元より長くなってしまったが、上記エントリに対する補足。
はてなブックマークのコメントなどで、あまり予想していなかった反応がいくつかあった。そのほとんどは「ちょうど進化論以前の生物分類学のようなものになる」という部分を、過度に否定的な意味に受け取った結果と思われる。
進化論ほど広く受容され使用されている理論には、権威が伴う。最近ニセ科学の文脈で創造論・ID論との戦いがよく話題になることもそれを強化しているかもしれない。
とにかく「進化論」とか「進化○○学」と言っただけで、
「進化論こそ科学の中の科学! それ以前の奴なんて何も知らなかったバカ! 無視する奴は現実を受け入れられないグズ! 逆らう奴は頭のおかしい宗教キチ○イ!」
というような台詞が、バックグラウンドに流れているように聞こえてしまうのだ。
もちろん、私はそう聞こえることを予想していたから、わざわざエントリの最後の段落を全部使って注釈を入れたのだが、進化論に対する強固な信仰を揺るがすには、その程度では全く不足だったらしい。
当たり前だが、進化論が登場したからと言って、それ以前の分類学が突然ナンセンスになったりはしなかった。
それどころか、今でも賛嘆に値するような、「それ以前」の分類と研究の集積から、進化論は生まれたのだ。「ちょうど進化論以前の生物分類学のようなものになる」という台詞をそんなに否定的に受け取る必要はないのだ。
しかし、神の設計理念を知りたいと思って研究するのと、進化の過程を知りたいと思って研究するのでは、立てられる仮説も、行われる発掘・実験も、出てくる結果も、同じものではありえない。それもやはり当然のことだ。
生物学ではその移行はすでに終わったが、倫理・道徳といった、従来「いわゆる科学」からは、まだ遠いと思われた分野でも、類似のことが起こる、あるいはすでに起きつつある。「ちょうど進化論以前の生物分類学のようなものになる」という台詞は、そういう意味だ。
それに関するもっと詳しい話はまた今度。今の調子じゃ何年後になるかわからないが。
はてなブックマークでのコメントに対するお答え
(後ろに追記されていく可能性あり)
tikani_nemuru_M 同感だがなかなか受容されないだろうなあ
こうなると、むしろ地下猫さんに一発で伝わったのが意外なんですが。あとTwitterやりましょうTwitter。真面目な話だけじゃなくて、ゲーム話とか、家庭の話とか、バカ話とか、もっと垂れ流してください。
kogarasumaru サンデルの本領はLiberalism and the Limits of JusticeやThe Case against Perfectionなんだが/そうすると「脳・神経科学および進化心理学の両面か〜」というのはまったくもっておかしな話
よく意味が分かりません。その2冊の本は未読ですが、「この分野は今まさに、脳・神経科学および進化心理学の両面から革命が進行中」というのは、サンデルの本領がどこで、そこで彼が何を言っているかとは全く関係ない話です。
その意味で『これからの「正義」の話をしよう』の書評の中ではなくて、他で言うべきことだったかもしれない、とは思っています。ずっとやるやる言っておいて、全然やっていない『恋人選びの心』の書評とかで。
kogarasumaru 正直な話、科学畑からのちゃちな横槍としか
「科学畑」って何ですか? そんなものが存在するとしたら、あなたは「非科学畑」のお住まいなのですか? 自分の理解できない分野から自分の分野に言及されると自分が脅かされたかのように感じるセクショナリズムは、誰も幸せにしません。
せめて参考リンクに張ってあるジェフリー・ミラーの話だけでも読んでから「ちゃち」で済ませていい話かどうか考えてください。
hal9009 うははw。ついに倫理にも還元主義の波がw。しかしその考え方は快楽主義と批判されそうな気もするな〜
「脳・神経生理学」と聞いただけで「還元主義」という短絡をしてしまうというのは、それなりに理解できなくはない発想です。直した方がよいと思いますが。
ただし「還元主義」という言葉をあなたがどんな意味で使っているにせよ、進化心理学は「還元主義」とは縁遠いものですし、「快楽主義」に至っては、どこから出てきたのか全くわかりません。教えてください。
minazuki6 茂木健一郎「呼んだ〜?」
呼んでませんが何か?
おまけ
えー、ノーコメント。
by 木戸孝紀
tags:科学 進化 倫理 歴史