2010 12/3

生命と非生命のあいだ―NASAの地球外生命研究

 分子生物学やってた者としては、このニュースだけは一言だけでも反応しておかないと。

 Appleのビートルズコーの直後だったからか、これもズコーとか言ってる人がいるけど、これは全然ズコーじゃないよ。これはすごいニュースですよ。

 どのくらいすごいかというと「SFの中だけの存在だった珪素生物が実際に発見された!」の、まあ1/16ぐらいの感覚かな。フェルミのパラドックスとか、生命全般に対する認識にもモロに関わってくる非常に面白い話ですよ。

 あと、ネタバレになるからどれかまでは言わないけど、グレッグ・イーガン『TAP』の中に異質生物ネタの結構面白い短編があった。確か元素じゃなくて異質な塩基だったけど。

おまけ

 モノ子で異質生物というと。

by 木戸孝紀 tags: ブックマークに追加する

2010 11/30

(本文とは無関係)

 最近読んだ本、またはずっと紹介したいと思っていた本の中から、個別エントリにするタイミングがなさそうなものを、まとめて一挙紹介。

 ★は1-5個でオススメ度。人に薦める価値がまったくないと思うものはそもそも取り上げないので、1個でもつまらないという意味ではない。

『完全な人間を目指さなくてもよい理由-遺伝子操作とエンハンスメントの倫理-』★

 まあ言いたいことはわかるし総論賛成なんだけど、どうもこの話は「どこでもドアという発明を軌道エレベータの建設にどう生かすべきか?」と一生懸命考えてる、みたいな倒錯感がぬぐえない。機会があればもうちょっと詳しくやりたいが。

『生命の数理』★★★

 巌佐庸著。全くの初心者にはちょっと難しめだけど、生物と数学どちらも好きな人には天国。

『心の仕組み~人間関係にどう関わるか』★★★★★

 スティーブン・ピンカー著。ピンカーの本はどれもいいけど最初におすすめなのはこれ。今ではいくつか気になる部分はあるけど、全体としては圧倒的に面白くてためになる。

『数学の秘密の本棚』★★★★★

 イアン・スチュアート著。こ、こりゃすげえ。数学ネタ集では間違いなくオールタイムベスト級。全国の小中学校の図書館に置くべき。絶対国レベルで数学力上がるよ。逆にこれ読ませても好きにならないようなら、元から向いてないのであきらめて他を目指させよう。

『マンキュー経済学』★★★★★

 N.グレゴリー・マンキュー著。いい教科書だあな。こういうわかりやすくて面白いのをもっと昔に読めてたら経済学が苦手分野にならずに済んだかもしれんのに。

『フォニックス“発音”トレーニングBook』★

 ジュミック今井著。綴りと発音のルールがメイン。発音そのものは『英語耳』の方がわかりやすかった。『英語耳』より先にやってしまったが、後の方が順番的にはよさそう。

『東方香霖堂 ~Curiosities of Lotus Asia.』★★★

 ZUN著。これは求聞史紀や文花帖同様、初心者にもおすすめできると思う。無論東方自体が好きなのは前提だけど。

おまけ

by 木戸孝紀 tags: ブックマークに追加する

2010 10/2

(本文とは無関係)

 最近読んだ本、またはずっと紹介したいと思っていた本の中から、個別エントリにするタイミングがなさそうなものを、まとめて一挙紹介。

 ★は1-5個でオススメ度。人に薦める価値がまったくないと思うものはそもそも取り上げないので、1個でもつまらないという意味ではない。

『犯罪の生物学―遺伝・進化・環境・倫理』★★★★★

 D.C.ロウ著。これはいい。すごくいい。このテーマピンポイントでは、基本にして最高と言ってもいいのではないか。

『自然の権利―環境論理の文明史』★★

 ロデリック・F・ナッシュ著。ディープエコロジー関係に興味がある人に。

『貧困の克服 ―アジア発展の鍵は何か』★★★★

 アマルティア・セン著。この人の本はいくつかあたっているが、今まで読んだ中では一番面白い。初めての人におすすめできそうなのは、今のところこれだけか。

『バージェス頁岩 化石図譜』★

 デリック・E.G. ブリッグス著、フレデリック・J. カリア著、ダグラス・H. アーヴィン著。単純に図鑑としてはこれがいいか。

『錯視入門』★★★

 北岡明佳著。目の錯覚好きにはたまらんね。サイトでもかなりの図が見られるので参考に。

『脳はあり合わせの材料から生まれた―それでもヒトの「アタマ」がうまく機能するわけ』★

 ゲアリー・マーカス著。タイトルよりは脳寄りではなく、行動経済学に近い感じ。すでに似たような内容でもっといいのがあったような気もするが、悪くはない。

『はじめに線虫ありき―そして、ゲノム研究が始まった』★

 アンドリュー・ブラウン著。元から多少は生物学の知識がある人にしかおすすめできないが、面白い。内容はC. elegansを参照。ちなみにタイトルはヨハネによる福音書冒頭のもじり。

『進化論裁判―モンキー・ビジネス』★★

 ナイルズ・エルドリッジ著。創造論やインテリジェント・デザイン関係の古典。原題”monkey business”は「バカげたこと」とか「インチキ」という意味のスラングで、スコープス裁判が”monkey trial”(猿裁判)とも呼ばれることに掛けている。

おまけ

by 木戸孝紀 tags: ブックマークに追加する

2010 5/2

大腸菌 ?進化のカギを握るミクロな生命体

 カール・ジンマーの本。彼の本はどれも最高に面白いが、今回も期待を裏切らぬ出来。

 E.Coliすなわち大腸菌を案内役に、生命科学の基本・その歴史・社会的意義に至るまで幅広く扱っており、かつどの部分を取ってもレベルが高い。非常におすすめ。

 一般向け科学啓蒙書として唯一の欠点と思われるのは写真の少なさだろうか。口絵に何枚かだけでもいいので、大腸菌の電子顕微鏡写真とか、鞭毛を動かす分子モーターのCGとか載せた方がよかったと思う。

目次

  1. 生命の軌跡
  2. E.コリにあてはまることは、ゾウにもあてはまる
  3. 細菌単体としてのシステム
  4. 自然界での社会生活
  5. 絶え間なく流れる生命の川
  6. 存続を賭けての戦略
  7. 進化のスピード
  8. オープンソースの遺伝子マーケット
  9. 生命の起源にさかのぼる
  10. 生命を人工設計する
  11. さて、地球外の生命は?

おまけ

 ぴったりすぐるw

by 木戸孝紀 tags: ブックマークに追加する

2010 2/13

ヘソリンガス

 shorebird氏の『進化の存在証明』*1についての記事を読んでいて思い出した。

 以前

 苦悩、あるいは私たちがそう呼ぶところの脳神経の働きなどはパンダの親指同様に、そしてもちろんその他のありとあらゆるものと同様に、単に進化の産物のひとつにすぎず、

(バート・D. アーマン『破綻した神キリスト』 神は細部に宿り給う)

 と書いたのは、もうちょっと詳しく言うとそのような意味である。この話は当分できる目処が立たないし、興味があった人は読んでおいてほしい。そこ以外の部分も面白いけど。

*1:”The Greatest Show on Earth”は原題。

おまけ

 痛みつながり。

by 木戸孝紀 tags: ブックマークに追加する

2010 1/11

人はなぜ走るのか

 当たり前だと思うかもしれないが、人間はマラソンができる。誰でもというわけではないにしても、鍛えれば42.195キロ以上走ることができる。

 そんなことができる類人猿は、人間以外にはいない。人間は投擲力に優れているという話は前にもあったたが、持久走力も大変優れているのだ。

 ところが「人間は精神的に優れた動物であり、代わりに肉体は貧弱で非効率的である」という根拠のない伝統的偏見が根強く、なかなかそのような事実は意識されていない。

 仮に科学が、もっと自分たちの肉体の素晴らしさを強調するような文化の影響の下に進んでいたら、このあたりの歴史はかなり違っていたのではないかと思われる。

 この持久走力は、狩猟への適応であると思われる。狩られる者としての適応をもっと重視すべきという意見(参考)を考慮に入れたとしても、現生人類が高度な適応を遂げた狩猟者であることは変わらない。

 長時間追跡する狩りをすることが、将来を予想することなどの精神的な進化にも重要だったのではないかと臭わせており、これはさすがに飛躍しすぎではないかと思った。

 しかし、『飛び道具の人類史』で、投擲への適応が結果を予測することなどの精神的な進化にも影響を及ぼしたのではないかという意見を読んだときには、必ずしも飛躍とは感じなかった。

 後者を受け入れるなら、必ずしも前者を否定することはできないような気がする。

 もしかして、人間的な知性の進化には、持久走的な狩りをし、かつ投擲を重要な武器とする動物、という条件が必須だったなどということがありうるのか?

 後知恵の理屈すぎると思う反面、やはり否定する根拠は何もないように思える。むしろ、知性の進化が必然ではない理由を解明するヒントが、このあたりにあったりするのかもしれない。

 全体的に面白かった。同著者の他の本も読んでみたくなった。

参考リンク

関連書籍

おまけ

 人はなぜ走るのか。う〜ん、哲学

by 木戸孝紀 tags: ブックマークに追加する

2010 1/10

切除されて

 ここしばらくヒューマン・ユニバーサルの話題を並べていたのは何故かというと、ちょっと前*1に見かけた一連の女性器切除の話題に関して、一言だけ触れておきたいと思ったから。

  1. 女性器切除
  2. ちょっと待って、「女性器切除」の話題! – キリンが逆立ちしたピアス
  3. 割礼儀礼の現場から Circumcision

 1の匿名のような素朴な意見は、もちろん2のような批判を免れえない。

 だが「女性器切除と一括りに呼ばれるものの中にも多様性がある」とか「現地女性の意見も様々だ」なんてことは百も承知の上で、3のような素朴な相対主義も、もはや支持しえない。

 現代の医学・人類学・霊長類学が明らかにしつつあるのは、女性の陰核や性感は、男性のペニスやリビドーの副産物などではなく*2生物学的にも社会的にも重要な武器のひとつ*3だということ。

 またさらに、陰核切除などの慣習にも、これ*4に代わるべき説得力のある説明はなく、別の脈絡では意味をなさない。この慣習を「女の割礼」――加入儀礼として男の包皮を切除するのと並ぶ慣習――と呼ぶことで説明してしまおうとするのは、あまりにあからさまな人類学的婉曲法である。このような説明はあてにならない。文化的な諸観念は、陰核の除去手術や陰唇の縫合(陰部封鎖)を行なって女の解剖学的構造を作り変えようという直截的な努力の上塗りにすぎない。それぞれの処置が男と女に対して及ぼす影響は根本的に異なっているのである。男の割礼は性的能力にきわだった影響を与えない。しかし、陰核切除は性的快楽を減少させる効果的手段である。

(サラ・ブラファー・ハーディー『女性の進化論 』)

 すでに多くの人が指摘していることだが、あらゆる意味で*5陰核切除を含む「女子割礼」に正しく相当する「男子割礼」は、包皮切除ではなく亀頭切断である。

 もちろんそんな男性にとって都合の悪い「文化」など、非難する・しない以前に、どこにも存在しない。何が文化かを決める権力は、常に男性が握っているからだ。*6

 (極端な)文化相対主義が徐々に批判に耐えられなくなってきた以上、人権の概念の方を大きく書き換えるのでない限り、少なくとも「男子の包皮切除が非難されないのは欧米中心主義だ」などという類の言説は、もはや批判に耐えられない。

 「じゃあどうすんの?」という話になるのだけど、今回の絡みで読んで一番バランスが取れていると思ったのは、流石に専門の文化人類学者らしいこちらのエントリ。

 心理学ではよくある話*7だが、実際には大したことがないものを魅力的に見せるのに、上から頭ごなしに禁止するより優れた方法はない。人間はただ禁止されているという理由だけで毒薬でもなめる。

 このような心理的傾向は、ほぼ間違いなく優位者の操作に対抗するために進化してきたものであろうから、一概に否定もできない。ただ、分かっていてそういう方向に追い込むなら、追い込んでしまう側には責任がある。

 仮に女性器切除の廃絶だけを目標とするにしても*8それを実現するベストな手段はおそらく、女性器切除への関心などおくびにも出さず、ひたすら現地の女性に対するエンパワーメントを進める、というようなものになろう。

 当然、このような見方を受け入れるならば、長い間、多くの女性に生じる現実の被害を、積極的に見て見ぬふりをすることを要請することになるわけで、そのことの倫理性は大きな問題になるであろうが、それはまた別の話。

*1:すでにちょっとどころではない前だけど。
*2:男性の乳首が、おそらく女性の乳首の単なる副産物であるようには。
*3:何も特別な意味ではなく、単に脳や目や手足がそうであるように。
*4:女性の社会行動・性的戦略を制限して男性の父性を確実にすること。
*5:相同器官であるという生物学的な意味でも、実際に果たしている生理的・社会的機能の上でも。
*6:完全な女権社会は、地球に未だかつて実在したことはないと思われている。いわゆるアマゾネスの伝説は、現代人にとってのビキニアーマーの女戦士が登場するアニメ同様、男性の男性による男性のための性的ファンタジー以上のものではなかったであろう。(念の為に断っておくが、だからいかんと言ってるわけではないよ。性的ファンタジー大いに結構。現実とごっちゃにしなければ。)
*7:『影響力の武器』か何かにも出てきたと思う。
*8:もちろん「だけ」を目標にする必要などないだろうが。

関連書籍

おまけ

 亀頭とか書ける機会はあまりなさそうなのでこの際遠慮せず。

by 木戸孝紀 tags: ブックマークに追加する

2009 12/10

(今日の一コマ)

 私にとって、両親が全知全能の存在ではないと気づいた日の衝撃は、自分がいつまでも生きていられるわけではないと気づいた日の衝撃よりも大きかった。

 こうした親に対する全能感は、ほぼ間違いなく、幼い頃には大抵の人間が持っているものだろう。

 生まれたときから宗教教育を受けている人の中には、この全能感が消えるよりも早く、その対象が神に置き換えられ、生涯その衝撃なしで生きてきた人がいるのではないかと思う。*1

 そういう人間の精神状態は、想像を絶するほど自分とは違ったものでありうるかもしれない。生みの親を知らずに一人(一匹)きりで育つ魚の精神状態を想像することが不可能なのと同じように。

*1:実際に自分はそうだという人います?

おまけ

by 木戸孝紀 tags: ブックマークに追加する