いつかまとめてそれなりの長さで書こうと思っていた話だが、この本にまったく同じ表現が出てきたので、もう出してしまおう。
「重心」は実在するか?
ある意味では、もちろん重心は実在しない。
たとえばサッカーボールの重心には何もない。空気しかない。ボールの重心はまだしも内部の点だが、ドーナツの重心は内部の点ですらない。
しかしまた、ある意味では、もちろん重心は実在する。実在するとの前提の元で行われる大抵の活動は概ね正しい答えに到達する。
私の重心は、私の体重とか、私の銀行口座とか、日常的に「実在する」とされているあらゆるものとまったく同じように、実在する。
しかし、細かく見ていくと重心が存在するという直感にはうまく当てはまらないケースが出てくる。たとえば、オリンピックの走り高跳びで見事な背面跳びを成功させた選手がいたとする。この時、選手の重心はバーを越えていない。
「魂」は実在するか?
ある意味では、もちろん魂は実在しない。脳を分解してよく探せば見つかると本気で信じている人は今日時点ではあまりいないはずだ。
しかしまた、ある意味では、もちろん魂は実在する。実在するとの前提の元で行われる大抵の活動は概ね正しい答えに到達する。
私の魂は、私の体重とか、私の銀行口座とか、日常的に「実在する」とされているあらゆるものとまったく同じように、実在する。
しかし、細かく見ていくと魂が存在するという直感にはうまく当てはまらないケースが出てくる。たとえば、念入りな心理学実験や脳に損傷を負ったりするような場合には。
おまけ
仕様変更にめげずイカ教祖復活。
by 木戸孝紀
tags:科学 書評 哲学
東大生協で見かけて、あまり期待せずに読書リストに突っ込んでおいたものだったが、予想外に素晴らしかった。
ソーカル事件に関するものの中では、『知の欺瞞』そのものは別として、私の知る限り一番いい本だと思う。
いま何やかやで時間をかけられないので、内容そのものには詳しく触れられないが、このあたりの問題に興味のある人には、強くオススメしておく。
参考リンク
関連書籍
おまけ
by 木戸孝紀
tags:ソーカル事件 科学 書評 政治 哲学
最近読んだ本、またはずっと紹介したいと思っていた本の中から、個別エントリにするタイミングがなさそうなものを、まとめて一挙紹介。
★は1-5個でオススメ度。人に薦める価値がまったくないと思うものはそもそも取り上げないので、1個でもつまらないという意味ではない。
『「標準模型」の宇宙 現代物理の金字塔を楽しむ』★
ブルース・シューム著。ゲージ理論とか真面目に解説している一般書って貴重なのではないかと。エミー・ネーターは確かに知っとくと通っぽい感じの名前なので憶えておくといいかも。
『地球全体を幸福にする経済学―過密化する世界とグローバル・ゴール』★★★★
ジェフリー・サックス著。原題”Common Wealth: Economics for a Crowded Planet”。まあ常識的に非常にいい内容。
『完全なる証明』★
マーシャ・ガッセン著。ポアンカレ予想よりもグリゴリー・ペレルマンに焦点を当てた本。特にソ連の数学事情の部分はあまり知らなかったので面白かった。
『進化とゲーム理論―闘争の論理』★★
J・メイナード・スミス著。古い本だけど古びてはいない。『囚人のジレンマ』を読んでもうちょっと詳しく勉強したいという人向け。
『合理的な愚か者―経済学=倫理学的探究』★
アマルティア・セン著。やっとどういう分野の人なのかわかった。やや専門的なので初めての人にはおすすめしない。近い分野で入りやすいのは『選挙のパラドクス』あたりか。
『量子が変える情報の宇宙』★★★★★
ハンス・クリスチャン・フォン=バイヤー著。これはよい。一般向け啓蒙書としてここまで完成度の高いのは久しぶりに見る。一応情報理論が中心ではあるが、実際に扱う範囲は科学・数学のかなり幅広い分野に及ぶ。敷居も低めなのでどんな人にもおすすめ。
『彼女の「正しい」名前とは何か―第三世界フェミニズムの思想』★★★
岡真理著。女性器切除の件でリンクだけ載せた覚えがあるが、他の文脈で出てくる予定があるのでちょっと先回りしてここで一回おすすめしとく。特にいいと思っているのが、P200-215の「蟹の虚ろなまなざし」についての部分。
『新装版 日本語の作文技術』★★
本多勝一著。確かに、こういう作文「技術」を学校でやった記憶はまったくない。やった方がいいんじゃないだろうか。中高生ぐらいの時に読みたかった。
『心の発生と進化―チンパンジー、赤ちゃん、ヒト』★★
アン・プレマック、デイヴィッド・プレマック著。タイトルの通りの内容。冒頭などにある人類学の情報が若干古くなりかけているような気がするが、メインの内容はよい。
『自由は進化する』★★★
ダニエル・デネット著。『スウィート・ドリームズ』の件で読んでいたのを思い出した。非常に微妙な内容で全面賛成とも言えないのでまだ言及していないのだが、一読の価値は確実にあるので先に紹介だけしておく。巻末にある山形浩生の訳者解説から読み始めることを強く勧める。
おまけ
by 木戸孝紀
tags:宇宙 経済 書評 進化 数学 哲学 文章
目下バカ検知ワードとして大活躍中の「クオリア」についての議論。
- 分子やエネルギーについて何もわからなかった頃の「フロギストン」や「カロリック」
- DNAや酵素について何もわからなかった頃の「生気」
- 素粒子や時空について何もわからなかった頃の「エーテル」
などと同様に、まだ神経や脳について詳細がわからない時代であるが故に抱くことが可能であるだけのどうでもいい概念だというのが著者の立場。
内容そのものは特に珍しいことはない。むしろ、それ以外の立場がこうしてまだ真面目な議論になるほど生き残っているのだということを奇妙に感じた。
やはり現在は、脳が理性と神秘と境界線上に載っている過渡期なのだろう。
参考リンク
関連書籍
おまけ
夢→『パプリカ』
by 木戸孝紀
tags:クオリア ダニエル・デネット 科学 書評 哲学 脳
国民の「幸福度」を調査へ=新成長戦略の指標に?政府
2月28日14時3分配信 時事通信
鳩山由紀夫首相は28日、首相公邸で菅直人副総理兼財務相や仙谷由人国家戦略担当相らと会い、新成長戦略の具体策取りまとめに向け、国民の「幸福度」を調べる方針で一致した。具体的な調査項目を詰めた上で、3月初めにも着手する。
会談後、仙谷氏は公邸前で「単なる数字のGDP(国内総生産)だけじゃない成長をわれわれがどうつくっていくのかと(いうことだ)」と記者団に述べ、新たな指標として検討していることを明らかにした。
「幸福度」については、昨年12月にまとめた新成長戦略の基本方針でも「国民の『幸福度』を表す新たな指標を開発し、その向上に向けた取り組みを行う」と盛り込まれた。
(国民の「幸福度」を調査へ=新成長戦略の指標に?政府(時事通信) – Yahoo!ニュース)
何もしないよりはいいことだと思うから否定はしないけど、どうしてもリアル『パラノイア』という皮肉が出てこざるをえないなあ。
原文が手元にないので孫引きだが、
幸せな家族はどれもみな同じようにみえるが、不幸な家族にはそれぞれの不幸の形がある。
(Anna Karenina by Leo Tolstoy トルストイ『アンナ・カレーニナ』: tomokilog – うただひかるまだがすかる)
というトルストイの有名な言葉がある。この言葉は、不幸(な家庭)に目を向けようという文脈では価値があると思うが、私の考えではまったくの間違いだ。事実はまさにその逆である。
今ググったら発見した。また孫引きになるが天声人語で逆転させた言葉がすでに言われていたらしい。
幸福はさまざまだが、
不幸は驚くほど一様である
(朝日新聞、2002年11月19日)
(名言集>ヒントの名言>幸福はさまざまだが、不幸は驚くほど一様である)
もちろん、不幸も多様である。それは言うまでもない。しかし、いくら多様といっても、古来八苦などとまとめられる程度のパターンしかない。
幸福の多様さに比べたらまったく単純そのもの。幸福がどんなものかは、人によって千差万別だからだ。
幸福を調査するとか測定するとかいうことが滑稽に感じられるのは、まさに調査や測定というのは、幸福の多様性にもっとも馴染まない行為だからではないのかな。
参考リンク
おまけ
しあわせって何だっけ→ポン酢醤油はキッコーマン
by 木戸孝紀
tags:TRPG ニュース 時事 政治 多様性 哲学
人間は自然のうちで最も弱い一茎の葦に過ぎない。しかしそれは考える葦である。これを押し潰すのに、宇宙全体は何も武装する必要はない。風のひと吹き、水のひとしずくも、これを殺すに十分である。しかし、宇宙がこれを押し潰すときにも、人間は、人間を殺すものよりも一層高貴であるだろう。なぜなら、人間は、自分が死ぬことを知っており、宇宙が人間の上に優越することを知っているからである。宇宙はそれらについては何も知らない。
それゆえ、われわれのあらゆる尊厳は思考のうちに存する。われわれが立ち上がらなければならないのはそこからであって、われわれの満たすことのできない空間や時間からではない。それゆえ、われわれはよく考えるように努めよう。そこに道徳の根源がある。
(パスカル『パンセ』)
考える葦――私が私の尊厳を求めるべきは、空間に関してではなく、私の思考の規定に関してである。いかに多くの土地を領有したとしても私は私以上に大きくはなれないであろう。空間によって、宇宙は私を包み、一つの点として私を呑む。思考によって、私は宇宙を包む。
(パスカル『パンセ』)
時間ないので『紙』のゴミ箱から没ネタ救済キャンペーン実行中。あーやっぱりパンセはいいよパンセ。
おまけ
パンダもいいよパンダ。
by 木戸孝紀
tags:パスカル パンセ 言葉 哲学
詳しくはshorebirdさんのところを参照してほしいのだが、私も長谷川眞理子先生訳と書いてなければ手に取らなかったような気がする。内容的にも訳者あとがきのところが一番有益だったような。
どうも『ゲノムと聖書』に似たような「西洋思想の枠組みからは絶対に出ないぞ!」というマイナスの決意みたいなものがちょっと鼻に付く。
『ゲノムと聖書』同様に、最初からキリスト教と西洋思想の伝統にしがらみがない人には大いに価値が薄れると思う。この分野には、
と、先におすすめすべき本が沢山あるのでまずはそれらから。
おまけ
人間の境界→不気味の谷現象……ってレベルじゃねーぞ。(ある意味ホラー注意)
by 木戸孝紀
tags:科学 書評 人間 人権 哲学 歴史
久々にグレッグ・イーガンの短編集。やっぱり現代最高のSF作家と言われるだけのことはある。『TAP』『銀炎』『ユージーン』の3作は思想といい知識といいネタといい、この人らしさがよく出ていて私は好きだな。おすすめ。
『新・口笛テスト』
一度聞いたら絶対忘れない曲を計算で編み出す方法が発明された。星新一を連想させるコマーシャルネタ。まあまあ面白い。
『視覚』
撃たれた後遺症で常に主観的に幽体離脱状態になってしまった男。『脳の中の幽霊』でも読んだのかな。面白さはいまいち。
『ユージーン』
宝くじに大当たりした夫婦がちょっと怪しげなデザイナーベビー業者にかかろうとするが……そこに意外な展開が。面白い。
『悪魔の移住』
外にいるだれでもいい。思いやりというものを見せろ、あたしを殺しに来い。
から始まり全編一人称で語り通される話。面白い。
『散骨』
これはSF要素なし。普通にホラー。面白さも普通。
『銀炎』
内側から皮膚を剥がれるようになって死ぬ怖ろしいウィルス性伝染病。その謎を追っていくと遭遇する本当の恐怖。これもかなり面白い。
『自警団』
これもSF要素なし。普通にホラー。面白さはいまいち。
『要塞』
あからさまな移民排斥運動に隠れて気づかぬうちにもっと別の要塞が築かれているとしたら……どうだろう。『繭』の前身みたいな話か。面白さはそこそこ。
『森の奥』
ボスのカネをちょろまかして殺し屋に始末されそうなハッカーがすすめられた神経インプラントの効果は……。イーガン作品おなじみのガジェットだが、この作品自体はいまいち。
『TAP』
ある神経系の状態を丸ごと一つの単語のように伝達し、感じたり分析したりできる総合情動プロトコルTAP。あるTAP詩人の死を追っていくと、子供にTAPをインプラントすることの是非を巡る問題と意外な繋がりが……。表題作になるだけあってかなり面白い。
関連書籍
おまけ
by 木戸孝紀
tags:SF グレッグ・イーガン 科学 書評 哲学