リチャード・ランガム『火の賜物―ヒトは料理で進化した』

火の賜物―ヒトは料理で進化した

  • イントロダクション 料理にまつわる仮説
  • 第1章 生食主義者の研究
  • 第2章 料理と体
  • 第3章 料理のエネルギー理論
  • 第4章 料理の始まり
  • 第5章 脳と食物
  • 第6章 いかに料理が人を解放するか
  • 第7章 料理と結婚
  • 第8章 料理と旅
  • エピローグ 料理と知識説

 中国神話の燧人(すいじん)氏は、人に初めての「火食」を、つまり、木をこすり合わせて火をおこし、食物を加熱することによって、生臭さを除き食中毒を防ぐことができることを、教えたという。これによって人は鳥獣と異なるものになり、ついには天意に適うものになったのだという。

 非常に大づかみに言えば、この神話は人類進化史上の事実をかなり正確に言い当てているのではないか、という仮説が提示されている本である。

 現生人類は、その祖先や進化上の親類である類人猿に比べて、歯や顎が小さく、噛む力も弱い。外から見える特徴だけではなく、内臓に占める消化吸収器官の割合も小さい。そうなった理由はもちろん、比較的に小さく・軟らかく・消化効率の良いものを食べているからだ。

 小学生の頃に読んだ学習マンガで、小さくなって口から入って消化器官の中を冒険する話があった。その中で、人体の中で最も頻繁に更新される細胞は、小腸の微絨毛の表面であるというトリビアを得た。

 その知見が今でも通用するかどうかは知らない。しかし、おそらく正しいだろう。飲み食いした様々な物質――常に良いものとは限らない――が通り過ぎていくだけでなく、そこから有用な栄養分を常に効率よく吸収できるようにメンテナンスされていなければならないからだ。

 小腸は、エネルギーを取り入れる器官であると共に、大量のエネルギーを消費する器官でもあるのだ。消化器官を小さくすることで、エネルギーを大量に節約でき、そのことが他のエネルギーを消費する器官、すなわち脳の巨大化を可能にする条件だったかもしれない。

 現代では、栽培植物や家畜動物そのものも軟らかくなるように品種改良されている。とはいえ、その効果を含めてもなお、最終的に口に入る小さく・軟らかい食物は、圧倒的に料理≒火によって可能になっている。

 まったく火を使わない食物だけ食べて暮らしている人は誰もいない。火を使わない民族はいないし、料理しない民族もいない。現生人類が火を使わない食事だけで生命を維持するのは、(火以外の)あらゆる現代文明の力を借りてさえ、極めて困難なようだ。最近まで全く不可能だったろう。

 人類は、火を使うようになってから現代までの間に、火を使うという文化が存在するという環境に適応して、進化したことになる。その過程で小さな歯や顎、消化吸収器官を進化(あるいは退化)させた。代わりに焦げの発癌性への耐性などを進化させている可能性がある。

 人類が火を使い始めたのはいつからか。『アシモフの科学と発見の年表』では50万年前になっていたが、最近はもっと古いと思われているようだ。160万年ぐらい前まで、もしかしたらそれ以上に、さかのぼる可能性があるらしい。

 今までよく考えたことはなかったが、火の継続的な使用の開始と料理の開始が、時間的に大きく離れていたはずがないという指摘は、言われてみればもっともだと思われる。

 夜に火を焚き、石槍で狩りをして、生肉を食べる生活を何万年も続けながら、見張りの誰も、夜の手遊びに、槍に刺した肉を火に突っ込んでみようと考えなかった、などということがありうるか。あるわけがない。

 また料理の必要性が、社会性や男女の分業などを促進したのではないか、というあたり、まだまだこれからの仮説と思われる。しかし、全体として非常に重要な指摘が詰まった本であることは確かだろう。人類進化もので久しぶりにかなり面白かった。

参考リンク

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おまけ

 料理つながり。炎の妖精も出てくるし。それにしてもひでえカオス。

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