2015 12/14

『反逆の神話:カウンターカルチャーはいかにして消費文化になったか』★★★★★

 ジョセフ・ヒース著、アンドルー・ポター著。話そのものは「ヒッピーからヤッピーへ」等のキーワードで知ってたし、批判的な人には当たり前な感じだけど、自身リベラルな人がこうやってまとめたところに価値があると思う。超おすすめ。

『ルールに従う―社会科学の規範理論序説』★★

 ジョセフ・ヒース著。他のに比べて専門的。それだけが理由じゃないと思うが、あまり面白くない。

『モラル・トライブズ――共存の道徳哲学へ』★★★★★

 ジョシュア・D.グリーン著。超いい。内容は例によってshorebird先生にお任せ。全体に良いが、部分的に特に印象に残ったのは2点。

 問題となる事態が、スタック領域を必要とするような複線化した論理の先にある場合、道徳的直感が働きにくくなる、ということ。どうしても人を殺さなきゃならんことがあったら参考にしよう(笑)。

 権利を根拠にする主張は原理的にトートロジーにしかなり得ないので、終わった議論を蒸し返さないことには利用しても、現在進行形の真剣な議論には利用すべきでない、という主張。実践的で良い提言だと思う。

『ダブル・スター』★★★★★

 ロバート・A. ハインライン著。古さは否めないけど、抜群におもろい。

『学力の経済学』★★★★★

 中室牧子著。とても良い。自分の子育てにも参考にしよう。もっと日本の教育政策もエビデンスベースにしていってもらいたい。

『闇の守り人』★★★★★

 上橋菜穂子著。前作も相当だったが、さらにそれ以上。これはシリーズ全部行かねばならんか。

『十三億分の一の男 中国皇帝を巡る人類最大の権力闘争』★

 峯村健司著。制限されない権力ってのは勿論ろくでもないけど、傍目には面白いよなあ。男のロマンというか。

『ウンコな議論』★

 ハリー・G・フランクファート著。『啓蒙思想2.0』経由。bullshitはウソとは違う。嘘つきは少なくとも何が本当かわかっているが、bullshitを言う者は、そもそも何が本当かなど気にしていない。それ故しばしば嘘つき以上に手強い真実の敵である。……というのが大意。

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2010 11/26

民主主義がアフリカ経済を殺す 最底辺の10億人の国で起きている真実

 原題”Wars, Guns, and Votes: Democracy in Dangerous Places”(『戦争・銃・投票〜危険な場所での民主主義』)。『最底辺の10億人』と同著者。

 内容はよく紹介されているところがあったので、参考リンク先などに譲って繰り返さないが、

  • 「民主主義体制下では所得の増加と共に安全度が増し、独裁体制下では所得の増加と共に暴力度が増す。この二本のラインが交差するポイントは年間2700ドルであり、中国はちょうど3000ドルを超えたところである」(要約)

 という話は非常に心配にさせられるところだ。

 中国共産党の、政治的独裁および経済的発展を共に維持するという方針は変わらない(変えられない)と思われるので、この結論が正しければ、今後予想しうる将来にわたって中国政治の危険性は増す一方だということになる。

参考リンク

関連書籍

おまけ

 独裁で裕福だけど安定なマリネラは現実の産油小国に近い感じか。

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2009 8/30

(本文とは無関係)

 最近読んだ本、またはずっと紹介したいと思っていた本の中から、個別エントリにするタイミングがなさそうなものを、まとめて一挙紹介。

 ★は1-5個でオススメ度。人に薦める価値がまったくないと思うものはそもそも取り上げないので、1個でもつまらないという意味ではない。

『オオカミ少女はいなかった 心理学の神話をめぐる冒険』★★★

 鈴木光太郎著。懐疑本としてなかなかおすすめ。

『ダーウィンが信じた道―進化論に隠されたメッセージ』★★★★

 エイドリアン・デズモンド著、ジェイムズ・ムーア著。ダーウィンの偉大さは単に科学的なものに留まらないということは、グールドのエッセイなどを通じて知られてはいるものの、ここまで一冊にまとまったものは初めてなのではないか。

『ダーウィン―世界を変えたナチュラリストの生涯』★★★★★

 エイドリアン・デズモンド著、ジェイムズ・ムーア著。上の本を読んで昔読んでいたことを思い出した。同著者によるダーウィンの詳細な伝記。これはものすごく面白かった記憶がある。

 2巻がamazonに出てこないのはなぜかと思ったら、2巻セットになっているようである。すごく高いので図書館で探そう。うちの地元の図書館では1巻2巻別々に登録されている

『科挙―中国の試験地獄 』★★

 宮崎市定著。科挙に関する本。面白い。

『眠れない一族―食人の痕跡と殺人タンパクの謎』★★★

 ダニエル・T・マックス著。プリオン研究の歴史とドラマ。面白い。プリオンに関しては昔ちょっとだけ書いた

『みんなの進化論』★★★★★

 デイヴィッド・スローン・ウィルソン著。群淘汰に関してのみちょっとだけ微妙だが、素晴らしい進化論エッセイ集。

『すべてのアメリカ人のための科学』★★

 F. James Rutherford著、Andrew Ahlgren著。話題になったのは大分前だが、普通に科学リテラシー本として読んでも非常に優秀。おすすめ。

『図説 中国の科学と文明』★

 ロバート・テンプル著。「それは何百年も前すでに中国で発明されていたのだよ!」「な、なんだってー!!!」という話。しかもトンデモじゃなく本当に。

おまけ

 オオカミ少女違い。

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2008 3/16

中国動漫新人類 日本のアニメと漫画が中国を動かす (NB Online book)

 昔(中国ではないが)アジアの国に住んでいて、日本のサブカルチャーやその海賊版の浸透ぶりを肌で感じたことがあるのでこの話題には興味がある。

 読んでみたが、かなり面白かった。内容については下手に解説するより下の場所を読んでもらった方がいいだろう。無料登録してでも読む価値あると思う。

おまけ

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2007 5/13

飢餓の娘

 母が家に置いていったので読んでみたが、これ自体はそこまで面白いとは思わなかった。『ワイルドスワン』と似たような内容で、そちらの方が面白かった。

 これまでの経験を思い出してみると、近代中国に関する文学で本気で面白いと思ったのは『大地』と『阿Q正伝』。後者は短いし青空文庫でも読めるのでまだの人にはおすすめ。

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2007 3/4

フリーザ様

 最近中国を「中国様」と呼んでいるのを結構頻繁に見かける。個人的にはいかなる対称であっても名称・呼称をおちょくるのは反則であると思っているので自分では使わないが、その理由を抜きにしてもこの「中国様」という呼び方は好きになれない。

 もちろんそう呼びたくなるのはわからなくはない。わかればこそである。世界に対する当事者意識の薄さを感じさせるところが好きになれないのである。この「様」はフリーザ様とかDIO様の「様」と同じ用法である。私は勝手に「美学を持つ悪役の“様”」と呼んでいる。

 基本的に力こそ正義と信じ、どんな卑怯な手段も目的のためには当然として恥じることなく、決して良心の呵責に苦しんだり改心して主人公の仲間になったりせず、仮に主人公に命を救ってもらったら絶対に直後に背後から襲いかかるような、フィクションでしか許されないような悪への憧れの気持ちを満たしてくれるような、そんな純粋な悪役だけに許される用法だ。

 ラスボス級の敵キャラと条件が重なることが多いので大抵は強いが、強いことは必須条件ではない。ややマイナーだがアミバ様のように、弱くてもとことん外道を貫き通して最後までぶれなければ資格はある。

 逆にどんなに強くても後で心を入れ替えて主人公たちの仲間になったりするようでは失格である。だから基本的にベジータ様とは呼ばれない。もっとも、ベジータは軽い嘲笑の意味で「ベジータ様」と呼ばれていることも多いのでややこしいが。

 汚職政治家を片っ端から逮捕投獄処刑できたら政治はどんなにかわかりやすいだろう? 真っ赤な嘘でも政府見解をそのまま報道するようにマスコミに強制できたら外交はどんなにか有利だろう?

 要するに「中国様」は『歴史の終わり』という連載漫画のラスボスで、「現実」では許されない悪への憧れを代わりに満たしてくれる魅力的なキャラなわけだ。チベットやダルフールは差詰めナメック星ぐらいか。

おまけ

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2007 2/18

墨攻

 「墨攻」とはもちろん大量の墨汁を敵の城に流し込んで服や書物を台無しにして戦意をくじく計略……ではなくて、「墨守」もじった原作小説のタイトル。

 どこかのサイトで「矢一本で敵軍を追い返し……」とかなんとかいうのを憶えていたので同じ中国映画の『英雄』とか『LOVERS』みたいなハチャメチャアクションで脳味噌カラッポでスッキリー!!

 な感じを期待して見に行ったら、いろんな意味で全然違って結構真面目で意表をつかれた。後で調べたらどうやら原作は日本の小説らしい。さもありなん。

 まあ一言で言えばコーエーの世界。三国志とか信長の野望で普通にプレイするのに飽きて、わざと領土を広げず一国一城だけで残りの全土を擁する敵勢力相手に何年粘れるか!?

 なんてヘンテコなルールとシチュエーションを勝手に設定して遊んだような経験のある人なら(私はある)ツボにハマるのではないだろうか。

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2006 12/18

まっとうな経済学

 『ヤバい経済学』を買ったとき隣に並んでいた。邦題とカバーもわざわざ『ヤバい経済学』と似たようなイメージになっていた。

 原題は”The Undercover Economist”で、本文中にたびたび出てくる「覆面経済学者」に相当する単語で、全然関係がない。「あからさまな便乗商法だな」と思いつつ前書きを読んだら予想外に十分独立して面白かったので一緒に買って帰った。

 『ヤバい経済学』は、経済学者が経済学の手法を経済(と普通見なされている)以外の分野に適用したらどうなるか? という本で、まったく経済学の本ではなかった。

 それに対して、こちらは間違いなく経済学の本である。『まっとうな経済学』という邦題は単なる便乗商法ではなく、内容を正確に表している。

 今時大概の人は自由経済の正しさは最初から疑ってないだろうし、経済学の初歩の初歩ぐらいは何となく習って知っているものだろうけど、それでも読んだ方が良いと思う。単純に面白いからだ。

 「便乗商法の酷さを笑ってやるか」と思って手に取った私の心証をわずか4ページ半で買って帰るまでに変化させた前書きは実に名文だと思うのでここに引用しておく。

はじめに

 この本を買っていただいたことに感謝する――と言いたいところだが、みなさんが私のような人間なら、まだこの本を買っていないはずだ。そのかわり、書店のカフェにこの本を持ち込み、ゆったりとした気分でカプチーノをすすりながら、金を出して買う価値があるかどうか、品定めしているのではないだろうか。
「経済学者は世界をどのように見ているか」。それが本書のテーマである。事実、今この瞬間にも、みなさんのすぐそばに経済学者が座っているかもしれない。誰がそうなのかはわからない。普通の人が経済学者を見ても、それとは気づかないはずだ。しかし、経済学者にとって普通の人は、注目すべき存在である。経済学者は何を見ているのだろう。経済学者は何を語ることができるのだろう。そして、なぜ経済学者のような視点を持つべきなのだろう。
 みなさんは今、自分はただふんわり泡立つカプチーノを味わっているだけだとしか考えていないのではないだろうか。だが、経済学者はみなさんを、そしてカプチーノを、シグナルとか交渉の複雑なゲーム、力比べ、機知の戦いのプレイヤーとしてみている。これは高額の賭け金がかかったゲームである。皆さんの目の前にコーヒーを出すために働いた人たちの中には、大儲けをした者もいれば、ほとんど儲からなかった者もいれば、今この瞬間にみなさんの懐を狙っている者もいる。経済学者には、誰が、何を、どのようにして、なぜ手に入れるのかがわかる。本書を読み終える頃には、みなさんは経済学者と同じ視点に立てるようになっていることだろう。しかしまずは、店長に追い出される前に、本書を買っていただきたい。
 みなさんの手元にあるコーヒーが経済学者の興味をかき立てる理由はもう一つある。経済学者はカプチーノがどうやって作られているか知らないが、他の誰もそれを知らないことを知っている。いずれにしても、コーヒーを栽培して収穫して焙煎してブレンドし、牛を飼育して搾乳し、鉄を圧延し、プラスチックを成型してエスプレッソマシンを組み立て、セラミックを成形してキュートなマグカップを作れるという人がいるわけがない。カプチーノはとてつもなく複雑なシステムが生み出した成果なのである。カプチーノを作るために必要なものすべてを1人で作り出せる者など、この世界には存在しない。
 経済学者は、カプチーノが気の遠くなるような共同作業の産物であることを知っている。そして、誰もその共同作業の責任を負っていないこともだ。経済学者のポール・シーブライトが提起した問題は、西側諸国のシステムを理解しようとするソ連当局者の切なる願いを思い起こさせる。「誰がロンドン市民にパンを提供する責任を負っているのか……教えてくれないか」。問題は滑稽だが、その答えにはめまいを覚える。誰も責任を負っていないのだ。
 経済学者の視線がコーヒーから離れて、書店全体に移るとその視界は更に大きな組織の問題をとらえる。書店を成り立たせているシステムは複雑で、とても一言では説明できない。それは、本が印刷され、製本され、保管され、配送され、陳列され、販売される日々の奇跡は言うまでもなく、本が印刷されている紙から、棚を照らすスポットライト、在庫を管理するソフトウェアにいたるまで、何世紀にもわかって蓄積されてきた設計と開発の歴史を考えればわかるだろう。
 このシステムは驚くほどうまく機能している。みなさんはもう本書を購入されたことと思うが、この本を買ったとき、この本を取り寄せるように書店に注文しなくても買えたはずである。今朝家を出るときには、本書を買おうとはまったく考えていなかったのではないだろうか。だが、ちょっとした魔法によって、著書、編集者、出版社、校正者、印刷会社、製紙会社、インク会社など、何十人という人々がみなさんの予測不可能な欲求を満たすために必要な行動をとった。こうしたシステムはどのように機能しているのだろう。企業はそれをどのように利用しようとするのだろう。そして、そうした企業に対して、みなさんは一顧客として何ができるのだろう。経済学者には、その仕組みが説明できる。
 覆面経済学者の視線は、今度は窓から眼下に広がる渋滞へと移る。渋滞はいらだたしい人生の一側面に過ぎないという人もいる。だが経済学者には、交通の混沌と書店の円滑な運営とを対比して語るべき物語がある。交通渋滞を回避する手がかりを書店から学ぶことができるのだ。
 経済学者は身の回りの出来事を絶えず考察しているが、限られた地域の問題だけを議論しているわけではない。みなさんが経済学者と話をしていて、先進国の書店と、本を切望する人が沢山いるのに一冊の本もないカメルーンの図書館との格差に話が及んだとしよう。みなさんは世界の富裕国と世界の貧困国の格差は恐ろしいまでに大きいと指摘する。経済学者はその不公平感を共有した上で、なぜ豊かな国は豊かで、貧しい国は貧しいのか、そして、この問題に対処するために何ができるのか、という点についても語ることができる。
 覆面経済学者は訳知り顔をしているだけのように見えるかもしれないが、そこには、人間を個人として、パートナーとして、競争相手として「経済」と呼ばれる巨大な社会組織の一員として理解するという、経済学の壮大な目標が投影されている。
 こうした関心の広さを象徴しているのが、ノーベル賞委員会の嗜好の多彩さである。一九九〇年以降、ノーベル経済学賞が為替理論や景気循環理論といった、純粋に「経済学的な」研究の進歩に対して与えられたケースはほとんどない。それよりも、能力開発、心理学、歴史、投票行動、法律はもちろん、一体どうしてまともに走る中古車を買えないのかといった“深遠な”謎の解明まで、いわゆる経済学との関連がどう見ても薄い知見に与えられることの方が多い。
 本書の目的は、みなさんが経済学者の視点に立って世界を見つめる手助けをすることにある。この本に出てくるのは、為替や景気循環の話ではなく、中古車市場の謎解きの話である。本書では、中国がどのようにして月に百万人もの国民を貧困から引き上げているのかといった大きな問題や、スーパーマーケットで無駄づかいをしないようにするにはどうすればいいのかといった小さな問題を論じていく。それは完全に探偵の仕事ではあるが、経済学者の調査ツールの使い方についても教えていきたい。本書を読み終わる頃には、みなさんが今よりもっと聡明な消費者になっていること、そして、今よりもっと聡明な有権者になって、政治家が吹聴する話の裏側にある真実を見極められるようにもなっていることを願っている。毎日の生活は謎に満ちあふれているが、それが謎であることに気づいてさえいない人は多い。それでは、私達になじみ深い領域から出発することにしよう。みなさんが今飲んでいるそのコーヒー。それは一体誰のためにあるのだろう。

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