ガイア教の天使クジラ39 ガイア教徒よりもガイア教的な日本人

第38回】 【目次】 【第40回

 大きな鍵*1を逆向きに使うことで、鏡のように「普通」の日本人の態度もよく理解することができる。一本の柱から離れて次の段階に進む前に、一度自分たちを振り返っておこう。

鏡その1

 以下は、このシリーズ開始以前に、ネットのどこか*2で見かけた会話である。記憶からの再現なので一字一句正確ではないが、概ねこのようなものであった。

A「なあ、これはもちろん仮定の話だけどさ、もし本当の本当に、奴らの言うとおり、クジラやイルカが人間並みの知能を持っていることが判明したらどうなると思う?」
B「さあ? たぶん日本がすぐに捕鯨やめて、代わりに白人どもが血相変えて絶滅させようとすんじゃねーの?」

 「そうだそうだ!」と思うだろうか? それとも「レイシストきめえ!」と思うだろうか?

 私の意見では、このB氏は、目先の恐怖を紛らわすため、特に深い考えもなく、憎悪に任せて適当に威勢よく聞こえそうなことを言ってみただけであろうと思う。

 しかし、それでも彼は、おそらく自分でも気づかないまま、なまじ訳知り顔で冷静ぶっている人々もしばしば見落としている重要な真実の一端に、手を掛けている。

 つまり、人間より賢く偉い動物がいる――それも眼に見えぬ世界の霊的存在としてではなく、地上に肉体を持って――などというのは、本来*3西欧・キリスト教文化よりも、むしろ日本・東洋文化*4の方にこそ、ずっと似つかわしい発想だということだ。

 意外かな? そうでもないと思うのだが。「奴ら」*5一般にキリスト教が嫌いで、東洋的・オリエンタルな思想が、西洋のそれより優れていると、近代以降初めて本気で考えた人々なのだ。本当なら日本人の方が進んで信じたいような思想であるのは、むしろ当然ではないか。

鏡その2

 このニュースを覚えている人はいるだろうか。ちょうどシーシェパードが初めて捕鯨船に乗り込む事件を起こした翌年だったので、それなりにネットで話題になった。

 捕鯨賛成派というか反反捕鯨派の側は、

  • 「そら見ろ! 奴らは日本非難に利用できるときは保護しろなんて言うが、自分が見て不愉快だとなりゃカンガルーと同じであっさり殺しちまうんだ! クジラなんて人種差別の口実にすぎないことの何よりの証拠だ!」

 とかいうようなことを言った。

 無論、この意見は間違っている。*6しかし、ただ単に間違っているだけで、何ら興味深い意見とは言えない。むしろ興味深いのは、これに対する捕鯨反対派の側の意見だった。彼らは、

  • 「安楽死なんて捕鯨問題と何の関係もねえだろこのバーカバーカ」

 ぐらいの(字義通りには概ね正しい)ことはもちろん言ったが、総じてあまり元気がなく、どちらかといえば、こんなことはしてほしくなかったと思っているように見えた。*7

 少なくとも、

  • 「オーストラリア人グッジョブ! これで自分も勇気百倍で捕鯨賛成派を説得できるよ! ありがとう!」

 というような感想を持った日本人は、ひとりもいないようだった。

 しかし、この状況はどう考えても何か変ではなかろうか。

 なぜオーストラリアの当局は、ただでさえ日本では少数派である同志たちに元気を無くさせるような処置を、わざわざ取ったのだ? 日豪の防衛協力を妨げるために、中共の工作員がオーストラリア当局に潜り込んで、両国の関係をさらに悪化させるべく暗躍でもしているのかね?

 そうではないというのなら、誰か(ひとりだけとは限らない)が何か(ひとつだけとは限らない)深刻な誤解をしているはずだ。

 この誤解は、日本とオーストラリアとか、捕鯨賛成派と反対派とかいう対立構図に捕らわれてる限り決して解けない。

 必要な視点は、やはり宗教だ。この状況の中にある一番本質的な断絶は、アボリジニの歌と安楽死の間にあるということに気づけるかがカギだ。

 長さの関係でここであまり深い議論はできないが、西洋文明における動物の安楽死は、今でもキリスト教的な論理に支えられている。*8

 生命(生死)よりも(苦痛の)意識(≒魂*9)を重視する傾向*10、動物は神からの賜り物だから人間が正しく管理しなければならないという”stewardship“(直訳すると「執事魂」*11)の精神、いずれも強くキリスト教の影響下にある。

 つまりアボリジニの歌を聴かせてから薬殺安楽死という、まさに木に竹を接いだような対応は、日本や捕鯨と一切関係なく――多くの反捕鯨日本人の主張通り実際直接には関係がない――それ自体がすでに大きなねじれを含んだものなのだ。

 むしろ、このような問題では、シーシェパードのような動物愛護団体*12は、ザトウクジラの安楽死にも、コアラやカンガルーの間引きにも反対する側であることが多く、日本人の反反捕鯨論者と同じ側に立って、同じ相手を非難していることが多いのだ。

鏡その3

 今回の本筋からは若干外れるけれども、第38回の続きでクレアさんの話も片付けておこう。

 第12回で取り上げた『クジラの歌が聞こえる』のクレアが病院で目覚めて以降の結末部分を換骨奪胎して、日本人好みに書き換えてください。一字一句書き換えなくても「大体こんな感じ」程度でよいです。

 この中間テストの第9問は、正解があるタイプの問題ではないが、私だったらこうするだろうという答えはある。私なら、変えるのは一箇所だけでいい。

 もう一度、クレアは本当におこったことを話したいという気持ちにおそわれた。ところが、まったく急に、そんな必要などないということに気づいた。
 真実を知っているだけでいいではないか。自分が見たり、やったりしたこと、すべてについて、自分自身の心の中で確信していさえすればいいのだ。

 となっているところで両親とは適当に話を合わさせ、最後の一文は

 クレアは心の中でつぶやいた。「でも、私は本当に南極海に行ってクジラを助けたんだからねっ!」

 みたいな感じにするだろう。

 一見、ほんの些細なニュアンスの差だけであり、物語全体は何も変わったようには見えない。仮にこっそり差し替えた本を読まされても、ほとんどの人は気づきもしないだろう。

 しかし、生のクレアさんを流石に受け入れられない「イルカ・クジラの大ファンで水族館のイルカショーに通いつめ、もちろん捕鯨には大反対の若い日本人夫婦」*13に取っては、これだけの違いで受け入れる余地が大幅に広がると、私は考える。

 このほんの些細なニュアンスの違いが、感じ方の大きな変化をもたらすのはなぜかというと、ここがまさにキリスト教(というより一神教的宗教文化)と日本文化(というより非一神教的宗教文化)の差に関するキーポイントだからだ。

 キリスト教の一神教文化では、あらゆる善・あらゆる正義が、GOD――全宇宙の創造主であり最後の審判の主宰者でありキリストや聖霊とひとつである全知全能の父なる神――にぶら下がっている。

 もし、GODに繋がっていない神秘があったとすれば、どんなに神秘的であっても、いや、あればあるほど、人々を正しい神から遠ざける、邪悪な異教の力・悪魔の力だ。善か悪か二つに一つ、どちらでもないということはありえない。

 ここでクレアがザトウクジラに対して感じている神秘は、もちろん悪いものではなく善いものである*14ので、その先には全知全能の神がいる。作者本人は意識していないだろうし、明示的に聞かれればむしろ否定するだろうが、必然的にそうなるのである。

 だから、この場面で両親に対して適当に妥協したりするのは、神に背く罪深い行為ということになる。そんな面従腹背の態度では、今はおとなしくしていても、いつ気が変わって寝首を掻きに来るかわかったものではない。そんな子供は信用ならない・反社会的な・悪い子である。

 両親なんて、人の短い一生の間のかりそめの関係に過ぎない。永遠の神に忠実である方がずっと大事だ。伝統宗教ではそんなに珍しい考えではない。第17回でも言及したことだし、日本人でも、よっぽど視野の狭い人でなければ、納得はせずとも理解はできるはずだと思う。

 ところが、キリスト教というより一神教的文化がない日本の通常の感覚では、これは逆になる。たとえ捕鯨反対が100%正しいと信じていたとしても、それはGODに繋がった究極の善とは関係がない。自分の善に固執して両親を無視する子供は、信用ならない・反社会的な・悪い子である。

 文化の違いでお互いを悪と見なしてしまうという、教科書に載りそうな典型的な状況だ。この話は、むしろ「無神論者がどうして道徳的であり得るのか」などと言い出す伝統的宗教保守派*15の感覚を理解する上で役に立つだろう。

鏡その4

 中間テストで、

 いわゆる白人国家でも、いわゆるキリスト教国でもない国の中で、最もガイア教が盛んな国はどこでしょう? 検索その他調べ物は自由です。

 という問題を出した。調べ物は自由と書いたが、本当は何も見ないで即座に答えを出してほしいところだ。

 ここまで来たらもうわかるね。おおむね豊かで環境問題や動物愛護に気を使う余裕があり、西側・リベラル・左派的で、近代・西洋化されていると同時にオリエンタル・東洋趣味でもあるという、ねじれた精神状態にある国「日本」だ。

 第34回で、リリー博士の意見が誰かさんたちにそっくりだと言ったな。あれはもちろん嘘ではない。文字通りにはまったく正しい。だが、本当の因果関係は逆だ。リリー博士が誰かさんたちに似ているのではない。誰かさんたちがリリー博士に似ているのだ。

 地球最先端を行くアメリカで思想を先導した教養ある天才科学者たちの認識が、半世紀かけて極東の中学二年生ですら弁えている一般常識になったのだ。

 今日、誰かさんたちが「欧米人」に対する批判になると思ってコピペしあっているような文章は、まさにガイア教を作ったのと同じ人達によって最初に書かれたものなのだ。

 いますぐ信じろとは言わない。ここで「はいそうですか」と納得するような単純な読者であってほしくない。このあたりの機微をもっとよく理解してもらうために、またしても脳内タイムマシンの旅を再開しよう。

 しかし、以前も強調した*16ようにここは既に現代だ。一体どこへ行こうというのか? もちろん未来へだ。SF小説じみていて荒唐無稽な世界から、本物のSF小説の世界へお連れしよう。現在と未来・現実と空想の狭間にある、さらなる驚異と恐怖の世界を味わっていただきたい。

*1第36回
*2:おそらく2ちゃんねる。
*3:ここでは単に「現在のそうではない期間よりもずっと長く、過去にそうであった」という程度の意味で言っている。そちらの方が正しいとか、これからもそうあるべきだとは言っていない。
*4:このくくり方が乱暴であることは重々承知であり、そのこと自体も後に重要なテーマとして取り上げる。
*5:私がガイア教徒と呼ぶ層とほぼ同じ人達だと思われる。
*6:どう間違っているかも、ここまで読んできた読者にはもうわかると思う。
*7:どうしても主観の問題になるが、私の偏見とは言えないと思われる。いま久しぶりにググってみても、捕鯨反対の立場からはっきりそう表明している人が複数確認できる。
*8:動物の安楽死それ自体は、文化と無関係に、大昔からあっただろう。たとえばマンモスに踏まれて助からない猟犬を安楽死させる、とかいうようなことは、クロマニヨン人だってしていただろう。
*9:伝統的キリスト教では動物に魂はないとされてきた、という話とはまた別。
*10:ずっと後になるが、これは捕鯨が「残酷」か否かを巡るシリアスな議論でも重要なポイントになっていたりする。
*11:ふざけて見えかねない字面だが「本来自分の所有物でないものを預かり忠実に管理する」というニュアンスは正確に表現されていると思う。
*12:シーシェパードが典型的な動物愛護団体であるかのような印象を与えたくはないが、今の文脈では不適当とは思わない。
*13第13回
*14:ビクター・ケラハーがザトウクジラを邪悪なものと描いていると思う者はひとりもおるまい。
*15:繰り返しになるがいわゆるガイア教の支持層とは重ならない。
*16第24回

第38回】 【目次】 【第40回

コメント

  1. 木戸孝紀 より:

    >6
    何かでそう憶えてたけどstewardshipの方が一般的っぽいですね。
    直しました。

  2. 匿名 より:

    stewardmanshipが辞書にありません。

  3. アリア より:

    >むしろこのあたり地下猫さんから突っ込まれるかと思ってた。

    自分のような左派的な人間は選挙結果を見るたびに落胆してるんです・・・

  4. アリア より:

    38回を書いたのが2012だったし
    いつ全体像が明らかになるのかという心配が・・・

  5. 木戸孝紀 より:

    >地下猫さん
    たしか暴力の人類史でも、
    ナチズムはボルシェヴィキのいう
    階級を民族に置き換えただけだ
    (そこまで単純な書き方ではなかったと思いますが)
    みたいな話もありましたね。

    ナチスと動物の話は面白いですが、
    そこまでオリジナリティあるわけでもないし、
    ゴドウィンの法則感が出てしまう危険があるので、
    今考えてる一連の流れ全部して、
    さらに余裕があったらになるでしょうね。

    >アリアさん
    むしろこのあたり地下猫さんから突っ込まれるかと思ってた。
    欧州と比べたらそりゃもちろんそうです。
    全ては何と比べてるかによります。

    今は、
    最も成功した社会主義国と言われ、
    軍事・宗教・民族主義にアレルギーの強い
    特に戦後から90年代ぐらいまでの日本は、
    全地球の全国家の中で比べたら、
    欧州の左派にずっと近いという程度の意味です。

    いつかリリー博士の倫理観がへんてこに見えても、
    ビクトリア調のそれに比べれば現代人に
    ずっと近いというのと同じような趣旨で。

    現時点で説明不足なのは否定しません。

  6. アリア より:

    >おおむね豊かで環境問題や動物愛護に気を使う余裕があり、西側・リベラル・左派的で

    日本にはそういう人は欧州に比べたら少ないですよね。
    日本はほとんど保守政党が(自民党が)政権政党だったのですから。
    普通に考えたら日本は保守的な人が多いという結論になりそうです。

  7. 地下に眠るM より:


    おおむね豊かで環境問題や動物愛護に気を使う余裕があり、西側・リベラル・左派的で、近代・西洋化されていると同時にオリエンタル・東洋趣味

    これってさ、例えばホメオパシーの信奉者と丸かぶりなんだよね。
    ホメオパシーは極端にしても、無農薬減農薬の農業を始めたり、環境問題に関心を持っている層に実に多い。
    都市アッパーミドル層に多いのではないかと思ってます。


    これだけいうとこの層はリベラル・左翼っぽいように見えるけど
    ナチの台頭を支えた層ともダダかぶりともいえるよね。

    ガイア教の話はこのあたりまでたぶん射程に入ってそうだけど
    だいぶ先は長そうだよなあ・・・

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