2008 2/11

人間の測りまちがい 上―差別の科学史 (1) (河出文庫 ク 8-1)

第20回】 【目次】 【第22回

第二章 ダーウィン以前のアメリカにおける人種多起源論と頭蓋計測学

白人より劣等で別種の黒人とインディアン

秩序は神の第一法則だ、それを明らかに語るならば、
人間に大小・貧富・賢愚のあるのは当然である

アレキサンダー・ポープ『人間論』(一七三三年)(岩波文庫版より)

 現存する社会の階層は正当なものであり、必然的なものであるとするために、理性に、あるいは宇宙の本質に訴えることが歴史上しばしばなされてきた。そうした階層が数世代以上も続くことは稀であるが、その議論は社会制度が改められると、磨きなおされて再登場し、こうして、果てもなく繰り返される。

 まったくですな師匠。ガイア教の後には一体どんな議論が現れるのだろうか? 私は生きているうちにそれを見たい。きっともっと面白いに違いない。

 自然に基づいて階層を正当化しようとした動きのカタログは幅広い。支配者と被支配者階級の階層性を、中心に地球が位置し、その周りを階層秩序づけられた諸天体が廻るというプトレマイオスの宇宙論に類比させたり、アメーバから神まで一つの系列に位置づけられている「存在の大いなる連鎖」――この連鎖の頂点近くには階層づけられた人種および階級が含まれている――という普遍的秩序に訴えるなど。ここで再びアレキサンダー・ポープの詩を引用しよう。

もし、この正しい段階がなければ
これをあれに、すべてを汝に
従わせることができるだろうか
  …………
自然の鎖のどの環を破壊しても
――十番目でも、一万番目でも――
鎖は同じように壊れるのだ

(岩波文庫版「人間論」より)

 最高の身分のものも、最低の身分のものも、宇宙の秩序の連続性を保つために、それぞれ自分たちの持ち場を保って、定められた任務を果している。

 第17回ですでにある程度詳しく言ったが、「捕鯨」「地球の破滅」に直結しちゃうような思考パターンは、必ずしも突飛なものとは言えない。こういうしっかりした歴史があるわけ。

 多くの読者は驚かれるだろうが、本書では、新参者であると思われる一つの議論――生物学的決定論をとりあげる。この生物学的決定論によれば、社会の底辺にいる人々は本質的に劣った素材(貧弱な脳、悪質な遺伝子、その他もろもろ)で作られているという。

(中略)

 人種に対する偏見は有史以来、古くから見られるものであるが、この生物学的正当づけによって、蔑視されたグループの上に、本質的な劣等性という余分の重荷が付け加えられ、改宗や同化による救済が妨げられた。この「科学的」議論が、一世紀以上もの間、攻撃の第一線を形成してきた。

(中略)

図2・1

 十八世紀および一九世紀の人種観に対して科学がどのような影響を与えたかを評価する場合、当時の社会的指導者や知識人たちが人種のランクづけの妥当性を疑わなかった、という文化的状況があったことをまず認識する必要がある。彼らは、インディアンが白人より、黒人は他のすべての人種より低いランクにあると考えていた(図2・1)。こうした状況の下では、平等と不平等を対比するような議論は見られなかった。あるグループ――それを強硬派と呼ぼう――は、黒人は劣等であり、その生物学的地位は、奴隷化や植民地化を正当化するものであると考えた。他のグループ――もし、認めてもらえるのなら、柔軟派と呼ぶ――は、黒人は劣等だが、人々の自由に対する権利はその人の知能レペルに依拠するものではないと考えた。「人々の才能がどの程度であろうが、それは人々の権利の物指しではない」と、トーマス・ジェファソンは書いている。

 柔軟派のグループの間には、黒人の不利な立場の本質についてはさまざまな受け止め方があった。ある人は適切な教育を授け、標準的生活をさせれば白人のレベルにまで「高める」ことができると論じているし、他の人々は、黒人は永遠に愚かであると主張した。彼らは、黒人の劣等性の生物学的、文化的根源についても意見を異にしていた。とはいえ、ヨーロッパの啓蒙主義やアメリカ独立戦争における平等主義の伝統を通じては、(少なくともリップ・サービスで)今日のリベラルなサークルで流行している「文化の相対主義」にかすかでも似かよった俗受けする立場は見出されない。それに一番近いものとしては、黒人の劣等性は純粋に文化的なものであり、教育によって完全になくすことができるし、コーカサス人種の標準にまでなりうるという論があげられる。

 アメリカのすべての文化的英雄たちは、公立学校についての通念を作った人々を当惑させる人種差別的態度を受け入れている。ペンジャミン・フランクリンは、黒人の劣等性は純粋に文化的なものであり、完全に回復できると考えていたが、いっぽうで、アメリカは白人の領土であり、好ましくない有色人で薄められないよう願っていた。

「彼ら〔白人〕の人口がもっと増えるのを望みたいぐらいだ。我々はアメリカの森を切り開き、自分たちの惑星を磨き、火星や金星の住人たちが地球のアメリカ側をまぶしく感じるほどにしているのに、どうして、この国民を黒くしなければならないのだろうか。すべての黒人や黄色人種を排除することによって、愛すべき白人や北米インディアンを増やすチャンスを順調に得ているアメリカに、なに故にアフリカの息子どもを移民させ、増やすのか。」(『人類の増加に関する考察』一七五一年)

図2・2

 他の英雄たちも生物学的劣等性を支持する意見を述べている。トーマス・ジェファソンはためらいがちにではあるが、つぎのように記している。「黒人は初めから異なった人種であるにせよ、時間や環境によって異なったものになったにせよ。ひょっとしたら肉体的にも精神的にも白人よりその資質が劣っているのではないか、と私は提言したい。」(ゴセット、一九六五年、四四ページ)北軍での黒人兵士の功績に喜んだリンカーンは、解放奴隷や奴隷出身者を大いに尊敬した。しかし、自由は生物学上の平等を意味するものではない。ダグラス論争(一八五八年)で強硬に表明したつぎのような基本的態度は決して棄てなかった。

「白人と黒人の間には肉体的相違があり、そのため、社会的、政治的平等の名の下に一緒に生活することは永久にできないであろう。彼らはそのようには暮らせないのだから、一緒に留まっている間には、優劣の立場が生じるに違いない。他の人々と同様、私も白人に優位な立場が与えられることを支持する。」

 これが単にキャンペーン用のレトリックであると受けとられないために、一八五九年の紙きれに書き留められた個人的メモを引用しておこう。

「黒人の平等性だって! ごまかしだ! 宇宙を作り、それを支配する偉大な神の統治下で、いつまで、こんな低級なデマゴギズムを、ならず者どもはわめき続け、馬鹿者どもはほざき続けるのか。」(シンクラー、一九七二年、四七ページ)

図2・3

 昔の恥をさらけだすためにこうした発言を引用するのではない。西欧諸国の白人指導者たちが十八〜十九世紀における人種のランクづけを当然のこととして少しも疑問を抱かなかったことを示すために、我々から最高の尊敬を受けている人々をとりあげているのである。科学者たちが慣習的なランクづけに賛成したのは、このような状況のもとで社会的通念を共有したからであり、未解決の問題を明らかにするために集められた客観的データによったのではない。しかも、逆の因果関係という好奇心をそそる事例においては、これらの発言は政治的脈絡とは独立した裏付けとして読まれたのである。

 すべての指導的科学者は社会的慣習に従った(図2・2および図2・3)。

 どうだろう。フィクションでそれなりに慣れ親しんでいる中世よりもずっと「異世界に迷い込んだ」って感じがするんじゃないだろうか?

進化論登場以前の科学的人種差別論の二つのスタイル――人種単起源論と多起源論

 進化論が登場する以前、人種のランクづけを正当化する流儀には二通りのものがあった。今日の展望からすれば不適当な定義であるが、それを再び用いるとすれば、一つは「よりソフトな」論であり、すべての人々は聖書に示されたアダムとイヴの一つの創造に結びつけられているとする。これは人種単起源論と呼ばれ、人類は一つの源から生じたという。人間はエデンの完璧さから退化した産物であり、退化の度合は人種によって異なる。白人では小さく、黒人では大きい、というわけである。

 人種の違いの主な原因として、最もポピュラーだったのが気候である。退化論者たちは、退化によって生じた人種の現在の欠陥を改善しうるかどうかに関しては意見を異にした。ある人はその差異は気候の影響によって、じょじょに発達したのだが、今では固定されており、元に戻すことはできないと主張する。また他の人々は、じょじょにその差異が発達したのであれば、適当な環境下におけば元に戻りうると論じる。

(中略)

 「より強硬な」論では、聖書を寓話として捨て去り、それぞれの人種は生物学的に別個に創造された種であり、別々のアダムの子孫であるという主張がなされた。黒人は人間とは違う別の生物なのだから、「人間の平等性」にかかわる必要などないとも言う。こう主張する人々を「人種多起源論者」と呼ぶ。

 聖書を軽率に見捨てるべきでないというだけの理由だったのであろうが退化論のほうが人気があった。

 意外かもしれないが、最悪の後退への防波堤となったのはむしろ宗教の方だったというわけだ。

 似たようなことは他の時代でも起きている。グールドは『神と科学は共存できるか?』で、アメリカの反進化論教育を主導したウィリアム・ジェニングズ・ブライアンが、ナチスやアメリカ自身の優生思想の正当化に進化論が利用されていることに対する危惧という、それなりにもっともな動機を持っていたことを指摘している。

 イギリスの外科医、チャールズ・ホワイトは、一七九九年に『人間における規則的な階級についての説明』を著わし、多起源論を強力に擁護した。彼は、キツネ、オオカミ、ジャッカルのような慣習的な区分によるグループ間で交雑が成功する事実を指摘し、ビュフォンのたてた種の定義の基準――交雑可能を放棄した。彼は気候が人種の差異を生み出すという考えには反対し、そのような考えは拡張されると種間の進化という「下劣な概念」に行きつくかもしれないと論じた。彼はいかなる政治的動機をも放棄し、「自然誌の命題を研究する」という汚れのない目的を発表した。また「人類を奴隷化するような有害なことを認める」のに多起源論が使われることにぱっきりと反対した。ホワイトはランクづけの規準に審美的なものを用いるようになった。彼の議論には、しばしば引用されるつぎのような言葉が含まれている。彼は、コーカサス人種以外のどこで、つぎのようなことが見られるかと論じる。

「そのような大きな脳をもった立派なアーチ型の頭。……さまざまな容貌、豊かな表情、その長くたれさがった優美な巻毛、堂々たるあごひげ、そのバラのようなほお、紅色の唇を、どこで見出せるか。崇高な歩きぶりは……どこで。ヨーロッパの美しい女性たちの柔かな容貌にまき散らされる恥らい、つつしみ深さと、繊細な感情の象徴でもあるその恥らいが、地球上の他のどこかで見られるであろうか。ヨーロッパの女性の胸以外、どこで、そのような豊満な、雪のように白い、そして先端が朱色に染められた二つのふくらみが見られるであろうか。」(スタントン、一九六〇年、一七ページ)

 「エロスwww」とかいって笑いたい人は笑ってればいいさ。でもね、もし……もしだよ? 仮に同じ美意識を今日にも持ち合わせている人がいたとすれば、このフラストレーションをどこへ持って行きゃいいんだろう?

 上のようなセリフはもう童話の中のシャチですら口に出しては言ってくれないんだ、こんな世の中じゃ。

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おまけ

 ポイズン。

by 木戸孝紀 tags:


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