。
  • 保守主義から学ぶべき教訓がある。「作られた理由がわかるまで塀を壊すべきではない」。古いことがすべて良いというわけではないが、現実世界は人間が認識しているより複雑なので、うまくやれていてもその理由が説明できないということは、ままあるのだ。
  • 人間の脳は、進化的に古い・素早い・並列・直感的・動物的・ワーキングメモリを必要としないシステム1と、進化的に新しい・遅い・直列・理性的・人間的・ワーキングメモリを食うシステム2を備える。
  • デネットは意識を伴った合理的な心を「進化が与えてくれた並列型のハードウェアに――非効率的に――実装された、直接型のバーチャルマシン(仮想機械)」と評している。人間にこのバーチャルマシンを生じせしめた適応は、おそらく言語だ。
  • 大雑把に言えば、正気を取り戻すには、システム1を抑制し、システム2を優勢にさせる環境を整えることだ。
  • 大衆のためになると考える選択を政府が押しつける(パターナリズム)のではなく、大衆がより自分のためになる理性的な選択をしやすくなるような環境を、政府が整える(リバタリアン・パターナリズム)のは、実現可能な余地が大きく問題の少ない方針に思える。
  • たとえば政治報道にせめて食品成分表示と同レベルのルールや義務を課すとか、一定限度以上に短く編集することを制限するとか、それらが難しいことはわかっているが、ちょっとしたことでも効果はあるはずだ。
  • ちょうど健康を脅かすファストフード社会に対してスローフードが提唱されたように、理性を脅かす性急な環境に対しては、スロー・ポリティクスが必要だ。

by 木戸孝紀 tags:

2015 9/21

『ダンジョン飯 2巻』★★★★

 九井諒子著。さすがに1巻ほどの衝撃はなくなったが、まだまだ面白い。

『東方鈴奈庵 ~ Forbidden Scrollery. (4)』★★★

 春河もえ著、ZUN原作。こちらもまだまだ面白い。易者www

『なぜ人類のIQは上がり続けているのか? ――人種、性別、老化と知能指数』★

 ジェームズ・R・フリン著。フリン効果の人。元々興味のある人にしかおすすめしない。

『日本の統治構造―官僚内閣制から議院内閣制へ』★★★

 飯尾潤著。勉強になった。

『新釈 うああ哲学事典』★★★★

 須賀原洋行著。MechaAG経由。結構面白い。

『恐竜学入門―かたち・生態・絶滅』★★

 David E. Fastovsky著、David B. Weishampel著。教科書。面白い。

『6度目の大絶滅』★★★

 エリザベス・コルバート著。タイトルの印象より環境破壊の話題に偏ってなくてなかなか良い。

『Who!超幻想SF傑作集』★★

 佐々木淳子著。これもMechaAG経由。

by 木戸孝紀 tags:

2015 6/29

第39回】 【目次】 【第41回

 ここまで『存在の大いなる連鎖』という一本の柱に沿って、時系列に進んできたこのシリーズだが、ここからは、詳細に分け入る代償として、多少複雑にならざるをえない。

 このシリーズでは、過去と未来で何が変化して何が不変であるかを常に意識することが、理解にあたって重要だ。*1しかし、完全に過去から現在へ進みながら、多岐にわたる話を扱うと、話があちこちに飛びすぎてわかりづらいことになる。

 折衷案として、織物でいえば縦糸とでも言うべきいくつかのキーワードを選び、縦糸を次々と取っ替え引っ替えしながらも、その糸の範囲では時系列を(ほぼ)維持するという方針を取ることにした。

イルカと話す日

 最初の糸の先端を、またリリー博士から再開させていただこう。

 中間テストでも予告したジョン・C・リリー『イルカと話す日』のエピグラフ。2本あるうちの最初のひとつはこれだ。

「公衆が科学研究の努力と成果とを、意識的かつ分かりやすい形で体験する機会を与えられるということは、大変意義深いことである。一握りの専門家だけが研究成果を利用し、洗練して、応用するだけでは十分ではない。知識をわずかな数の専門家だけに独占させることは一国の国民の哲学的精神を衰退させ、精神の貧困をもたらすことになる」

――アルバート・アインシュタイン

 アインシュタインに極端な愛憎を抱く――おそらくは単に彼が世界一有名な学者であるというだけの理由で――というトンデモ科学者のステロタイプをまたしても連想させる内容だが、今回着目するのはこちらではなく、並列されているもうひとつのエピグラフの方だ。

 「人間の親指にも満たない大きさの内なる精神、プルシャは、あらゆる生物の魂に永遠に宿っている」

――『ウパニシャッド

 最初に現在の本筋でない部分を断っておく。『イルカと話す日』を扱っている際に、本の巻頭にあるこのエピグラフを、あえて見せなかった理由は、おそらく理解していただけると思う。

 今日の日本人にとって“プルシャ”という単語は特定のエピソードを連想させすぎる。このシリーズ全体の主旨と無関係というわけではないが、あの段階で予断を持たせるのは、マイナスの効果の方が勝ると思ったからだ。

 さて、この2本の引用元の選択には、科学に対して愛憎半ばする感情と東洋思想への傾倒という、当時のリベラルな人々が共有した精神をよく代表している。第24回の内容を憶えていれば、たとえ当てられずとも予想外とは言えないはずだと思う。

 中間テストに回答を寄せてくれた数少ない奇特な人たちの中で、「ダライ・ラマ」と回答した人が複数いた。「方向性さえ合っていれば正解とする」と予め言っておいたのはこの回答を予想してのことであり、私はこれを正解に数えたいと思う。

 ダライ・ラマが欧米で有名になったのはリリー博士より後のことだが、少し時代がずれていたら、ここにウパニシャッドの代わりにダライ・ラマ14世の言葉が入っていても、まったく不思議はなかっただろう。

dalai_lama

 確か2008年頃だったか、シーシェパードの公式ホームページに行くと、サイドバーにダライラマの写真が貼ってあった。

 現在は見られないが、当時のスクリーンショットを保存したものがあったので貼っておこう。

 知っての通り――知らなければ見ての通り――ダライ・ラマ14世は、宗教的・政治的にどうかはともかく、個人的・外見的には典型的なモンゴロイドのおっさんである。

 シーシェパードのような反捕鯨運動が、一部の人々の言うように、キリスト教白人至上主義の陰謀であるのならば、黄色人種の仏教指導者がトップページでアピールされるのはなぜだろう。

 おそらく、捕鯨反対の日本人は、これを単にシーシェパードやあるいは一般的に反捕鯨運動は人種差別などではない証拠と見なすだろうし、反反捕鯨派は「日本差別を人種差別と言わせないための偽装だ」とかなんとか苦しい言い訳をするであろうと思う。

 もちろんこの場合、どちらかと言えば、圧倒的に前者が正しい。何度も言っているが、シーシェパードやその支持者は、伝統的な意味の人種差別主義者ではない。むしろ、そのような人種差別には最も批判的な層に属する人々だ。

 話がこれで終わりだったら、どんなに良かっただろう。だが、私はこれから、残念ながらそうではないという話をしなければならない。一本目の糸となるキーワードは『オリエンタリズム』だ。

  1. ジェームズ・ヒルトン『失われた地平線』(1933)
  2. ロバート・A・ハインライン『異星の客』(1961)
  3. アーサー・C・クラーク『海底牧場』(1957)

 3本の作品を通して、リベラルな欧米人のオリエンタリズムの対象が、アジア(東洋人)から宇宙(火星人)へ追いやられ海(クジラ)へ戻ってくる変遷、人種差別・宗教差別意識の今昔、鯨肉のカニバリズム感と高知能説の関係、等々を描こう。

第39回】 【目次】 【第41回

by 木戸孝紀 tags: