東方Projectの月はアメリカ合衆国である説 〜『東方儚月抄』解釈〜

東方儚月抄 ?Silent Sinner in Blue. 上巻 (IDコミックス REXコミックス)

 完全に書く機会を逃した何年も前のネタだが、未だに他で見ることがない話なので、消すのももったいない。要点のみの縮小バージョンで公開。

 本当はこの前に、博麗霊夢・八雲紫・幻想郷についてのそれぞれ単独エントリがある予定だったので、唐突に感じるところがあるかもしれないが御容赦されたし。

要旨

 東方Projectの月――もう少し限定すると『東方儚月抄』の月の都――はアメリカ合衆国の象徴であると考えることで、儚月抄の数多くの疑問点・不満点を説明することができる。*1

儚月抄とアポロ計画

 儚月抄には全面的にアポロ計画のネタが登場する。これは私の世代*2で月を題材とする以上、当然と思われることだが、それだけに、以下に述べるアメリカ要素に対して隠れ蓑の役割を果たしている。

第一次月面戦争=太平洋戦争

 儚月抄の大きな不満点として、思わせぶりな設定であった第一次月面戦争について結局ほとんど何も書かれないままだったということがある。だが、書かなかったのではなく書く必要がないのだ。みんな知っていることだからだ。

 当時強力で調子づいてた妖怪たちが月に攻め込んで、その超科学兵器の前にケチョンケチョンにされた第一次月面戦争とは、当時強力で調子づいてた大日本帝国が米国に攻め込んで、その物量の前にケチョンケチョンにされた太平洋戦争のことに他ならない。

東方儚月抄 中―Silent sinner in blue (IDコミックス REXコミックス)

依姫無双=アメリカと戦って勝てるわけがない

 既存の人気キャラたち*3がぽっと出の新キャラにゴボウ抜きにされてしまった依姫無双事件。名前がついてしまうぐらい不評である。

 人間より絶対的に強いものが存在して当たり前という宗教的感覚を持つ神主と、持っていない現代っ子読者との意識の落差とも取れる。(実際その要素はあるだろうと思う。)

 だが、アメリカと戦って勝てるわけがねーだろという感覚を当たり前に持っていて今更不愉快とは感じない世代と、あまり持っておらず*4素直に幻想郷=日本TUEEEEEを楽しみたかった世代の落差とも取れる。

紫土下座=原爆の前に降伏できなかったのか?

 決して姿を見せない博麗の神に代わって事実上博麗神社の祭神として振舞っている八雲紫が、月のちょうかがくへいき「森を一瞬で素粒子レベルで浄化する風を起こす扇子」を振りかざす綿月豊姫に、あっさり土下座してしまった場面。

 これまた大変不評なシーンであるが、原子爆弾を落とされる前に降伏できなかったのかという願望*5のファンタジー化と見ることができる。

 第二次世界大戦に勝ちたかったという願望をファンタジー化した作品は沢山あるが、もっと早く降伏できなかったかという願望をこうも明確にファンタジー化した創作はあまりないのではないだろうか。少なくとも私は知らない。

東方儚月抄?Silent Sinner in Blue. 底  (IDコミックス REXコミックス)

フェムトファイバー(笑)=アブグレイブ刑務所

 場違いな語感と無駄に長い説明ゼリフで笑い草になっているフェムトファイバー*6だが、月=アメリカの視点で見ると、

紫「不浄なもの、をねぇ………土着の神様もその縄で縛ってきたくせに」
豊「…そうね。察しのとおり、正確に言うと月の民に逆らう者の動きを封じるのに使ってきたのよ」

 のあたりは、連載時期から考えてもイラク戦争批判に見える。

酒オチ=精神勝利法

 伏線不足の上まったく意味不明とこれまた人気のない酒オチであるが、月=米の観点からは、

「圧倒的な軍事力を振り回してイラク戦争とか起こしてるお前ら米国よりも、上手く従属して見せてのんきに楽しく暮らしてる俺達日本の方が精神的に勝利してるんだぜ」

 という、多少なりとも意味のある解釈が可能になる。

 少なからぬ現代日本人が持っている、アメリカに対する屈折した優越感を表現したものと受け取れる。私にとってはとても自然な*7感覚だが、これがやはりもう少し下の年齢層には通じなかったのではないかと思われる。

東方儚月抄 ?Cage in Lunatic Runagate.

その他未整理のネタ

  • 八意永琳の配色は星条旗に一致するように見えるが、偶然か?
  • 東方Projectのシェアを艦これが猛烈に食っている(ように見える)現在の状況は興味深い。ひとつの時代精神の転換の現れでありうるかもしれない。

*1:もちろん儚月抄のクオリティが全体に低いことは否定できない。
*2:私は神主より2歳年下なだけであり、時代精神的には同世代と言ってよいと思われる。
*3:霊夢・咲夜・魔理沙・レミリアの4名。設定上の時系列で未登場となるため出ていない早苗を除けば、当時の人気投票上位5名と完全一致する。参考:第6回東方シリーズ人気投票 キャラ部門集計結果
*4:実際の軍事力のアメリカ一強ぶりは、私が子どもの頃よりむしろ現在の方が際立っていると思われるが、今は現実ではなくイメージの話をしている。
*5:一番最近見たのはこれ。「なぜもっと早く降伏できなかったのか」を議論しよう:日経ビジネスオンライン
*6フェムトファイバーのまとめ – 東方儚月抄スレまとめ Wiki*
*7:屈折していることは承知の上で。

おまけ

 というわけでZUN素で「ガイジン」役が月勢力に割り振られているのも偶然ではない。(超下ネタ注意!)

コメント

  1. 匿名 より:

    月の都はどう見ても帝政時代の中国なんだよなぁ

    政治体制とか奴隷がいるとことか

  2. 木戸孝紀 より:

    >5
    Twitterでそれとなく聞くまで忘れてました。
    明日にでもやります。

  3. 匿名 より:

    今年は人気投票総評はなしですか?地味に期待して待ってます

  4. アリア より:

    戦争の決着で、ハル・ノートをほぼ受け入れるとなると、一体何のために戦争を始めたんだ?ということですけどね。
    そもそもの話として、日中戦争にせよ、日米戦争にせよ、統一的な戦争目的がなく場当たり的だったのが一番の問題だったのでしょう。
    Apemanさんによると、日中戦争の目的は中国に「日本にとって都合のよい政権を樹立する」ことだったそうですが。
    それだと徹底抗戦されると泥沼の戦いがずっと続くだけだし、民衆レベルの反感はどうにもなりませんしね。

    何にせよ主人公が特高に捕まり拷問を受けたIF戦記物はおそらくこれだけでしょう。
    それを考えると作中で米内に言わせた
    「この戦争勝ってはならんのです。どれほどの犠牲を払ってもでも…」
    「身に合わぬ帝国主義という衣を着るために軍部独裁の流行に踊ってるのだ。眼が覚めねばいずれ滅びる」
    「敗戦という現実でしかその眼は覚めないと僕は思う」
    というのは作者の本音でしょう。

    その一方で門松や菊池の考えである300万もの犠牲者を出したくないというのもまた作者の偽らざる本音でしょう。
    そのアンビバレントに悩んで作者の出した決着があれだったのでしょう。

  5. 木戸孝紀 より:

    >アリアさん
    ジパングは飛び飛びに立ち読みしてたけど、
    早く降伏できなかったかの願望とは
    私にはちょっと見れないなあ。

    確かに結果的に史実より
    早く上手く降伏してると言えなくはないが。

    『沈黙の艦隊』より「日本の核」の扱いに
    自制的になっているという評価はしたことがある。

    https://tkido.com/blog/455.html

    >2
    自分で言っといてなんだけど、
    永琳の配色に関しては、
    元ネタwikiにもあるサインポール説の方が
    はるかにありそうなので多分偶然だろうと思う。

    ただ現在のサインポール自体に星条旗の
    影響があるという説もあるようなので、
    それも含めればまだありかも?

  6. 匿名 より:

    非常に興味深い話ですね…言われてみるとしっくりくる解釈ですね
    こーりん堂で霖之助が言っている通り、幻想郷は現世の恩恵を受けて維持されているという考えと『上手く従属して?』という考えは似通っている気がしますし。

    あえてコメントできることがあるとしたら永琳の服装の解釈ですが、私が聞いたことがあるものでは『あの奇抜な衣装は道化である』というもの
    もうひとつ、個人的には『朝焼けor夕暮れと夜』ですね 服に星座描いてありますし 紅はもう蓬莱の薬の効果が切れることはないという諦めか希望かのどっちか 
     

  7. アリア より:

    >第二次世界大戦に勝ちたかったという願望をファンタジー化した作品は沢山あるが、もっと早く降伏できなかったかという願望をこうも明確にファンタジー化した創作はあまりないのではないだろうか。

    かわぐちかいじの描いた「ジパング」という漫画がありますよ。
    現代日本のイージス艦が第二次世界大戦にタイムスリップするのだからある意味「ファンタジー」ですよねw
    「現代の強力な兵器を乱用するのは許さない。自衛に限るべき」
    「原爆は味方だろうと敵だろうと許さない」とする主人公側と、
    「近い将来民間人に大量の残虐行為を行うであろうアメリカを許さない。核兵器を先に開発してアメリカに対抗する」「先進国植民地支配に反感を持つ人達と協力することでアメリカに対抗する」草加側の信念の対決です。

    でどうなったかというと(ネタバレ注意)
    草加側が死に、主人公側が生き残り、主人公の親友である菊池主導によりハル・ノートをほぼ受け入れる形で海外領土と占領地を放棄する講和を結び、枢軸国を抜け連合国に加わる結果になりました。

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