2010 3/3

(本文とは無関係)

国民の「幸福度」を調査へ=新成長戦略の指標に?政府

2月28日14時3分配信 時事通信

 鳩山由紀夫首相は28日、首相公邸で菅直人副総理兼財務相や仙谷由人国家戦略担当相らと会い、新成長戦略の具体策取りまとめに向け、国民の「幸福度」を調べる方針で一致した。具体的な調査項目を詰めた上で、3月初めにも着手する。
 会談後、仙谷氏は公邸前で「単なる数字のGDP(国内総生産)だけじゃない成長をわれわれがどうつくっていくのかと(いうことだ)」と記者団に述べ、新たな指標として検討していることを明らかにした。
 「幸福度」については、昨年12月にまとめた新成長戦略の基本方針でも「国民の『幸福度』を表す新たな指標を開発し、その向上に向けた取り組みを行う」と盛り込まれた。 

国民の「幸福度」を調査へ=新成長戦略の指標に?政府(時事通信) – Yahoo!ニュース

 何もしないよりはいいことだと思うから否定はしないけど、どうしてもリアル『パラノイア』という皮肉が出てこざるをえないなあ。

 原文が手元にないので孫引きだが、

幸せな家族はどれもみな同じようにみえるが、不幸な家族にはそれぞれの不幸の形がある。

(Anna Karenina by Leo Tolstoy トルストイ『アンナ・カレーニナ』: tomokilog – うただひかるまだがすかる)

 というトルストイの有名な言葉がある。この言葉は、不幸に目を向けようという文脈では価値があると思うが、私の考えではまったくの間違いだ。事実はまさにその逆である。

 今ググったら発見した。また孫引きになるが天声人語で逆転させた言葉がすでに言われていたらしい。

幸福はさまざまだが、
不幸は驚くほど一様である

(朝日新聞、2002年11月19日)

(名言集>ヒントの名言>幸福はさまざまだが、不幸は驚くほど一様である)

 もちろん、不幸も多様である。それは言うまでもない。しかし、いくら多様といっても、古来八苦などとまとめられる程度のパターンしかない。

 幸福の多様さに比べたらまったく単純そのもの。幸福がどんなものかは、人によって千差万別だからだ。

 幸福を調査するとか測定するとかいうことが滑稽に感じられるのは、まさに調査や測定というのは、幸福の多様性にもっとも馴染まない行為だからではないのかな。

参考リンク

おまけ

 しあわせって何だっけ→ポン酢醤油はキッコーマン

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2010 1/10

切除されて

 ここしばらくヒューマン・ユニバーサルの話題を並べていたのは何故かというと、ちょっと前*1に見かけた一連の女性器切除の話題に関して、一言だけ触れておきたいと思ったから。

  1. 女性器切除
  2. ちょっと待って、「女性器切除」の話題! – キリンが逆立ちしたピアス
  3. 割礼儀礼の現場から Circumcision

 1の匿名のような素朴な意見は、もちろん2のような批判を免れえない。

 だが「女性器切除と一括りに呼ばれるものの中にも多様性がある」とか「現地女性の意見も様々だ」なんてことは百も承知の上で、3のような素朴な相対主義も、もはや支持しえない。

 現代の医学・人類学・霊長類学が明らかにしつつあるのは、女性の陰核や性感は、男性のペニスやリビドーの副産物などではなく*2生物学的にも社会的にも重要な武器のひとつ*3だということ。

 またさらに、陰核切除などの慣習にも、これ*4に代わるべき説得力のある説明はなく、別の脈絡では意味をなさない。この慣習を「女の割礼」――加入儀礼として男の包皮を切除するのと並ぶ慣習――と呼ぶことで説明してしまおうとするのは、あまりにあからさまな人類学的婉曲法である。このような説明はあてにならない。文化的な諸観念は、陰核の除去手術や陰唇の縫合(陰部封鎖)を行なって女の解剖学的構造を作り変えようという直截的な努力の上塗りにすぎない。それぞれの処置が男と女に対して及ぼす影響は根本的に異なっているのである。男の割礼は性的能力にきわだった影響を与えない。しかし、陰核切除は性的快楽を減少させる効果的手段である。

(サラ・ブラファー・ハーディー『女性の進化論 』)

 すでに多くの人が指摘していることだが、あらゆる意味で*5陰核切除を含む「女子割礼」に正しく相当する「男子割礼」は、包皮切除ではなく亀頭切断である。

 もちろんそんな男性にとって都合の悪い「文化」など、非難する・しない以前に、どこにも存在しない。何が文化かを決める権力は、常に男性が握っているからだ。*6

 (極端な)文化相対主義が徐々に批判に耐えられなくなってきた以上、人権の概念の方を大きく書き換えるのでない限り、少なくとも「男子の包皮切除が非難されないのは欧米中心主義だ」などという類の言説は、もはや批判に耐えられない。

 「じゃあどうすんの?」という話になるのだけど、今回の絡みで読んで一番バランスが取れていると思ったのは、流石に専門の文化人類学者らしいこちらのエントリ。

 心理学ではよくある話*7だが、実際には大したことがないものを魅力的に見せるのに、上から頭ごなしに禁止するより優れた方法はない。人間はただ禁止されているという理由だけで毒薬でもなめる。

 このような心理的傾向は、ほぼ間違いなく優位者の操作に対抗するために進化してきたものであろうから、一概に否定もできない。ただ、分かっていてそういう方向に追い込むなら、追い込んでしまう側には責任がある。

 仮に女性器切除の廃絶だけを目標とするにしても*8それを実現するベストな手段はおそらく、女性器切除への関心などおくびにも出さず、ひたすら現地の女性に対するエンパワーメントを進める、というようなものになろう。

 当然、このような見方を受け入れるならば、長い間、多くの女性に生じる現実の被害を、積極的に見て見ぬふりをすることを要請することになるわけで、そのことの倫理性は大きな問題になるであろうが、それはまた別の話。

*1:すでにちょっとどころではない前だけど。
*2:男性の乳首が、おそらく女性の乳首の単なる副産物であるようには。
*3:何も特別な意味ではなく、単に脳や目や手足がそうであるように。
*4:女性の社会行動・性的戦略を制限して男性の父性を確実にすること。
*5:相同器官であるという生物学的な意味でも、実際に果たしている生理的・社会的機能の上でも。
*6:完全な女権社会は、地球に未だかつて実在したことはないと思われている。いわゆるアマゾネスの伝説は、現代人にとってのビキニスーツの女戦士が登場するアニメ同様、男性の男性による男性のための性的ファンタジー以上のものではなかったであろう。(念の為に断っておくが、だからいかんと言ってるわけではないよ。性的ファンタジー大いに結構。現実とごっちゃにしなければ。)
*7:『影響力の武器』か何かにも出てきたと思う。
*8:もちろん「だけ」を目標にする必要などないだろうが。

関連書籍

おまけ

 亀頭とか書ける機会はあまりなさそうなのでこの際遠慮せず。

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2009 11/30

一九八四年[新訳版] (ハヤカワepi文庫)

 今年は『種の起源』出版150年だったが『1984年』出版60年でもある。そのせいなのか、『1Q84』に便乗したのか、新訳版が出た。

 これはやはり素晴らしい。結末を知っていても息もつかせず一気に読ませる。還暦を過ぎてもまったく古びず、むしろ輝きを増すばかりのようだ。こんな文学というのはそうそうあるものではないだろう。

 テレスクリーンは実現にますます近づいているし、共産主義は滅んでも全体主義の脅威は去っていない。ニュースピークの制定を望んでやまない人は、どんどん減少してはいるが、まだ無視できないほど生き残っている。

 1つだけ不満なのは解説で、この体制において人種差別がないということをオーウェルの見通しの甘さのように捉えている。私は、体制のための体制・権力のための権力には必ずしも人種差別など必要ないのだという認識は正しく、むしろ非常に先見的だと思う。

おまけ

 kamS先生は崇拝してもいい。

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2009 10/25

いい暴力と悪い暴力

 のでメモ。

橘:
 もし暴力を全て否定するなら国家の秩序も否定しなければならない
 なぜなら秩序を保つのは警察力という暴力機構にほかならないのだから
 いい暴力と悪い暴力があるというならそのいい悪いは誰が決めるのか…
 そんなことも考えず暴力はいかんなどと叫ぶことは自分を支配される側に置くのだということに どうして気づかぬのか

片岡:
 大衆が暴力に対して女みたいなヒステリー症状を示す間は日本最大の暴力団である警察と自衛隊を抱えている民自党政府の思うままだ
 歴代の首相が全て汚職に関係した前歴をもつ男たちであるという 世界にも例のない腐敗した政治機構は維持されるだろう……

橘:
 この世は支配するか支配されるかのどちらかしかない!
 支配するか されるかの決定的要因は暴力だ!
 それが政治の本質なのだ!!
 それに気づかぬ愚劣な大衆は踏みにじられ続けるがいい!!
 だがおれたちは違う!!
 おれたちは自分たちの世界を作るために牙を振るうのだっ!!

(『野望の王国』完全版4巻P598-599)

おまけ

 検索でひとつしか引っかからないってどういうことなの・・・

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2009 9/26

暗号解読―ロゼッタストーンから量子暗号まで

 アラン・チューリングの名誉回復について。彼の名で知られている有名なものは主に三つある。

 チューリング賞は計算機科学最高の栄誉とされている賞だ。

 チューリングテストはAI分野において、あるいは知性とは・意識とは・思考とはなんぞやという哲学の分野において、汲めども尽きぬ問題を生み出す有用な思考実験であり続けている。

 チューリングマシンは現実のコンピュータが作成される以前にその理論的基礎を固めた。現在のところこの世のあらゆるコンピュータ――あなたが今ここを読むために使っているパソコン・携帯電話を含む――は、すべてチューリングマシン(の物理的特性に制約された不完全なサブセット)である。

 またチューリングマシンによる計算の抽象化の成果には不完全性定理の最も洗練された形が含まれる。たとえば我々現代人が「プログラムに絶対にバグがないと確信することはできない」などのいくつかの命題に自信を持っていられるのは、彼のおかげだ。

 チューリングは第二次世界大戦ではドイツ軍のエニグマ暗号解読に中心的な役割を果たしたにも関わらず、同性愛者だったために自殺に追いやられてしまう。このあたりはサイモン・シンの『暗号解読』がよくまとまっているのでオススメする。1箇所だけ引用しておこう。

 アラン・チューリングもまた、世間の認知を待たずに死んだ暗号解読者の一人だった。英雄として歓呼されるどころか、チューリングは同性愛者として迫害を受けたのである。一九五二年、自宅に強盗が入ったと警察に届け出たとき、チューリングはうかつにも自分か同性愛者であることを漏らしてしまった。警察は一も二もなく彼を逮捕し、「刑法一八八五年改正法第十一条に違反する重大な猥褻行為」の罪に問うた。裁判のようすや有罪の判決は新聞ネタとなり、チューリングは公に辱めを受けた。
 こうしてチューリングの秘密は暴かれ、彼の性的嗜好は公衆の知るところとなった。イギリス政府は彼のセキュリティークリアランス(国家機密などを扱うための人物証明)を取り消し、チューリングはコンピューター開発関連の研究プロジェクトで働くことを禁じられた。精神科医にかかることを強要され、ホルモン治療を受けさせられて、チューリングは性的不能となり、また肥満体になった。それから二年のあいだ、彼は重い鬱状態にあった。一九五四年六月七日、チューリングは青酸カリ溶液の入ったビンとりんごを一個もって寝室に入った。十六年前、彼は悪い魔女の呪文を歌うように口ずさんでいた――魔法の秘薬にりんごを浸けよう、永遠の眠りがしみ込むように。そして今、彼は自らその呪いにかかろうとしていたのだ。チューリングはりんごを青酸カリに浸けると、何口かかじった。こうして、暗号解読における真の天才の一人は、わずか四十一歳にして自ら命を絶ったのである。

(サイモン・シン『暗号解読』P278-279)

 この件に対する公的な名誉回復がやっと行われたというのが冒頭のニュース。後で他の話と関連させて取り上げる機会があると思うので記録しておく。

おまけ

 暗号?つながり。

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2009 9/15

プロパガンダ―広告・政治宣伝のからくりを見抜く

 かなり昔読んだ本だが、ちょっと記憶を確かめたいことがあって再読。ついでにおすすめ。

 プロパガンダという単語からは政治的なものの方が先に連想される。この本でもナチスの宣伝戦略の話などはもちろん出てくるが、重点が置かれているのはむしろ広告の方。

 もちろん政治を軽視する意図は全くないが、現代人が最も大量に晒され日々の生活に影響を受けているのは確かに商業広告なので、そのテクニックを知っておくことは大切。

参考リンク

おすすめ類書

おまけ

 こうして宣伝は気づかないうちに入り込んでくるのである!

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2009 9/10

最底辺の10億人 最も貧しい国々のために本当になすべきことは何か?

 以前立ち読みで良い本だとは思っていたけど、図書館の予約の順番が回ってきたのでまた読んだ。やっぱりすごく良い本だった。おすすめ。

 思いっきり要約すると、ここ数十年の間に、

  • 先進の10億人+発展途上の50億人

 という構図だった世界は、

  • 先進or発展途上の50億人+底辺の10億人

 という構図になりつつあるということ。

 そして、この底辺国が陥っている罠を打破するには、軍事介入や貿易自由化という、通常こうした最貧国への援助に取り組む人たちが嫌う行為が、往々にして必要であるということ。

 イラク戦争の引き起こした最も重大な問題は、軍事介入の選択肢を奪ってしまったことなのかもしれない。

関連項目

参考リンク

おまけ

 底辺と希望つながり。

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2009 9/5

アメリカのスポーツと人種

 に関連して、

 に追加しておいた方がよいと思う本を紹介しておく。

 白人と黒人両者が人種的運動能力に関する調査を恐れているのは、それが知力や情緒に関わるもっと内面的な人種的差異を示唆するからである。科学者と一般人のいずれも、人種的な身体構造や生理についての本音を隠し続けているので、両者の不安は解消することがない。こうした沈黙は、人種神話や似非科学をはびこらせ、黒人と白人両者の幻想願望を満たし続ける。ヒト生物学者が人種的差異に関する恐ろしい真実を隠しているという根強い暗黙の了解が存在し、それゆえ、近代科学が公式に反人種主義声明を発表しているにもかかわらず、人々は、科学が人類の多様性だけでなく同一性を証明するだろうとは信じようとしない。

 本文だけで400Pもある大著であり、そう気軽に読める本ではないが、順序としては『黒人アスリートはなぜ強いのか?―その身体の秘密と苦闘の歴史に迫る』より先に読んでほしいかも。

おまけ

 それにしても単なる逆再生すら面白いと感じさせてしまうほどの驚異。

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