2011 9/26

プランク・ダイヴ (ハヤカワ文庫SF)

 久々にグレッグ・イーガン。様々な時期の作品を集めた短編集。

 後に『ディアスポラ』の一部になった『ワンの絨毯』が、単体でもやっぱり群を抜いた出来。他は正直微妙。

 まあそれでも届いた途端に一気読みしちゃうぐらいには面白いのだが。

  • 「クリスタルの夜」
  • 「エキストラ」
  • 「暗黒整数」
  • 「グローリー」
  • 「ワンの絨毯」
  • 「プランク・ダイヴ」
  • 「伝播」

おまけ

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2010 3/9

順列都市〈上〉 (ハヤカワ文庫SF)

 グレッグ・イーガン『順列都市』から、後々話に使いたいと思っているところ2点を、最低限の説明をつけて抜粋。

《なにも変えない神の教会》

 マリアは話しつづける。「『神はなんの違いももたらさない……なぜなら、神こそは万物がいまある姿をとっている理由だからだ』、ですっけ? だから、あたしたちはみんな、宇宙を心静かにうけいれられるってわけね?」
 フランチェスカは首を横にふった。「心静かに? いいや。そう考えれば、神の介入だのなんだのいう古い考えを、きれいさっぱり一掃できるだけの話さ。それに、神を信じるための、証しや、信念でさえ不要になる」
「じゃあ、いま母さんにはなにが必要なの? そして、神を信じてないわたしには、なにが欠けてるの?」
「信仰だろうかね?」
「同語反復はきらいよ」
「トートロジーを悪くいっちゃいけない。宗教を築くなら、ファンタジイよりはトートロジーの上にしたほうがましだ」
「だけど、これはトートロジーよりもひどいわ。単に……言葉を恣意的に再定義しただけ。ルイス・キャロルの小説じゃないんだから。でなければ、ジョージ・オーウェルの。『神は万物の根拠である……その根拠がなんであれ』それは、正気の人間が単に物理法則と呼ぶものを、母さんたちは神と改名したにすぎない……それも、その単語のほうが、ありとあらゆる歴史的な響きを――人を勘違いさせやすい、ありとあらゆる言外の意味を含んでるからというだけの理由で。自分たちが古い宗教とは無関係だと主張するなら――なぜ宗教の用語を使いつづけるの?」
 フランチェスカは答えた。「わたしらは、その単語の歴史を否定はしないよ。多くの点で過去と訣別したけれど、自分たちの出自も認めている。神は、人々が何千年も使いつづけてきた概念だ。わたしらがその概念を、幼稚な迷信や願望充足以上のものに洗練させたのは事実だけれど、だからといって、同じ伝統に属していないことにはならないさ」
「でも母さんたちは、その概念を洗練させたんじゃない、無意味にしたのよ! 必然的に。母さんたちは、そこに気づいてないようだけど。神にまつわる、火を見るよりあきらかなたわごとを、全部剥ぎとったんですもの。擬人化も、奇蹟も、かなえられた祈りも、なにもかも。ただ、いちどそれをやってしまったら、宗教と呼ぶ必要があるものはなにも残らないことを、母さんたちはわかってなかったようね。物理学は神学ではない。倫理学も神学ではない。なのに、なぜそれが神学だというふりをするの?」
「わからないかねえ? それでもわたしらが神について口にするのは、ただ単にそうしたいからさ。人の心には、その言葉を、その概念を使いたいという衝動が――捨て去るより、磨きをかけつづけたいという思いが――根深くしみこんでいるんだ。その言葉が意味するものは、五千年前と違ってしまっていてもね」
「でも、その衝動がどこから来るのか、しっかりわかってるでしょう! 聖なる存在が実在するわけじゃない。文化と神経生物学の――進化と歴史の、いくつかの偶然の産物にすぎないわ」
「あたりまえじゃないか。そうでない人間の特性があるのかね?」
「だったら、なぜそんなものに従うのよ?」
 フランチェスカは笑った。「なにかに従うのはなぜだい? 宗教的な衝動は……宇宙から来た精神ウイルスの類じゃないよ。有形無形の意味づけをすべてとり去った、純粋なかたちでの宗教的衝動は、洗脳の結果でもない。それは、わたしという人間の一部なんだ」
 マリアは両手で顔を覆った。「そうかしら? そんなことをいうなんて、ちっとも母さんらしくない」
「ものごとが思いどおりにいったとき、神に感謝したくなったことはないのかい? 力が必要なとき、神にそれを願いたくなったことは?」
「全然」
「わたしは、あるんだよ。神はなにも変えないと、知ってはいてもね。そして、神が万物の根拠なら、神という言葉を使いたいという衝動も、神の中にあることになる。だから、わたしがその衝動から力やなぐさめや意味を得るなら、その力やなぐさめや意味の根源が、神なのさ。そして、自分の身に起ころうとしていることをわたしがうけいれるのを、神が――なにも変えなくても――助けてくれるなら、そのなにが、おまえを悲しませるんだい?」

(『順列都市』上巻P138-P144)

 SF作家として最新の科学知識を身につけて、政治的には当然リベラルなグレッグ・イーガンの宗教観は、『神はなぜいるのか?』のようなものにならざるをえない。

 ここで作者自身の考え方を代弁しているのは明らかにフランチェスカの方で、主人公のマリアはそれを理解できない未熟な者として描かれている。

《唯我論者国家》

 《唯我論者国家》の創始者ダニエル・ルベーグはこう書いた。『わたしの目標は、人間の真髄として尊ばれるありとあらゆるものを手にいれることだ――そしてそれを、すりつぶして塵にするのだ』

(『順列都市』上巻 P124)

 (伝統的な意味では)神に何らの自明な価値も認めず、人間性のひとつとしてしか見ないイーガンが、それでも目標として認めうるのは、人間性のあらゆる可能性を試し尽くすことだ。

 作品が違うが『ディアスポラ』のトランスミューター*1は、おそらくこのルベーグの目標を達成したものと考えられているのだと思う。

*1:作中最高クラスの能力を持つ超文明種族。

おまけ

 そういえば最近ドナルド見ないな。三大宗教とかどこ行った。

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2009 6/11

あなたの人生の物語 (ハヤカワ文庫SF)

 グレッグ・イーガンと並び称されているテッド・チャンの短編集。個人的にはイーガンの方が好きだが、かなり面白かった。

 イーガン作品に通底するテーマが「自己同一性とは何か?」だとすれば、チャン作品に通底するテーマは「絶対的に隔絶した存在といかに向き合うか?」*1というものだ。

 その隔絶した存在は、作品によって、神だったり・異星人だったり・未来だったり・超人類だったり・数学だったりするけども。

『バビロンの塔』

 本当にバベルの塔が建設されている世界。ファンタジー的。なかなか面白い。

『理解』

 『アルジャーノンに花束を』みたいに薬で知能が激増してしまった患者の話。途中からスキャナーズの現代版みたいな超能力バトルものに。テーマはありがちだが、面白い。

『ゼロで割る』

 イーガンの『ルミナス』でもあった数学の矛盾を証明してしまう話。つまらない。

『あなたの人生の物語』

 七本脚のエイリアンとのファーストコンタクトに関わった言語学者が、自分の娘に語りかける。表題作だけあって一番面白い。

『七十二文字』

 前成説ネタ。いまいち。

『人類科学の進化』

 4ページの超短編。人間が人間以上の圧倒的知性を持つ超人類を発明した後の話。短いなりにそこそこ面白い。

『地獄とは神の不在なり』

 そのまんまヨブ記テーマ。単なるパロディに留まり、あまり面白くない。

『顔の美醜について――ドキュメンタリー』

 これだけ他の作品と傾向が異なる。顔の美的基準に基づく判定に係る脳の機能を一時的に停止させる技術を巡る論争を描いた疑似ドキュメンタリー。結構面白い。

*1:いわゆる『ヨブ記』テーマ。

おまけ

 超人的。

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2009 5/31

幸運な宇宙

 原題“THE GOLDILOCKS ENIGMA Why is the Universe Just Right for Life?”(『ゴルディロックスの謎 なぜ宇宙は生命にちょうどよいのか?』)。

 ゴルディロックスとは童話3びきのくまの主人公の女の子のことで「特別にあつらえたわけではないはずなのになぜかちょうどよい」ことを表す。

 テーマは『宇宙のランドスケープ』の時にやや詳しく取り上げたので繰り返さないが、これまでの多宇宙本の中で最もまとまりがよかった。

 あとがきで著者が個人的に好むとしている意見は、私には純粋にSFだと思われ――実際にグレッグ・イーガンの『万物理論』そのままだ――同意できないが、全体的には非常におすすめである。

関連書籍

おまけ

 ありえないような幸運つながり。

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2009 4/14

TAP (奇想コレクション)

 久々にグレッグ・イーガンの短編集。やっぱり現代最高のSF作家と言われるだけのことはある。『TAP』『銀炎』『ユージーン』の3作は思想といい知識といいネタといい、この人らしさがよく出ていて私は好きだな。おすすめ。

『新・口笛テスト』

 一度聞いたら絶対忘れない曲を計算で編み出す方法が発明された。星新一を連想させるコマーシャルネタ。まあまあ面白い。

『視覚』

 撃たれた後遺症で常に主観的に幽体離脱状態になってしまった男。『脳の中の幽霊』でも読んだのかな。面白さはいまいち。

『ユージーン』

 宝くじに大当たりした夫婦がちょっと怪しげなデザイナーベビー業者にかかろうとするが……そこに意外な展開が。面白い。

『悪魔の移住』

 外にいるだれでもいい。思いやりというものを見せろ、あたしを殺しに来い。

 から始まり全編一人称で語り通される話。面白い。

『散骨』

 これはSF要素なし。普通にホラー。面白さも普通。

『銀炎』

 内側から皮膚を剥がれるようになって死ぬ怖ろしいウィルス性伝染病。その謎を追っていくと遭遇する本当の恐怖。これもかなり面白い。

『自警団』

 これもSF要素なし。普通にホラー。面白さはいまいち。

『要塞』

 あからさまな移民排斥運動に隠れて気づかぬうちにもっと別の要塞が築かれているとしたら……どうだろう。『繭』の前身みたいな話か。面白さはそこそこ。

『森の奥』

 ボスのカネをちょろまかして殺し屋に始末されそうなハッカーがすすめられた神経インプラントの効果は……。イーガン作品おなじみのガジェットだが、この作品自体はいまいち。

『TAP』

 ある神経系の状態を丸ごと一つの単語のように伝達し、感じたり分析したりできる総合情動プロトコルTAP。あるTAP詩人の死を追っていくと、子供にTAPをインプラントすることの是非を巡る問題と意外な繋がりが……。表題作になるだけあってかなり面白い。

関連書籍

おまけ

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2007 5/10

最後の喫煙者―自選ドタバタ傑作集〈1〉

タクシー全面禁煙巡るコラム、中日新聞に抗議40件

5月10日3時18分配信 読売新聞

 名古屋地区で今月1日から始まったタクシーの全面禁煙について、中日新聞社(本社・名古屋市)の常務・編集担当の小出宣昭氏(62)が4月29日の朝刊で否定的な意見を掲載したところ、「たばこの害を、どう考えているのか」などの抗議が同社に相次いでいることが9日、わかった。

 NPO法人「日本禁煙学会」(東京)も小出氏に抗議文を送付した。

 愛煙家である小出氏は、コラムの中で、全面禁煙について「決め方にいささかの薄っぺらさを感じる」とし、タクシーは「個別選択的な乗り物」であり、「全車禁煙という一律主義に本能的な危険を感じる」と書いた。

 中日新聞社には9日までに抗議のメールや手紙が約40通届き、「喫煙を正当化するな」などの電話もあるという。

最終更新:5月10日3時18分

 『最後の喫煙者』を連想するなという方が無理なニュース。

 あたりも参照。ちなみに私は完全な非喫煙者なので世界の禁煙化の流れに逆らう気はないしその理由もない。

 喫煙者にとっては理不尽に感じることは理解できるが、その程度の意味では世の中に理不尽でないことなんてそうそうあるもんじゃない。

 天の邪鬼精神ぐらいは常に発揮しておくべきだとは思うのでこうして『最後の喫煙者』を読むことをおすすめするわけだが。

 ついでに最近読んだものの中ではグレッグ・イーガンの『繭』も微妙に関連あるかも。

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2007 3/2

宇宙消失

 量子力学を初めて知ったときには誰でも「この確率を自由に操作できたら俺無敵!」って思うものだ。

 だが、よもやそのまんまのネタを一本のSF小説にしてしまって、しかもそれが結構面白いんだから恐れ入る。

 SFとしても十分面白いし、裏ギャグ的な面白さもあるし文句ない。

 これでたぶん今出ているグレッグ・イーガンの本は一通り読んだが、長編では『ディアスポラ』>>『宇宙消失』=『順列都市』>『万物理論』ぐらいの印象。

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2007 2/12

 長編と平行してグレッグ・イーガンの短編集も読んでいたので、ここでまとめて感想。

 結論から言うとこれ読んでちょっとでも興味をおぼえた人はとりあえず『祈りの海』は読もう。残り2冊をどうするかは読めば自動的に決まるはずだ。

『しあわせの理由』

しあわせの理由

適切な愛

 保険の契約の関係で、事故で体を失った夫の脳を、新しいクローンボディが成長するまでの間自分の腹の中で生かしておかなければならない羽目になった妻の話。

 地味な話だけに「クローンが作れるような時代なら脳を生かしておく装置ぐらい安いもんだろ?」という普通なら無視できる部分が気になる。それを抜きにしてもあまり面白くない。

闇の中へ

 ランダムに出現し、18分の半減期で消滅するワームホール。いつ来るかわからない消滅の恐怖と戦いながらそこに飛び込んで中に取り残された人を救助するレスキュー隊の話。ゲームライクな設定は面白い。オチは普通。

愛撫

 うってかわってサイコサスペンス風味。スフィンクスのようなキメラ生物の謎を追う刑事を襲う恐怖。なかなか面白い。

道徳的ウィルス学者

 エイズ陰謀論を元ネタとしたブラックジョーク的パロディ。まあまあ面白い。

移相夢

 まもなく脳をスキャンしてロボット体の中で「コピー」として生きることになった老人。係員からコピーとなる過程で「移相夢」を見ることになるだろうと説明を受けるが……。

「コピー」とか「グレイズナーロボット」とか『順列都市』や『ディアスポラ』に登場する用語と共通する言葉が出てくる。意識とは? アイデンティティとは? というイーガン作品に共通するテーマがうまいこと凝縮されている感じ。

 オチはありがちだがまあこれ以外ないような気はするし、この本の中ではピカ一。

チェルノブイリの聖母

 消えたイコンの謎。ハードボイルド風。いまいち印象薄い。

ボーダー・ガード

 無数の人工時空に不老不死となった人類が10の16乗も生きる時代。主人公が出会った異常に量子サッカーの強い女性の正体は……。いまいち。不死を巡る話の趣旨には同意できるけど。

血をわけた姉妹

 突然変異によるウィルス人工合成プロジェクトの失敗で定期的に難病が発生するようになった世界。ウィルス性の癌になった双子の姉妹の運命。

 前半で面白そうな設定作ったのに後半の進行に無理がありすぎるような。いまいち。

しあわせの理由

 腫瘍のために多幸になり、治療の結果鬱になり、再治療で何をしあわせと感じるも好きと感じるも自由に選択できるようになった男。そうなるとしあわせとは何か。そこそこ面白い。

『祈りの海』

祈りの海

貸金庫

 ありふれた夢を見た。わたしに名前がある、という夢を。ひとつの名前が、変わることなく、死ぬまで自分のものであり続ける。それが何という名前かはわからないが、そんなことは問題ではない。名前があるとわかれば、それだけでじゅうぶんだ。

 普通レベルの面白さ。

キューティ

 4年で死ぬ赤ん坊に似た愛玩生物キューティを買った男。「さあどんな展開が来るんだ?」と思ったところで終わってしまった。何が面白いのかわからん。

ぼくになることを

 六歳の時、両親から聞かされた。ぼくの頭の中には小さな黒い<宝石>がいて、ぼくになることを学んでいるのだと。

 誰もが人生のある時点で自分の脳のコピーとなったニューロコンピューターに「スイッチ」する社会に生きる男。これは最高!! この一編だけでも一冊分の値段をはるかに上回る価値がある。

 胎盤の組織を改変し胎児をあらゆる汚染物質から保護する新製品<繭>。その研究所に対する爆破テロに隠された陰謀とは。これも奥が深くてとても面白い。まもなく実現してもおかしくないような現実味がある。

百光年ダイアリー

 未来の日記が読める世界。つまらない。

誘拐

 「お前の妻を預かっている」と脅迫テレビ電話がかかってきたが、家にかけたら妻は無事にいた? ふつう。

放浪者の軌道

 人間の思想と物理的な位置関係が混交するようになった世界。ギャグっぽい。いまいち。

ミトコンドリア・イヴ

 遺伝子の解明がイヴ派とアダム派のイデオロギー対立をもたらす。ドタバタコメディ。いまいち。

無限の暗殺者

 平行世界の「渦」の発生源を抹殺するため送り込まれた男の体験する恐怖。『宇宙消失』にも通じるテーマだがこれはいまいち。

イェユーカ

 医療格差是正のために働こうとする男。SF部分とテーマの関連にほとんど必然性ないような。つまらない。

祈りの海

 惑星コブナントとか聖ベアトリス信仰とか、背景世界の設定はめちゃめちゃ魅力的なのにオチの部分は他の作品と大差なく竜頭蛇尾の印象。普通以上には面白い。

『ひとりっ子』

ひとりっ子

 『ルミナス』の異なる数学に基づいて存在する文明というアイデアが多少面白かった。

 残りの『行動原理』『真心』『決断者』『ふたりの距離』『オラクル』『ひとりっ子』はどれもつまらない。一行あらすじを考える気も起きない。

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