2010 8/25

(本文とは無関係)

 最近読んだ本、またはずっと紹介したいと思っていた本の中から、個別エントリにするタイミングがなさそうなものを、まとめて一挙紹介。

 ★は1-5個でオススメ度。人に薦める価値がまったくないと思うものはそもそも取り上げないので、1個でもつまらないという意味ではない。

『基礎から学ぶ楽しい疫学』★★★★★

 中村好一著。そのまんま教科書。真剣に勉強する気がある人にしかおすすめできないが、ある人には絶対おすすめ。

『ぼくの脳を返して~ロボトミー手術に翻弄されたある少年の物語~』★★

 ハワード・ダリー、チャールズ・フレミング著。ロボトミーの話はそこそこ興味があるつもりだったが、実際に自分がそれを受けたと証言できる状態の人がいるとは知らなかった。

『政治をするサル―チンパンジーの権力と性』★★

 フランス・ドゥ・ヴァール著。かなり昔にこの話題でもっと面白いのがあった気がするのだが、思い出せない。

『ドキュメント 戦争広告代理店』★★★★

 高木徹著。ちょっと前にあった2chのユーゴ紛争釣りカキコの件で思い出した。あの件では何か書こうかと思ったが、時期逃したし、もういいや。この本自体は絶対に押さえておいてほしい。

『カンブリア紀の怪物たち』★

 サイモン・コンウェイ・モリス著。『進化の運命』の予習として読み直した。これ自体はまあ普通。今の視点からすると問題は多くても、やっぱり『ワンダフル・ライフ』の方が面白いんだよね。

『Mad Science ―炎と煙と轟音の科学実験54』★

 セオドア・グレイ著。一言で言うと「イグノーベル高校化学資料集」みたいな感じ。定価で買うのは推奨できないけど、他に類を見ない本なので一見の価値はあると思う。図書館などでどうぞ。

『第1感 「最初の2秒」の「なんとなく」が正しい』★★

 マルコム・グラッドウェル著。人間の直感的判断にまつわる話。ちょっと軽めか。これで興味が沸いたら、中で取り上げられている、横に並べたような本へ進むといいかも。

『進化のなぜを解明する』★★

 ジェリー・A・コイン著。ドーキンスの『進化の存在証明』と似た感じの位置づけ。個人的には先にドーキンスの本をオススメするけど。いくつか気になる間違いがあったが、まあ良書。詳しくは例によってshorebird氏のところを。

『ミラーニューロン』★

 ジャコモ ・リゾラッティ著、コラド・シニガリア著。監修に茂木健一郎とか入っているので不安になるが、まともな内容。ちょっと専門的な部分が多いので事前に何らかの予備知識があった方がいいと思う。……が、そのためにおすすめできそうなのが思いつかない。

『男の凶暴性はどこからきたか』★★★★★

 リチャード・ランガム著、デイル・ピーターソン著。『火の賜物』と同著者である関係で思い出した。進化と男女というテーマで興味がある人は『マザー・ネイチャー』とセットで見ておけばいいと思う。

おまけ

 リアルだと笑えん。いや、やっぱり笑える(笑)。

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2010 8/1

創造―生物多様性を守るためのアピール

 エドワード・オズボーン・ウィルソンが、科学とキリスト教が協力して生物多様性の保護に取り組もうと、仮想の南部バプティスト派牧師に対し訴えかける、という本。

 はっきり言って、試みそのものが成功しているとは全く思えない。当たり前だが、ウィルソンは神の創造は嘘で進化が事実であるということについては一歩も譲る気はないわけで、牧師にとっては、

「私たち科学者は、君たち牧師が一番大事だと信じていることが全くの間違いだということについては、一歩も譲るわけにはいかないけど、私たちが一番大事だと信じているものを護るために君たちが協力できることは、沢山あると思うよ?」

 と言われているようなものだと思うのだが。*1これで「はいわかりました是非協力しましょう」と言ってもらえると、少しでも本気で期待しているのなら、ちょっと人を舐めすぎではなかろうか。

 ただ、言うなれば宗教右派に対してすり寄る内容だけに、私がウィルソンに対して気にくわないと思っている点が濃縮されたような感じになっていて、個人的には、なかなか興味深かった。印象深かったところを数ヵ所抜粋する。

第二章 自然の位に上ること

 人工的な生態系の中だけの暮らしに満足する人々も多いことは事実でしょう。これは飼育動物たちも同じこと。飼育用のグロテスクに不自然な生息環境のもとで満足しています。私の気持ちをいえば、これは倒錯です。手の込んだ飼育場の牛となることは、人間の本性にかなうものではないでしょう。誰しもが、人を生み出した複雑で原生的な自然の世界を難なく旅することができてしかるべきです。私たちには、誰の所有地でもなくすべての人々によって保護される大地、私たちの太古の祖先たちの世界を境界付けていたのと同じ地平を変わらず維持しているような大地を、縦横に行く自由が必要です。人類誕生のころの人の心理を作り上げた驚異の感覚は、エデンの遺産ともいうべき、人の都合とは独立した、生きものたちの賑わいに満ちた世界の中でこそ、体験することが可能なものです。

 人間的でかつ適切に教育される科学的な知識は、我々の暮らしに永続的なバランスをもたらす鍵です。生物学者たちが、生命圏の豊穣についてより多くを学ぶほど、生物圏のイメージはより豊かで感動あるものになります。同様に、心理学者たちが人の心の発達についてより多くを学べば学ぶほど、自然の世界が私たちの精神と、魂に及ぼしている重力のような普遍的な力をさらによく理解することになるでしょう。

 この星との平和な暮らしを実現するために、そして人類相互の平和な暮らしを実現していくために、私たちはまだ長い時間を必要としています。私たちは、新石器革命を発動したおりに、道を誤りました。そのときから人間は、大自然の位置に上る(ascend to Nature)のではなく、自然の位置から離れ、上昇すること(ascend from Natrue)を目指してきました。しかし、自然遺産が与えてくれる深く満ち足りた恩恵を享受するために、これまでに手に入れた暮らしの質を失うことなく方向転換を果たすことは、まだ可能です。宗教の包容力、そして教導者たちの寛大さと想像力の豊かさは、聖書に十分に記されることのなかったこの大きな真実を理解する偉大さを、必ずや発揮してくださることでしょう。

 うーん、これだよこれ。人によっては「ポスト・キリスト教」と呼び、私がガイア教と呼ぶ、リベラル派と伝統的キリスト教的世界観のねじれた野合。素晴らしい考え方だ、間違っていることを除けば。

  祖先的進化環境へのESSとして適応してきたに過ぎないものを「人間の本性」などと呼んで善と同一視することがそもそもおかしい、ということをいったん脇に置いたとしても、ホモ・サピエンスという種は、すでに圧倒的に自己飼育化*2の産物である。

 今日、人々がアメリカで「手つかずの自然」と信じているものは、一万年数千年前に起きた人類の進出(参考)と、近代のヨーロッパからの大規模な生態系移植(参考)の結果である。

 そしてもちろん、アフリカ=ユーラシア大陸の「手つかずの自然」とは、人類とその他の生物の数百万年の共進化の結果でしかありえない。

 「人間の本性」とか「人間の都合とは独立した生きものたち」などというのは、ただ単に間違っているのではなく、間違うことすらできていない幻想である。

第三章 本来のいのちある自然とは何か

 ポストモダンの哲学者の中には、真実は個々人の世界観にのみ依存する相対的なものであり、大自然というような客観的な実在はないと主張する人々がいます。彼らは、自然という区分はある種の文化に発生した誤った二分法に基づくものであり、他の文化には存在しないものであると主張しています。私はそのような考え方を面白いとも感じますが、それも数分のこと。これまで私は、自然の生態系と人間の干渉を受けた生態系の非常に鮮明な境界を何度も横切ってきた経験をしており、生きた本来の大自然(Nature)の客観性を疑うことはできません。

 私は、いわゆるポストモダン哲学や極端な相対主義も嫌いだが、ここではそちら側に加担せざるをえない。

  • 「大自然というような客観的な実在はない」

 などということは、ポストモダン哲学者よりも、むしろ進化生物学者こそが、キリスト教者に対して訴えるべきことだろう。

 次の引用部分は、若干補足が必要だと思う。キリスト教の中には、

  • 自分たちが生きている間に今の世界には終末が訪れる、そして自分たちは素晴らしい天国に迎えられる

 という考え方が、今も根強く生きている。そのような考えの人は当然、持続可能性などには関心を持たない。ウィルソンは本全体を通してそれを危惧している。

第九章 否定とそのリスク

 パストール、私か最も恐れるのは、創造された生きた自然[the Creation 被造物]への破壊に、ほとんど何の危険も感じないような、宗教的・世俗的なイデオロギーの結びつきが蔓延していることです。以下は、生物多様性にほとんど重要性を認めず、人は大自然をますます離れてこそ益多い者なのであり、自然に向けて次元上昇[アセンド]するようなものではないとする意見を持つ牧師がいれば、こんなスピーチもするだろうと想像して、私か創作したものです。

 兄弟姉妹、やがて地上から消えていくものたちのために、嘆くことなかれ。生命は変化です。絶滅もまたときにはよきものです。私たちは生命の新たな次元として、人を祝福しましょう。「略取」された地球を、新しい生命圏として祝福しましょう。進歩の障害となる種は消滅するにまかせましょう。人の登場する以前も、生態系と種の変転は通常のことでした。人のさらなる利益のために、世界の生物多様性が貧しくなることがあるとしても、私たちヒトという種に危険はありません。資源が枯渇すれば、天才的な科学技術者たちが、新たな資源を見つけるでしょう。

 善き人々よ、宇宙に目を向けましょう。天国を見上げましょう。絶滅した動植物を、未来世代への苦き遺産と考えるのはやめましょう。わたしたちは、歴史的な建造物を保存するのと同じように、過去の形見として、自然公園を保存することができます。高度の生物工学的な技術によって新しい生態系を創造し、人の力で創造された生物種をそこに棲まわせることもできるでしょう。どんなにすばらしい生物が創造されていくか、まだ私たちは知りません。それはかつてないほど審美的な魅力に満ち、多方面で有用な、技芸の産物となることでしょう。古く、原始的な環境は、人の手によって作り出されるはるかに優れた環境に置き換えられていくのです。完全に人間化された環境、人間が自分自身で作り上げるパラダイスのもとで、かつてない繁栄を果たすこと。それは私たちの未来技術によって可能なことであり、神の摂理にもかなうことです。それが私たちの定めなのです。来たるべき世代、人々は在庫の化学物質を利用して薬剤を合成するようになるでしょう。遺伝的に改良された数十種の穀物種から食料を生産するようになるでしょう。持続可能なエネルギー資源をコンピューターで管理することによって、大気も、気候も制御されるようになることでしょう。この古き地球は、これまで数十億年(これは、六千年とするのが望ましいと言われるかもしれませんが)の間そうであったと同じように、自転を続けていくことでしょう。

 しかし、地球というこの惑星は、比喩ではなく、文字通りの存在として、宇宙船になっていくのです。宇宙船地球号の操縦室には、人類の最も優れた人材が配され、モニター画面を見つめ、ボタンを押し、私たちの航行を安全なものとしてくれることでしょう。

 ここにあるのは、地球で特別の位置を占める人間は、大自然の法則の外にあると考える、人間特例主義の哲学です。人間特例主義は、以下の二つの、いずれかの形をとります。第一の形は、先に例示したような、世俗的な形式です。コースを変える必要はない、人間の天才が解決策を見出していく、という考え方です。第二は宗教的な形です。コースを変える必要はない。何にせよ、私たちは神の手の中、あるいは神々の手の中、地球という業の中にあるのだと考える形式です。

 実を言うと、地球の未来に関する私自身の意見は、ここでウィルソンがあげている悪い例と、そう遠いものではない。もちろん、わざと馬鹿に見えるように書いてある部分を除けば、だが。

 第一、この本それ自体が、科学と宗教が協力して

  • 「宇宙船地球号の操縦室には、人類の最も優れた人材が配され、モニター画面を見つめ、ボタンを押し、私たちの航行を安全なものとしてくれる」

 ようにしよう、という訴え以外のなにものでもないではないか。

  • 「持続可能なエネルギー資源をコンピューターで管理することによって、大気も、気候も制御されるようになる」

 ことを敵視しながら、どうやって地球温暖化を解決しようというつもりなのか。

 ウィルソンがその程度のことも考えていないとは思わない。もしかしたら、これは宗教右派にすり寄るためのテクニックのつもりかもしれない。

 宗教右派自身の主張を、彼らが嫌っている「科学」の主張であるかのように見せかけて内部で離間させようとする、巧妙な藁人形論法のつもりなのかもしれない。

 しかし、実際にこの例のような考え方をする宗教者がいたとして、こんなレトリックで意見を変えるとは思わないし、変えたとしても別の馬鹿な考えに行き着くだけだろう。

 アメリカの現状を鑑みるに、宗教の力を借りたいという気持ちはわからなくはない。むしろ、大いにわかる。だからといって科学の方からこんなすり寄り方をするのは、元も子もなくす可能性が高い、危険すぎるテクニックに見える。

第十章 最後のゲーム

 人類のハンマーが振り下ろされ、第六の絶滅が始まってしまいました。人類によるこの破壊行為が停止されず継続すれば、回復不可能な激しい消失の過程は、今世紀末には中生代末の大絶滅のレベルに達すると予想されています。

(中略)

 先行する五回の大絶滅は、自然選択によって修復されるのに平均一〇〇〇万年を要しました。一〇〇〇万年のスランプをまた経験するというのは受け入れがたいものでしょう。人類は決断を必要としています。それもいますぐです。地球の自然遺産を保全しましょう。そうしなければ、未来の世代は生物学的な貧困の世界に適応していくしかありません。この選択を回避する道はありません。動物園や植物園に頼れないことはすでに説明したとおりです。空想的な著者の中には、最後の手段にかかわるアイデアをもてあそぶ人々がいることも承知しています。未来の再生を目指して、受精卵や組織を凍結する方法で数百万の現存種やさまざまな品種を保全しようなどと彼らは主張しています。あるいはすべての種の遺伝暗号を記録して、後日、そこから種の再生を目指そうなどとも主張しています。どちらの提案もリスクが高く、膨大な経費を必要とし、最終的には実のないものとなるでしょう。仮にそれらの方法によって、危機に瀕した地球の生物多様性がことごとく再生され、交配を通して集団としても再生され、二一世紀において「野生」と判定される領域への帰還を待つばかりになったとしても、その場において生存可能な個体群を個々に再構成していくことは、実行不可能というしかありません。生物学者は、複雑で自律的な生態系をゼロから組み立てる方法などまったく知らないからです。いずれ理解できる時が来るとしても、その時、人間による改造を強く受けてしまった地球の条件下では、もはやそのような再構成は不可能と判明するのではないでしょうか。

 人間特例主義者たちは、以上のオプションの先にさらに最後の提案を用意しています。いつの日か科学者たちは人工生物や種を創造し、それらを組み合わせて合成生態系を作り出すはずとの希望を持って、生命圏の貧困化など気にすることなくこのまま進もう、という主張です。未来の世代には、大自然の失われたニッチを再び人工生命で満たさせよう。たとえば人間を襲わないようにプログラムされたトラモドキ。トラモドキは人工的に輝き燃え、刺しも噛みもしないムシモドキたちの満ちる森林モドキの中を行く――というわけですね。仮にファンタジーの世界だけの話だとしても、人工的な生物多様性という発想には、以下の言葉が適切です。冒涜、堕落、嫌悪。

 以上に紹介した有効性のない諸提案は、残念ながらどれも実際に提案されたことのあるものばかりなのです。それらの夢はいずれも愚かなものです。いまという時代はサイエンス・フィクションの時代ではありません。常識をもって、以下のような処方に従うべき時代です。生態系と種を救うには、個々の種の独自の価値を一つ一つ理解し、それらの運命を左右することのできる人々を説得して、生態系と種のお世話役をつとめてもらうしかないのです。

 私は知らないが、科学者の誰かがそんな非現実的な提案をしたことはあるのかもしれない。だが、それが科学の世界で真剣に受け取られたり、ましてや広範な支持を受けたりしたことはないはずだ。

 これもまた前の引用部分と同じ、宗教右派自身の主張を、彼らの嫌う「科学」の主張と錯覚させようとする巧妙な藁人形論法にしか見えない。

  • 「人間を襲わないようにプログラムされたトラモドキ。トラモドキは人工的に輝き燃え、刺しも噛みもしないムシモドキたちの満ちる森林モドキの中を行く」

 という描写には、私はイザヤ書の一節を連想させられる。これはやはり、科学の言葉に置き換えられただけの、伝統的なキリスト教的自然観だ。

 今の世に「人間特例主義者」などと呼ぶべき人々がいるとすれば、それは、

  • 人間以外の自然は全て神に創造された完全なもので、悪や不完全さの全ては人間の罪に由来する

 という宗教的ドグマを無理矢理にでも維持しようとする宗教者と、それにすり寄る科学者であろう。

*1:まあ、もし自分が、確固たる信仰を持つアメリカ南部の牧師だったら……というのは、私に取ってあまりに大きすぎるif なので、まともな想像が可能とは思えないが。
*2:この単語でググってみたら何かトンデモくさいページばかり引っかかるが、最近『火の賜物』でも出たばかりの話だ。

おまけ

 この世はでっかい宝島♪

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2010 7/31

(本文とは無関係)

 最近読んだ本、またはずっと紹介したいと思っていた本の中から、個別エントリにするタイミングがなさそうなものを、まとめて一挙紹介。

 ★は1-5個でオススメ度。人に薦める価値がまったくないと思うものはそもそも取り上げないので、1個でもつまらないという意味ではない。

『シー・シェパードの正体』★

 佐々木正明著。興味ある人は押さえておいてほしいけど、日本では、シーシェパードをそのまま信じている人なんてあまりいないので、それほど積極的な価値はないかも。

『100年予測―世界最強のインテリジェンス企業が示す未来覇権地図』★

 ジョージ・フリードマン著。トンデモ本としての評価。最初の方は真面目に予測しているのだが、途中からいきなりSF仮想戦記モノに。ギャップが笑える。

『経済倫理=あなたは、なに主義?』★

 橋本努著。この本の分類だと私は「平等主義」になるようだ。

『背信の科学者たち―論文捏造、データ改ざんはなぜ繰り返されるのか』★★★★★

 ウィリアム・ブロード著、ニコラス・ウェイド著。すごくいい。古今東西の主要な科学の偽造・捏造・改竄、その他の問題が網羅されている感じ。ブルーバックスでこれはとてもお得。コストパフォーマンス高すぎ。

『「環境主義」は本当に正しいか?チェコ大統領が温暖化論争に警告する』★

 ヴァーツラフ・クラウス著。現職チェコ大統領が書いている、という以上のものは特に。内容的はロンボルグの本の方がまとも。そちらを読んでいれば十分と思う。

『宗教からよむ「アメリカ」』★★★

 森孝一著。これは今まで興味なかった人が、このキーワードで押さえておくのにちょうどいい感じ。

『絶対貧困』★★★★

 石井光太著。「世界リアル貧困学講義」スラム編・路上生活者編・売春編。かなり面白い。同著者の他の本も当たってみよう。

『無限のパラドックス―パズルで学ぶカントールとゲーデル』★★★

 レイモンド・スマリヤン著。何かの加減で思い出した。無限とかパラドックスとかいう単語に反応する人おすすめしたい。

おまけ

 経済倫理と聞いて。桃鉄も昔と随分変わってるなあ。

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2010 7/17

人間らしさとはなにか?―人間のユニークさを明かす科学の最前線

 これはかなりおすすめ。タイトルそのものの内容に興味がある人すべてに。

 本編だけで500ページ以上ある、すごい大著だけど、これでもかというぐらい様々な内容が次から次へ出てくるので飽きない。

 関連書籍に並べた本のような多様な分野の研究に言及されるので、最初の1冊としてもベストじゃないかと思う。

 つまり、まずここから読み始めて気になった参考文献を辿っていくという使い方にもってこい。

関連書籍


おまけ

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2010 6/29

(本文とは無関係)

 最近読んだ本、またはずっと紹介したいと思っていた本の中から、個別エントリにするタイミングがなさそうなものを、まとめて一挙紹介。

 ★は1-5個でオススメ度。人に薦める価値がまったくないと思うものはそもそも取り上げないので、1個でもつまらないという意味ではない。

『火星の人類学者―脳神経科医と7人の奇妙な患者』★★★

 オリヴァー・サックス著。『動物感覚』でこれだけ読み落としていたことに気づいた。『レナードの朝』は好きで、『妻を帽子とまちがえた男』も読んだことがあったのに、不覚。かなり面白い。

『官能小説用語表現辞典』★

 永田守弘著。例文までちゃんと出てきて面白い。これ見て、昔官能小説自動生成ソフト七度文庫というものがあったのを思いだしたが、あれってどのくらい使い物になるのだろうか。

『貧困の終焉―2025年までに世界を変える』★★★★

 ジェフリー・サックス著。『地球全体を幸福にする経済学』繋がりで読んだ。具体的なエピソードが多いので、読み物としての面白さはこちらの方が上かも。

『WORLD WAR Z』★★★

 マックス・ブルックス著。中・短編エピソードを集めて語られるゾンビ世界大戦。ゾンビものが特別に好きなわけではない自分でも一気に読み通せたので、かなり面白い方だと思う。このジャンルが好きな人にはオススメ。

『科学と神秘のあいだ』★

 菊池誠著。「ニセ科学」関連で有名な菊池教授。音楽に関する話題が多かったりして、少しイメージが変わった。

『数字オンチの諸君!』★★★★★

 ジョン・アレン・パウロス著。リンクぐらい張っておいたことはあったかもしれないが、直接プッシュしたおぼえはなかったのでここで。数学リテラシー本では、まず最初におすすめする一冊。

『地球(テラ)へ…』★★★

 竹宮惠子著。『新世界より』を読んだとき元ネタのひとつじゃないかと思った。不適なガキは始末して記憶も抹消とか。エスパーが抑圧側か被抑圧側かで逆だけど。

『アレックス・スタディ―オウムは人間の言葉を理解するか』★

 これも『動物感覚』つながりで読む。鳥類の知能をハトとか基準に甘く見たらいかんぜよって感じ。

おまけ

 音楽+ニセ科学つながり。これはひどい(笑)。

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2010 6/24

ダーウィン―世界を変えたナチュラリストの生涯

 元より長くなってしまったが、上記エントリに対する補足。

 はてなブックマークのコメントなどで、あまり予想していなかった反応がいくつかあった。そのほとんどは「ちょうど進化論以前の生物分類学のようなものになる」という部分を、過度に否定的な意味に受け取った結果と思われる。

 進化論ほど広く受容され使用されている理論には、権威が伴う。最近ニセ科学の文脈で創造論・ID論との戦いがよく話題になることもそれを強化しているかもしれない。

 とにかく「進化論」とか「進化○○学」と言っただけで、

「進化論こそ科学の中の科学! それ以前の奴なんて何も知らなかったバカ! 無視する奴は現実を受け入れられないグズ! 逆らう奴は頭のおかしい宗教キチ○イ!」

 というような台詞が、バックグラウンドに流れているように聞こえてしまうのだ。

 もちろん、私はそう聞こえることを予想していたから、わざわざエントリの最後の段落を全部使って注釈を入れたのだが、進化論に対する強固な信仰を揺るがすには、その程度では全く不足だったらしい。

 当たり前だが、進化論が登場したからと言って、それ以前の分類学が突然ナンセンスになったりはしなかった。

 それどころか、今でも賛嘆に値するような、「それ以前」の分類と研究の集積から、進化論は生まれたのだ。*1「ちょうど進化論以前の生物分類学のようなものになる」という台詞をそんなに否定的に受け取る必要はないのだ。

 しかし、神の設計理念を知りたいと思って研究するのと、進化の過程を知りたいと思って研究するのでは、立てられる仮説も、行われる発掘・実験も、出てくる結果も、同じものではありえない。それもやはり当然のことだ。

 生物学ではその移行はすでに終わったが、倫理・道徳といった、従来「いわゆる科学」からは、まだ遠いと思われた分野でも、類似のことが起こる、あるいはすでに起きつつある。「ちょうど進化論以前の生物分類学のようなものになる」という台詞は、そういう意味だ。

 それに関するもっと詳しい話はまた今度。今の調子じゃ何年後になるかわからないが。

はてなブックマークでのコメントに対するお答え

 (後ろに追記されていく可能性あり)

tikani_nemuru_M 同感だがなかなか受容されないだろうなあ

 こうなると、むしろ地下猫さんに一発で伝わったのが意外なんですが。あとTwitterやりましょうTwitter。真面目な話だけじゃなくて、ゲーム話とか、家庭の話とか、バカ話とか、もっと垂れ流してください。

kogarasumaru サンデルの本領はLiberalism and the Limits of JusticeやThe Case against Perfectionなんだが/そうすると「脳・神経科学および進化心理学の両面か〜」というのはまったくもっておかしな話

 よく意味が分かりません。その2冊の本は未読ですが、「この分野は今まさに、脳・神経科学および進化心理学の両面から革命が進行中」というのは、サンデルの本領がどこで、そこで彼が何を言っているかとは全く関係ない話です。

 その意味で『これからの「正義」の話をしよう』の書評の中ではなくて、他で言うべきことだったかもしれない、とは思っています。ずっとやるやる言っておいて、全然やっていない『恋人選びの心』の書評とかで。

kogarasumaru 正直な話、科学畑からのちゃちな横槍としか

 「科学畑」って何ですか? そんなものが存在するとしたら、あなたは「非科学畑」のお住まいなのですか? 自分の理解できない分野から自分の分野に言及されると自分が脅かされたかのように感じるセクショナリズム*2は、誰も幸せにしません。

 せめて参考リンクに張ってあるジェフリー・ミラーの話だけでも*3読んでから「ちゃち」で済ませていい話かどうか考えてください。

hal9009 うははw。ついに倫理にも還元主義の波がw。しかしその考え方は快楽主義と批判されそうな気もするな〜

 「脳・神経生理学」と聞いただけで「還元主義」という短絡をしてしまうというのは、それなりに理解できなくはない発想です。直した方がよいと思いますが。

 ただし「還元主義」という言葉をあなたがどんな意味で使っているにせよ、進化心理学は「還元主義」とは縁遠いものですし、「快楽主義」に至っては、どこから出てきたのか全くわかりません。教えてください。

minazuki6 茂木健一郎「呼んだ〜?」

 呼んでませんが何か?

*1:そうじゃないと思ってた人がいますかね?
*2:縄張り根性
*3:もちろん、この話だけで言っているわけではないのですが。

おまけ

 えー、ノーコメント。

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2010 6/22

奇妙な論理〈1〉―だまされやすさの研究 (ハヤカワ文庫NF)

 最近亡くなったマーチン・ガードナーによるニセ科学本の古典。原題”In the Name of Science.”(『科学の名の下に』)

 原著は1952年著と相当に古く、単に多くのネタが昔の話であるというだけでは済まない。一例を挙げれば、「ニグロ」という単語が、単に「黒人」という意味でなんの注釈もなしに使われる。現代ではありえないことだ。

 この本の面白さは、それほどまでに古いにも関わらず、その価値が全く損なわれていないことだ。むしろ上がっているかもしれない。人間の騙されやすさというものが、当時と全く変わっていないからである。

 だが変わった部分もある。現代のニセ科学批判者は、ここでのガードナーほど、ニセ科学の推進者を奇人変人としては扱わないし、騙される大衆を間抜け扱いしないと思われる。

 「人間の騙されやすさ」は変わっていなくても「人間の騙されやすさに対する理解」が、当時に比べ大幅に増しているからだ。

 今では誰も知らないようなトンデモがある。今では誰も知らないが、それとほとんど同じようなものを代わりに知っているトンデモがある。ホメオパシーのような今でもそっくりそのまま存在するトンデモもある。そのままの意味でも、歴史的な意味でも、大いに価値があるだろう。

おまけ

 「人間ってそんなものね 許し逢えるって素晴らしい」

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2010 5/30

ネ大改造!!劇的ビフォーアフター

 バージェス動物群について久々に面白いニュースが。ハルキゲニアの上下逆転以来の衝撃かもしれん。

 摩訶不思議と思われていた化石が徐々に既知の分類に収まってくる歴史を辿っているので、方向性は意外ではないのだけど、まさか頭足類とは。

 カンブリア爆発についての意見がどうあれ、頭足類ほどのグループ(の先祖)が見つからなかったらむしろ不思議なわけなので、驚きではあるが妥当な話に思える。

謎の古代動物は原始イカ類=5億年前の新化石分析?カナダ

 約5億年前の海に生息した頭はエビ、体は魚に似た謎の小さな動物「ネクトカリス」は、現在のイカに似ているが、足に見える腕が2本しかない姿だったことが、カナダで新たに発見された多数の化石の分析で分かった。イカやタコの頭足類に分類され、同類の化石としては従来の記録を約3000万年さかのぼり、最も原始的という。カナダ王立オンタリオ博物館の研究チームが27日付の英科学誌ネイチャーに発表した。
 ネクトカリスは、「カンブリア紀の大爆発」と呼ばれる多種多様な動物の大量出現期に現れた動物の一種。世界遺産に登録されているカナダ西部ロッキー山脈の自然公園で約100年前、不完全な化石が1個だけ発見され、1976年になって学名が付けられた。
 研究チームは同所で新たに見つかった91個の化石を分析。その結果、体長2〜5センチ、イカのように平たい体で、小さな頭部に一対の目と腕があり、えらや幅広いひれを備えていることが分かった。頭部には、タコが墨を吐くのと同じ器官もあり、遊泳中に海水をジェット噴射して加速。腕で獲物を捕らえたか、海底で死んだ動物をあさっていたとみられる。(2010/05/27-07:02)

(時事ドットコム:謎の古代動物は原始イカ類=5億年前の新化石分析?カナダ)

おまけ

 頭足類→タコ→パロディウス。BGMもいい。

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