2017 9/17

『シブサワ・コウ 0から1を創造する力』★★

 シブサワ・コウ著。電ファミの記事がムチャクチャ面白かったので。やっぱり一代で大企業を築くような人は普通ではないな。

『すごい進化 – 「一見すると不合理」の謎を解く』★★

 鈴木紀之著。内容はshorebird先生にお任せ。

『ヒトとイヌがネアンデルタール人を絶滅させた』★

 パット・シップマン著。イヌの家畜化の影響が大きかったのではないかという仮説。

『きずなと思いやりが日本をダメにする 最新進化学が解き明かす「心と社会」』★★★★

 長谷川眞理子著、山岸俊男著。対談形式。進化心理学とか慣れてる身には初歩的だが、賛成できる内容。詳しくはやはりshorebird先生にお任せ。

『錯覚の科学』★★★★

 原題”The Invisible Gorrilla and other ways intuitions deceive us”(『見えざるゴリラ――その他直感が我々を欺く方法』)有名なゴリラバスケ動画の実験他「不注意による見落とし」の本。内容はいいのに地味すぎる邦題がもったいなすぎる。自分が見落とされるブラックジョークか?

『天と地の守り人〈第3部〉新ヨゴ皇国編』★★★★★

 上橋菜穂子著。ついにラスト。若干駆け足気味ではあったが、最後まで面白かった。唯一気にくわなかった「帝」関連も一応無理のない(?)結末ついたし。著者の他シリーズも読んでみよう。

『この世界の片隅に公式ガイドブック』★

 「この世界の片隅に」製作委員会著。長尺版作成決定とか聞いた。

『哲学入門』★★★

 戸田山和久著。タイトルの印象から普通に連想される内容ではない。ダニエル・デネットとか、いわゆる伝統的な「哲学」ではない哲学の入門。入門の新書としては最適かと。

『菜根譚』★

 洪自誠著、中村璋八翻訳、石川力山翻訳。いろんな意味で古典らしい内容。やや単調で退屈にも感じるが。

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2017 7/29

『ヒルビリーエレジー』★★★★★

 J・D・ヴァンス著。トランプ現象がらみで読んでおくか、程度のつもりで借りたが、単純にめちゃくちゃ面白かった。もちろん現代アメリカ理解のためにも役立つ。

『大いなる天上の河』★★★

 グレゴリイ・ベンフォード著。『BLAME!』映画化の影響で再読。初めて読んだのは大分前。直接の元ネタのひとつとして知られる。

『ゲーム・プレイヤー』★

 イアン・M. バンクス著。何かで思い出した。もちろん古く感じるところもあるけど、時代の割には新しげな設定。

『ベストセラーコード』★

 ジョディ・アーチャー著、マシュー・ジョッカーズ著。まだまだこれからの分野の気はするけど、面白い。

『あなたのセキュリティ対応間違っています』★

 辻伸弘著。セキュリティは専門じゃない自分にはちょうどいいレベルな感じ。

『鳥類学者だからって、鳥が好きだと思うなよ。』★

 川上和人著。内容も味付けも嫌いじゃないんだけど、いくら何でもちょっとギャグ過剰。

『成功する人は偶然を味方にする–運と成功の経済学』★★★★

 ロバート・H・フランク著。成功には運の要素が大きいので、累進消費税によって一人勝ち経済の勝者から取って、不運な人に補助するようにしようという主張。内容はほぼ既知だが、適度にわかりやすくていい。

『ナニワ金融道』★★★★★

 青木雄二著。何度か言及したけど、そのもの自体をおすすめしたことはなかったな、と思って。

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2017 4/30

『マシュマロテスト』★★★★★

 ウォルター・ミシェル著。なんかもうよく知っているような気になっているマシュマロ・テストだが、改めてオリジナルに触れてみるととても面白い。

『へんな星たち 天体物理学が挑んだ10の恒星』★

 鳴沢真也著。ちょっと面白い。

『天と地の守り人 第2部 カンバル王国編』★★★★

 上橋菜穂子著。最終章中編? やはり面白い。

『量子コンピュータが人工知能を加速する』★

 西森秀稔著、大関真之著。内容は興味深いのだが、本としてはいまひとつ。

『ダメな統計学: 悲惨なほど完全なる手引書』★★

 アレックス・ラインハート著。元から興味がある人でないと読みにくいだろうけど。

『将軍と側用人の政治』★★★

 大石慎三郎著。意外なほど面白かった。

『となりの車線はなぜスイスイ進むのか?――交通の科学』★★★★★

 トム・ヴァンダービルト著。これはすごい。単独で全く見たことも聞いたこともないという話は少ないけど。

『未来からのホットライン』★★★★

  J・P・ホーガン著。初めて読んだのは大昔。今ではシュタインズゲートの直接の元ネタとして有名か? 古いけど今でも十分面白い。未読だが星野之宣バージョンあるのか。

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2017 2/24

『ホワット・イズ・ディス?:むずかしいことをシンプルに言ってみた』★

 ランドール・ マンロー著。非常に簡単な単語だけで難しいことを説明する。この人らしい皮肉も効いてる。あと、とてもでかい(物理的に)。

『ベルサイユのばら』★★★

 池田理代子著。妻経由。実は初めてちゃんと読んだ。歴史に残るだけのことはある。

『分断されるアメリカ』★★★

 サミュエル・ハンチントン著。竹中正治氏のfacebookで見て読んだ。確かに、トランプ後に読むと示唆的に思えてくる。

『米中もし戦わば 戦争の地政学』★★★

 ピーター・ナヴァロ著。原題”CROUCHING TIGER”((飛びかかろうと)かがむ虎)これも竹中正治氏のfacebook見て読んだ。邦題は的外れではないが、やや煽り気味。

『逃げるは恥だが役に立つ』★★★

 海野つなみ著。ドラマ未見。意外に面白い。

『ダンジョン飯 4巻』★★★★

 九井諒子著。やっぱり面白い。

『シュガシュガルーン』★

 安野モヨコ著。妻経由。安野モヨコって大人向け専門かと思ってた。

『天と地の守り人 第1部 ロタ王国編』★★★★

 上橋菜穂子著。最終章第1部? 「帝」がわかりやすい悪役すぎるのがちょっとひっかかるが、変わらぬ面白さ。

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2016 11/1

『母がしんどい』★★

 田房永子著。『キレる私をやめたい』がよかったので。そりゃこんな母だったらしんどいやろな。

『察しない男 説明しない女 男に通じる話し方 女に伝わる話し方』★

 五百田達成著。ありがちだけどわかりやすくていいのでは。内容には関係ないが五百田(いおた)という名字初めて聞いた。

『SOFT SKILLS』★★★★★

 個別には特別すごいと思った話はないが、全体として過去に類例のない感じの本でとても面白かった。プログラマには是非おすすめ。

『習慣の力』★★★★

 チャールズ・デュヒッグ著。『SOFT SKILLS』で紹介されていたので読んだ。終盤ちょっと話が広がりすぎる感あるけど、啓蒙書としても実用(自己啓発?)書としても、かなりいいと思う。

『ネオ寄生獣』★

 萩尾望都『由良の門を』以外はそこまでは印象に残らず。しかしそれだけでも価値あり。

『人はなぜ格闘に魅せられるのか――大学教師がリングに上がって考える』★★

 ジョナサン・ゴットシャル著。良い。内容は例によってshorebird先生にお任せ。

『物理学者はマルがお好き』★★★

 ローレンス・クラウス著。『宇宙が始まる前には何があったのか?』から著者つながりで。いい啓蒙書。

『行動経済学の逆襲』★★★

 リチャード・セイラー著。ナッジの人。行動経済学そのものの部分は既知だが、それ以外の自伝的部分が面白かった。

『蒼路の旅人』★★★★

 上橋菜穂子著。最終シリーズ開幕? って感じ。かなり面白い。

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2016 10/1

『ダンジョン飯』★★★

 九井諒子著。3巻。まだまだ面白い。

『ナナのリテラシー』★

 鈴木みそ著。Kindle Unlimitedで鈴木みそのがいっぱいあったのでいくつか読んだが、薦められるのはこれだけかな。時事的なのですでにちょっと話題は古いが。ガチャ関係でたまに見る「脳内麻薬で留めることが大事だ」のページの元ネタってこれだったのね。

『カルチャロミクス;文化をビッグデータで計測する 』★★★

 エレツ・エイデン著、ジャン=バティースト・ミシェル著。こりゃおもろい。もっと早く読めば良かった。内容は例によってshorebird先生にお任せ。

『ホワット・イフ?:野球のボールを光速で投げたらどうなるか』★★

 ランドール・ マンロー著。これも存在は知ってたが、今まで読んでなかった。こういう真面目に馬鹿をやる感じ好き。

『アメリカの真の支配者 コーク一族』★

 ダニエル・シュルマン著。面白かった。原題”Sons of Wichita: How the Koch Brothers Became America’s Most Powerful and Private Dynasty”(ウィチタの息子たち:コーク兄弟はどのようにしてアメリカで最も強大でプライベートな王朝となったか)。邦題はいまいち。

『永遠の終り』★★★

 アイザック・アシモフ著。何かで思い出した。初めて読んだのは大昔。今読むと古さは否めないけど結構好き。

『宇宙が始まる前には何があったのか?』★★★

 ローレンス・クラウス著。宇宙論系。単独でこれという新しい知見はなかったが、いい。

『多世界宇宙の探検』★★★

 アレックス・ビレンケン著。上ので思い出した。初めて読んだのはだいぶ昔。

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2016 9/1

『東方外來韋編 Strange Creators of Outer World. 弐』★

 ZUN他著。東方雑誌2番目。まだ「お布施と思って」レベルか。

『ストーナー』★★★★★

 ジョン・ウィリアムズ著。確かに地味な小説のはずなのに、なんとも面白い。自分も所帯持ちとなったからか、うまくいってない家庭の描写とか、なんか鬼気迫る感じ。

『濃縮メロンコリニスタ』★

 ニャロメロン著。独特のギャグセンス。Kindle Unlimitedでも読める。

『星界の紋章』★★★

 森岡浩之著。名前だけ知ってた古典。1-3巻まで読む。別タイトルで続きがあるようだが、とりあえずここまでで一区切りらしい。いろいろ尖ってて古典になるだけのことはあると感じる。

『女帝』★★★★★

 倉科遼著、和気一作画。名前だけ聞いたことあったので、Kindleの90%OFFセールで期待せずに買った。一言で表せば「R-18の朝ドラ」。中だるみするところもないではないが、非常に面白かった。

『キレる私をやめたい~夫をグーで殴る妻をやめるまで~』★★★

 田房永子著。『さびしすぎてレズ風俗に行きましたレポ』からの連想。結構面白い。他のも読んでみようか。

『幸せになる勇気―――自己啓発の源流「アドラー」の教えII』★★

 岸見一郎著、古賀史健著。前著が面白かったので。やはり自分には「自己欺瞞という非常に重要なテーマに関する、一昔前の惜しい解釈」と映る。自己啓発として有効かどうかは別問題として。

『国民クイズ』★★★★

 杉元伶一著、加藤伸吉著。大学生の頃読んだ覚えがある。Kindle Unlimitedで読み直した。もう時代も違うし難点は多いけど、一度は読んで損なしと思う。

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2016 7/16

失われた地平線 (新潮文庫)

第40回】 【目次】 【第42回

 あのハンターハンターさえ連載再開するぐらいだから自分も頑張ろうと思ってこのエントリを書き始めたら、書き上がるまでに再び休載してしもた(笑)。まあ仕方ない。始めよう。

 今回取り上げる作品、記念すべき後半戦最初の作品は、ジェームズ・ヒルトン失われた地平線』(1933)である。

 未来・SFの世界にご案内しようとか言っておいて*1いきなり普通はSFに分類される作品ではない。時代も、未来どころかリリー博士の時代から30年ほどもさかのぼる。前回のダライ・ラマの前振りがなかったら、そもそもなんで取り上げるのか全くわからないだろう。

 おまけに、小説そのものは今読んで面白いとは全く言いがたい。適当に最低限のあらすじだけ紹介しながら、このシリーズにとって意味のある点でのみ、少し引用して立ち止まることにしよう。

 物語の舞台は1931年。古い小説にはたまにあるように、何重かの伝聞という形式を取っているが、メインストーリーの主人公はコンウェイというイギリス領事。理想的なイギリス紳士(独身)である。

 彼はバスクール*2という土地に駐在していたのだが、そこで革命が起き、「白人」居住者は軍の飛行機でペシャワールへ避難することになった。

 ところがコンウェイ他4人が乗った飛行機は、操縦士がいつの間にか見知らぬ「現地人」に入れ替わっており、彼らは勝手にチベットの山奥へ連れて行かれてしまう。

 その操縦士すらも心臓麻痺か何かで急死してしまい、途方に暮れた4人は駕籠を担いだ「東洋人」の集団に出会い、シャングリ・ラのラマ教(チベット仏教)寺院へ迎えられる。

 シャングリラという名前について少し調べてもらいたい。後にどれほどの影響力を持ったかについては、モデルになったあたりの地域が実際にシャングリラ市に改名した、という一事をもってしてもわかるであろう。*3

 シャングリラは下界より遥かにゆっくりとした時間の流れる理想郷であった。シャングリラについての描写を2箇所ほど抜粋。

 ところがこのラマ僧院には、そうした中国風の装飾品の他に、まだ注目すべきものがあったのだ。例えば、それの一つとして、すこぶる快適な図書室があった。(中略)そこには世界の代表的な文学作品が洩れなく取り揃えられているばかりでなく、彼の評価の及ばない玄妙珍奇な典籍がぎっしりと並んでいるのだった。英語、フランス語、ドイツ語、ロシア語の書物がふんだんにあり、中国語その他の東洋語の筆写本にいたっては、まず数えきれないほどだった。

(中略)

 とにかくプラトンのギリシャ語原典が英訳のオマー・ハイヤームと隣り合っているかと思うと、ニーチェニュートンと手をつなぎ、トマス・モアがいると、傍らにハンナ・モアトマス・ムーアジョージ・ムーア、おまけにオールド・ムーアまでも揃っているのだった。

 個別の書名や著者名にこだわる必要はない。ざっと雰囲気を掴むだけでよい。

 コンウェイがさらに驚いたことには、その小亭の内部には一台のハープシコードと最新型のグランド・ピアノとが据えつけてあるのだった。(中略)ラマ僧たちは西洋の音楽を、なかでもモーツァルトを、非常に高く評価し愛好しているとのことだった。ヨーロッパの偉大な作曲家の作品は残らずここに取り揃えてあるし、ラマ僧たちのうちにはさまざまな楽器の練達者が何人かいるという話だった。

 お、おう……。

 コンウェイは、シャングリラに滞在するうち、僧院のトップである「大ラマ」に異例の目通りを許される。

 大ラマがシャングリラの歴史を語る。普通に引用していたら長くなりすぎるので、かなり大胆に要約させてもらう。ここから次の引用部までの間、鍵括弧内が原文ママの表現。

 1719年のこと、ペローというカプチン会の修道僧が、ネストリウス派の信仰の名残を探す旅で偶然シャングリラに行き着いた。

 古いラマ教寺院をキリスト教の修道院に建て直して宣教を始め、53歳の時には定住するようになった。ローマから召喚状が来たりもしたが、もはや老齢のため従うことができず、生涯シャングリラに留まることになった。

 98歳の時には仏教の経典を紐解き始めた(最初はキリスト教信仰の立場から批判するためだったし、実際そうしたのだが)。「インド人がヨガと呼ぶ神秘的な黙想修行」の研究を始めた。108歳の時臨終の床についたが、やがて回復し始めた。

 臨死体験で、ある意義深い幻覚をこの世へ持ち帰ったペローは「直ちに厳格な自己訓練を開始し、しかも奇妙なことにも、それと平行して麻薬に耽溺し出した」「いまや谷間の寺院では『感謝聖歌』と『南無阿弥陀仏』とがこもごも洩れ聞こえるようになった」

「そんな馬鹿なことが……」と彼は吃りながら言った。(中略)
「わが子よ、いかがなされた?」
 ゆえ知らぬ情感のため体が震えるのを覚えつつ、あえてその震えを押さえようともせずに、コンウェイは答えた。
「あなたはまだ生きていらっしゃる、祖師ペロー様!」

 200歳を軽くを超えるペロー神父その人であることが明らかになった大ラマが語るシャングリラの魅力。大事なところなので少し長めに抜粋。

 私が描いて進ぜた見通しは、魅力的なものでしょう。ながいながい静謐の境涯にあって、俗世の人々が時計の鳴るのを聞くと同じ気持ちで、それよりもはるかに心労のない態度で、あなたは夕陽の沈みゆくのを眺めていることだろう。時は来たり、年は去り、あなたは肉体的な享楽から解脱して、漸次より厳しい、それでいてそれに劣らぬ満足を与えてくれる境地に入って行かれることでしょう。(中略)あなたは深い静けさを、老熟した叡智を、そして明晰な記憶力の陶酔を味わうことになるなる筈です。そして、なによりも貴重なことは、あなたが『時』を獲得なされるということですぞ。よろしいか、あなたがた西洋の国々が追求すればするほど見失ってしまっている、あの得がたく貴重な贈物を……なのですぞ。まあ、考えてもごらんなされ、あなたは書物を読む時間を得られる……もはや二度と、時間を惜しんで、頁から頁へと拾い読みをしたりすることはありますまい。また、あまり熱中しすぎないようにとの配慮から、なにかの研究を控えるというようなこともなさらなくなるでしょう。(中略)楽譜も楽器もが、妨げられず果てしない『時』とともに、その最も豊潤な香りをあなたに捧げるべく、すべて用意されてあるのですよ。(中略)賢明で波立たぬ静穏な交友、いつもあわただしく人を呼び立てる『死』を恐れることのない、久しく温かい心と心の交わりというものを考えられて、あなたは心をひかれることはありませぬか?

 ひとつめのポイントは、この大ラマことペロー神父の語り、ひいてはジェームズ・ヒルトンが抱き、当時の欧米人が共感したイメージは、かなり普遍的な魅力を備えている、ということだ。

 多くの個人差・地域差・時代差があるにしても、説明する必要のない明白な問題点に引っかかるのは割り引かなければならないとしても、これに魅力を感じ、心をひかれない読者がいようか。(私ももっと書く時間取りたいよ!)

 ふたつめのポイントは、強調部に表れている(西洋)文明批判の側面だ。ここを補完する場面として以下の引用を見てほしい。話の順序が前後するが、シャングリラ到着翌日に4人のうちのひとりが早く帰りたがっている、という場面。

「誰かがよっぽど機敏に立ち回ってくれないと、とても今日中には出発できそうにないな」などと、マリンソンは呟いていた。「あの連中は典型的な東洋人だからね。ちょっとやそっとで事をてきぱき敏活に処理させられるもんじゃないからなあ」
 コンウェイは黙ってその言葉に頷いてみせた。マリンソンはもうイギリスを出てから一年近くにもなるのだ。二十年も東洋に住んでいたとしてもおそらく繰り返すだろう同じ結論に、もうそろそろ到達してもよかろうと思われる頃だ。そして、実際に、彼の言葉はある程度正当だった。ただコンウェイの見るところでは、必ずしも東洋の諸民族が異常なまでに遅鈍なのではなくて、イギリス人やアメリカ人が常軌を逸した熱にうかれて、間断なく地球上を駆けずり回っているように思われてならないのだった。こうした考え方には彼と同じ西洋人たちが同感する筈もないのは、彼にだってわかってはいたが、年を追い経験を積んでゆくにつれて、彼のその見解は強められてきていた。

 この東洋観が差別的だ、というような見ればわかることを言いたいのではない。私たちが過去について誤った期待を抱いていない限り、それは1933年が1933年であるという自明の事実を意味するに過ぎない。

 オリエンタリズム一般について、ここで説明することもしない。例によって、このシリーズの観点から重要な点に絞ってまとめよう。

 この時点において「東洋(人)」は「西洋(人)」に対して、平等な関係・対等の選択肢として存在するのではない。あくまで忙しい自分たち(「西洋(人)」)を省みるための小道具に過ぎない。実際の「東洋(人)」は、ある意味どうでもいいと思われている。

 実際チベットの扱いは極めていい加減だ。私はチベット仏教の教義について何も知らないが、それが「麻薬をやりながらゆっくり西洋の文学や音楽を楽しもう」というようなものではない、と断言しても、文句は来ないと思う。(枝葉末節だが『南無阿弥陀仏』も唱えないと思う。)

 このような「東洋」の扱いは決して珍しいものではなかったし、この作品は、そのような創作の中で最も有名なものでも最も洗練されたものでもない。*4それでも私が時代精神の代表としてこの作品を選んだ理由は、一番最後でまとめよう。

 大ラマは、そもそもコンウェイらが連れてこられたのも偶然ではなく、外部の人間を招くため計画だったことを明かしてくれる。

 まず大体から申して、この土地の高度や其の他の条件に馴らされているチベット人は、外部の人種の人たちほど感覚が鋭敏ではありません。(中略)百歳以上の寿命を保つ者はどうも少ないように思われます。中国人はまだよろしいようですが、それでも失敗する者はかなり多いようです。最も成績のよろしいのが、ヨーロッパの北部の人たちやラテン系の種族でして、アメリカ人もほぼ同じくらい適応性があるのではないかと思われます。

 わっはは、チベット人は鈍いからダライラマに向かないか。中国人に替わってもらった方がましだな。

「その理由は、ちゃんとあるのですよ。(中略)それこそが、この偶然寄り集まった異邦人たちのこの群落にとって、寿命を越えてまで長生きすべき理由のすべてなのです。(中略)われわれには一つの夢があり、幻想があるのです。(中略)かつて一七八九年に老ペローがこの部屋で臨終の床についておったときに、その枕頭を訪れた幻想だったのですよ。(中略)そうした追想を通して彼が感じましたのは、すべて美しいものがはかなく滅びやすく、この世の戦乱や欲望や獣性がいつの日にかそれらをことごとく破砕してしまうかも知れぬ、という憂慮だったのです。(中略)つまり、この世界の国々が、叡智においてではなく、卑俗な欲情や破壊の意志において、次第に強化されてゆくさまを見ていたのです。機械の力が倍加して行って、ついには武装したただ一人の人間が大君主ルイ十四世の全軍にも匹敵するようなことになるだろうことを見て取ったのです。

(中略)

殺人の技術を手にして驚喜した人類が、この世界の隅々まで荒れ狂いまわって、(中略)書物も絵画も音楽も、二千年の歳月を通じて貯えられた、微小で繊細で防御のすべを持たぬすべての宝物が、(中略)破壊されてしまうだろう……とな。

(中略)

 おそらくこの破局は、あなたが今の私ほどの年齢になられるよりも前に、やって来ることでしょうから」
「それで、このシャングリ・ラがその破局を免れることができると、そうお考えなのですね?」
「おそらくはな。(中略)ここには、われわれが育み護って、やがて残し伝えるべき遺産があります。その時がやって来るまで、お互いに人生を楽しみ味わうことにしようではありませんか?」
「そして、その時が来ましたら?」
「その時には、よろしいか、強者どもが相互にむさぼり合って果てたその時には、初めてキリストの倫理が履行され、柔和なる者は幸福なるかな(マタイ伝、第五章、第五節)……ということになるのですよ」

 1933年はヒトラーがドイツ首相に就任しナチスが政権を取った年であり、日本が国際連盟を脱退した年でもあることを参考にどうぞ。

 また、時代の反映であると同時に、時代を越えた普遍的な魅力を備えてもいる。間もなく来る破局、そして復活というテーマは、古くからよく知られているものだ。このミームを受け継いでいる未来の「子孫」を思いつく人も多いだろう。*5

「これから来たらんとしている暗黒時代は、この世界全体を一つの棺衣でおおい包んでしまうのです。遁れる道もなければ、隠れる場所もなく、ただ見出しかねる僻地か物の数に入らぬささやかな場所のみに、助かる見込みが残されるのみでありましょう。シャングリ・ラは、そのいずれでもありうるわけです。大都市に死を運ぶ飛行士とても、(中略)ここを爆弾を一発投下するだけの価値がある土地だとは思わぬでありましょうからな」

 「なんでこいつら最終戦争が起こっても山奥にこもってるだけで大丈夫だと思ってるの? ばかなの? 死ぬの?」と思った人いませんかね? 私は初めて読んだ時に思いましたよ。

 でも、ちょっと考えて気づきましたね。馬鹿は我々の方です。1933年には、核兵器という概念は、一部の先進的な物理学者やSF作家の想像の中にしかなかったのです。死の灰とか核の冬という概念も当然まだありません。この「一発の爆弾」は核爆弾ではなく通常爆弾なのです。

 この場面の直後、大ラマはコンウェイを自分の後継者に指名して亡くなる。小説の筋としては、ここからあともうひと盛り上がりあるのだが、このシリーズの観点からはどうでもいいので無視する。

 まとめに入ろう。

 繰り返すが、東洋(人)観が差別的だとか、見ればわかることを言いたいのではない。80年以上も先から振り返っている未来人である我々の目には、そのような問題点はあまりにも明白であり、大まじめに説明するのは野暮というものだ。むしろ馬鹿にしているのかと怒られかねない。

 何より、そのような問題点に今日一番敏感なのは、日本人以上に、まずガイア教の支持層である欧米のリベラルな人々であろう。

 たとえば現代のワトソン船長がどれほど自意識の肥満した男であっても、自分がダライ・ラマの後継者に指名されるとは絶対に期待していないだろう。もはや馬鹿らしすぎて冗談にもならない。

 それでもこの作品が当シリーズの観点から有用なのは、まさにその古さゆえだ。このシリーズで着目すべき重要な変化――私がガイア教の本質と考える変化――のスタート地点およびそこから向かう方角を、見事に捉えたスナップショットと見なせるからだ。

  • 地上*6に神秘が残されていた最後の時代であるが、それがまもなく消えてしまうのではないかという予感はある。
  • 伝統的な差別――白人種の他人種に対する優越・西洋文明の他の文明に対する優越・キリスト教の他の宗教に対する優越――はまだ自明のものだった最後の時代。だが、それが正しくないのではないかという意識も芽生えている。
  • 第二次世界大戦もまだ起きておらず、核兵器が存在しなかった最後の時代。しかし、文明の全てを破壊するような最終戦争が起きるのではないかという恐怖はすでにある。

 このスタート地点と、今現在あなたが生きている瞬間と、それが書かれた時代を三角測量することによって、これから見ていく作品を、よりよく理解することができるだろう。「オリエンタリズム」の糸においてだけでなく、このシリーズの最後の最後まで重要な視点となるはずだ。

*1第39回
*2:ちょっと調べた限りではどこのことかわからなかった。架空の地名?
*3:ついでに個人的なことも言うと、私はその名を冠するホテルチェーンに何度も宿泊したことがある。参考:シャングリ・ラ・ホテルズ&リゾーツ
*4:たとえばエーリッヒ・ショイルマン『パパラギ』(1920)の方が、どちらにおいても上であろうと思う。
*5:私が真っ先に連想するのは『風の谷のナウシカ』のヒドラの庭園だ。
*6:ここでは「地下・海中を除く地球上」ぐらいの意味。

第40回】 【目次】 【第42回

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